Next Life はジョージアか?

中国雲南省に約7年ロングスティし、2017年4月に新たな旅と新鮮な生活と刺激を求め旅立ちます。

トビリシ生活事始めー断水。

2017-09-01 20:55:49 | 日記
昨日(日本時間一昨日)まで1週間断水が続いていた。こんなに長い断水は初めての経験だ。最初の2日の断水はその日の内に12時間ぐらいで回復した。

その後5日目まで完全断水が続いた。明日には復旧するだろうと毎日期待して待ったが水の出る気配すらない。暑さも続くので冷たい水が出ないのは相当辛い。

断水がある事は聞いていたしこれまで一二度断水もあったがその日の内には復旧していた。水はルームメイトがポリ容器に沢山備蓄していた。だからこう云う長い断水もあるのだろうと思った。



備蓄されたポリ容器の水。シャワールームにも大きなポリ容器2本に水か備蓄されている。

完全断水3日目この2階建ての長屋のようなアパートの1階の中庭で共同水道から水が出ているのに気が付いた。



私の部屋から見える中庭。



これが共同水道。

でも私の所では水は出ない。どうゆう事なのか状況が理解できない。こんな事があるのか仕方なく現在ポルトガルを旅行中のルームメイトにメッセンジャーで尋ねてみた。

すると彼がメッセンジャーで大家さんに問い合わせてくれた。すると思わぬ事が分かった。断水3日目あたり私がキッチンの蛇口を開けっ放しで寝たらしい。その結果階下のお宅で水漏れが起き。床や天井などに被害が出たらしい。



この中庭の左の一軒目のお宅が被害にあったらしい。

私は彼から断水の時に水道の蛇口を開けっ放しし階下に水漏れを起こした経験を聞いてたので十分注意していたのだが。

その日だろう一階のおばさんが私の部屋をノックした。行くと踊り場から姿が見え何か言っている、でも何を言っているのか分からない。時より侵入してくる猫が走っていたのでいたずらに注意した方が良いとでも言っているのかと気にしなかった。

だがそれは水漏れの注意と抗議だったのだ。それにそんな対応をしたので怒り、私の部屋の水道の元栓が閉められたらしい。

ルームメイトからはとにかく謝罪すれば夜には水道を開けてくれると連絡があった。隣近所とのコミュニケーションを大事にしてほしいとも言われてしまった。

もうトビリシ4カ月になり十分時間はあったが、一日中の背中の痛みで特に高さの合わないテーブルに向かいジョージア語の勉強するのは大変辛く始めても20分が限度だった。

だからほとんどまともに勉強できなかった。元々語学は苦手だし。痛さで気力も出ない。でも文字の書き方は多少やった。ジョージアの文字は割と簡単で丸っこくて可愛いのだ。

しかしとんでもない迷惑と被害をだした。これは何としても謝罪の意思を伝えなければならない。水は二の次だ。

そこで日本のジョージア語の本とGoogle翻訳を使い謝罪の言葉を単語だが画用紙にこちらの文字で書き並べた。10分休憩を繰り返し。翻訳機の精度と出て来る文字が正しいのか分からずこれまでは使った事がなかった。

でもそんな事は言っていられない。とにかく謝罪の意思を少しでも伝えなければならない。やがて伝わるかどうか分からないが書き上げた。

被害を受けたお宅はその日は夜しかいないらしい。そこで書いた画用紙を持って買い物に出かけた。戻ると門に同じアパートの見慣れたおじさんがいた。

で画用紙を見せた。すると文(単語)を声を出して読み上げた。私の文字が読めるようだ。しかも意図が伝わったみたいだ。同じアパートの方は私の状況を知っているらしい。

すると早速、私の家の水道の元栓を開く作業をしてくれた。水が出るかどうかも確認しながら。やがて水道は開通した。いやぁ実に丁寧な協力だ。被害のあったお宅も教えてもらった。

水が出た事でホットしたが、それよりも私には被害を出したお宅への謝罪が重要だ。でも通じた人がいたので自信が出た。

夜と言っても遅くなっては失礼だろうと夕方7時半頃謝罪に向かった。若目の奥さんがいた。謝罪の言葉は知っていたので。それを言いながら画用紙を見せた。するとニコニコ笑顔だ。画用紙で謝罪の単語と水漏れ被害は賠償するのでいくらになるかも尋ねた。

その方は終始笑顔で賠償は要らないと言う素振りも見せた。しかし家長が戻っていないようだ。そこで預かってもらった。この国は旧社会主義の国でスーパーなどでも笑顔はない。初めて見る照れながらの素敵な笑顔だった。

日も暮れた9時半再び訪ねた。本番だ。すると老夫婦が応対してくれた。改めて書いた謝罪と賠償の意思の画用紙を見て、優しそうに賠償は不要だと言ってくれた。まぁ言われた言葉は分からないがそう理解するしかない。



再訪用の画用紙メモ。大変下手な文字に単語ばかりだが意図は伝わった。

それで日本的に丁寧にお礼をし握手をさせてもらった。実に感じの良い対応だ。またそれまでにもこの長屋のようなアパートの住人に画用紙の性で親切に対応して頂いた。かつてあっただろう日本の下町の長屋の情を想起せざるおれなかた。

と言う事でこの日はこれまで背中の痛みで引きこもっていた私の長屋でのデビユーとなっかも知れない。またこれまでルームメイトが築き上げてきた友好な関係を修復できたかも知れない。

暑さは続くが背中の痛みは引きつつある。ただ背中の重苦しさは残る。ここまで書くとかなり辛いが痛みが質的に変化しているようだ。完全回復があるとしたらまだまだ先のようだが。