しかし、その後すぐ、病院側は控訴して東京の高裁(高等裁判所)で審理することになりました。高裁といっても一審のような、時間をかけて丁寧に積み上げていく審理はありません。一審の資料を基にもう一度裁判官が審理するのです。一審では医者の鑑定は行なわなかったので、鑑定意見を新たに付けることにしました。鑑定の項目についての打ち合わせが慎重に双方の弁護士の間で、裁判所を介して、やり取りされました。
鑑定意見は、多少病院側の立場に立っているものの、問題ないと思われました。
2000年7月すべての審理が終わり、裁判所も和解でなく判決を出すことになりました。2000年10月18日判決日、これですべてが決定するはずでした。(基本的に民事訴訟に、上告はない)すると判決の3日前、判決を11月29日に延期しますとの連絡がありました。弁護士さんの一人は「あれだけ資料が膨大なのですぐに判決は大変だと思っていたよ。」と言ってはいました。
ところが、またその3日前に、2001年1月31日に判決を延期しますとの連絡が。とこんどは、またまた判決日の前に2月28日に延期しますとの連絡です。いったいいつになったら判決が出るのでしょうか。
そして、あろう事かまた判決日の直前「判決日を指定しません。判決が決まれば裁判所から連絡します。」です。
なんと!それからまる1年音沙汰なし。2002年2月、弁護士さんを通じて、裁判所に強く言ってもらいました。最後の審理が終わってから1年7ヶ月経っているのです。判決を1年半近くも延ばされているのです。その上判決日のめども立っていません。
この年の5月に、長年活動をすすめてきた重症心身障害児者の通所施設建設・社会福祉法人設立の申請を県に出さなければなりません。資金計画がもちろん必要です。弁護士さんは負けることはないといっていましたが、どれくらいの額か分からないと困るのです。
すると、なんと次の月の3月に判決が下りたのです。申し入れてからたった一ヶ月です。半信半疑でした。
その結果は、なんと!なんと!一審と全く逆の 敗訴です。
電話で知らせを聞いたときは本当にがっかりしました。いったいどういうところでだめだったんだろう。数日後、裁判所から判決文が送られてきました。弁護士事務所で手渡され読んだ私は、絶句しました。事実誤認もはなはだしい!!
その4に続く
「愛する富士市を、愛せる富士市に」小沢映子公式ホームページ
http://www4.tokai.or.jp/ozawa/
鑑定意見は、多少病院側の立場に立っているものの、問題ないと思われました。
2000年7月すべての審理が終わり、裁判所も和解でなく判決を出すことになりました。2000年10月18日判決日、これですべてが決定するはずでした。(基本的に民事訴訟に、上告はない)すると判決の3日前、判決を11月29日に延期しますとの連絡がありました。弁護士さんの一人は「あれだけ資料が膨大なのですぐに判決は大変だと思っていたよ。」と言ってはいました。
ところが、またその3日前に、2001年1月31日に判決を延期しますとの連絡が。とこんどは、またまた判決日の前に2月28日に延期しますとの連絡です。いったいいつになったら判決が出るのでしょうか。
そして、あろう事かまた判決日の直前「判決日を指定しません。判決が決まれば裁判所から連絡します。」です。
なんと!それからまる1年音沙汰なし。2002年2月、弁護士さんを通じて、裁判所に強く言ってもらいました。最後の審理が終わってから1年7ヶ月経っているのです。判決を1年半近くも延ばされているのです。その上判決日のめども立っていません。
この年の5月に、長年活動をすすめてきた重症心身障害児者の通所施設建設・社会福祉法人設立の申請を県に出さなければなりません。資金計画がもちろん必要です。弁護士さんは負けることはないといっていましたが、どれくらいの額か分からないと困るのです。
すると、なんと次の月の3月に判決が下りたのです。申し入れてからたった一ヶ月です。半信半疑でした。
その結果は、なんと!なんと!一審と全く逆の 敗訴です。
電話で知らせを聞いたときは本当にがっかりしました。いったいどういうところでだめだったんだろう。数日後、裁判所から判決文が送られてきました。弁護士事務所で手渡され読んだ私は、絶句しました。事実誤認もはなはだしい!!
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