☆ 愛娘が検索から私を見つけて二十年ぶりに名乗り出てくれた。
2010年09月19日 22時03分16秒 です。
新しい記事は書き足しながら会える日々を楽しみに投稿していきます。
Twitter における私は 娘との 日常会話
まだ もう 30年近く 会えない日々
昨夜は 【十一夜 ☆家族】 から
リンク先ブログ記事。
1 ☆ 「愛娘からの便り 20日のつぶやき」・・・一人娘が検索から私を見つけて名乗り出てくれたんですが・・・・・なんといったら良いのか突然で、まだ言葉が出ない。なんてったって、二十年ぶり。。。まず、メールから、少しずつ焦らずに。娘にとっては、「両親の離婚から家族の過去を、何があったのかをブログで知る」大変な苦労が降り掛かる今日からなんです。心配です。
2 ☆ 「9月22日(水)のつぶやき」・・・ブログ読むのは今日はもう止めて、あなたも休んだら? 明日がある。僕達には、明日が約束されたんだから。(この22日からブログをTwitterに連携させました)おふくろに、さっき貴女と連絡が着いたことを話したら、、、泣き出した。。。会いたい、ってさ。お互いに慌てないで、、ゆっくり、進もうね。注意して欲しいのは、絶対に院長から周辺に憎悪を抱かない事。これだけは、、、絶対に、駄目ですからね。
3 「 23日(木)」
4 ☆ 「 24日(金)のつぶやき」・・・
02:36 from web
強くなければ、生きられなかった。。。身にしみる。謝って済む問題では、ない。
02:38 from web
今の貴女の周囲、というのは、私も一番の気掛かりです。
02:41 from web
02:52 from web
私の「娘」 と 書いてくれて、ありがとう。
5 ☆ 「 25日(土)のつぶやき」・・・
11:36 from web
「もう、Twitterもブログも見ないし、メールアドレスも削除します」と言われてしまった。二十年ぶりの便りから、まだ数日なのに。。。
11:49 from goo
12:02 from web
自分のプロフィールを全て削除したいんですが、その方法が分からない。誰か御存知でしたら教えてください。
6 「 26日(日)」
7 ☆ 「追憶の日々 27日のつぶやき」・・・二十年間も消息不明だった一人娘がブログを見つけてくれました。悩み苦しんだ末の十九日夜にメールを寄せてくれました。そこから両親の離婚から何から何までの真相を一気にブログから読み解く辛く悲しい時間が回り始めたのです。メールだけですが何通も交わしました。五日目となる二十四日夜に途絶えました。思い出したくないのでしょうか心配でたまりません。
8 ☆ 「旅立ち 28日のつぶやき」・・・離婚した妻は旧姓を名乗っている。だから娘もです。当時は寂しかったが、こうなってみると本当に良かったと思います。明後日からですね。毎日祈っていきます。鉄だって伸び縮みする、しなるから、強いんだよ。歩み、頑張りすぎないようにね。
憂き我に合いにおいでよ閑古鳥
9 「初出勤 つぶやき」・・・
01:07 from web
今日からだね、無理しすぎないようにね。何時でも、メールしてねっ。。。手紙でも何でも貴女の思うがまま、気の向くままで良いんだよ。。。
10 「10月2日」・・・
07:30 from web
おはようございますっ おかしな上司が居ないか少し心配した昨日の初日でした いってらっしゃい 好い一日でありますように
09:04 from goo
慶び。昨日は二十年以上も顔を見ていない一人娘も一人っ子の初出勤でした
11 「10月3日」・・・
17:31 from web
あまりにも衝撃的な両親の離婚の真相から、知らされなかった家族崩壊の構図でしょうが、本文中のリンクを使わないままに昨日からの父のツイートする順番を追ってくれれば、うれしい。
12 「10月4日」・・・
10:53 from web
自分のツイートで RT とか @ と一緒に連れ立って流したいんだけど、如何したら良いんだろ。阿蘇で、ムギュ、した子に教えて欲しいなぁぁぁぁぁ
13 「10月5日」・・・
10:08 from web
ブログに飛ばした人様のツイートは文言も写真も簡単に書き換えられます。しかし、それこそ犯罪。フラグもレッドカード。つまんない疑問ですね。
11:16 from web
貴女の元気もらった。ありがとう。
14 「10月6日」・・・
18:43 from goo
家族から、「周囲への圧力。画商も遊戯施設も、ことごとく仕事を潰された」
梅も枯る熾き火使いし明くる年花も盛りは落果で育ち
「みんなと過ごした11月27日展」 から ・・・・・
11月26日、22:51:03 娘が便りをくれました。うれしい。
「三月の母 12-31」 へ ・・・・・
2011年03月20日、わざわざ遠い地から娘がブログを参考に「やぶれまんじゅう」とか色々持って病院に母を見舞いに来てくれました。なのに10年ぶりの母どころか20年ぶりの私も会えなかった。
孫が見舞いに来てくれたと知らされた母は車椅子をリハビリの男性職員に押してもらって必死で追いかけたのです。何も知らない職員は驚かれたでしょう。この職員の方を呼び捨てに「グズグズしているから」って悪態ついておりました。。。「申し訳ございません」
母は孫の後ろ姿を見つけて名前を叫んだそうですが、あの声です。とても遠くまでは届く声ではない。振り絞ったのでしょうが、、、
あとも大変です。孫を見た職員の方々に様子を聞き回り、「確かに孫だと、私の娘だと確信したそうです」 私に後ろ姿の見たままを事細かく教えてくれました。
娘へ。。。ありがとう。。。すごく喜んでいたよ。。。
2011年08月12日
そして ふたたび 声すら姿すら 見えない日々が続きます