鞦韆院落
北京で過ごすインディペンデント映画な日常
 





昨夜、田原と翻訳者の泉さんからサインをいただきました。
TAM以来の田原は、少し顔が丸くなったようで、とても元気そうでした。
会う前はすごく緊張したのですが、たくさん話すこともでき、とても楽しいひと時を過ごすことができました。
一生分の運を使い果たしたんじゃないかと思うと、今後が心配です。

さて、日本語版を読ませていただきましたが、やはり中国語版より読みやすくていいですね。
中国語だと読解に精いっぱいで、テンポよく進まないですから。

それにしても、田原の表現力と想像力には驚かされます。
見事に幻想的な世界に引きずり込まれました。
やはり天才なんでしょうね。
普段も彼女には世の中がこんな風に映っているのかと思うと、自分がどう見られているのか怖くなります。

単なるタレント本だと思って読まない人は損しますよ。
売り方としては女優の美人作家とか言われるだろうけど、作品はその辺の小説と比べ物になりませんから。

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開催中のカンヌ映画祭で、田壮壮が監督し、オダギリジョーが主演する『狼災記』について詳細が明らかにされたようです。
新浪娯楽がポスターとともに、情報を載せています。

出演者で明らかになっているのは、今のところオダギリのみ。
衣装は『呉清源』に続いてワダエミ。視覚効果は『英雄』のElllen Poon。
7月中旬に新疆の哈密で撮影が始まるそうです。

この映画の原作は井上靖の同名短編小説。
新潮文庫の『楼蘭』に収められています。
中国で日本の小説が映画化され、しかも主演が日本人というのは面白いですね。
舞台は中国で、主人公は漢人なので、日本人が演じる必然性はなく、むしろ中国人のほうが自然なのですが。
いつも資金で苦労している田壮壮だから、日本市場を当てにしてるのかもしれません。

本棚から原作の小説を引っ張り出して、読み直してみました。
30ページ足らずの短い物語です。
始皇帝の時代の北方で、匈奴を相手に戦っていた武将が、草原を移動中に吹雪に遭遇し、現地の部族の家に宿を求めます。
武将はその家に隠れていた女を犯すのですが、何日も滞在するうちに情がうつってきます。
しかし女は、自分と七晩交わると二人とも狼になってしまうと言います。
男は六日でその家を離れるものの、女への想いが断ち切れず、七日目の晩にまた戻っていってしまいます。

この物語は中国の古い説話をもとにしているそうです。
登場人物はわずか数人で、話も短いので、おそらく映画化される際にはだいぶ違う話になるのでしょう。
それにしても、これを映画化ってすごいですね。
中国で公開できる映画になるんでしょうか。
見た目が狼で、中国語が吹き替えだったら、もはやオダギリじゃないし。

映画になった井上靖の小説と言えば『敦煌』が思い出されます。
あれも中国の荒野をリアルに描写していますが、井上靖は現地のことを文献でしか知らなかったそうで、実際に現地を見たのは小説を書いてからだいぶ後のことだそうです。
敦煌にせよ楼蘭にせよ、すべて空想だけであんな描写をしていたということに驚かされます。
やはり小説家というのは、ただならぬ想像力を持っているんですね。

そんな小説の世界を田壮壮がどう映像化してくれるのか、なかなか楽しみです。

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昨日、御茶ノ水で映画を見終わったのが早かったので、久しぶりに神保町へ行ってきました。

神保町といえば、決まって行くのは、すずらん通りの中国書籍の店。
中国関連の書籍に囲まれていると、とても幸せな気分になるのです。
大して買わないんですけど、あれこれ手にとって、長居をしてしまいます。
迷惑な客ですね。
結局、購入したのは下の2冊です。

『中国美人伝』陳舜臣・著
中国の歴史の中でも代表的な7人の美女の、数奇な運命を描いた本で、待望の文庫化です。
タイトルを見るだけでもワクワクしてしまいます。
似たようなアプローチに井波律子先生(私の大学の先生でした)の近著もありますが、『中国美人伝』は小説なのがまたいいです。
ちなみに、この本には出てこない周の美女“褒姒”を書いた井上靖の「褒姒の笑い」もお薦めです。
私も笑わせたいです、褒姒。

『中国人の死体観察学』宋慈・著/徳田隆・訳
別にグロい本ではありません。
13世紀に書かれた最古の法医学書『洗冤集録』について解説した本です。
いわば、中世中国版の『死体は語る』です。
当時の中国人がどんな風に死体を理解していたか、当時どんな毒殺が存在したかなどがわかるだけでなく、そこから当時の社会風俗なども知ることができそうな本です。
まだ読んでませんが、面白そう。

それにしても、中国書籍店に行くたびに「中国語の勉強しなくちゃ」という気分になります。
中検とかHSKでも受けてみようかという気になり、参考書を手に取るものの、「家にまだやってない問題集があったな」と思って買わずに帰るというのを繰り返してます。
でも、全然勉強してません。
ただただ衰えていく中国語力に、焦りを感じているこの頃です。

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BTによる下載(ダウンロード)が増えた今日の中国では、日本のテレビドラマが放送直後に見られています。
映画も、日本でDVDが発売されると、すぐどこかのサイトでUPされています。
海賊版のDVDが出回るのを待たずに、しかも無料で見られるとあって、著作権の意識が低く取り締まりも緩い中国では、今や映画やドラマは下載してみるのが当たり前になっています。
そのため、中国の若い人は驚くほど日本のドラマや映画を知っています。

でも一方では、テレビできちんと放映される日本のドラマはとても少ないし、劇場公開される日本映画はほとんどありません。
この数年で上映された日本映画は、合作を除けば「クイール」と「いぬのえいが」くらい。
最近は日中映画祭などもひらかれ、中国で日本映画を上映させることに力を入れる動きもあるものの、採算が合いにくいのか、なかなか広がっていません。

そんな中国でも、かつては日本映画が大人気だった時期がありました。
『中国10億人の日本映画熱愛史』(劉文兵/著・集英社新書)は、文革後の中国でどのように日本映画が見られ、その後の中国映画にどのような影響を与えたかがよくわかる、とても勉強になる本です。
日中の豊富な参考文献やインタビューをもとに、『君よ憤怒の河を渉れ』から『砂の器』、『人間の証明』などの中国でヒットを詳しく分析しています。
中国人が書いた中国における日本映画論というのは、実はこれまでありそうで無かった本です。
これを読むと、これまでなんとなくしかわからなかった、高倉健や栗原小巻の人気の謎が解けた気がして、とても面白いです。

それにしても驚くのは、文革直後の中国での映画熱。
他に娯楽が無かったとはいえ、例えば1979年の観客動員数は293億人(国民一人当たり28回)だというからすごいです。
しかも、当時は今のようにソフトが多くなかったわけで、当然同じ映画を繰り返しみるわけです。
田舎では、隣町で映画が上映されると聞くと歩いてはるばる出かけていって、夜に野外上映されるスクリーンに群がり、しかも多くの人はスクリーンの裏側にも回りこんで見ていたといいます。

そんな時期に上映された『君よ憤怒の河を渉れ』は、中国人の80%が見たそうです。
私は当時のことはわかりませんが、日本ではこの映画はたいしてヒットしなかったはずです。
それが中国では社会現象といえるほどの流行になり、張芸謀をはじめとする第5世代の人々をはじめ、多くの映画人を生み出すきっかけになったのですから、わからないものです。

この本では他にも、『燃えろ!アタック』という日本人にはピンと来ないけど中国人なら誰でも知ってるドラマなどについても、その理由が分析されています。
これは私も長年疑問に思っていたので、とても参考になりました。

著者は東大大学院を経て今も日本で研究をしている人なので、この本は極めて学問的で説得力があります。
ただ、参考文献として北京電影学院の学生の卒業論文をあげるなど、やや根拠とするには疑問を感じるものもあったりします。
また、80年代までのことしか書かれていないのがやや残念。

この本を読んでいると、映画やドラマが当時の日中友好にいかに貢献したかがよくわかります。
今では中国で日本の映画やドラマを入手するのはとても容易になりましたが、日中関係は冷え切ったままです。
単に量の問題ではないのでしょうね。
また中国人の心を動かすような日本映画が現れてほしいものです。

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何大草の長編小説『刀子和刀子』は、東京国際映画祭で好評だった映画『十三の桐(十三[木果]泡桐)』の原作です。
あの映画は面白かったのだけど、なんとなく不明な点がたくさんあって、これは原作を読まなきゃわからないだろうと思ったのと、きっと原作はもっと面白いに違いないと思い、久々に中国語の長編を読んでみました。
感想は、「凄く面白いです、これ」。
そして、映画で溜まったストレスがスッキリしました。
映画はこの小説の面白さを、半分も表現できていなかったのです。

映画は人物設定こそ小説とほぼ同じですが、おそらく時間的な制約もあって大幅にストーリーを削り、それを強引に結びつけるためにオリジナルの話を挿し込み、そして無理にエンディングに持っていった感じです。
そのせいで、よく分からなかったり、説明が足りないような気がしたのです。
私は、もしかすると検閲でカットされたためではないかと思っていたのですが、どうやらそうではなくて、映像化しきれなかったというのが現実のようです。
例えば最後の結末のところ。
映画では、それまでのストーリーの流れと違う展開と、かなり強引なまとめ方に、すごく違和感を覚えました。
それが小説を読んで納得。
あれは小説とはまったく異なる、映画オリジナルの結末だったのです。
小説ではもっと自然で、もっと余韻の残る、面白い結末でした。

なので、映画を見た人も見ていない人も(まだ一般上映されていないので、ほとんどの人は見ていないと思いますが)、できれば小説を読むことをお勧めします。
あと、誰か日本語版出してください。

この小説は、「中国の『ノルウェイの森』」というコピーで売られているのですが、それは下手な宣伝文句で、私はもっと異質な小説だと思います。
これは今時の中国の若い世代が思い悩んでいることが実に巧みに表現されている、見事な不良小説です。
言葉遣いはかなり汚いし、かなりエグい描写も出てきますが、それもまた善しです。
いずれこの世代の中国人と接することになる人たちは、つまらない古典を読むより、この小説を読むほうがよほど勉強になることでしょう。

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週末、久々に神保町に行ってきました。
目的は台湾関係の本を買うこと。
もう台湾旅行まで時間がないので、それまでに少しでも多くの本を読んでおきたいのです。

普通の大型書店は、中国関係の本は多くても、台湾となるとあまり無いものです。
そこでやはり神保町。
中国関係の本に囲まれると、至福の喜びを感じます。
東方書店では閉店まで粘ってしまいました。

欲しい本は山ほどあったのですが、お金がないので、今回は4冊だけ購入。
なかでも『台湾映画のすべて』(丸善ブックス、2006)という本は収穫です。
今回の旅では国家電影資料館にも行こうと思っているので、そのための勉強にちょうど良さそうです。

この数ヶ月で、台湾に関するさまざまなジャンルの本を読みました。
いくつかお薦めを挙げるなら
『台湾』伊藤潔/中公新書、1993
『台湾紀行・街道を行く40』司馬遼太郎/朝日文庫、1997
『台湾好吃大全』平野久美子/新潮社、2005
『「武士道」解題』李登輝/小学館文庫、2006
などでしょうか。

とにかく知れば知るほど興味の湧いてくる国です。
このまま台湾に行って、戻ってこなくなりそうな自分が怖いです。
大陸はいいのかい?ともうひとりの自分が問いかけています。

大陸と台湾の両方が好きっていうのは、成り立ちにくい気がするんですよね。
例えて言うと・・・
美人だけど気が強い、クラスで人気NO.1のCちゃんのことが好きなんだけど、影でCちゃんに悪口を言われてるのも知ってるという、ちょっと辛い片思いをしてたら、ふとしたきっかけで目立たなかったTちゃんが気になりはじめて、よく見ると「あれ、こんなかわいい子だったっけ」と思い始め、しかも向こうもまんざらでもなさそう。でもCちゃんはTちゃんを嫌っているので、Tちゃんと仲良くなったらCちゃんはもう口きいてくれない。
どうすんの、俺!
という感じでしょうか。ちょっと違うかな。

とにかく、最近は「これでもか!」というくらい台湾に関する本を読みあさっています。
みなさんも、何かオススメがあったら教えてください。

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『アジア遊学 83「 中国社会構造の変容」』(勉誠出版)
いかにも社会学者がつけそうなタイトルです。
内容もやはり社会学そのもの。
このシリーズは文学とか歴史学が中心なので、これまで買ったことはなかったのですが、今回のストライクゾーンど真ん中のタイトルに思わず1800円払ってしまいました。
中身も興味深いものが多く、特に「農村・都市の構造変化」に関する文章は面白いです。

例えば「観光開発と伴う世界遺産「麗江古城」の変容」は、麗江出身の著者が、麗江古城にある店舗を調査し、どのような地域の出身者がどのような商品を売っているか、かつての住民はどのような生活をおくっているのかなどを調べていて、とても面白いです。

かつて地域社会学を専攻していた私は、中国の農村をフィールドに調査研究をするのが夢でした。
しかし、当時は外国人が農村を調査するなど考えられないことで、社会学さえ中国ではようやく認められたばかり。
留学当時、中国で社会学の授業が受けられる大学は10校もなかったと思います。
私を教えてくれた先生もかつては哲学を学んでいた人で、数理的な分析は無経験でした。

ところが最近、中国では社会学がちょっとしたブーム。
本屋の入口に社会学の本が平積みされることもあります。
フィールドワークも盛んになったようで、さまざまな調査が行なわれていることは上記の本をみてもわかります。

私はかつて研究者になろうと院試の準備もしていたのに、中国で暮らすことを選んで就職した経緯があり、それが今も心のどこかに残っています。
農村を旅していて研究意欲を駆り立てられ、「大学に帰ろうかな」と思うこともしばしば。
この本を読んで、久しぶりにまたそんな気分になりました。

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私の職場には、かなり思想が右に傾いたおじいさんがいます。
この人は数年前まで某銀行の役員をしていた人で、それなりに学識も良識もある人なのですが、頭に極がつくほどの右です。
なのでやはり嫌中派で、靖国だの領土問題だのになると、高血圧で倒れるんじゃないかと思われるほど熱くなるので困っています。

そのおじいさんが、一人っ子政策の弊害について私に質問してきたので、「それならこんな本がありますよ」といって貸してあげたのが『「小皇帝」世代の中国』(新潮新書)。
ちょっとまずかったかなと思っていたら、案の定
「中国とはけしからん国ですな!」と憤慨していました。
また血圧を上げてしまったようです。

この本は、このごろの流行の「反"反日"もの」の要素を多分に含んでいるため、普通の人が読んでも中国嫌いになりかねない内容です。
きっとこういう本のほうが売れるんでしょう。

もちろん、間違ったことは書いてません。
中国に住んでいる人なら誰でも直面する「日本人への偏見から受ける不快感」が書かれていて、それには私も同感です。
ただ、日中摩擦の原因を中国人の愚かさのせいにしてしまうような印象を与えかねない書き方には、やや抵抗を感じます。
個人的には、確かに中国にも問題はあるけど、日中の間にこんなに大きな誤解や溝が生まれてしまった原因は、日本にもあるんじゃないかと思います。

じゃあ私たちに何ができるかというと、別に難しいことではなくて、少しでも多くの日本人に、中国の良さや面白さを知ってもらう。一方で中国の人々にも日本の面白さを知ってもらう。そういうことが共通の言語を生むんだと思います。
どの国でも良いものは良いし、美しいものは美しい。もっとそういうものを共有できたら、それだけでずっと良い関係になるんじゃないでしょうか。
きっと映画もそんなツールのひとつだと思いながら、いつもサイトを更新しています。

ところで今日、そのおじいさんが
「ジャッキー・チェンというのは何者ですか?」
と聞いてきました。
どうやらジャッキー&タッキーのニュースを見たようです。
映画の持つ力に期待したいとおもいます。

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『旅の途中で』(新潮文庫)に惹かれたのは、単にその表紙が『単騎、千里を走る。』の写真だったから。
ただ、この本のハードカバー版が出版されたのは2003年なので、本の中身と今回の映画とは何の関係もありません。
映画に便乗した文庫化と言えなくもありません。
それでも買ってしまったのは、映画を見て、主人公・高田のイメージと旅する健さんのイメージが重なってしまったからです。

健さんの書く文章を読むのは、これが初めてです。
健さんらしさがにじみ出ていて、良い俳優というのは、人間としても魅力的なんだなと改めて思いました。

私は中国人に「日本人男性ってどんな性格なんだ」と聞かれると、よく「高倉健みたいな"酷(ku)"なタイプだ」と答えます。

"酷"という言葉はよくCOOLと訳されます。もちろん、それは間違いではないのですが、むしろ中国人には共通認識として「酷=高倉健のような人」というイメージが定着しています。(中年に限ってかもしれません)

私のこの回答にも、中国人はみな妙に納得します。
もちろん、実際の日本にはこんな男性はほとんどいないわけですが。
いい意味での偏見が、中国には蔓延しているのです。
これも映画のなせるわざです。

私はそんな"酷"に憧れるひとりでありまして、日々"酷"に振舞っているつもりなのですが、いつもただのムッツリだと思われてしまうのが悔しくてなりません。

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河口慧海の『チベット旅行記』を読んでいます。
これまで数回チベットを旅し、何冊もの文献を読みながらも、なぜか近寄りがたかった本でした。

先日、『ズッコケ中年三人組』を買うつもりで本屋に入ったのに、出てきた時はこの本を手にしていました。

現在、慧海がラサ入りしたあたりを読んでいます。
部分的に同じルートを通ったこともあり、高地の過酷さや冬の厳しさも経験しているため、慧海のハードな旅を想像することができるのですが、この人のタフさには本当に頭が下がります。
インドを経てネパールでチベット語を習得し、実に3年という月日をかけて、ようやくチベット入りするわけですが、僧侶である彼は、単独徒歩でヒマラヤを越えるときも一日一食を守り、“麦焦し”しか口にしないというストイックさ。
何度も死のふちを歩み、強盗に襲われてすべてを失い、猛犬に噛まれ、それでもラサを目指すこの人のエネルギーには、尊敬を通り越してあきれてしまうほどです。

偶然ではありますが、チベットへ旅立った時の彼の年齢と、今の自分の年齢が同じだったことに、何か因縁めいたものを感じました。

本も映画も時期というのがあって、出会うのが若すぎても年をとりすぎていても感動が薄れてしまうように思うのですが、ちょうどこの本を読むにふさわしい時期が自分にも来たのかな、と感じました。

死ぬまでに一度はカイラスに行くことを、改めて決意した今日この頃です。

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