4章 食す
その夜、友人と二人、部屋で新聞紙の上に取ってきた獲物を並べてみる。なかなか大きさも立派で形もきれいであるが、美味しそうではない。傷がついたところが青黒くなっていて、なんだか怪しいんである。
宿の部屋には自分で使える調理器具などはなく、いきなり台所を借りるのも変なので、この怪しいのを生食で行くしかないんである。
そもそも毒きのこなので、食べて具合が悪くなって病院に運ばれでもしたらどうしようという心配もある。
そんな心の葛藤もあるが、こういう時は勇気を持って、エイヤッと食べるしかない。とりあえず3本食べてみることにした。
まずかった。生のきのこ特有のカビ臭さ、生えてるところが生えてるところなので(どこなのかはググってください)その気持ち悪さもある。飲み込んだ後も胃からこみ上げてくるような気持ち悪さがあった。でも吐いたりはしなかった。お茶をたくさん飲んでなんとかごまかした。
しばらく20分ほど待つも、なんにも起こらない。友人と二人で、これ違うやつだったんじゃないの、なんて話していた。ふと外から波の音がするのに気づき、外の景色でも見ようかなと、がらっと窓を開けたところ、、、
自分が違う世界にいることに気がついた。
5章 体験する
窓の外の景色がやけに鮮明で、リアリティーが普段より数倍上がっている。隣の友人もどうやらそのことに気付いたようだった。これはキテるね、と二人で確かめ合い、部屋にいるのもつまらない感じだから、ちょっと海岸に行ってみようということになった。
海に向かう途中で、まず視覚が普段と違うことに気付く。色の明度と彩度が高くなっている。物の質感も変わって感じられる。やけにつるっとしてキラキラ輝いている。すべてのものが存在感を増し、自然の景色は美しさを増していた。
海岸に着くとそれは息を呑む美しさだった。その海岸は砂ではなく白いサンゴでうめつくされていたが、そのサンゴに月明かりが反射してあたかも銀河のようにみえる。つまり上も星空、下も星空と言う状況で、宇宙の中を散歩しているようだった。
月明かりに目がなれて海の方を見ると、水平線がまるごと地球、という大パノラマが目の前に広がっていた。空には明るい月がのぼり、月明かりが海水面にはしごのような模様を作っている。
海は普段よりも粘度を増しており、打ち寄せる波が流動するアメーバのように見える。ただそう見えるだけではなく、本当に巨大な生き物であるように感じられてくる。そして、その巨大な体の中に圧倒的な生命力を内包しているのが実感できる。そして自分がかつてそこから生まれでてきたのだということが感じられる。生命の誕生や海から陸に祖先が上がってきた時のビジョンが呼び起こされる。
空を見上げれば広大な宇宙に無数の星が輝き、どこまでも続く世界の奥行きが実感できて、その果てしなさに飲み込まれそうになり恐ろしくなる。すると星は輝きを増し、星と星が光で繋がり、星座が姿を表す。自分がいまここに存在している「世界」の偉大さと神聖さに畏怖し、自分もその中の一部なのだと確信を持つ。それは神秘体験であった。感情は今まで経験したことのない喜びに満ちてた。
何か重要で根源的な真実を理解したと感じた。
その時にどのくらい海岸にいたのかはわからない。時間の感覚はよくわからなくなっていた。そこにいる間に月の高さが変わっていたので数時間はいたのだと思う。
宿に戻り、友人とその強烈な経験についてお互いに話をした。6時間ほど経つと徐々に視覚の色鮮やかさが落ち着いてきて、少し眠たいような酔っ払ったような状態になり、バカ話をしてひとしきり笑った後に床についた。
(今思い起こしながらその経験を書いているが、言葉にできないことも多い。言葉にならなさも神秘体験の特徴というが、純粋な存在としての経験で、言語化された思考を超えているのだと思う。)