The Mysterios Library

本は時空を超越した情報メッセンジャー。素晴らしい出会いと意外性に満ちた迷宮。だから、今日も次のページを訪ねて行く……

ヒトラー三題

2014年08月04日 | Weblog
最近読んだ7~8冊の本の中に、ヒトラーに関連するものが3冊もあったことに気がついた。単なる偶然とは言え、ちょっと面白い出来事だと感じたので、このことを書いてみたい◆最初の1冊は『帰ってきたヒトラー』(ティムール・ヴェルメシュ/森内薫訳/上・下/河出書房新社)。これはタイトルに魅かれて読んでみた。1945年4月30日、ベルリンの総統地下壕で自殺した(はずの)ヒトラーが、なぜか(この辺の説明はないのだが)2012年のベルリンに甦るところから物語は始まる。彼は自分が自殺したことも覚えていない◆バラク・オバマにしろキム・ジョンウンにしろ、善きにつけ悪しきつけ有名になった人物には、必ずそのそっくりさんが現れて、テレビCМなどに出演して結構稼いでいるらしい。現代に甦ったヒトラーは、本人のそっくりさん(本人だから似ている?!のは当然か)は、その過激な発言(東欧系やトルコ系移民やユダヤ人に対する)も相俟って、テレビ界の寵児となっていく。これは風刺小説なのだが、当然のように、ドイツ国内で賛否両論があったらしい。ヒトラーがインターネット上で自分の過去の業績(?)を閲覧する様子、自らのホームページ開設に当たって、好みのURL候補がすでに全て登録されていて面食らうところなど、随所に笑える場面が出てくる◆2冊目は『沈黙を破る者』(メヒティルト・ボルマン/赤坂桃子訳/河出書房新社)。2012年のドイツ・ミステリー大賞受賞作ということで、図書館に予約した。ミステリー小説なので、内容の紹介の仕方が難しいが、広告コピー風に言えば、「ナチス支配下の1939年に青春を送っていた、一見仲のよい男女6人の若者たちに起きたある事件と、50年後に彼らの村で発生したある殺人事件には、どんなつながりがあるのか? 過去と現在が交錯しながら進行する物語の中から意外な真相が浮かび上がってくる…」とでもなろうか。この本にヒトラーが名前で登場してくることはない。しかし、重苦しい影となって市民生活をじわじわと圧殺してくるナチス政治という形で姿を現している◆近年、ドイツを含めた北欧系のミステリーの評判が高い。本書もドイツ・ミステリー大賞受賞作ということで、期待して読んだが、期待が大きすぎたせいか、いまいち物語に没入できない恨みが残った。生意気な言い方なのは承知の上だが、物語の視点の散漫、つまり、誰をこの小説の主人公に据えるかという作者の意図の不明確さが、読んでいて私を不安にさせたのではないかと思う◆最後、3冊目は『キス・キス』(ロアルド・ダール/田口俊樹訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)。2005年5月に早川書房より異色作家短篇集として、開高健の翻訳で出版された同名の書の、新訳者による新刊である。この短篇集の中の1篇「始まりと大惨事─実話─」にヒトラーは登場する。と言っても、彼は生まれたばかりの赤ん坊で(喋れないので)、彼の母親と、産院の医師、それに父親との会話で物語は進む◆最近、以前に翻訳された本を、新しい訳者による新訳という形で出版し直すケースがよく見受けられる。本書もその例だ。何作か読み比べた経験から言うと、大体において新訳のほうが読みやすくなっている気がする。もっとも、本書の場合は、相手が開高健という大物なので、どうだろうか。今度、そちらも読んでみなければなるまい◆インターネットで調べると、「始まりと大惨事─実話─」は、開高訳では「誕生と破局」となっていた。原題(英語)はともかく、この題だけを取り上げて比べた場合、私は開高訳のほうに軍配を上げたい気がするが、いかがなものだろうか。