鞦韆院落
北京で過ごすインディペンデント映画な日常
 

閉幕  




3日間という短い日程を終え、西湖国際紀録片大会が閉幕しました。
21日には論壇、22日には円卓会議が開かれ、どれも登壇者が多いので1人5分ずつ話しただけなのに3,4時間かかり、私は日本人ゲストの通訳をしていました。
この映画祭に招待された時、論壇にゲストとして出てくれと言われたのだけど、結局出てみれば2つとも私の発言は無く、通訳のみ。
私の活動とも直接関係のあるテーマではなかったし、発言したいわけじゃないから良いけど、それにしても通訳以外にすることがあるでなし、つまり私は最初から通訳として呼ばれたということですね。
そういうことなら通訳代を払えと言いたいです。
こんなに金のある映画祭なんだから。



おかげで映画もほとんど観られませんでした。
この映画祭で観られたのは、初日にQ&Aの通訳をした『交差』(冒頭の数分は観られず)と、オープニング上映だった台湾の『他們在島嶼写作』(途中で呼び出されてので最後まで観られず)、そして21日の夜に上映したカナダのTiffany Hsiung監督の『The Apology』(なぜか映像には「Preview Only」の字幕あり)の3本のみ。
こんなに映画を観なかった映画祭も初めてです。
万馬才旦の新作も観たかったのに。



文句を言えばキリがありませんが、そもそもあまり期待してなかったので我慢します。
彼らは今後も毎年やるつもりらしいので、これから改善されるといいのですが。

さて、閉幕式では各賞の発表がありました。
審査員特別賞に大引勇人監督の『交差』、年度作品賞にTiffany Hsiung監督の『The Apology』、年度作者賞にAlka Raghuram監督の『Burqa Boxers』、年度新鋭賞に金行征監督の『羅長姐』、大賞であるIDF年度優秀紀録片には杜海濱監督の『少年小趙』が選ばれました。
結果的に、観ていた作品や知り合いの監督の作品が多かったです。
金行征は前回のヤマガタに『離開』という作品で来ていた人で、あの時は彼と彼の恋人と杜海濱と私で山寺観光に行ったのですが、あれから2年後にまた杭州でみなで再開するとは思いもしませんでした。
当時の恋人は今や奥さんになっていて、2週間前に子供も生まれたとか。
おめでたいことです。

中国美術学院は女子学生だらけで、受賞者たちは女子学生たちに囲まれてサイン攻めにあっていました。
やっぱり監督はいいですね。通訳なんて何も良いこと無い。

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開幕  


西湖国際紀録片大会が開幕しました。
この映画祭はあんまり映画が観やすいようにできてないというか、会場も離れすぎていて(車で1時間というのは、もはや1つのイベントの域を越えていると思います)、まだ全然観られてません。
今日は夕方からの開幕式のみ参加。

式場に入るのにセキュリティーチェックがあったりして、ちょっと焦りました。
そう言えば、昨日は到着を告げる受付でパスポートの提示を求められたっけ。

いわゆる“官方活動”なので、開幕式は偉い人が来て話したり、まあ想像通りです。
ただ、美大だけあってポスターや映像、ステージパフォーマンスなども芸術性が高く、非常にセンスが良いです。
中国でこんなにスタイリシュな映画祭は他にないかもしれません。



そしてまた想像通りに、開幕式が終わればオープニング上映前に多くのゲストは席を立ち、残ったのは学生ばかりで、オープニング作品は微妙。
上映中にボランティアが私のところに来て、「パーティが始まるから来てください」と言うので行ってみれば、広い会場には弦楽演奏などがいて目を引くものの出席者はまばらで、しかもほとんどの人が顔を出しただけで帰ってしまいました。
1時間もしたら自主解散。
こんなシラけたオープニングパーティーは初めてです。
どうやら今回は名刺をほとんど使わずに帰ることになりそう。



映画祭をその傾向で分けると、観客をメインに考えるものと、作り手をメインに考えるもの、そしてスポンサーや上層部をメインに考えるものがあります。
私は観客を第一に考えがちで、ゲストにはややそっけないところがあります。
日本や台湾には、わりとこういう映画祭が多いと思います。
主催者がもともと映画好きだったりして、どんな映画を観客に届けたいかにこだわりが強いのです。

中国の独立系の映画祭はどれも作り手のために開かれるもので、監督同士の交流や、他の国や地域への作品の拡大、作品への批評などを狙ったものが多く、招待客中心で観客は多くないものの、作り手たちにとっては有意義なものです。
監督や大学で映画を教えてる先生など、制作者側に近い人が主催をしていることが多いです。
顧桃が昨年やった映画祭も、ある意味作り手のためですが、政府からお金を得て独立系監督たちに慰安旅行をさせるのが目的で、映画の上映よりリクリエーションが中心だから、それはそれで監督たちには戸惑いもありました。

そして、中国の公的な映画祭に多いのは、上層部しか見ていない映画祭です。
式典がやたら豪華で、ゲストの知名度や格、国際性などにこだわりが強く、作品選びも多くは大人の事情で決まり、スタッフは数がとても多いけど自分の仕事を把握しておらず、ゲストは良いホテルに泊めてもらえたり現金が配られる以外には得るものが少なく、上映環境や字幕はイマイチで、観客はなかなか観たい映画が観られないというもの。
メディアが開幕のニュースを大きく取り上げ、そこに政府関係者と有名なゲスト(特に白人)の写真が大きく載りさえすれば来年の予算も出るので、そのあとは問題さえ起きない程度にやってればいいという感じです。

いろんな映画祭に関わっている身としては、事情は理解できます。
観客は当然大事だし、作り手が参加したいと思うような映画祭にすることも必要だけど、資金源だってもちろん重要。
どれが欠けても良い映画祭にならないし、とても難しいです。
また、一口に映画祭といっても目的は様々だから、一概に語れないところもあります。

今回の映画祭は政府が金と口を出し、中国美術学院が運営を仕切っています。
中国美術学院はドキュメンタリーを作ったり、教えてたりしてる人たちだから、彼らなりの理想はあるはずです。
政治的なジレンマがある中、頑張っているのだろうとは思いますが、今のところ私の採点は厳しいものにならざるを得ません。

明日は論壇に呼ばれています。
中身については何も知らされていません。

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杭州  


西湖国際紀録片大会に参加すべく、杭州にやってきました。
やはり最後まで主催者側からの情報はなく、状況がつかめないままの出発でした。

航空便は全日空の成田発杭州行き。
久しぶりに成田の第1ターミナルに来てみると、店が増えていました。
思えば最近は羽田か第3ターミナルばかりで使っていたので。

杭州行きのA320は満席で、日本人より中国人の方が多そうな感じでした。
彼らが空港で買うお土産が多すぎて、上の荷物棚がすぐいっぱいになってしまい、多くの人が荷物を置けずに困っている感じ。
中国人が多く乗る便は、手荷物を制限するか、荷物のスペースを確保しないととても足りませんね。

設置してある液晶モニターがRetinaディスプレイばりにきれいで、映画が観たくなります。
『この世界の片隅に』を観ました。

3時間半ほどで杭州に到着。
税関を越えてゲートをぬけると、ボランティアスタッフがボードを挙げて待ってました。
5人くらいいます。
今回、日本映画大学の卒業制作として作られた『交差』という映画が参加するので、その監督の大引さんと、指導教官であった安岡先生が同じ便に乗っていて、車で一緒に中国美術学院へ移動しました。
一応日本語を話すボランティアがついているのだけど、趣味で学んでいる程度なので、会話はかなりおぼつかない感じ。
まあ可愛いからいいけど。
聞けば漫画専攻なんだそうで、今や中国美術学院も漫画なんぞ教えているのかとビックリ。

とりあえず大学の中にあるホテルへ。
この大学で建築を教えている先生が設計したという、非常に凝ったデザインのホテルです。
部屋が無駄に広くて、私が都内で住んでる部屋の3倍くらいあります。
自腹で泊まったらお高いんだそうです。





映画祭の開幕は20日の夜なのですが、なぜか19日から上映は始まっていて、『交差』も19日の18時半からの上映です。
何も頼まれてないけど、きっと私はQ&Aの通訳をやらなきゃいけないのです。
上映会場は浙江大学で、中国美術学院からはかなり離れています。
ボランティアが滴滴で呼んだタクシーに乗り、会場へ移動したのですが、渋滞で上映時刻を過ぎてしまい、遅刻。
通訳しなきゃいけないのに、映画もちゃんと観られないとは。

上映後Q&Aが始まりました。
会場は、一応上映のための環境は整っているけど50名弱しか座れない小さな教室のようなところで、そこの先生が司会をし、フランクな感じで行われました。
30分ほどだと聞いていたのに2時間も続き、通訳としてはかなり大変でしたが、観客は楽しんでいたようなので良かったです。
しかし、せっかく日本からゲストを呼んで、中国語字幕も入れて映画祭で上映するというのに、こんな小さな会場とは残念です。
中国美術学院と浙江省政府が主催なら、もうすこし大きな映画館とかでやってほしかった。
あと、中国語字幕は案の定かなり雑でした。
どう考えても翻訳者が映像を見ていないのがバレバレ。

さて、これから数日間、どんな映画祭になるのやら。

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移民  


趙大勇から1年半ぶりくらいに連絡が来ました。
「広州を離れて、家族でニューヨークに移住したから、来ることがあったら訪ねて来て」とのこと。
噂では聞いていたけど、本当に移住したんですね。

しかし、これから学齢期になる娘のためとはいえ、仕事もないのによく移住するものだと驚きます。
しかも本人、まるで英語が話せないし、話す気も無かったのに。
魅力あるんですかね、アメリカって。
私は旅行ですら行ってみたいと思ったことはないのですが。

かつて宋荘にいた仲間も、2人ほどアメリカに移住しているし、これから申請するつもりだという人もいて、今や独立電影の人たちも海外へ逃げる時代となりました。
もっとも、映画や芸術関係者でなくとも、移民できる人は移民するのが中国ですけどね。
それも今に始まったことじゃなく、昔からずっと。
あんまり居心地のいい国じゃないですから。

移民はできなくても、北京を離れて地方へ移るという人も増えています。
顧桃もその一人で、内モンゴルに引っ越すと言っています。
それがいいでしょうね。北京なんて全然面白くないもの。

その顧桃が、先週数カ月ぶりに連絡をしてきたと思ったら、また「お前も内モンゴルに来れば」とか無責任なことを言ってました。
去年も彼はそんなことを言っていて、「来週フフホトへ行くから一緒にどうだ?住むところも紹介できるぞ」なんて言うので、私も少しその気になったりしたのでしたが、その後音沙汰もなく、こっちから聞いても「ああ、またそのうち行くから」なんて言うばかりで、まったく当てにならないのです。
そのくせ、思い出したように「一緒に内モンゴルで仕事をしよう」と誘ってきたりするのだから、よくわかりません。
こういうのを“不靠譜”というのです。

顧桃が先週連絡をよこしてきたのは、べつにその件ではなく、「来週東京に行くから泊めてくれよ」というのが本当の要件でした。
うちは余分な布団もないし、彼が助手と一緒に来ても床に横になることしかできないので、それでもよければと伝えたところ、返事がありませんでした。
その後数日たって、泊めてくれる人が見つかったと連絡が来ました。
正直、空港まで迎えに行ったり、イビキで眠れなくなったりするのが不安だったので、ホッとしています。

顧桃が今回来日するのは、都内でイベントがあるからで、彼はついでに日本で撮影もする予定だとか。
何の撮影かは、だいたい察しがつきますが。
私は前回書いた杭州の映画祭があるので、イベントには行けず、彼ともすれ違いになってしまいました。

ところで杭州の映画祭、チケットが手配できたとフライト情報は送られてきたけど、映画祭の日程表もなければ、私が何をすればいいかも未だに伝えて来てません。
そもそも上映プログラムも発表されてないし。
どうなってんの?

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西湖  


「提名人」て何ですかね?

来月、杭州で西湖国際紀録片年展というのが開かれる予定です。
中国美術学院が主催するドキュメンタリー映画祭で、今回が第一回です。

中国美術学院にはドキュメンタリーを教える専攻があって、以前から馮艶などの独立系監督を講師に招いてワークショップを開いていたこともあって、私も以前から聞いたことがありました。
また、2013年には山形国際ドキュメンタリー映画祭の関連企画として、三都大学交流プログラムというのがあり、中国美術学院の学生や教員の作品が上映され、私も字幕翻訳や通訳を通じて彼らと知り合いました。

彼らは、かねてより自前でドキュメンタリー映画祭をやるのが念願で、数年前から準備を進めていたようです。
ただ、中国ではやりたいからと言って誰でも映画祭をしていいわけではなく、電影局から許可を貰わなければいけません。
これがなかなか大変なのです。
大学レベルの機関でも、何度も北京詣でをし、役人を招いた会議を開き、長い時間をかけなければなりません。
実は私も一度その会議に呼ばれたことがあります。
専門家の意見を聞くというような会議で、私は外国人枠として都合がいいので呼ばれたのだと思います。
電影局の偉い人に意見を聞かせるのが目的なのに、その人は忙しいからという理由で、途中で来て、20分くらいで帰ってしまいました。
ただ、結果的には許可が下りて、来月に開催する運びとなったようです。

先月、彼らが映画祭に日本からあるゲストを呼びたいと、私に相談してきました。
でもその人はスケジュールの都合がつかなくて、行けませんでした。
そしたらしばらくして、今度は私に来て欲しいと言ってきました。
何をすれば良いのか聞いたら、開幕と閉幕の式典に参加するのと、論壇のときにゲストとして登壇して欲しいということでした。
東京から杭州までの航空券も出してくれると言うので、以前からの付き合いもあるから、行くことにしました。

で、今日になってある人から、西湖国際紀録片年展の公式サイトに私のことが載っていると連絡がありました。
みたら、私は提名人ということになっています。
何をするのかわかりませんが、杜海濱などもいるD20という部門の提名人の一人として、1作品と2名を選び、合計45万元の賞金を出すとあります。
何のことでしょう? 全然聞いてないですけど。

しかしまあ、中国は金がありますね。
映画祭の最優秀作品には25万元の賞金が出るそうで、賞金総額は85万元!
せっかくだから、良い映画祭にしてほしいものです。

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検定  


調べ物があって東京都立図書館へ行ってきました。
入ったのは初めてだったのですが、さすが都立図書館だけあって、なかなか近代的ですね。

まず入館時に入口で入館証を受け取るのですが、それに番号とバーコードがあります。
入館すると、検索パソコンがずらりと並んでいて、それにバーコードを読み取らせて検索をします。
読みたい本が書庫にあったらボタンをクリックし、暫く待てば、館内の各階にあるモニターに自分の番号が表示され、カウンターで本が受け取れるという仕組み。
図書館も進化するんですね。

ここは蔵書の量も多いので、見たことがないような本もたくさんあります。
ちなみに私が書いた本も置いてありました。

語学のコーナーで中国語関係の本を眺めていたら、『日本人を対象とした旧「満洲」中国語検定試験の研究』という本がありました。
どうやら博士論文らしく、著者は中国人。
中国の学者が、日本で研究して書いたもののようです。
パラパラめくってみたところ、当時の試験問題も掲載されていました。
でも、結構難しいのです。
私も一応中国語学習者ですが、正直合格できる自信がありません。
満州の言葉なので、今の普通語より東北方言に近いというのもあるし、今では使われていないような表記方法もあったりするのかもしれないけど、全然理解できないものもチラホラ。
こんな検定試験が行われていたとは、当時の日本人の中国語力は相当なものですね。
やはり現地で育った子供とかもいるから、李香蘭のようにネイティブなみの人も少なくなかったのだろうし、大勢いる日本人の中には優秀な人もたくさんいたのでしょう。

開拓団のイメージもあり、日本人が固まって住んでて中国語もろくに理解できてなかったように想像してましたが、これでかなり印象が変わりました。
非常に興味深い本なので、時間があったらちゃんと読んでみようと思います。

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困難  


香港国際映画祭(HKIFF)のサイトを見ていたら、『笨鳥』がキャンセルになっていて驚きました。
よくわからないけど、止むに止まれぬ事情があるのでしょう。
この作品はかつて香港亜洲電影投資会(HAF)で賞を獲った作品でもあり、HKIFFで上映できないのは残念だろうと思います。

今年のHKIFFは、いつになく大陸の作品が少ないというか、魅力的な作品が少ない気がします。
一部にはHKIFFは中共に屈したのではという意見もあるようですが、むしろ電影促進法による映画会社側の事情でしょうね。
ロッテルダムやベルリンの頃はまだ電影促進法が施行されていなかったから、駆け込みで出品できたけど、HKIFFは施行されてから最初の大きな映画祭(中国映画にとって、という意味ですが)なので、とりあえず様子を伺っているのだと思います。
ベルリンに参加した映画会社のところに、その後電影局からいちいち連絡があったという噂も聞きました。
睨みが効いているのでしょうか。
それでもHKIFFのコンペ入選作をみると、フィクション部門にはどう考えても検閲を通してなさそうな映画もあるし、ドキュメンタリー部門も馬莉の『囚』といい郭熙志の『工廠青年』といい、検閲は通してないと思うので、その限りとも言えませんが。

実は、土曜日に栗憲庭電影基金で『囚』の中国初となる上映があったのですが、政府からの妨害もなく、無事に287分の上映を終えることができたそうです。
何かあっても可怪しくないと思っていたので、ちょっと意外でした。
ドキュメンタリーにはさほど厳しくないんでしょうかね。
それとも両会が終わったばかりだから、ちょっと緩んだとか?

今年はHAFへの参加を見合わせた中国人監督もいると聞いて、ビックリしました。
そこまで厳しくなっているんですね。
今後は資金集めも容易ではなさそうです。
ますます政府の顔色を伺いながら作るつまらない映画ばかりになって、映画業界が「促進」されていくんでしょうか。

知り合いの青年が、半年くらい前から北京の映画宣伝会社で働くようになったのですが、もうこの業界に未来が感じられなくなったらしく、他業種への転職を考えていると言ってました。
宣伝会社でさえそう思うんだから、映画を作る人はなおさらでしょう。

この現状には于広義もかなり嘆いていて、今日も「映画は厳しいから、お前は日本で中国語の先生にでもなれ」「中国語を学びたがっている女の子を掴まえればいい」と言われました。
仮に中国語を学びたがっている女の子がいたとしても、カワイイ娘はなかなか掴まらないんですがねえ。

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転居  


このたび転居をして、三十数年ぶりに都民になりました。
春なので新生活です。
今度の住居は、築46年のボロ物件で、大通りと線路に挟まれた凄い所です。
なので、とにかく安いです。
もちろんそんな物件が好きなわけではなく、あえて居心地の悪い所に住んで、ハングリー精神を養おうという「臥薪嘗胆作戦」です。
1年くらい住んだら、もっと良い所へ引っ越そうと思っています。

もともと引っ越しが嫌いじゃないというか、大学に入ってこれまで二十数回引っ越していて、いろんなところに住んでみるのが楽しいのです。
今回はさすがに、これまで住んだ中で最古の物件ですけど。
ただ、中国のマンションに比べたらキレイかな。

そんなボロ物件ですが、不動産屋からインターネットが無料だと言われました。
でも、よく聞いたら無料なのは1Mの超低速サービスのみで、それ以上の速度にすると有料なのです。
しかも、ケーブルテレビのネットサービスだといいます。
以前にも、日本でケーブルテレビのネットを契約していたことがあって、そのときはしょっちゅう停まるし、なぜか異常に遅いし、ロクなもんじゃなかったのです。
できれば1Gの光とかにしたいけど、その場合は工事費とかがかかるし、大抵は2年以上の契約の縛りがあり、私のように1年くらいで出たいと思っている人には不向き。
悩めるところです。

部屋の申し込みをした日、さっそくケーブルテレビ会社から電話が来ました。
テレビの初期設定をするので、引っ越しの日に来ると言います。
私はテレビを観ないのですが、この物件は最初からテレビが付いているので、不動産屋が連絡をしたのかなと思い、ネットのこともあるのでとりあえず来てもらうことにしました。

引越し当日、さっそくスーツを着たケーブルテレビの人が現れ、初期設定をするから上がらせてくれといって入ってきました。
その人はテレビのスイッチを入れ、画面が映っているのを確認すると、スイッチを切りました。
え?それだけ?
そんな確認なら自分でできるじゃん。
すると今度は、「ところでネットの契約はどうしますか?」と聞いてきます。
どうやら初期設定などもともと必要なく、ネットのセールスに来ただけのようです。
なんか感じ悪い。

その人は、1Mだと無料だけど、遅くて使い物にならないから、月々3300円の320Mにしろと言います。
使い物にならないサービスを提供しているのは自分たちなのに。
一応、建物でケーブルテレビに入っているので、定価よりは安いらしいけど、NTTの1Gで3800円とかだから、微妙な金額ではあります。
「どうしますか。320Mでいいですか」
「それ、今決めないとダメなんですか」
「皆さん、そうされてます」
「他社と比較したいから、パンフレットか何かください」
「パンフレットはありません」
「は?無いんですか?詳細もわからず契約するんですか」
「ホームページに書いてあります」
「とりあえず無料の1Mを使って、あとで切り替えるのはダメですか」
「切り替え料が五千円かかります」
「随分高いですね。1Mと320Mしか選択肢は無いんですか?」
「そうです」
「でも、不動産屋は他にもあると言ってましたよ」
「12Mというのはありますが、遅くて動画も観れませんよ」
「12Mと320Mの中間は無いんですか」
「ありません」
「たしか120Mというのがありますよね」
「ああ、あります。でも値段は320Mとほぼ同じですよ」
「具体的にはいくらですか」
「ちょっと調べないとわかりませんね」
どう考えても怪しすぎです。
会社としてはコストは同じだから、そりゃあ一番高い320Mに加入させたいのでしょう。
調べると320Mといっても下りだけで、上りは10Mしかなく、全然使えません。
だから資料とか見せたくないんでしょうね。
また、ネットで調べるとものすごく評判が悪く、実測ではスピードが100M出てないのは当たり前、酷いのは1/100なんて人もいて、解約したいけど違約金がかかるから何とかしたいという意見ばかり。
その場で結論を急がせるのはそのへんにも理由がありそう。

こう考えると、ケーブルテレビはありえない選択です。
しかし、他社は工事からやるから数万円は高くなるし、2年使わないと更に違約金が。
それに、今から頼んでもネットが使えるのは4週間後とかいいます。
待てません。

うーん、広州では4Mが三千円だったし、それに比べたらケーブルテレビもありかな。
でも0.5Mしか出てないという書き込みもあるしな……。
臥薪嘗胆作戦はやっぱり大変。
皆さんは、ちゃんと光が引いてある物件を探してくださいね。

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新作  


長らく更新を怠っておりました。
ブログを始めて以来、1ヶ月近く更新をしなかったのは初めてです。
もっとも、最近はブログというのもは流行らなくなっていて、読む人も減っているようですが。
Facebookも最近は投稿数が減っているというニュースがありました。
個人的な感覚ですが、Twitterも以前に比べて反応が鈍くなっている気がします。
みんなあんなにスマホをいじっているのに、何を見ているんでしょうね。

さて、私が更新をしなかったのは、ずっと日本にいたためにネタが無かったからです。
実は空気の悪い中国を離れ、日本で働くことに決めました。
今後はますますブログを更新する機会が減りそうです。

ネタが無いとは言っても、中国の映画人たちの活躍は続いています。
ベルリンでは『笨鳥』がジェネレーション部門でスペシャルメンションを取り、日本でも大きく報道されていましたね。
昨年WOWOWでも黄驥と大塚さんがこの作品を撮っている様子がドキュメンタリー番組で放送されていて、とても面白く見ました。
この映画はかなり長い時間をかけていて、私も完成をとても楽しみにしていたので、受賞したと聞いてとても嬉しく思っています。
早く作品を観たいものです。

それから、ベルリンではコンペに劉健の『好極了』が出ていました。
コンペ唯一の中国作品だし、中国アニメがコンペに出るのはもちろん初とあって、中国でも関心を集めました。
人民網の日本語版でもニュースになっています。

しかし、この映画は中国の検閲を受けないまま出しているので、本来は政府からのお咎めがあっても不思議ではありません。
去年法改正があって規制が厳しくなったばかりなので、マイナーな映画祭ならまだしも、三大映画祭のコンペ出品とあっては嫌でも注目されます。
そのことは劉健もわかっていて、遅れて検閲には出しているのですが、まだ結果は出ていないそうです。
そのため、国内の公的メディアは『好極了』の存在を黙殺しているそうです。
人民網日本語版は外国語だからいいのか、ただのフライングなのか……。
映画祭で作品の評価が高いと後から検閲を通るという例も過去にあったので、どうなるかは分かりません。
ちなみに賞こそ逃したものの、ベルリンでの評判は非常に良かったようです。
ワールドセールスも決まったようなので、海外で公開される可能性も出てきました。
こちらも楽しみです。


それから、フランスのドキュメンタリー映画祭Cinéma du réelが来月開かれますが、国際コンペに中国作品が2本入っています。
ひとつは徐辛の『長江』。
これは楊超の『長江図』が撮影されていたとき、撮影隊と同じ船に徐辛が乗って、長江沿いを撮ったものです。
でも内容は『長江図』と直接関係がなく、あくまでも彼個人の作品だとか。

もう一本は黄文海の『凶年之畔』。
これはロッテルダムにも参加していた作品です。
日本では『夢遊』くらいしか知られていない黄文海ですが、最近は香港で暮らしながら社会運動系の作品を撮ったり、中国ドキュメンタリーの本を出版したりしています。
かなり批判性の強い作品になっていることでしょう。


いずれの作品も私は観ていません。
こうした作品を私が日本で紹介できればいいのだけど、きっと『笨鳥』や『好極了』は既に色んなところが興味を持ってるだろうから、私の出る幕は無いでしょうね。
寂しいような、嬉しいような。

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新年  


新年快乐!
春節ですね。

中国各地では昨夜からPM2.5の数値がずっと300を越えています。
あの人たちは、普段は数値が高いと文句を言うくせに、こういう時はむしろ自分から空気を汚すんですよね。
爆竹の煙なら体に悪くないとでも思っているんでしょうか。
一晩だけならまだしも、連日ずっとやってるし。
時代が変わっても、こういうのは変わらないですね。

ただ、彼らに言わすと年々春節らしさが無くなってきているそうです。
貧しかった昔みたいに、春節だから新しい服が着られるというようなこともないですからね。
この頃は海外で過ごす人も増えたし。

それから、春節と言えば餃子ですけど、今は年夜飯で食べない人も増えています。
山西や山東の友人も、昨夜は食べなかったと言ってました。
かつては北方なら絶対に餃子は外せなかったと思うんですが、食事も多様化しているようですね。
もともと餃子なんて滅多に食べられないという時代があったので、年夜飯に食べるというのは一種の贅沢でもあったわけで、今はもっと良い食べ物があるということなんでしょう。
経済発展とともに楽しみ方も変わるのです。

彼らには、早く爆竹に代わる楽しみも見つけて欲しいものです。

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