一生

人生観と死生観

歴讀津軽外三郡誌の扱いの疑問

2009-07-09 16:45:55 | 哲学
7月9日 雨
 うっとうしいが梅雨だから仕方あるまい。今日は浅野前宮城県知事夫妻にお見舞いを兼ねて暑中見舞いのはがきを出した。氏は新聞によれば白血病のよし、忍耐が必要な病気らしいがどうか病を克服されるように。
 昨日東京にゆき、日本エッセイストクラブ賞授賞式に出席した。知り合いがごく僅かしかいなくなって淋しいことである。しかしこれも人の世の常、未来を信じて進むことだ。
 「歴史読本」8月号を東京の書店で入手。読んだが原田という人の古史古伝の東日流外三郡誌の偽書扱いは相変らずで、そこに進歩が見られないのは残念なことだ。私はこの本が偽書でも真書でも自分の状況が変わるわけでもない、いわば中間派で、古代を知ることを楽しみ、古代人を尊重したいだけだが、真書派が必死で新しい証拠を求めているのに対して、偽書派は古臭い筆跡鑑定にあぐらをかき、真書派を軽蔑、言論暴力といってもよいほどの執拗さで攻撃するやり方を遺憾に思っているのは事実だ。これでは西村氏(東京学芸大学教授)や笠谷氏(日本国際センター教授)が学問的議論ができないといって怒るのも当然だ。進歩なきグループはいつか堕落し、気が付いたときには時代遅れになっている。そんな恐れを感じてもらわなければ。
 とれとともに「歴史読本」編集部首脳部も命の洗濯をしてもらう必要がありそうだ。公平でないではないか。

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2 コメント

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拙稿ご高覧ありがとうございます。 (原田 実)
2009-07-13 15:37:17
拙稿掲載誌、ご高覧とのこと、誠にありがとうございます。

なお、貴方のブログを拝見したところ、事実誤認があるようですので
この場を借りて指摘させていただきます。

まず、いわゆる「寛政原本」について自然科学的手法による鑑定結果が発表されたという事実はありません。電子顕微鏡写真がとられたとの発表はありましたが、電子顕微鏡で神についてわかるのはパルプ製紙か、伝統的な和紙かということくらいです。そして伝統的な和紙は現在でも作られている以上、たとえパルプ製紙ではないということが判明しても江戸時代の紙だという証拠にはなりません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E6%BF%83%E5%92%8C%E7%B4%99

また、古田史学の会が、C14年代測定のために「寛政原本」の紙のサンプルをアメリカに送ったという発表を行ったこともありますが、その結果はついに公表されませんでした(電子出版の『寛政原本』解説では結果発表どころかC14年代測定の話題そのものに触れていません)。

笠谷和比古氏の鑑定文なるものは、こちらの掲示板の493に全文引用されています(念のため電子出版『寛政原本』と比較して内容が一致することを確かめました。
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1213876758/402-501

この中で笠谷氏は「料紙、書体、筆跡のいづれの点においても江戸時代中のものと判断される」と言っていますが、その根拠は述べていません。これでは骨董の裏書きには使えても学術的な鑑定としては役に立ちません(笠谷氏がこれを書いた日付も入っていないので骨董の裏書きにも使えないかも知れません)。
一方、寛政原本には、寛政時代の文書にはまずありえない方向表示用の矢印、「大宇宙」などその時代にはありそうもない単語、和綴の際に穴を開ける方向を間違えた跡、虫食いの穴を避けるように書かれた字(書かれた後に虫が食ったのならこれはありえません)など、年代や作者に疑義を感じさせる要素が多々あるにも関わらず、この鑑定文ではそれに触れていません。これは笠谷氏の観察がおざなりなものであったことをうかがわせます。

実際には、「寛政原本」が江戸時代のものだという証拠は何もありません。古田氏が和田喜八郎氏の遺品の中にあったいくつかの文書を突然「寛政原本」認定しただけです。それ以前に同じ遺品の全点をチェックしていた藤村光幸氏と竹田侑子氏は、その中に寛政原本はないとみなしていました。古田氏の認定した「寛政原本」はそれこそ料紙、書体、筆跡のいずれにおいても他の和田家文書と異なる特徴があるわけではなかったのです。古田氏の「寛政原本」認定以降は竹田氏は追随していますが、それもその方が現在の竹田氏にとって都合がいいからという以上の理由ではありません(竹田氏は以前の自分の認識を改めた根拠をなんら説明していません)。
http://www8.ocn.ne.jp/~douji/kanseigenpon.htm

東北の人なら『東日流外三郡誌』を支持するのが当然ということですが、実際には東北の郷土史家で当初からこの文書に批判的立場をとる人も多かったのです。その人々からすれば、偽書によって自分たちの郷土の歴史を捻じ曲げられるというのは許し難い行為でした。
『東日流外三郡誌』を熱心にとりあげたのはむしろ東京や大阪に本社を置くマスコミでした。また、古田武彦氏、西村俊一氏、笠谷氏らはいずれも東京の大学や研究機関の元教授や教授です。
東北の心ある人々からすれば、真作説はマスコミと一部の学者が中央の権威によって地方の歴史を書き換えようとする暴挙でした。だからこそ、多くの郷土史家がそれに反発しましたし、『東奥日報』でも大きくとりあげることになったわけです。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4938965097/
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4826503202/


以上、今後は偽書説の資料にも目を通された上で改めてご判断いただきたく
よろしくお願いいたします。

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筆跡鑑定力 (ハローワーカー)
2009-12-27 20:57:23
ちょっと引っかかったブログサイトですが、他にもいろいろコメントがあったので、また余計な事を一言。
原田さん、あなたの主張の根拠となっているのは今や筆跡鑑定だけのようですね。申し訳ありませんが筆跡鑑定とはとても難しい技術で、古田さんは過去の研究の中でその技術を磨かれたようです。
私は失礼ですが、あなたが持っている筆跡鑑定技術を信用できません。それを持ち得る経験をあなたが積んでいないからです。 試しに第三者による筆跡鑑定テストでも受けてみたらいかがでしょうか。ビール銘柄あてのようにいくつかの似たような筆跡サンプルから本物を当てるようなテスト。それを古田さんと一緒に受けてみたらいかがでしょう。もしそれで古田さんに勝てたら私はあなたの言う事を信用できると思います。
もちろんそんなことは本筋から外れた話ではあるのですが。あなたには必要かもしれませんね。
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