今日は9月1日、防災の日です。

大人に交じって炊き出しを待つ子供(17日 岩手県釜石市)
朝、TVを見ると 3.11東日本大震災の時、全員が助かった釜石東中学校、小学校
の事を取り上げていました。
学校が避難場所に指定されていたのですが、ここにいては津波にのまれると判断、
小学校の生徒を助けながら、より高い所に逃げて、奇跡的に全員、助かりました。
想定を信じるな。
自分で考えて判断し、助け合って行動する。
というようなことを日頃の防災訓練を通して身につけていたのですね。
忘れません! 悪夢のような3月11日、午後2時46分
あの後、いろいろな事が起こり、記録する余裕がなかったので、今、思い出しながら、
UP してみます。
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地震がなかなかおさまらないので外に出て、6階からマンションの入り口付近を見下ろすと
泥沼のようになっていて、何ヶ所かから、水道管が壊れ、噴水のように水が噴き出して
いました。
地面とマンションが平行に交差するようにゆっくり揺れていて、自転車置き場が泥沼に
浮かぶ小舟のように揺うていました。
信じられない、夢でも見ているような光景でした。
上下水道が使えなくなり、それからは水、水、水を確保の毎日です。
(我が家のすぐ前に大型スーパーがあり、日頃、何か足りなければスリッパを履いて
買いに行けるので、何の備蓄もありませんでした。
ところが地震直後スーパーはclosed。翌朝、2時間並んで入っても殆ど必要な物の棚は空っぽ)
自治会の方が安否を確認に来たり、災害用簡易トイレを配って下さったり、防災用備蓄品
を出したりして下さいました。
マンションの棟入口には直ぐに、口コミ情報白板が設置されました。
近所の方と会うと、今、どこどこで給水されているとか食糧が買えるとか、
公民館のトイレが使えるとか教えてくれます。
近くに住む息子から翌日、ペットボトルの水を分けてもらったり、この地域の液状化を知った
娘や親せきや知人の方から必要物資が送られて来たりしました。
被害の少なかった元浦安迄行き、銭湯、コインランドリー、レストランなど利用しました。
地域コミュニュケーションとかご近所力とかの大切さ、有難さをしみじみと感じました。
まさに「絆」ですね!!
私の住んでいる地域は3月28日に上下水道が仮復旧しました。
現在は各方面の災害査定の終了を待って、復旧工事に着手するとの事です。

12日撮影 スーパーの入り口

12日撮影 マンション棟入口

12日撮影 近くの小学校の校庭(液状化で泥沼状態)

12日撮影 小学校のプールから生活用水を給水
12日撮影 自衛隊の給水車

14日撮影 人の背丈くらいに飛び出たマンホール
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東北の被災地の人々、今だ収束の見られない福島第一原発事故、放射性物質の拡散etc.
の事を思うと胸が痛みます。
司馬遼太郎さんの著書「21世紀に生きる君たちへ」
ここをクリック
は小学校6年生の教科書に載っているそうです。
司馬遼太郎さんはまるでこの大地震や原発事故を予感していたかのように、自然を畏れず
驕れる人間に警鐘を鳴らしているように思われました。
40年間、反原発を訴えてきた小出裕章助教の「大切な人に伝えて下さい」”隠される原子力”
ここをクリック
の講演は原発のこと、放射性物質の生物に与える影響を明解に分かり易く
説明しています。