鞦韆院落
北京で過ごすインディペンデント映画な日常
 

離台  


明日台湾を離れることになりました。
2ヶ月に渡って楽しい毎日を過ごしてきましたが、明日からはまた空気の悪い中国です。

もともとは今日の便で立つ予定だったのですが、ライブを観に行かないかと誘われたので出発を1日延長しました。
生祥楽隊という台湾人と日本人の混合バンドが淡水でライブをするということで、私はこのバンドのことを全然知らなかったし、ふだんはあまりライブなんて行かないのだけど、TIDFのスタッフの大半が行くというし、林木材がすごく勧めるし、行けなくなった人の分のチケットを買っほしいというので、行くことにしたのでした。

ライブは16時からということなので、昼にTIDFのスタッフ数名で集まって一緒に食事をし、淡水へ向かいました。
会場は雲門劇場という、淡水駅から無料送迎バスで10分ほど行ったところにある、昨年出来たばかりのキレイな劇場です。
山の上にあって、ガラス張りの劇場の周りは木々で囲まれており、テラスからは淡水川の河口も見えて、なかなか気持ちのいいところです。

会場には500人以上は入っていたと思いますが、正確な数はわかりません。
本来は昨日1回のみの公演だったところが、追加公演で増えたということで、かなり人気のあるグループのようです。

時間になると、まず彼らのレコーディング風景の映像がスクリーンに流れました。
今回のライブは新作アルバムの発売に合わせたもので、2枚組のアルバムの全曲をたっぷり聞かせるというもの。
メンバーは、リーダーのボーカル兼月琴が林生祥で、ソナー、二胡兼パーカッションが台湾人、ドラム、ベース兼キーボード、ギターが日本人という構成。
歌詞はどれも客家語なので、私にはまったく聞き取れないけど、スクリーンに歌詞が出てくるので内容はわかります。
とは言っても、やっぱり難しく、台湾人にとっても全てが理解できるわけではないようです。
ジャンルとしてはロックだけど、ソナーや二胡などが入ることによってかなり中華色が出ていて、フォークでもあります。
非常にメロディがよく、聴きやすくて良い曲が多いです。
でも彼らの一番の特色はその歌詞。
すべてが環境問題を歌ったものなのです。

林生祥という人は昔から環境問題や社会問題をテーマにして歌ってきた人だそうで、ときには運動の現場に出て歌うこともあるそうです。
ドキュメンタリー系の人にファンが多いのもそのせいなのでしょう。
歌詞を見ていると、ロックのライブなのに腕を組んで考えさせられてしまうような詞ばかりで、単純にのればいいというものではありません。
客家語に乗せたそのメッセージが聴衆にひしひしと伝わり、泣いている人もいます。

日本人の中には、台湾旅行をして、台湾を穏やかで陽気な島だと思っている人も多いでしょうが、彼らの歌を聞いていると、台湾は非常に切実な問題をはらんでいて、今もとても危うい状況にあるのだということがわかります。
20日の総統就任演説にもあったように、台湾の今後は困難が山積みなのです。
公害問題ひとつとっても、国民党が好き勝手していた時代に多くの人が病気に苦しめられれ、今も問題は続いています。
ただ、政権が変わった事でみな希望を感じています。
今日のライブにも政府の環境部門の新しい責任者が来ていたようだけど、こういう場に政権の側の人間が来ているというだけでも、期待がもてます。

台湾て、市民たちが民主を勝ち取って、ひとつひとつの問題を自分たちの力で変えて来たから、こういうライブでもパワーが違うんですよね。
こういうバンドが台湾人と日本人の混成だというのも、喜ばしいことだなと思います。
自分たちの問題は自分たちだけで考えればいいという姿勢ではなく、良いことは皆で協力すればいいのだ、ということでいいと私も思います。

彼らの演奏は素晴らしく、特にソナーが圧巻で、私もすっかり聞き惚れてしまいました。
聴衆は台湾人らしい礼儀正しさでずっと聞いていたけれど、最後はスタンディングオベーション。
本当にいいステージでした。出発を遅らせて正解でした。
ますます台湾に好感が持てたし、彼らにまた一歩近づいたような気がしました。

それにしても、台湾に比べて中国は悲惨だなあと、つくづく感じます。

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楽日  


TIDFはまだ最終日を残していますが、授賞式も12日に終え、ほとんどの監督も帰り、各種イベントも終わりました。
明日は受賞作品の再上映を残すばかりです。
観たい映画もありますが、ひとまず私にとって本年度のTIDFはこれで終了です。

賑やかだったイベントが終わり、みんなを見送ると、急に寂しくなるものです。
開催前の状態に戻っただけなのに。
中国国内の映画祭がなくなったこともあって、こういう機会が非常に少なくなったというのもあるのでしょう。

大した仕事でもなかったけど、私は自分の任務にややプレッシャーを感じもいたので、結果はともあれ終わったことで肩の荷が降りた気分です。
もっと精進しないといけませんね。

私はもう少し台湾に残って、これまでの経験を整理しようと思っています。
それが済んだらまた中国ですかね。
北京の空気はもう吸いたくない気もするのだけど。

人の映画祭に参加していると、自分でも何かやらなければという気になります。
最近サボってばかりいたし。
心を入れ替えて頑張ります。

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睡眠  


更新を怠っております。

TIDFは今日で5日目で、もう中盤にさしかかりました。
来るべきゲストもほぼ揃った感じで、連日お客さんも多く、かなり盛り上がっています。
前回よりも観客は増えているようです。

私は1日に1,2回Q&Aの仕事をしていて、それ以外は映画を観ています。
映画祭前に観ていたものと合わせ、8割以上の映画を見ることができそうです。

映画祭の期間中は海外から来るゲストが泊まるゲストハウスに滞在しています。
もともとは、ここで夜に集まって酒を呑んだり、パスタを作って振る舞おうと思っていたのですが、映画祭が毎晩カフェを借りきってゲストが集まる場所を用意していて、でもあんまり人が多くないので、分散させるのも良くないだろうということで、ゲストハウスでは何もしておらず、カフェの方に通っています。
日本から来ている人も結構いて、なかなか賑やかです。

私は通訳などの仕事もあり、夜はカフェへ行き、深夜にゲストハウスでメールチェックなどをしているので、寝るのは毎晩3時頃。
朝から会場へ行く日もあるので、寝不足が続いており、いつも映画を観ながら寝てしまいます。
中には眠らずにちゃんと観たいと思う作品も多いのですが。

これから数日が私の仕事の山場なので、粗相の無いよう頑張ろうと思います。

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楽生  


TIDFが楽生という所で開かれる市集に参加するから来ないかとスタッフに誘われたので、行ってみることにしました。
市集とはフリーマーケットのようなものです。

12時から始まるということで、他のスタッフと一緒に向かったのですが、その人が、たぶん現地には食べるものが何もないから途中で食べていこうと言います。
フリーマッケットならそれなりに人も多くて、食べ物も売ってそうだし、そうでなくても周囲に飲食店などがありそうなものだと思ったのですが、行ってみたら本当に店などなく、緑に囲まれた山の中のようなところでした。
フリーマーケットをしている割には人も少ないし、あまり店も出ていません。
周りには日本時代に建てられた古い平屋が、崩れかかったような状態で残っています。



話を聞いたら、ここは楽生療養院といい、日本統治時代からハンセン病患者の隔離施設だったところだったそうです。
1992年を最後に新たな患者は入院しておらず、隔離もなくなりましたが、今でも当時から住んでいた人たちの一部が残っていて、ここで暮らしています。
2008年にはハンセン病患者への補償についての法律もできたし、ここの患者が日本で政府に補償を求めた裁判を起こし、勝ったりもしています。

ここ楽生が注目を集めるようになったのは、90年代の終わりにここへ捷運(地下鉄)の車庫を作る計画ができ、療養院にいる人々を退去させる政策が取られたからです。
一時は1000名を超す患者を収容したほどの広大な敷地があり、しかも国有地で、いずれ施設も不要になるから丁度いいと考えたのでしょう。
しかし、これまでずっと不当な扱いを受け、差別されてきた人たちを、車庫建設のために追い出すとは何事だ、ということで、千人単位のデモが起こるなど、社会運動になりました。
1930年代の建築物などが残る楽生療養院を世界遺産に申請すべきだという動きもあって、保全を求める声も高まりました。
結果的には3割弱の敷地を療養院として残したうえで、予定通り車庫が作られることになりました。
ただ、すぐそばで山を削る土木工事が長期間行われているので、振動や地形の変化で建物にヒビが入るなど深刻な被害も出ています。
現在は運動としては小さくなっていますが、建物の修復や補償を求め、政府との交渉は継続中です。



昨年、日本映画『あん』が台湾で公開された際は、ここに河鹹照監督と主演の永瀬正敏が来て特別上映会が行われたし、別の上映会では文化部長や捷運局長が出席したこともあったとか。

さて今回の市集ですが、出店している団体は多くが環境保護団体や反核団体などで、ここで無農薬の野菜や自家製の酒を売ってたりします。
彼らは連携してこうしたイベントを各地で開いており、今回はちょうど楽生が会場だったということのようです。

台湾では社会運動とドキュメンタリーは繋がりが強く、TIDFにもそういう作品が多いわけですが、今回この市集に参加した理由は他にもあって、国際コンペ部門に入った『残響世界』という台湾の作品が、ここ楽生で撮られているのです。
監督は、陳界仁という現代アートで有名な芸術家。
運動の記録としてではなく、ハンセン病患者やそれを取り巻く環境を、現代アートのアプローチで作ったものらしいです(私は未見です)。



TIDFのブースは、もちろんチケットを売りました。
場所が郊外だったこともあり、市集にはあまり客が来ていませんでしたが、NT$500の10回券が10セット完売したそうで(10セットしか用意していなかったというのも控えめすぎるけど)、成果としては十分だったようです。
もっとも、台湾ではこうしたイベントに来る人はドキュメンタリーへの関心が高く、広いネットワークもあるので、仮にチケットが売れなくても、こういう場で宣伝する効果は非常に高いのです。

16時から楽生療養院のボランティアがガイドツアーをしてくれるというので、院内を案内してもらいました。
建物の多くは廃墟になっていて、一部は天井が落ちたりしていますが、ほとんどが日本統治時代のものだし、最近まで使われていた棚や道具が残されていて、院内での生活についての解説とともに見ていると、実に興味深かったです。
それから、「院民」と呼ばれる療養院の老人たちが出てきて、みんなに歌を聴かせると言って歌い出したのが「ふるさと」だったのに驚きました。
見た感じ80歳前後だったので、日本語世代でもないはずだけど、3番まで歌詞を間違えることなく歌っていました。
平均年齢14歳で入院した彼らにとって、療養院は“ふるさと”なのでしょう。
日本政府を相手に裁判までした彼らが今の日本に何を思うのか、聞いてみたい気持ちもありましたが、片付けの時間となったので慌ただしくその場を後にしました。

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芒果  


マンゴーの季節がやってきました。
私はマンゴーが好きな方で、広州でもよく食べていました。
ただ、台湾にはちょっと違った食べ方があるのを知りました。

それは、芒果青なる食べ物です。
ピクルスのように瓶に漬けられて売られてたりします。
これは、熟す前の青いマンゴーを細切りにし、甘い汁に浸したものです。

熟す前のマンゴーはまったく甘くなくて、レモンのような酸味があります。
それを塩もみした後で砂糖をまぶし、瓶に漬けて数日おくと、甘酸っぱくコリコリしたものになります。
マンゴーを生産している台湾南部では自家製で作る人もいるけど、台北ではあまり作らないそうです。
それでも、台北あたりでも人気のある食べ物で、軽トラックに積んで路端で売られていたりします。
マンゴーが熟れる前の、今の時期にちょうど出回ります。
想像ですが、マンゴーの木にあまり実がたくさん付くと味が落ちるので、ある程度間引きをする必要があって、間引かれた小さな未熟マンゴーの食べ方としてこういうものが生まれたのではないでしょうか。


ホームステイ先でこの芒果青を作るというので、一緒に作業をしました。
まず、マンゴーの皮を剥き、2つに割って種を取ったら、細めにスライスします。



小ぶりの青いマンゴーは、中の種も白くて柔らかいので、包丁で簡単に切ることができます。
切ったマンゴーを塩水に漬けて揉み、真水ですすいだあとで水切りをし、砂糖をまぶしてよくかき混ぜます。
煮沸消毒した瓶にマンゴーを入れ、香辛料などを入れて冷蔵庫で数日寝かせます。
明後日には食べられるそうです。



ホームステイしていると、観光では知り得ない現地の生活が体験できるので面白いですね。
台湾に来て1ヶ月以上たって、中国にいた記憶が徐々に薄れつつあります。

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記憶  


今回のTIDFの特集のひとつに、“「我」的行動ー民間記憶計画”があります。

民間記憶計画とは、呉文光がここ数年すすめてきたプロジェクトで、これまで日本でもステージ・パフォーマンスや上映が行われているので、ご存知の人もいると思います。
簡単に言うと、このプロジェクトの趣旨は、農村出身の若者たちが、自分たちの村に戻って老人たちにインタビューを取り、主に1959年からの飢餓の3年間について証言をまとめ、データベース化しようというものです。
その過程の中で、若者たちがドキュメンタリーを作り、それの経験をもとにした舞台などもやっていて、そういうものもひっくるめて民間記憶計画と呼んでいます。

今回は、呉文光が7人の映像作家を伴ってTIDFに参加し、今年の最新作を含む12本の作品を上映と、2度のステージ・パフォーマンスが行われます。
単なる記録にとどまらず、村で、映像で、舞台で、「行動」することで何かを変えようとしている彼らの姿を、台湾の人たちに観てもらおうという特集になっています。

私は過去に観ていたものも含めて作品を10本観ましたが、これまで何年か観てくる中で、作品より多様化し、深みも出てきたと感じました。
かつて参加している若者たちは、みな似たような方法で映像を作っていたのですが、今はプロジェクトに参加する人数も増え、それぞれの方法で撮っています。
なので、よりアートな作り方をする人もいれば、独自なアプローチを試みる人もいて、一見すると民間記憶計画とは気づかないものもあります。
また、2011年からやっている章梦奇ら中心メンバーは、長期間撮る中で村の人々の変化なども記録しているので、大量の映像素材の中からストーリーが生まれていて、今まで以上に見応えのあるものになっています。
そうした意味で、まとめて作品を観られるこの特集は、非常に意義あるものになっています。

特筆すべきは、今回がワールドプレミアとなる呉文光の『調査父親』です。
彼は『治療』で自分の母親への思いを描きましたが、今回は父親についての映画です。
『治療』が母親の死とそれに向き合う自分がテーマになっており、感情のつながりに重点が置かれていたのに対し、『調査父親』はさらに歴史的な視点が強調され、より俯瞰した内容になっています。
また、彼の父親は89年に亡くなっているのですが、そのとき彼自身はどんなことをしていたか、という話も盛り込まれていて、個人的にはとても面白かったです。
彼は作品ごとに新たな試みに取り組んでいますが、今回も古い写真などの画像と字幕を多用し、形式的にも変化しています。
私は『治療』も好きですが、『調査父親』は更にそれを越える完成度でした。
今回のTIDF必見の1本です。

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緑色  


26日より、TIDFがカフェを会場にして行う座談会シリーズ「咖啡時光」が、映画祭に先立ってスタートしました。
「咖啡時光」は、ゲストとより近くでじっくり語り合う場として、華山の近くにある3つのカフェを会場に、8回に渡って行われるものです。
映画祭で上映する作品が上映されるうえ、無料または低価格で参加できます。
映画祭の前宣伝も兼ねているので、8回のうち4回は開幕前に行われます。

第1回の会場は特有種商行というカフェです。
ここは『セデック・バレ』などのヒットメーカーとして知られる魏徳聖監督の店で、店内には『KANO』の撮影で使われた道具なども並んでいて、魏徳聖ファンにはたまらない店。
この店は映画サロンのような役割も果たしているそうで、イベントが開かれたり、映画関係者が打ち合わせに使ったりするのだとか。





今回の座談会のテーマは、映画祭で特集も組まれるグリーン・チーム(緑色小組)について。
台湾ドキュメンタリーの魁となったグリーン・チームによる短編の上映があり、チームのメンバーおよび若手の社会運動系映像集団による座談会が行われました。

グリーン・チームとは、戒厳令解除前の86年からデモやストといった社会運動を記録し始めた、ドキュメンタリー制作グループです。
当時は国民党がメディアを支配しており、台湾にテレビ局は3つしかなく、ニュースでは政府に対抗する社会運動が常に悪く報じられていたのですが、そうしたマスメディアに対抗すべく、社会運動の現場に行って民衆の立場からビデオで記録を撮り、即座に編集、ダビングして、人々に売ったり集会で流したりして、メディアが流さない現場の姿を伝えたのが彼らでした。
ある意味で、台湾の民主化に大きな影響を及ぼした人たちです。
その後、90年にチームは解散していますが、そのころから台湾のドキュメンタリーが徐々に盛り上がりを見せていくことになります。

今回の特集で面白いところは、グリーン・チームの作品と当時のテレビニュースの映像を一緒に流すことです。
対比することで、どれだけマスコミが情報操作をしていたか、国民党がどれほどメディアを利用していたかがよくわかります。
今では100を超すチャンネルがある台湾ではこうした問題は解消されていますが、いまの日本について思うと考えさせられるところもあります。

グリーン・チームはTIDFで貢献賞を獲ったりしていて、私もその存在は知っていましたが、今回台湾に来て初めて映像を観ました。
なにしろ30年前の映像だし、現在では上映される機会がほとんど無いのです。
おそらく、台湾の若者たちも観たことがないと思います。
今回の特集では、21本の作品が上映されます。
大きな工場で大規模ストライキが行われる過程を記録したものや、グリーン・チームの最初の作品である桃園空港事件の記録などもあります。
また、90年に起こった野百合学生運動を記録した映像をこのたび再編集し、映画祭オープニング作品として上映します。
いずれも、台湾の民主化や社会運動の歴史の中で非常に重要な意味を持つ映像ばかりです。

座談会で上映されたいくつかの短編には、ユーモアがあって会場が笑いに包まれる作品もあれば、民衆と警察が激しくぶつかり合って流血の惨事になる場面があったりと、作品の幅も広くて、見応えがあります。
民衆の支持を集めるために、彼らがいろいろ工夫していたこともうかがえます。
彼らはビデオテープの販売が大きな収入源でもあったため、ただのニュース映像ではなく、売り物として作られていました。

座談会では、当時の活動方法や、撮影秘話などが語られ、なかなか面白かったです。
初期には民間の記者などいなかったため、警察も彼らのことを身内と勘違いしていたとか、ビデオの販売に飽きたらず、電波送信装置を作って勝手にテレビ放送を始めたこととか、それを阻止するために警察が地域ごと停電にさせたこと、などなど。
彼らの話を聞いていると、台湾の民主化は民衆が自らの手で勝ち取ったのだとよくわかります。

個人的には、現在活動をしている若手の話は不要だった気もしますが、今なお社会運動が盛んな台湾では、運動に興味のある若い観客を惹きつけるために必要だったのかもしれません。
実際、渋めのテーマなわりには、若い人が大勢あつまっていて、立ち見の人もたくさんいました。
オープニングのチケットも早々に完売したらしいし、かなり注目が集まっているようです。

グリーン・チームの作品は現在アーカイブ化されており、3000時間に及ぶ素材が保存されていますが、多くは台湾語で字幕もなく、台湾の若者ですら何を言っているかわからない状態です。
映画祭では、これらの作品から厳選し、中国語と英語の字幕をつけて上映します。
非常に貴重な機会なので、多くの人に観てほしいものです。

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討論  


台北市紀録片従業人員職業工会(紀録片工会)が企画した、「影展、不只是個電影展」という討論会を見に行ってきました。
会場は南京松江にある超越基金会です。



紀録片工会では各地で月に何度かこうしたイベントを開いていて、台北ではこれが今年3回目。
今日は学者の郭力気鮖焚颪法台北電影節の郭敏容とTIDFの林木材が登壇し、映画祭の現状や課題について話をしました。
台北電影節は台北市政府、TIDFは文化部から公的資金を得ており、どちらも財団法人の下で活動しています。
公金で活動する映画祭として政府に対して言いたいこともいろいろあるようで、そのあたりのことを中心に討論がありました。
前半80分は登壇者3人で、後半90分は客席から質問を受ける形で、約3時間におよぶ長いイベントでした。
同時にネット中継もされていて、録画された映像は紀録片工会のFacebookにそのままアップされているので、興味のある方はご覧ください(字幕はありません)。

https://www.facebook.com/docworker/

多くの映画祭は助成金を受けたり、あるいは政府機関が主催して成り立っているわけですが、なら国際映画祭や釜山国際映画祭のように、政府次第で映画祭が大きく左右されるというリスクもあります。
台湾でも、多くの映画祭が政府の資金で運営されており、その最大のものが金馬奨なわけですが、台北電影節とTIDFもそれなりの規模を持ち、ともに98年から続いてきました。
今回は、映画祭と政府の関係、運営方法などを、具体的な金額や数字を挙げながら、かなり細かく話していて、なかなか興味深かったです。

例えば、TIDFは財団法人国家電影中心の中に運営組織があり、国家電影中心の予算は文化部から出ています。
ただ、国家電影中心だけではTIDFの運営にかかる費用をすべてまかなえないので、文化部からも直接TIDFに予算が出ていて、総額NT$2500万のうち、99.5%は公的資金です。
本来は別途企業スポンサーも探して、もっと資金を確保したいところなのだけど、企業から金を受けることを政府が良く思わないために、企業からの資金はほとんど無いとのこと。
また、チケット収入は映画祭の資金にはならず、全額国庫に入るそうです。
ただ、前回の観客数は約2万人だったというから、仮に全員が当日1回券(NT$100)で入ったとしても、売り上げは予算の1割にも満たないわけですが。

一方、財団法人台北市文化基金会に属している台北電影節は、スポンサーやチケット収入が全体の25%を占めているとのこと。
こちらは3万8千人から4万人の来場があるというから、かなり大きな映画祭ですね。

TIDFは常勤スタッフが6名、映画祭前は臨時スタッフが入るので今は総勢20名ほど。
台北電影節は常勤スタッフが11名、前回の映画祭直前は34名いたそうです。
プログラムは何人でやっているのかなど、かなり細かい話も出ました。

どちらの映画祭も、プログラムに関して政府から干渉は受けてはいないと言ってました。
ただ、有名なゲストを呼んだらどうかとか、つまらない意見を言われるようです。

討論では触れられていませんが、台湾では映画祭で上映する作品であっても、すべて政府による審査を受けなければなりません。
国によるレイティングシステムがあって、観客の年齢制限を5段階に分けています。
また、性描写が多すぎるとみなされた場合や、共産主義を広めると判断される映画については検閲を通らないことがあります。
中国で使う簡体字も認められていないため、字幕などで簡体字が多く使われていると審査を通りません。
なので、政府がまったくノータッチというわけではありません。
ただ、再審査を請求することもできるし、映画の内容で検閲を通らないということはまずないようです。

個人的に興味があったのは、台湾の観客がとても若く、スタッフも若いということです。
日本の場合は運営者も観客もかなり年配で、若い人が少ないということが問題視されるわけですが、台湾は逆で、40歳以上の観客もスタッフもほとんどいません。
とても活気があるし、日本より将来性があるように見えるものの、考えたら98年から始まっているわけで、その頃からの観客はどこへ行ったんだという疑問もあります。
その事を聞きたいと思っていたら、ちょうど後半にそんな話題になりました。

日本の観客の高齢化に驚いたという話もしつつ、欧州などと比べても台湾は年配の観客が少なすぎると思っているようです。
特に、司会の郭力気脇映代の人たちに対して憤りがあるようで、かつては熱心に映画を観ていた観客も、すっかり冷めてしまったと嘆いていました。
台湾の観客は若いころは熱心に映画を観ても、ある程度の歳になると、やれ仕事が忙しいだの育児が大変だのといって、映画館から足が遠のくというのです。
でも、育児から解放されたり仕事をリタイアしている世代だって来ていないわけですから、それだけが理由とは思えません。
今日の話の中では「台湾人は保守的だから」と結論づけていました。
若い時に熱心にロックを聞いていた人が、いつの頃からか音楽を聞かなくなるように、結局は映画熱も覚めて、古い価値観の生活に戻るのだという意味です。
なんだか私にはピンとこないのだけど、どうですかね?

スタッフが若いのは、給料が安かったりして映画祭を離れる人が多いからです。
台湾では映画祭を渡り歩く季節労働者みたいな人が多いという話も出ていましたが、きっと満足な収入は得られずに、若さと熱意だけでやっている人が多いと思います。
日本の映画祭も待遇は良くないだろうけど、映画会社なり大学の教員なり他の仕事もやりつつ、長く勤めている人が多いですよね。
たぶん台湾では、それができるような受け皿がないのだと思います。
映画産業自体がようやくここ数年で盛り上がってきたばかりで(その多くは若者向けの青春映画だし)、アート系の映画はやっぱり苦しくて、映画祭はチケットを格安にしないと売れないのが現状です。
TIDFのチケットなんて、10枚券がNT$500ですからね。ありえない安さです。
つまり、映画に金を払う人は少なくて、映画祭は若者にとって金の掛からない時間つぶしの場になっているという感じ。
ほんとうの意味の映画ファンはあまり育ってこなかったのでしょう。
映画祭で上映している作品の商業的価値を社会が認めなければ、映画祭で働いている人たちは将来つぶしがきかないわけで、早めに見切りをつけて別な道に行くのも当然と言えます。

ただ、最近はアート系の作品も増えてきているようだし、『凱里ブルース』じゃないけど興行的に成功する作品もあるわけで、少なくとも映画館に行く若者が多いというだけ、日本よりはだいぶ良い気がします。
例えば今後台湾の若い映画作家が海外で評価されたりすれば、一層盛り上がりそうです。

それにしても、若い人が来ないと嘆く国もあれば、若い人しか来ないと嘆く国もあるというのは不思議ですね。

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特映  




TIDFの宣伝の一環として、特別試写会を何度か行っているのですが、その第二回としてこのたび『ダーウィンの悪夢』の上映がありました。
今年のTIDFではフーベルト・ザウパー監督特集があり、短編を含めて5本上映されるので、その中からの1本ということです。

日本では劇場公開もされた本作ですが、台湾ではあまり知られていないようで、ほとんどの人は今日が初めてだったようです。
ということは監督の名前で来たというよりは、映画祭に興味があってきた人だと思われます。
特別試写会は無料で観られるとあって、多くの観客があつまりまりました。
受付が始まる前から長蛇の列ができていて、新光影城のホールがほぼ満席でした。
やはり若い人が大半で、数名のグループで来ている人も多かったです。

TIDFの前売り券は既に発売されていて、前回を上回るスピードで売れているようです。
かなり盛り上がりそうです。

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問答  


先日『枝繁葉茂』を観たときは残念ながらQ&Aがなかったのですが、土日の上映でQ&Aをするために張撼依監督が北京から来ていたので、私はツテを使ってそのQ&Aに潜り込んできました。

会場は前回と同じ新光影城です。
土日ということもあり、大勢の客が入っていました。
なんでも、チケットは発売と同時に売り切れたそうです。

聞くところでは、金馬奇妙影展はドル箱企画らしいです。
金馬奨のスタッフを養うために金馬奇妙影展があると言ってもいいくらいなんだとか。
毎回三四百人入るホールが完売するし、4回くらい上映する作品もあるし、ほとんど監督を呼ばないから、そこそこ経費を使っても利益は出ますね。
台湾では字幕入りのDCPを作るのも安いみたいです(翻訳代は別として)。
日本の映画祭も、予算を削減するなら台湾に頼むといいかもしれません。日本語が分かる人も多いし。

さて、知人の案内でQ&Aの時に会場に入れてもらいました。
Q&Aは30分ほど。
司会はこの映画祭のディレクターである聞天祥氏です。
この人は台湾で有名な映画評論家でもあるそうです。



張撼依監督はまだ若くて、映画祭にもさほど慣れていないのか若干表情が硬いですが、とても真面目そうな人。
しばらく司会と話をした後、観客からの質問を受け付けていました。
台湾の観客は日本ほどではないけど比較的シャイで、すぐにはあまり手が挙がりません。
自己主張の激しい中国とはだいぶ違います。
でも、Q&Aが終わるとサインと写真撮影を求めて長蛇の列ができていました。



その後、私も監督と話をする時間があったので、いろいろと疑問をぶつけてみました。
その回答や、Q&Aでの話をまとめると以下の通り。
・以前は脚本家としてコメディなども書いたことがあり、賈樟柯とも脚本の仕事を通じて知り合い、それがきっかけで今回の作品でプロデューサーになってもらった。
・これまで短編すら撮ったことがなく、在学中に課題を撮ったことがある程度だったが、28日間の撮影期間のなかで徐々にやり方を掴みながら進めていった。
・撮影した場所は地元で、出演者の多くは知り合い。主人公以外は、みんなストーリーを把握しないまま演じている。
・地元では霊の話などはよくあり、自分自身は霊体験がないけど、そういう話は昔から聞いていた。みんなも普通に受け入れているから、映画の中でもそういう雰囲気を出している。
・撮影まではほぼ自力でやり、ポスプロ段階で賈樟柯の力をかなり借りた。
・今は次の作品の脚本を書いていて、夏にはロケハンに行く予定。また全然違ったタイプの作品にしたい。

今回は奥さんも同行していたのですが、奥さんとは大学で映画を専攻していた時の先輩後輩で、この映画も一緒に作ったとのこと。
なるほど、だから彼に映画を撮った経験がなくても上手く出来たのでしょう。
楊瑾夫婦や応亮夫婦も同級生だし、独立電影にはそういうタイプが多いですね。

ちなみに、中国の検閲を通していないので、上海国際映画祭などでは上映されないものと思われます。
これまでも中国では一度も上映していないのだとか。
ただ、台湾の映画関係者は「早くも金馬奨新人監督賞の有力候補が現れた」と言っているそうで、今後も各地で注目されることでしょう。
楽しみな新人がまた一人現れました。

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