まあまあ人生

70年の人生 まあまあですね

大和西大寺から西ノ京方面散策

2016年10月14日 | Weblog
午前5時35分起床、シェラトン都ホテルに行く。今朝は、日本ミッションのT師が「ノアの箱舟」と題して、創世記6:13~17から自著の「ノアの箱舟」を用いて話してくださった。1/150の模型を持参して興味深く説明された。愛餐の後、天一会(天王寺区民カレッジのOB会)のウォーキングに参加するため、近鉄鶴橋駅まで徒歩で行く。参加者は、男性4人、女性2名の計6名であった。今回は、大和西大寺から西ノ京方面を散策するコースである。
西大寺で下車、駅名になっている西大寺を訪ねる。広大な境内にあちこちに建物があった。
中央には、かつてあったといわれる、落雷で焼失した五重塔跡をみると当時は、立派な佇まいであっただろうと想像した。続いて訪れたのは、菅原天満宮であった。道真が生まれた地にあった。続いて、西蓮寺、喜光寺、垂仁天皇陵に行く。表通りを行かないで、堀端の細い道を悪戦苦闘して正面にたどり着く。天皇陵は満々と水をたたえた中央にあった。その大きさを見た時、当時の権勢の大きさを覚える。その後、唐招堤寺を訪ねる。途中、道端に、橘の木がありその前に田道間守の関係碑が建っていた。その瞬間、70年前、疎開先の福井県の小学校で学んだ国語のストーリーと歌が浮かんできた。垂仁天皇が家来の田道間守に命じて中国に行き、橘を持ち帰った。数年を要し、帰国した時には天皇が崩御されていた。あまりの悲しみで、田道間守は、その墓前で泣き崩れ死亡したものである。歌の一節、香りも高い橘を、積んだお船が今帰る・・・私が口ずさむと、皆さん高齢者であっても私と少し年齢差があり、戦前の人やなーと感心した。唐招堤寺に行く途中、大納言という食堂に入り昼食を摂る。次に訪れたのは、唐招提寺であった。中には入らず表から見るだけにした。それから直ぐ近くにある薬師寺に行く。食堂改修工事中であった。拝観料が少し高いので、ここもパスした。最後の目的地は、頑固一徹長屋を訪ねる。伝統工芸品を扱う店が長屋を連ねているも、最初の墨・筆等を陳列している他は、店を閉めている等活気がなかった。近くにある西の京駅から乗車帰路につく。鶴橋駅でコーヒを頂き散会した。私には、初めての有名な社寺であった。
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