日々是精進 -東奔西走-

ふゆの&ワタセのツブヤキ

engage ショートストーリー

2014-12-25 | お知らせ
☆happy merry very sweet Christmas (1996年12月発行「聖夜」部分抜粋、修正)


 例年、年末は忙しくて、なかなか伊関拓朗と永見潔は一緒の時間が取れなかった。伊関は撮影があり、永見も年の瀬ぎりぎりの駆け込みの仕事に携わることが多かった。
 しかし今年は違う。
 二人とも完璧なスケジュール調整により
一緒に過ごす時間が取れる予定になっていた。

 去年の年末を思い出すと、永見の胸は張り裂けそうになる。
 自ら伊関の前から姿を消して実家に戻った。その後の人生を伊関と歩むために己で決めたこととはいえ、辛いことばかりだった。
 あのときは、とにかく伊関のところに戻ることだけを考えていた。今こうして実際また伊関と暮らせることに、心から感謝している。
 離れていた数か月の間に、永見は伊関に関するあらゆることを実感した。これまでも想っていたことを再認識する時間にもなった。
 自分の命より大切だ。伊関がいるから、今こうして自分は生きていられる。伊関と出会うため、伊関と一緒に生きるため、すべての出来事があった。そう考えれば、これまでの愚かな自分を赦すことができる。
 神の存在さえ信じられるぐらいだ。
 この命が果てるときが訪れるまで、伊関を愛し続けたい。そんな自分すら愛しくなる。
 

 朝目覚めると、既に伊関は仕事に行っていた。
『夕方には帰れると思う。夕食の支度は任せて』
 リビングのテーブルに残されたメモを眺め、永見は淹れたてのコーヒーを味わいながら無意識に微笑する。
 昨夜はお互いの温もりを味わいながら眠った。窓の外は冷えていたが、部屋の中はのぼせそうなほどに熱かった。
 布一枚隔てて触れる伊関の肌の温もりのもどかしさを、感じないでもなかった。だが、優しい鼓動を感じながら眠る心地好さもあった。
 頬を撫で、前髪をかき上げる伊関の大きな手は、永見を心から安心させてくれるだけでなく、夢の世界へ導いてくれる。
「拓朗……」
 永見は伊関の書き残したメモにそっと唇を当ててから席を立つ。あまり余韻に浸り過ぎていると、遅刻してしまう。
 今年の四月に、情報宣伝営業部の部長となった。とはいえ、肩書が変わったところで以前となんら変わりはない。そんな永見の姿を、周囲の人間は苦笑しながら眺めている。
「永見さんが椅子にふんぞり返って、持ってこられる書類に判だけ押している姿なんて想像できない」
 部下の千種の発言に誰もが同意する。
 永見の昇進により空いたポストは、今も空いたままだ。相応しい人間がいないためしばらくは永見が兼任を余儀なくされている。
 
 出社した永見は朝からフルに稼働し、年内に終わらせねばならない仕事をひとつずつ片づけていく。
 電話は鳴りっぱなしで、処理せねばならない書類がデスクの上にうずたかく積まれていく。その書類を見ながら、次の仕事のチェックをする。
 企画課が担当している仕事のすべての進行状況をチェックすると、永見は次の会議に出席するため外出する。
『五時帰社予定』
 今日の最難関の仕事はこれから出席する会議だ。長引かないことを願いつつ他部署の人間とともに会社を出た。


 年内に残された伊関の仕事は、年始番組の収録だった。本来は一週間前に予定されていたのだが、司会者の都合で今週に延期されてしまっていた。
「お疲れさん」
 スタジオに入ると、以前映画の主題歌を担当したルナテイクのメンバーがスタンバイしていた。
「これから収録ですか?」
 伊関が驚いた顔をすると「俺たちのみのほうがね」とリーダーが笑う。
「拓朗とのはもう少しあとだから、覚悟しておけよ」
 他のメンバーの言葉に、伊関は「お手柔らに」と肩を竦めた。
 今年四月に公開された初主演映画で、伊関は挿入歌を担当し歌手としてもデビューした。
 当初の予定では主題歌をと言われていたが、伊関が抵抗したため、挿入歌の担当となったのだ。
 とはいえ、サントラには収録するものの、歌手名のクレジットは入れないということで、伊関は渋々ながら承諾した。ところが吉田の陰謀により、知らぬ間にシングルカットが決まり、音楽番組への出演が決まってしまった。
「映画がヒットして歌も売れたら万々歳」
 吉田は実にご満悦だった。
 もちろん伊関の歌がまずければ話は別だ。ところが偶然耳にした伊関の歌が素晴らしくよくて、何がなんでもファンのみんなに聞かせたいと、マネージャー魂が疼いてしまったのだ。
 とはいえ、伊関の頑固さはよく知っている
 だから、承諾せざるを得ない状況を作り出した。
 そして吉田の思惑通り、挿入歌の収録されたサントラアルバムはもちろん爆発的なヒットを記録し、歌っているのが誰かと話題になった。結果、伊関が歌っていることがわかるとシングル化が決まり、それもまた爆発的に売れたのだ。
 アルバム制作の話も出たが、さすがにここは上手くいかなかった。
「二兎を追う者は一兎をも得ずと言うでしょう?」
 伊関はそう言うが、吉田は「二兎どころか三兎も得られる」とは思いつつ、今はとりあえず諦めた。しかし次の機会を睨み、色々下準備を進めているのは、伊関には内緒だった。

 収録を終えた帰りの車の中で、吉田は伊関に声を掛けてきた。
「収録の待ち時間のとき、メンバーの方と何か話していたみたいだけど?」
「今度のライブのチケットを送ってもらう話をしてたんです」
 伊関は笑顔で応じるが、実際は違う。
 今度行われるルナテイクのシークレットライブに飛び入り参加しないかと誘われたのだ。歌を歌うこと自体は嫌いではないし、ライブにも興味がある。詳細が決まってタイミングが合えばということで、彼らと内密に進めることになっていた。
 しかし、吉田は伊関の表情になんらか感じていた。とはいえ、ここでこれ以上追及しても仕方ないとも思っていたので、とりあえずそれ以上は聞かなかった。
「このあと、家に送ればいい?」
「飯食いたい。あと、どこかでワインを買いたいです」
「了解。じゃ、ここからなら恵比寿が近いよ」
 吉田は慣れた様子で運転して、恵比寿ガーデンプレイスの駐車場に車を置いた。
 ワインセラーでシャンパンを購入し、ワインに合わせた食材も適当に見繕った。
 他は近所で買えば済みそうだ。
「吉田さんはこのあとどうするんですか? 彼女とデートですか」
 忙しい吉田にも彼女ができたらしい。
「まさかー。会社に戻ってデスクワークだよ。そういえば、さっき会社に電話したら渡瀬さんが大笑いしてた」
「どうしてですか」
「ちなみに東堂くん宛の荷物だったんだけど、差出人がね。誰だと思う?」
「えと……」
 言いかけて伊関はピンとくる。
「もしかして……溝口さん?」
「ピンポーン」
 吉田は笑顔で答えた。
「わざわざ事務所宛てにしないで、直接本人に渡せばいいのにって、所長、笑ってた」
「留守だと困るからじゃないんですか?」
「うん。それもあるだろうし、絶対24日に渡したいから、事務所に送ったんじゃないかって所長も言ってた。ただとにかく大きくて困るからって、マネージャーの市川さん呼び出して取りに来させることにしたらしい」
 ちなみに今溝口は仕事でハワイににて、東堂潮は日本で仕事の真っ最中だ。
 潮とは色々あったが、今はよき仲間で後輩だ。
 溝口との関係がどうなっているのか直接本人に聞いたことはない。だがとりあえず良い関係を築けているのだろうと思う。
 市川経由でプレゼントを渡されたときの潮の表情を想像すると、伊関も笑顔になる。

 
 永見が帰宅したのは、伊関がすっかり夕食の準備を整えてからだった。
 エプロン姿で玄関まで出迎えに行くと、疲れた顔をしていた永見はそんな恋人の姿に微笑みを浮かべる。
「ただいま」
 そして挨拶のキス。
「ずいぶんいい匂いがする」
「だろう? 潔のために、腕によりをかけたんだ……って、何がおかしい?」
 自慢気に語る伊関の姿に、永見は無意識に笑っていたらしい。
「幸せだと思って」
「それを言うなら俺もだ。シャワー浴びておいでよ。シャンパン冷やしてあるから」
 照れ隠しに早口に言って背を向ける伊関の背中に永見の手が伸びる。
「拓朗」
「何?」
 振り返った伊関の唇に、挨拶ではないキスをするべく永見の唇が重なってきた。
「どうせなら、冷えたシャンパンを熱い湯をためた湯船で一緒に飲まないか?」
 蕩けるような甘い言葉に伊関は肩を竦める。
「誘ってる?」
 伊関の問いに永見は満面の笑みで応じる。
「一応」
 伊関を見つめる永見の瞳が揺れる。
「かなわいな、潔には本当に」
 苦笑する伊関は、改めて自分から永見にキスをした。




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