空の洪水

春名トモコ 超短編、日記など

お知らせ

2008年01月02日 | 日記
「引っ越しのお知らせ」をうっかり消してしまって、そのまま放置してました。

「空の洪水」はかなり前に引っ越ししてます。

新しい「空の洪水」はこちらになります。
よろしくお願いします。

流れる (超短編)

2006年11月19日 | 超短編
 なめらかな肌触りの白い室内着を、少女は裾からくるくると細く長く裂いている。露になっていく脚。溜まったそのリボンに自らの髪で模様を縫い取り、また裂いていく。
(まっさらなシーツの冷たさが、さらさらと素肌に触れて淡雪のようにとけていく)
 厚いカーテンが日差しを遮る部屋。窓の向こうは、広い庭いちめんに花が咲いているのだろう。春のゆるやかな空気には、かすかな狂気が混ざっている。それにたやすくつかまってしまう少女は、離れに閉じ込められていた。
(透きとおるような皮膚の上を、引きちぎられた真珠のネックレスみたいに転がる光の粒)
 カーテンの内側にあふれる光が、少しずつ部屋を暖めていく。
(長い指。背中の上を軽やかに走って。こらえきれずにこぼれてしまう、笑い声)
 衣服はすべてリボンになる。温度のないシーツの上に広げられた肢体。誰もいない部屋で口づけを待つ鎖骨。
 それは突然やってくる。少女の悲鳴は窓ガラスを砕き、破片が突き刺さったカーテンは川面のように光を反射させた。あたたかな風がリボンを外へ運ぶ。やわらかな陽光を浴び、揺れる花の上を越え、霞んだ空へと流れてゆく、リボンと、少女の悲鳴の中に紛れた歌声。

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500文字の心臓 MSGP2006 準決勝
「流れる」
・バイオリンとピアノの音をイメージして


種 (超短編)

2006年10月31日 | 超短編
 大きな螺旋階段だった。手すりを握りしめ、一段ずつのぼっている。明り取りの窓から入ってきたカナブンが、てのひらの上に一粒の種を落としていった。握りしめた途端、種が芽吹き、指の間から伸びていく蔓が手すりに巻きついて次々と葉を広げ、階段や壁を埋めつくし瞬く間に一面緑に染まった。種はひとつだったはずなのに数種類の花が咲き、実が成った。あちこちに虫や鳥の気配がする。甘い匂いに誘われるように、私は柔らかな緑の階段をのぼり続けた。
 足元がさらりと崩れる。広がったときと同じ勢いで植物は枯れ、階段は乾いて端から砂となっていった。手すりが熱い。吹き抜けから強烈な日差しが落ちてくる。この階段がどこまで続くのか、なぜ一人でのぼっているのか、私は何も知らなかった。ただ下に戻ることはできない。それだけは分かった。踏みしめる足が砂に埋もれ、それでも力ずくでのぼっていく。
 鼻の頭に水滴が当たる。雨かと天井を見上げると、トビウオの群れが頭上を越えていった。後ろを振り返る。海だ。トビウオは波間に吸い込まれていった。すぐそこまで波打ち際が来ている。濡れた砂が色を変え、すぐに戻り、また水をかぶる。下からぐるぐると押し寄せてくる波。湿った空気をいっぱい吸い込んでいつまでも眺めていた。潮騒が壁に反響してゴウゴウ鳴っている。この潮騒を聞いているのは私ひとり。ああ、そうなのか。窓の外を見なくても分かった。
 世界のすべてはもう、この中にしかないのだ。

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点字物語2006 採用作品
点字になって、視覚障害者の方に読んでもらうことを考えて書いたものです。

ラクダの花屋 (超短編)

2006年10月27日 | 超短編
 大通り沿いの、一年ほど前にできた花屋の前にラクダがいる。なんで花屋にラクダの置物なんだと思いながら、いつも自転車で前を通り過ぎるだけだったのだが、ある日きまぐれに店を覗いてみたら、ラクダのまつげがばさりと動いた。本物だったのだ。
「公園の砂場にいたらしいのよ」何度か通うようになって、奥さん(といっても僕と同い年ぐらいだけど)が話してくれた。途方にくれていたそのラクダを、花屋の主人が連れ帰ってきたらしい。動物園などから逃げたという話もなく、飼い主も見つからなかったので引き取ることにしたそうだ。
「戻ってきたのかなあ」
 僕がつぶやくと、奥さんはびっくりした顔をした。子供の頃に読んだ物語で、公園のラクダの遊具が砂漠へ行く話があったから、と説明すると、主人も同じことを言ってるんですと笑った。
「お前、ほんとうに帰ってきたの?」
 チクチクする毛をなでてみる。おとなしいラクダ。配達から帰ってきた主人が「ただいま」と、こぶを軽く叩いた。彼はこのラクダが大好きなのだ。
 砂じゃなく、色とりどりの花に囲まれているラクダも案外幸せそうだ。

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ぬるいですね(笑) でも書くのは楽しい。

本当にラクダの花屋が近所にあるんですよ。もちろん置物ですが。
ラクダの遊具が砂漠へ行く話は国語の教科書に載ってて、好きだったのだけど、タイトルが思い出せませんでした。


桃色涙 (超短編)

2006年10月13日 | 超短編
 部活から帰ってきたら誰もいなくて、ソファの上にカバンを投げ出し窓の近くに寝転がった。西の空。イチゴミルクの雲。水色の空はソーダ水みたいで。部屋の中は刻々と暗くなっていく。いつも鼻歌まじりに夕食を作っている母がいない。
 たとえば。夜遅く塾から帰ってきたわたしが玄関を開けると、血まみれの父が倒れている。リビングには母と姉。何ヵ所も刺されて、なにもかも赤く染まっている。犯人はつかまらない。ショックでわたしは声が出なくなる。でも健気に生きていくのだ。やめられない想像ごっこ。
 夕明かりを吸い込んで、窓ガラスが水あめみたいにやわらかくなる。とうとう穴が空いて、極甘の夕焼けが部屋の中に入ってきた。あたたかくて優しい夕暮れと血まみれの妄想が混ざってリビングいっぱいに満ち、ぞわぞわ、わたしの中で蠢くもの。膨れあがって、息苦しくなるぐらい。甘い空気がのしかかる。暗いキッチン。メモひとつなく。赤い妄想に飲み込まれたわたしからこぼれ落ちたものは、化膿した傷のようなにおいがした。
 夕雲が黒く塗り潰されている。
 何も起こらない。何も起こらない。何も起こらない。

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500文字の心臓 MSGP2006 準々決勝
「桃色涙」
家族愛がテーマであること

右手 (超短編)

2006年09月05日 | 超短編
 彼の右手から音楽がきこえる。
 貝殻で潮騒の音をきくように彼の手を耳に押し当てると、やわらかく落ち着いた音色がきこえた。
「これ、なんの音?」
「ホルンだよ」
 彼は町の小さな楽団でホルンを吹いている。ベルの中に右手をずっと入れてるから音が染みついたのかな、と笑いながら言った。
 指先から流れる音はとても小さくて、耳に押し当てなければきこえない。温かい彼の右手に意識をかたむける。やさしく流れる旋律。この曲は知っている。前に演奏会で聴いた、たしかラヴェルの。
 目を閉じている隙に、キスされた。
「……何人の女の子にこの手をつかったの?」
 私の耳から手を離し、彼は笑って答えない。

子を運ぶ (超短編)

2006年09月02日 | 超短編
 鐘が夜空に鳴り響き、夢の町に散らばっている子供たちに帰る時刻を知らせた。坂の上の広場にある巨大な観覧車に、めいっぱい遊んだ彼らが駆けてくる。
 広場では、制服の役人が子供たちの切符にハサミを入れている。今日の切符は乾燥トカゲ。制服の足もとに切り落としたしっぽが溜まっていく。役人は時間に厳しい。ブザーが鳴るとハサミをポケットにしまい、ゲートを閉じた。運転手がはしごをのぼって観覧車の真ん中にある操縦席に乗り込む。音楽が流れゆっくりとまわり出した。朝が来る前に子供たちを返すのが彼らの役目。ゴンドラの中から歓声があがった。海沿いに建つ工場の煙突から金粉が吐き出されている。
 観覧車は回転速度をあげ、ゴンドラが見えないぐらいの速さになるとゴトンと軸から外れた。広場を転がり出ると、大通りに沿って街のシンボルタワーに向かう。坂道でさらに加速してタワーを一気に駆け上がると、夜空へ飛んだ。
「おかしいぞ」広場に残った役人が目を凝らして口々に言った。軌道がずれている。観覧車は突入すべきコールサックを外れて飛んでいってしまった。役人たちが慌てふためく。

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500文字の心臓 MSGP2006 3回戦
お題 「子を運ぶ」


グレープフルーツ (超短編)

2006年08月30日 | 超短編
 今年はじめて鈴虫の大合唱に気づいた夜は満月で、水を満たしたガラスの器にまるい月を浮かべてみた。真夜中に、呆れる彼と二人で庭に出した白いテーブルにひっそり器を置けば、落ちてきた月は案外ちいさく、水の中で揺らいでいる。
 夏の夜はどこまでも伸びていくようだったけれど、いつの間にか風が冷たくなっていた。するすると彼の指の間から白い煙が流れていく。
「もうすぐ固まるよ」
 煙草を指に挟んだまま器をのぞき込んでいる彼にスプーンを一本渡す。真ん中に月を閉じ込めた水面をスプーンの背でそっと叩いてみると、ふるふると弾力があった。
「はんぶんこね」
 スプーンで月を半分すくう。彼もふるえる月をスプーンにのせる。いちにのさんで口に入れたら、二人ともすぐに顔をしかめたのでつい笑ってしまった。
 まるく穴が空いた器にはもう何も映らない。
 月はグレープフルーツの味がした。

引き算 (超短編)

2006年08月29日 | 超短編
 新学期、前の席に見たことのある人が座っているなあと思ったら、祖母だった。セーラー服にきっちりとふたつに分けた三つ編。とうとうあたしと同い年になったらしい。
 誕生日がくるごとに祖母が年を減らし始めたのは十五年ほど前。あたしが生まれてすぐぐらいだ。はじめは一歳ずつだったのに、そのうち一年で三歳、五歳といっきに減らすようになり、ついに高校二年生になった。
 確かに十六歳の外見をしているが、祖母はどこか『昔の人』っぽかった。それはちょっとした動作や話し方のせいかもしれない。大衆演劇の誰かのおっかけをしていることも個性として受け入れられている。祖母はクラスの人気者だ。
「おばあちゃん。いつまで年を減らすの?」
 あたしが聞くと、そろそろやめようかねえとの返事。視線の先にはひとりの男の子。
 祖母のスカートが、少しずつ短くなっていく。

耐寒 (超短編)

2006年08月04日 | 超短編
 母の悲鳴で家族全員かけつけると、風呂場に雪が降り積もり、見知らぬペンギンがいた。
「ゆうれいペンギンだね。どこから来たんだろう」と父。雪は彼のしわざらしい。
 ペンギンはぽってりした体でよちよち歩く。あんまり可愛いので暇があれば風呂場をのぞきに行った。するとペンギンはぐったりする。リビングから流れ込む暖気が悪いようだ。私たちは厚着をして寒さを我慢することにした。
 暖房を切ると、ゆうれいペンギンは風呂場から出てきた。家族のあとをついてまわっては、愛想をふりまく。そのたびに部屋の温度は下がり、彼は元気になっていく。ペンギンの取り合いになるので「ひとりじめしない事」という決まりができた。一番破るのは父だ。
 ある晩、リビングにまで雪が降ってきた。
「大変。お父さん、テントを買ってきてくださいな。あとペンちゃんのプールも」のんびりと母が言う。風邪で寝込む弟の上で、ペンギンはごきげんな様子で羽をぱたぱたさせた。
 夏が来るまでに、父は南極へのひっこしを考えているらしい。

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産経新聞 2002年12月28日 夕刊 掲載

最近、過去の作品を整理してて気づいたのですが、「愛想をふりまく」のまま新聞に載ってました。(今回も直してませんけど)
他の作品でも、間違った日本語いっぱい使ってるんだろうなー。勉強しなければ。

これは、何度書き直してもOKが出ず、最終的には先生に手直ししてもらったという苦い思い出があります。