The Mysterios Library

本は時空を超越した情報メッセンジャー。素晴らしい出会いと意外性に満ちた迷宮。だから、今日も次のページを訪ねて行く……

バルセロナ、1952年。スペイン内戦終結から13年…

2016年09月19日 | Weblog
自分の国、日本の歴史についての知識さえかなり覚束ない。ましてスペインともなると、お手上げである。だから、スペイン内戦(1936~1939年)についての私のわずかながらの知識は、映画『誰がために鐘は鳴る』(原作アーネスト・ヘミングウェイ/ゲーリー・クーパー、イングリッド・バーグマン共演)、ピカソの絵画『ゲルニカ』、ジョージ・オーウェルのルポルタージュ『カタロニア讃歌』あたりから得た、断片的なものにすぎない◆『偽りの書簡』(R・リーバス&S・ホフマン/宮崎真紀訳/創元推理文庫)は、内戦が反乱軍側の勝利で終結してから13年後、フランシスコ・フランコが総統として、全国に強権的な独裁政治を揮っている頃の、バルセロナを舞台にしたスペイン発のミステリーである。本書は、スペイン語圏「ハメット賞」(そういう賞があることを初めて知った)の特別賞を受賞しているそうだ◆上流階級の人々を患者にしていた高名な医者の未亡人で、社交界でも有名だった女性が、殴打され扼殺される。事件捜査の指揮を執るバルセロナ検事局検事長は、この事件をある新聞社の単独独占取材とするよう、犯罪捜査局の部長に指示する(当時の独裁政権下では、こういうことが当然のように行われていたらしい)。この結果として、編集長から白羽の矢をたてられたのが、若い女性記者アナ・ノゲーである。こうして彼女は、取り調べに平然と暴力を振るう強面の刑事カストロに密着して、事件の捜査を追うことになる◆被害者宅から押収された書類を調べるうちにアナは、被害者に宛てられた差出人がわからない恋文を何通か発見する。ここで彼女を助けて活躍するのが、はとこに当たる親戚の文献学者ベアトリズ・ノゲー。彼女は、文章の綴り方、言い回し、形容詞の選び方などから、書き手の人物像を描き出し、重要な手がかりを発見する。こうして、二人の女性は協力して事件の真相に迫っていくわけだが…◆本書はミステリーだから、もちろん殺人も死体も出てくる。が、派手な銃撃戦やアクション場面はない。主人公以外にもいろいろな人物が登場し、物語はむしろ淡々と進行していく。しかも、伏線のはり方は自然で、個々のエピソードの結びつけ方はなかなか巧みなので、最後まで引きつけられて読んでしまった。なお付け加えると、アナとその家族も、ベアトリズ本人も、未だに癒えぬ内戦による傷を心に負いながら、重苦しい独裁政権下で生きている。その生活感がよく書けている◆女性作家二人の共著である本書を読み終わって私は、サマーセット・モームが『世界の十大小説』の中で、ジェーン・オースティンの作品を評した言葉、「どの作品にも、これといって大した事件は起こらない。それでいて、あるページを読み、次に何が起こるだろうと急いでページをめくると、やはり何も起こらない。でもまたページをめくらずにはいられない」を思い出した。ちょっと誉めすぎかもしれないが、そんな感じを受けた◆余談になるが、巻末の解説によれば、バルセロナのあるカタルーニャ地方は、言語、文化、発展の歴史も、他のスペインの地方とはかなり異なり、独立的な気質が強いという。サッカー・スペインリーグの強豪「FCバルセロナ」のライバル「レアル・マドリード」は、フランコ政権の支援で勢力を伸ばしたとか。宿命のライバル関係は、この時代から醸成されてきたらしい。