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森沢明夫『虹の岬の喫茶店』(幻冬舎文庫)

2018-02-26 | 書評「も」の国内著者
森沢明夫『虹の岬の喫茶店』(幻冬舎文庫)

小さな岬の先端にある喫茶店。そこでは美味しいコーヒーとともに、お客さんの人生に寄り添う音楽を選曲してくれる。その店に引き寄せられるように集まる、心に傷を抱えた人人―彼らの人生は、その店との出逢いと女主人の言葉で、大きく変化し始める。疲れた心にやさしさが染み入り、温かな感動で満たされる。癒しの傑作感涙小説。(「BOOK」データベースより)

◎吉永小百合さん「映画にしたい」
 
 朝日新聞(2014.9.5)で、「吉永さん『映画にしたい』主演も」の見出しをみつけました。それだけで胸が高鳴りました。森沢明夫『虹の岬の喫茶店』(幻冬舎文庫)は、ウルウルさせられた作品でした。作品を読みながら、行ったことのない岬の喫茶店はしっかりとイメージできました。

 舞台となった喫茶店は、一度火災で焼失しましたが、現在再建されているようです。千葉県鋸南町の明鐘岬の「音楽と珈琲の店・岬」は、著者の森沢明夫が雑誌の取材で訪れたところです。岬の風景と店主の玉木節子さんの人柄に、ほれこんだ森沢明夫はものがたりをつむぎだします。

――岬は陸のいきどまりだが、そこから海が無限に広がっており、終着点のような出発点のような場所。人間って目の前に絶景があると感動して、変われると思う。最近、友人があの店でプロポーズして、OKをもらったのですよ。(朝日新聞の記事、森沢明夫談より)

 本書の初出は2011年ですから、吉永小百合が3年目に種火に火をつけたことになります。ちなみに映画のタイトルは、「ふしぎな岬の物語」となっています。

 著者の公式ページをのぞいてみました。森沢明夫のブログがありました。こんなことが書いてあります。「幸せってなんだろう? そんな根源的な問いかけの答えになればいいな」

 傷をかかえて岬の喫茶店を訪れる人たちは、店主・悦子さんが「おいしくなぁれ、おいしくなぁれ」と呪文をかけたコーヒに癒されます。悦子さんが選んだ音楽で元気をもらいます。そしてなによりも、悦子さんの真心のこもった言葉で新たな世界を発見するのです。

 私は個人的に、本書は第1章だけの作品だったらよかったのに、と思っています。幼い娘を残して世を去った妻との思い出。幼い娘の無邪気さ。夫を亡くした悦子さんの喫茶店。この章をふくらませたものを、読んでみたいと思います。

◎虹を探す冒険と旅

『虹の岬の喫茶店』は、喫茶店をめぐるオムニバス形式の人情ドラマです。本書は6章の構成で、仕立てられています。しかもバトンリレーのように各章がつながっています。それぞれの章には、「第1章〈春〉アメイジング・グレイス」というように、季節と音楽のタイトルがつけられています。

 第1章は妻を失って、途方にくれる若い父親と幼い娘の話です。男は陶芸作家ですが、暮しは楽ではありません。香典返しのリストをチェックしたり、娘の食事をつくったりと、てんてこ舞いの毎日をすごしています。

マンションのベランダでみた虹を追って、車を走らせた親子は偶然、岬の喫茶店にたどり着きます。虹はみつけられませんでしたが、お店に壁に飾った絵のなかに虹を発見します。

――光の粒子をちりばめたような見事なオレンジに染まった夕空と海。そこに、神々しいような虹が架かっている。虹は、空と海よりも一段と輝いていた。額のなかの世界は、とても絵画的で、現実離れしたような光彩を放っているのだが、しかし海の向こうに描かれた半島の形や富士山の配置からすると、この店の窓の外に広がる風景を写生したことは明らかだった。(本文P55より)

 絵を描いたのは、岬の喫茶店の初老の店主・柏木悦子さんの亡き夫です。悦子さんは夫の描いた虹をみたいと、喫茶店を開いたのです。悦子さんが親子に「どうしてここへ?」と質問します。「パパとね、虹さがしの冒険をしてたの」と幼い声が答えます。悦子さんはつぶやきます。「じゃあ、私と同じ旅をしてたのね」と。

 第2章は就職活動がうまくいっていない、大学生の話です。乗っていたバイクがガス欠をおこし、やっとの思いで岬の喫茶店にたどりつきます。第1章と同じように、片足のないコタローという白い犬に迎えられます。大学生はそこで、画家の卵のみどりさんと出会います。悦子さんの話を聞き、みどりさんの姿をみて、大学生はフリーライターになると自らの進路をきめます。

 以下はつぎのような話がつづきます。悦子さんに恋する初老の建築会社重役の話。生涯独身をつらぬき、子会社へ流される前にお店に顔を出します。

泥棒がはいります。そしてずっと悦子さんを気遣う甥の浩司の話。終章で浩司は、いつの間にか2児の父親になっています。

 森沢明夫は寂しい舞台で、心温まるものがたりを提供してくれました。いまごろ悦子さんはどうしているのでしょうか。行ってみたいお店が、また1軒増えたようです。
(山本藤光:2014.12.18初稿、2018.02.26改稿)

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