雨過天青

のんびり更新中。

ナルサイ10

2011-12-02 | ナルサイ(タイトル未定)
殆ど拗ねた子供のような有様のサスケを宥めるのに四苦八苦しながらも、どうあっても「帰っていい」とは言わない辺りがナルトもナルトだ、と、呆れ半分感心半分で眺めながら、一人ちびちびと呑み進めていると、
「なぁ、お前も何とか言ってくれよ」
 と、机の下からナルトに助けを求められた。
 この状況で何とか、と言われても…と言葉を探すうち、ふと脳裏に浮かんだのはやはり、昔読んだ本に載っていた「空腹は人を短気にさせる」の一文で、
「…うん、…とりあえず」
 ずり、と座ったまま壁側に寄り、ベンチ式の座席に一人分のスペースを空け、
「サスケくんも座ったら? ここのごはん、美味しいよ」
 と、あっけにとられた顔で見上げてくる二人に、にっこりと笑み返してやった。
 若い頃からナルトに散々「空気が読めない」と揶揄されてきたが、今となってはその性格が結構良い武器になっているかもしれない。
「あのな…」
 我に返り苦々しげに眉を寄せながらも、空腹だったのは図星だったらしく口ごもってしまったサスケに、
「ごはん食べてから一緒に仕事に戻ればいいじゃない。何なら、僕も手伝うし」
 だから、駄々をこねてナルトの気を引くのはこの辺にしておいて欲しいな、という意趣までもが伝わったかどうかは分からないが、含みを込めた笑顔で和解案を提示してやると、ややあって、サスケはその整いすぎているほど秀麗な顔に、ニヤリ、と、かの大蛇丸仕込みの極悪な笑みを浮かべたのだった。
 

ナルサイ9

2011-11-29 | ナルサイ(タイトル未定)
「いつまで呑んだくれてるつもりだ、ナルト!!!」
 飲み屋の立て付けの悪い引き戸が乱暴に開かれる音とほぼ同時に、店内に怒声が響き渡った。
 背後を振り返って確認せずともイヤと言うほどよく知っているその声の主が、店の最奥に陣取っている自分たちにめがけて荒々しく歩み寄ってくる気配に、思わず眉根が寄ってしまう。
 向かいに座っているナルトはといえば、陽気に賑わっていた周囲の酔客が息を詰めてこちらの様子を窺ってくるほどの怒気を無遠慮に振り撒きながら詰め寄ってくる相手に向かって
「よう、サスケ! お前も呑むか?」
 などと、にへっと笑み崩れた顔で銚子を持ち上げ振ってみせている。
「…てめぇ、今何時だと思ってんだ…」
 両腕を組み、卓の脇に仁王立で射殺さんばかりの眼差しをナルトに向ける男の横顔を見上げ、サイは小さく溜息を落とした。彼が登場したという事は、どうやら宴もここでお開きのようだ。
「何時って…何時?」
「10時まわったとこかな」
「え、もうそんな時間かぁ」
 店の壁掛け時計を見上げながら、2人して呑気に首を傾げる様子がまた、地雷を押してしまったらしい。
「―――オレは、9時半には絶対戻って来いって、言ったよな!? え? このウスラトンカチ!!」
 激昂し、卓を引っくり返さんばかりの勢いで乗り出して里長の両耳を捻り上げながら怒鳴りつけるサスケの様子は、普段の冷静沈着で有能を絵に描いたような火影補佐の姿からは想像もつかない荒れ方で、
「ごめ…ごめんっ!! ついうっかり…!!」
「つい、じゃねぇ! てめぇが決済しなきゃどうにもならねぇクソ書類が死ぬほど溜まってんのも『うっかり』忘れてたってか!!」
 普段なら少なくとも人前では、同期の友でもある火影に対してあくまでも弁えた態度で接しているサスケが、事もあろうに一般人や忍で賑わう居酒屋で、その尊敬すべき里長に掴みかかり怒鳴りつける様を、居合わせた若い忍たちは驚きに目を丸くして見つめ、逆に昔の彼らを知る年長の者達はニヤニヤと笑みを浮かべながら眺めている。
 幸か不幸か最も間近で騒動を見守る羽目になったサイが、極力気配を潜め、それでもこの場においてはこれが己の使命であろう、と、卓上の器類を2人から遠ざけつつもちらちらと盗み見たサスケの横顔には、目の下に濃い隈が浮かび、心なしか肌の色もくすんで見え、羽織っているベストはくたりとして薄汚れている。そうして改めて耳をそばだててみれば、その怒鳴り声も本気で怒っている彼のものにしては随分迫力が足りないような気もした。
 これは、少なく見積もっても3日は家に帰れていないな、と、思わず同情の念で眉間を曇らせると、気配でそれを察したのか、ナルトの襟首を掴み上げたままのサスケがじろりと睨みつけてきた。
「………何だよ」
「えーと………お疲れ、さま?」
 思わず口を吐いて出たのは我ながら呆れるほどに緊張感の無いセリフで、しかもシンと静まり返った店の中でその声は妙にはっきりと響いてしまった。
「………」
 無言のままこちらを見つめて来るサスケの視線の強さに、石にされたように固まってしまう。ぴりぴりとした空気の中で壁掛け時計の秒針の音がやけにはっきり響くのが聞こえ、背中をつうっと一筋冷汗が走った、その時。
 きりりとつり上がっていたサスケの眉が、ふにゃりと下がるのが見えた。
 あ、と思ったときには既に、糸が切れたようにくたくたっとその場にしゃがみこんでしまったサスケは、力なく肩を落とし項垂れたまま、
「そーだよ…死ぬほど疲れてんだよ、オレは…」
 と、地の底から這い登るような声で呟いた。そして、恨みがまし気にナルトを睨み上げたが、その目からは一瞬前までの火を噴くような怒りの色は消え失せていた。
「ご…ごめんなサスケっ」
「…もーイヤだ。オレは帰る。帰って寝る」
「そんな事言うなって、サスケがいねーとオレ困るってば」
 どうやら、長い付き合いのナルトですら、こんなにも萎れたサスケの姿は衝撃的だったらしい。慌てて席を立ち、サスケの傍にしゃがみこんで懸命に宥めるが、
「勝手に困れ。オレはもう知らねぇ」


ナルサイ・8

2010-04-27 | ナルサイ(タイトル未定)
「あのな、今だから言うけどイルカ先生、前からお前のこと、アカデミーに来ればいいのにって言ってたんだぞ」
「え」
意外な事を言われ、思わず固まった。
教員試験を受けるために現役のアカデミー教師の推薦が必須と知り、駄目モトでイルカの所へ頼みに行ったのは昨年の冬の事だった。ナルトが言っているのはその頃の事だろうか、と問うと、ナルトは僅かに考え、
「や、違うって。そんな最近の話じゃねぇもん」
と、首を振った。
そして、煮物を口へ運んだ後の箸を行儀悪くねぶりながら、
「もっと、ずっと前。まだオレとお前とサクラちゃんとでスリーマンセルで任務してた頃」
あっけらかんと告げられ、益々混乱した。ナルトやサクラと共に任務をこなしていた頃というなら、それはまだ自分たちが十代の時の話だ。
「…何で、イルカ先生そんな事を言ったんだろう」
「うん、オレも不思議でさぁ、なんで?って聞いたら…」
遠い目で、恩師とのかつての遣り取りに思いを馳せていたナルトは、突然へにゃりと笑み崩れ、
「あ、そっか。そんときにお前のことを、かなりの熱血だから、って言ってたんだった」
「………」
うんうん、思い出した…と、至極満足げな様子のナルトに少々の脱力感を覚えながら、この様子では今日はもうこれ以上の事を聞き出すのは無理かもしれない、と悟り、
「そっか…『教師に向いてるから熱血』って事なのかな」
と無理矢理まとめてやると、
「や、そうじゃなくて、『熱血だから教師に向いてる』って………じゃなくてさ…」
折角話を終わらせてやろうとしたのに、ナルトはわざわざ自分から話題のループに嵌り直してしまった。
「…何で熱血?って話だったんだもんな…だからさ、えーと………あれ??」
酔いで鈍った頭で考え続けても、思考のための思考で更に迷うだけじゃないかという気もしたが、せっかくなので真剣な顔で考え込むナルトの様子を肴にして、残った酒をちびちび舐めていると、

ナルサイ・7

2010-03-13 | ナルサイ(タイトル未定)
それは、かつて属していた「根」から己に与えられた名だった。
与えられる名は任務の度に変わり、故に自分がいつ、誰に何という名で呼ばれていたかなどということは、今ではもうほとんど覚えていない。
不思議なもので、名を呼ばれた記憶が薄らぐと、一体自分は本当にあの時あの場所に居たのだろうか?と、己の存在ごと思い出が曖昧になり、やがては消えてしまう。自分の中で、過去の自分がしずかに死んでいく感覚。そうやって己を殺しながら任務をこなす。あの頃は、それが「生きる」という事だった。
数年前、根の実質的な支配者だったダンゾウが命を落とし、地下組織の色合いが強かった根は名実共に解体され、所属していた忍たちは正式な木ノ葉の忍として、戸籍上の名で改めて里のリストに登録された。
自分も、その時本来の名が返された一人だ。孤児であった自分に誰がその名を付けたのか今となっては知る由もない。けれど、どういうわけかいつまで経ってもその名が身に馴染まない。根に居た頃、どんな名で呼ばれても違和感など感じた事もなかったというのに、今になって皮肉なものだな、と思う。
「サイ」は、根の暗部としての最後の任務で、ダンゾウ自らに与えられた名前だった。その任務を通してナルトに出会い、サクラやシカマルや、たくさんの木ノ葉の忍と知己となった。
けれど、いまではもう自分を「サイ」と呼ぶ人はいない―――ナルトを除いては。
勿論、公の場や「サイ」を知らない人の前でその名を呼ぶような事はしない。はじめの頃、本当の名を呼び上げてはいちいち「なんか変な感じだなぁ」というような顔をしていたナルトも、最近ではもう当たり前のようにその名を口にする。
けれど、こうやって2人きりでいるとき、ナルトは迷いもせずに「サイ」と呼ぶのだ。あの頃より少しだけ低く、その分だけまろみを増した、その声で。

ナルサイ・6

2010-03-10 | ナルサイ(タイトル未定)
「………イルカ先生が…」
「あ、そっか。うん、そう、イルカ先生が…えーと………んー…?」
酔いのため思考が定まらないのか、上手く言葉が見付からずにうんうん唸っていたナルトだったが、ふと顔を上げ、
「っていうか、何でお前そんな真顔なの?」
ちゃんと飲んでるか?…と、微妙に痛いところを衝いてきた。
二人きりで差し向かいで飲んで酒を過ごしたりしたら、うっかり何を口に出してしまうか分からない、という自覚もあり、宴の供が度数の高い酒に切り替わってからは、場を白けさせない程度―――殆ど舐めるようにしか飲んでいなかった。
「飲んでるよ…」
ちゃんと、という程ではないけどね、…と、心の中だけで言い訳を付け足した。
「そうじゃなくて、熱血とか言われたの初めてだから、何でだろうって思って」
辛抱強く話の流れを修正する。ナルトは腕を組んで大仰に頷き、
「うん…そーだな、フツーお前相手に熱血って単語は出て来ねーよなぁ」
にしし、と、悪戯小僧の顔をして笑った。
ナルトの言う通りだし、自分だってそう思う。けれど、何故かとても―――嬉しかったのだ。自分をそんな風に評してくれる人がいたという事が。そして、どうしてそう言ってくれたのか知りたいと、心から思った。
真剣な気持ちが伝わったのかもしれない。酔いにまかせて話をはぐらかしてばかりだったナルトが一瞬黙ってこちらを見つめ、ややあって、姿勢を正すと真っ直ぐに向き合ってきた。
そして、
「―――なぁ、サイ」
懐かしい名で、呼ばれた。