《雛菊*雑記》

こちらは、オリジナル小説サイト《Daisy Notes*》の、創作ノート的な裏ページです★

『あれから僕らは…』①【by『oldies』】

2007-11-27 | ++ShortShort++
「――その中学時代の“出会い”を経て……それからメンバーの皆さんとの固い友情で結ばれた日々が始まった、っていうカンジですか?」
 レコーダー越しにそう聞いてきたインタビュアーの女性を見つめながら、僕は「そんなハズないじゃないですか」と即答し、苦笑交じりの返答を返した。
「昔の僕は、どこまでも素直じゃなかったですから。“友情”なんてモノ、そう易々と認めてたまるか、なんて思ってたんでしょうかね。――でも、それが何だかんだと今日まで続いているのは……そんな素直じゃなかった僕を、皆が性懲りもなく受け入れ続けてくれたから……だから自然に、時間が経つにつれ“友情”ってモノになっていってくれたんでしょうね」
 …などと、表向き、口ではしおらしいことを言ってはみるけれど。
 しかし実際のところは。――何だかんだと素直じゃない僕が逆らおうとする都度、ことあるごとに例の“賭け”を持ち出され、まるで“切り札”の如く『あの時オマエ負けただろーが』とグウの音も出ないようにガツガツやりこめられては逃げ道を塞がれ、結局のとこ逃げるに逃げられなくなって、…っていうことの積み重ねで築かれた関係、でしかないんだけど。


 でも実際、皆がそこまでしてくれなきゃ、後からコッソリ後悔するハメとなったことも事実、だったろうと思う。
 素直になれない僕のことを、皆にはシッカリ解られてた。――見抜かれてたんだ、最初から。
 誘わるままイヤイヤ一緒に居るような素振りで、でも内心では、連中と共に居られることを心から喜んでいた……そんな天の邪鬼な僕のことを。
 だから、わざわざ僕の“逃げ道”を塞いでくれた。
 わざと僕の弱みを握ってるような素振りを、し続けてくれた。


 殊更に言葉に出して言わなくても……そうやって確実に、彼らは僕を“友人”として受け入れ続けてきてくれた―――。


「メンバーの皆には感謝してますよ、本当に」
 そう告げて笑うと、つられたように目の前の女性も微かな笑みを浮かべた。
「それで…? その後、どうなったんですピアノの方は?」
「ああ、やめました」
 改めて問われ、そういともアッサリ返した僕の回答で。
 それが想定外だったのか、「え!? やめちゃったんですか!?」と、即座に彼女が目を剥いて食い下がってくる。
「というか、そんなに簡単にやめられたんですか!?」
「イエ、それはモチロン簡単じゃありませんでしたけど……だからまず、その参加する予定だったコンクールをボイコットしたんです」
「は!? ボ、ボイコット…ですか……!?」
「ええ、そうです。当日になって逃げたんです、会場から」
「それはそれは……」
「もう、母と先生が、僕のことを血相変えて探し回って……それをコッソリ物陰から見て楽しんでました」
「――意外に性格悪いんですね……」
 目の前からポソリと呟かれたその言葉で、思わず「あははっ、まあそうですね!」と、声を立てて笑ってしまった。


 断っておくが、コンクールの件は……最初からボイコットしようと狙ってたワケじゃない。
『もうコンクールには出たくない』『ピアノは弾きたくない』と何度も何度も訴えたものの、全くもって聞き入れてもらえなかったから……それで、いわば“最後の手段”に訴えることにしたまでだ。
 まだ中学生だった僕が、当時の僕なりに精一杯考えて出した、それは“答え”だったのだ。
 全身全霊で母に解らせたかった。…解ってもらいたかった。
 もう他人と優劣を競うピアノなんて弾きたくない、と云うことを―――。


 そう…今でも僕は、ハッキリと思い出せる。――あの当時のこと全てを。


 中学時代のあの時あの場所で、ああやって彼らに出会ったからこそ……僕は、音楽を楽しむ、ということを自然に身体で覚えることが出来た。
 それから何年かが過ぎ、その分だけ年を重ねてきたけれど。
 ピアノを弾くことを、あんなにも楽しいと思えた時代なんて、他に無い。
 ピアノを弾く楽しみを…それが自身の喜びなのだと、初めて知った。
 ピアノは誰かと共に奏でるから楽しいのだと、知ることが出来た。
 今まで母に命じられるまま奏でてきた僕のピアノは、その瞬間に色褪せた。
 それを知ってしまって後、改めてピアノに1人で向かってみて。――何故だろう…、ふいに涙が出るくらいの淋しさが押し寄せてきた。
 今まで全く知らなかった…常に傍らに在ったというのに気付きもしなかった感情。
 自分だけしか存在し得ない音楽の世界にずっと身を置いていたことを、理解してしまったと同時に、そんな感情が存在していたことにも、僕は気付かざるを得なくなってしまって。
 どうしても居た堪れなくなってしまった。1人でピアノに向かっていることが。


 誰かのために、ではなく、自分のために。――だから僕は、ピアノを捨てた。


「案の定、それからは母と大ゲンカの毎日になりましたね。やっぱり母は、僕に過剰な期待をかけていたから……どうあっても、“クラシックピアノを弾かない僕”を認めてくれようとはしませんでした。『ロックなんて、そんな低俗な音楽』って、何度ケナされたか分かりません」
「でも、竹内さんは……中学校を卒業されてからは、現在在学されてる音楽大学の、その付属高校のピアノ科に進学されてますよね?」
 目の前に座るインタビュアーの手の中には、僕のこれまでの経歴が書かれた書面。
 それを見下ろし俯いていた顔を上げて、やっぱりピアノやめられなかったんでしょ? と、無言のうちに問いかけてくる彼女の視線を受け止めながら。
「ええ、そうですね」と、努めて穏やかに、僕は返す。
「それが母の出した“条件”だったんですよ」
「条件…ですか? それはどんな……」
「つまり、僕が“ピアノの練習もせずバンド活動だけにウツツを抜かしていてもいい”っていう、そのための」


 最終的に母は、それを僕に飲ませることで折れたのだ。
 ピアノの練習はしない、コンクールはボイコットする、ピアノを弾いていると思えばバンドで演奏するための曲だけ、――そんな僕には、これ以上もう何を言っても無駄だと、いいかげん覚ってくれたのだろうが。
 それは僕が中学3年生になり、受験期を迎えた頃のこと。


『――高校と大学は必ず〈ピアノ科〉に進学しなさい。そうすれば、あなたがどんな音楽をやろうが認めてあげるわ』


 今のままでは、母が何を言い続けたところで僕は、この先ずっとクラシックを弾こうとはしないだろう。
 その状態を続けた挙句クラシックピアノの世界から僕をスッパリ切り離してしまうよりは…という、未だ僕への過剰な期待を捨てきれずにいた母の、それは苦渋の選択だったのだ。
 改めて考えてみるまでもなく、母としては、バンド活動をする僕のことなんてハナから認める気は無かった。
 何とかして僕をクラシックの世界に留めておきたい、という……ただそれだけのエゴ。


 だが僕は、その“条件”を飲んだのだ。
 そんな母の思惑を、決して理解していないワケじゃなかったクセに。唯々諾々と従った。
 なぜなら、母が“認める”“認めない”云々よりも、誰に何を言われるでもなく邪魔されるでもなく、好きなだけ思う存分、自分の音楽を楽しむ環境を得られるのであれば、そちらの方が重要だったのだから。その当時の僕には。
 加えて、毎日毎日同じように繰り返される母の小言にも似た懇願に、いい加減、ウンザリさせられてもいたところだったから。
 それがスッパリ無くなってくれるのであれば、高校だろうが大学だろうが、嬉々として母の望む通りの道へ進んでやるさ。
 そもそもクラシック自体は嫌いではないのだから。…ただ何の目的も楽しみも無く1人でピアノを弾かなくてはならないことが、居た堪れなくなるだけで。
〈ピアノ科〉に進学するというだけで現在の自分の妨げとなるものが全てなくなってくれるのならば、それこそ死に物狂いになったっていい。
 好き放題に自分の音楽活動が出来る代償だと思えば、安いものだ。


 これまでの僕の学歴は……そういった母と僕の打算が折り重なって出来上がったものだった。


「だから高校も大学も、僕が自分から選んだ進路じゃなかったんです。あくまでも、好きな音楽をやるため、という必要に迫られただけのことで……」
「そうは言っても……竹内さんは、そうやって進学した先の大学で、あの有名な篠原教授に見出されたわけでしょう? 教授が大絶賛してるじゃないですか。『100年に1人の逸材』とか、『不世出の天才』とまで。それだけの才能をお持ちなのに……」
 僕の返答があくまでも不服な様子で、そんなことを彼女は言ってくる。
「…まあ、それほどまでに僕を買ってくれる篠原先生には感謝してますよ。とても」
 僕としては努めてニコヤカに、ここはそう殊勝な言葉を返しておきつつも。
 だが、あのオッサンが僕を買いかぶり過ぎた挙句に大騒ぎしたから、これほどまでのオオゴトになってしまったのは事実、である以上。
 ――はっきし言って、ぶっちゃけ迷惑だっつーの!
「でも、篠原先生には申し訳ないのですが……今のところ僕がやりたいのはロックですし、このままクラシックに転向して生計を立てていこうなんてことは、特に考えていませんから……」
「では竹内さんは、今回、あの由緒ある《ショパン・コンクール》本選に出場し、更に優勝という栄誉に輝いた実績を残しながら……それでも、今後の活動をクラシック1本に転向なさるお気持ちは無い、と……?」
「はい、もちろんです」
 そもそも、そのコンクールだって、篠原のオッサンが『推薦してやるから、どうしても出ろ! 出るんだ! 出てくれ!』と、無駄に騒ぎ立てるから面倒くさくなって……それで、つい頷いてしまった、というだけのイキサツだった。
 出るだけ出ればいいだろう、結果なんて後のことは知るもんか、と、そんな気持ちで居たっていうのに。


 ――まさか自分が予選突破した挙句に入賞までしてしまうなんて思わなかったのだ。本当に。コレッポッチも。


 奇しくも母の思惑にピタリと嵌まる結果となってしまったことに関しては、密かに胸中複雑なこと極まりないが……出してしまったものは、もう取り返しが付かないから仕方ない。
 ともあれ、その“結果”のおかげで、にわかに僕の近辺が騒がしくなり始めた。
 ただでさえ、最近ようやくバンド活動も軌道に乗り、やっとこさメジャーデビューにまで何とか漕ぎ着いた矢先のことだったから。
『あの《ショパン・コンクール》において優勝、という快挙を成し遂げたのは、ピアノ科に在籍しクラシックを学ぶエリート音大生、でも本業はロックバンドのキーボーディスト』という僕の経歴がマスコミに面白がられ、クラシックピアノ界以外のところでも大きく取り上げられるようになってしまって。
 …まあ、おかげでデビューしたてバンドにとっては知名度向上に多少なりとも役立ったのかもしれないが。
 …とはいえ、バンド以外のことでバンドの知名度が上がったところで、全く嬉しくも何とも無いではないか。
 むしろ僕から『迷惑かけて申し訳ない』と謝らなくてはならないところだが、それを大らかにも笑って許してくれたうえ、応援して持ち上げてまでくれるメンバーの皆には、本当に頭が下がりっぱなしである。
 ともあれ、インタビューだの何だので音楽以外の余計なことにまで必要以上の時間を取られるハメになってしまい、僕としては、この上もなく面倒くさい事態となってしまった昨今のこと。
“どうせしばらくすれば世間のほとぼりも冷めるだろうから、今だけ今だけ…!”と無理矢理のように自分を納得させては、事務所や他のメンバーに勧められるまま、しぶしぶ対応に臨んではいるものの。
 だからといって、面倒くさいことに1ミクロンの変わりがあるワケじゃない。


 今日のこのインタビューにしても同様。
 例によって、やっぱりどっかの音楽雑誌だかが、“特集”って形で取り上げる、とか何とかで……確か、本を質せば『音楽を始められたキッカケについて聞かせてください』という依頼だったような気がする。――それにしては随分と話題が逸れてきたような気もしないでもないが。
 なにせ僕が語ったのは、中学生の頃――今のバンドのメンバーと出会った時のエピソード、なんだからね。
 この目の前に座るインタビュアーにしてみれば、本当のところは間違いなく、“僕がクラシックピアノを始めたキッカケ”を聞きに来たんだろう。そもそもは。
 それが、まさか“僕がロックバンドを始めたキッカケ”を聞くことになろうとは……全くもって思いもしなかったに違いない。
 彼女の言った通り。――やっぱり僕は、ナニゲに性格が悪いのかもしれない。
 こちとら、こんな面倒くさいインタビューなんかで貴重な練習時間をツブされてるんだから、このくらいの意趣返しは許されるだろう。
 そんなことを思いながら、コッソリとほくそ笑む。


「今回の僕の入賞は、あくまでも“まぐれ”ですから。――僕には、実際そこまでの実力はありません」
 そんなの、今さら改まって言うまでもなく、当然のことだ。
 今回は、あくまでも“たまたま”、何かの拍子で入賞してしまったけれど。
 この『コンクール』という名の魔物は、二足草鞋の人間がそう易々と何度も入賞できるほど甘い世界では、決して無いのだから。
「…そうでしょうか?」
 やっぱり依然として不服そうな表情で目の前に座る彼女に向かいながら。
 おもむろに「じゃあ、そろそろ…」と、僕は座っていたソファから腰を浮かせた。
「とりあえず、ご依頼のあった件については、お答えするべきことには答えたと思いますので……もういいでしょうか? リハーサルの時間が迫っているものですから、そろそろ行かないと……」
 それを告げた途端、ハッとした表情になって、目の前で彼女も弾かれたように立ち上がる。
「ああ、そうですね! ウッカリしてました、申し訳ありません! 本当に、コンサートの前でお忙しいところ、今日はどうもありがとうございました! 雑誌が出来上がりましたら、真っ先にお送りしますね!」
 そして、慌てたようにペコリと深く一礼。
 仮にもハタチそこそこでしかない若輩者の自分よりも年上の女性に、そう深々と頭を下げられると……なんだかミョーに居た堪れない。
 きまりが悪くなって僕は、「では失礼します」とだけ告げると、挨拶もソコソコに、そのまま部屋の外へと逃げ出そうとした。
「…あ、最後に1つだけ、伺ってもよろしいですか?」
 踵を返した途端に投げ掛けられた、その言葉。
 僕は、思わず足を止めて振り返った。
 下げていた頭を上げて僕を真っ直ぐに見つめていた彼女は、「あ、ごめんなさい」と、まず急に呼び止めてしまったことを詫びて。
 そして躊躇いがちに、口を開く。


「あの……竹内さんにとって、もうクラシックは全く不必要なものでしか無いんでしょうか……?」


 その言葉は、ナゼか淋しそうな響きでもって僕の耳まで届いた。
 次の瞬間、ハッと我に返ったように彼女が「すみません失礼なこと訊いてしまって…!」と、慌てたように口にしたけど。
 僕は、その言葉にも返答を返せず、ただただ、黙って彼女を見つめていることしか出来なかった。
 焦ったように僕を見つめる表情にも……言葉に響いた色と同じ、淋しさのカケラを、見たような気がして……、


「――そんなこと、ないですよ……」


 咄嗟に僕の口が、そんな返答を返していた。
 驚いたように、彼女の表情が僕を真正面から捉える。
 そんな彼女を見つめ返して、僕は、にこやかに穏やかに、言葉を選びながら続けた。
「『不必要』だなんて…そんなことは絶対に無いんです。なぜなら、クラシックが僕の“原点”だから。僕がピアノを弾いていなければ、今の仲間たちにも出逢えなかった。ロックという音楽にも出会えなかった。あらゆる意味で、“今”の僕を作り上げてくれたのはクラシックだから……切り離して考えることなんて出来ないんです。こうやって、たとえ今の僕は別の道を歩んでいても。でも常に僕の中に在るんです、クラシックは。いつも常に」


 捨てても捨て切れない“絆”。――それが、僕とクラシックとの関係だった。
 僕の音楽は、もともとクラシックの中で育まれてきたのだ。
 そのクラシックがベースに在ったからこそ、今現在、僕が奏でるキーボードがある。


「僕の中では、クラシックもロックも、何も変わりない。その2つを隔てる“境界線”なんて、どこにも無い。――ただ等しく、それは共に“音楽”である、ということに違いは無いんです」


 ロックの世界に身を置いていても、常にクラシックも存在しており。
 その逆も言える。――たとえクラシックの世界に身を置いたとしても、きっと僕の中にロックは鳴り響き続けていることだろう。
 これからの人生を歩んでいくうえで、もっと多種多様な“音楽”に触れ、僕の中に鳴り響く音楽も、また増えていくかもしれない。
「だから、僕は“決め付けたくない”んです」
 ――そう、いつか“ヤツ”に言われたように。
「まだ僕はハタチそこそこの若輩者でしかないので、音楽だけじゃない、人生の何もかもにおいて、まだまだ知らないことだらけですから。この先、生きていく上で、そういう“知らないこと”に触れていくうちに、これからの僕に何が起こってくるか分からない。たとえ今の僕はこうでも、でも“今”は決して永遠じゃない。だから、その時その時で一番やりたいことをやろう、って、そう決めてるんです。…ただ、それだけのことなんです」


“気持ち”さえあれば、『幾らでも変われる』『好きなように好きなだけ自分を変えていける』と……そう、アイツは言ったから。
 だから後悔をしないよう、精一杯生きようと決めたんだ。
“これからの僕”のために―――。


「“今”の僕の“一番やりたいこと”は、ロックである、という、それだけのことなんですよ」


 やんわりと、それを告げて微笑んでみせると。
「そう…なんですか…」と、軽く俯きながら、彼女は小さく呟くように応えた。
「それでも……私は、竹内さんの弾くクラシックに、本当に感動したんです」
 心から残念そうな言葉。そして声音。
 その淋しげな姿に、少しだけ申し訳なさを覚える。
 だって僕は、解ってしまったから。その言葉で。――彼女が、僕の弾くピアノに期待をかけてくれていたことが。
「僕のピアノを認めてくださって、本当にありがとうございます」
 言って、僕は彼女に頭を下げた。
 音楽雑誌のライターなどをしているくらいだから、本当にクラシックが好きなのだろう。
 きっと彼女には…いや、クラシックを愛する人間にとって僕は、厚顔で不遜きわまりない人間に、見えていることだろう。せっかく世間にも認めてもらえたクラシックピアノの演奏技術を持っているというのに、それを生かさないどころか無下に捨てるにも等しい道を、選ぼうとしているのだから。
 けれど彼女は、そんな僕に『感動した』とまで、言ってくれた。
 そのことが本当に嬉しくて。また、何だか誇らしい気持ちにもなれた。
 だから、そんな彼女のために、かけてくれた期待を裏切るようなことなんて、したくはないと思った。
 だから僕は、それを言った。
「出来ることなら……今度は、ロックバンドでキーボードを弾いている僕の演奏も、認めていただけたら嬉しいです」
「え……?」
「音楽のジャンルがクラシックからロックに変わったところで、どちらにしても、その時その時の僕の精一杯の演奏であることには、何の変わりも無いですから。僕は僕です。僕の奏でる音楽についても同様です。何も変わることなんて無い」
「…………」
「表現する音楽の形は変わっても……また違った形で感動していただけるのなら、とても嬉しいです」
 ――ひととき訪れた沈黙の中。
「じゃあ、これで」と、改めて僕は一礼し、踵を返した。
 今度は、もう引き止める声は投げ掛けられなかった。
 そのままドアを開けようとノブに手をかけてから……おもむろに、そこで振り返る。
「よろしければ、今日のコンサートもゼヒ観てってくださいね」
「え、でも……」
「これが、“今”の僕の音楽、ですから―――」
 そして今度こそ、「失礼します」とだけ最後に言い置いて。
 僕はドアを押し開くと、そのまま部屋から飛び出した。




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『あれから僕らは…』②【by『oldies』】

2007-11-27 | ++ShortShort++
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「――よぉ、天才ピアニスト!」


 そそくさと廊下に出、今まで居た控え室のドアを閉めて歩き出した途端。
 僕に向けて投げかけられた、からかうような、そんな声。
 聞こえてきた方向を振り返ると……コチラに向かってタラタラと歩いてくる、やたら背の高い男性の姿があった。
「まーたインタビュー受けてたんだってー? さっすが有名人!」
 その表情は、いかにも“からかってマス!”って言いたげにニヤニヤ~とした人の悪い笑みを浮かべていて。
 …でも、そんなイヤミ口調と悪人ヅラが本心からのものじゃないってこと、僕はもう、充分に知っている。
「そういう葉山は、ヒマそうだね? なんなら僕の代わりにインタビューでも受けてみる?」
 やっぱりニヤリとした笑みと共に、それを返してやった途端。
 僕の目の前まで来て立ち止まったソイツ――葉山は、苦虫を噛み潰したような表情になって、ムッツリ僕を見下ろした。
「オマエ、最近トコトン可愛くないよな」
「別に、葉山に可愛いって思われても仕方ないし」
「…ったく、減らず口ばかり上手くなりやがって」
「うつったんだろ、葉山の口の悪さが」
「ああそうかよ悪かったなァどーせ育ちが悪いもんでー」
「今さら言われなくても知ってるよ」
「……おい、テメエ、フォローくらいしやがれよコノヤロウ?」
「で、なんの用?」
「………おいコラ、せっかく人が時間だから呼びに来てやったっていうのに、言うに事欠いて『なんの用』だとぉ?」
 それを言われてからハッとして、思わず自分の腕時計に目を遣った。
 ――ヤバイ、既にリハーサルの5分前だ。
「うわー全然気が付いてなかった……! ごめん、悪かったよ」
 素直に謝ってみせると葉山は、そこで軽くフンと鼻を鳴らし、「わかりゃいーんだよ、わかりゃーな」と、僕を小突いた。
 小突かれる謂われまでは無いような気もしたが……とりあえず、ここは腹立ちを腹の中だけに収めておくことにする。
「もう、みんなスタンバってる?」
「ま、ボチボチな」
 言いながら、歩いていた廊下の角を曲がった途端。


 ――ふいに懐かしい光景が、視界に映えた。


「ミツル……?」


 思わず、僕は小さく声を上げていた。
 真っ直ぐ前に開けた視線の先には……会場で、既にスタンバっているハズの、仲間の姿。
 ミツルが壁に寄りかかるようにして立っている。まるで立ち尽くしているかのような風情で。――あるドアの横で。
 葉山と2人、彼に向かって近付いていくと。
 ミツルも、こちらに気付いて軽く片手を上げて合図する。


 ――そこに、微かに聞こえてくる……それは“音楽”。


 ふいにフラッシュバックする、――中学時代に歩いた廊下の風景。
 微かなのに…より大きく僕の耳を打ち、そして響いていた、あのメロディ。


 昔から変わらない……サトシの“唄”が、聴こえてくる―――。


 そこは、扉上部に緑色の光が点っている、『非常口』と書かれていたドアで。
 僅かに開かれていた隙間から、非常階段で空に向かって叫ぶように唄っているサトシの背中が見えた。
 あの時と違って、今日は伴奏も何もないアカペラで。
 でも……その声は普段よりもずっとずっと力強く、僕の胸にこだました。


『落ち込んだりとか…何か挫けそうなことがあるたびに、オレはこの歌を唄うんだ。誰に聴かせるためでもなく、ただ自分のためだけに。何度も何度も、気の済むまで繰り返し、叫んで叫んで、唄い続けて……そうやって再び立ち上がれるパワーを貰うんだ』


 いつだったか、彼の言った言葉を思い出す。
 ――そう、だから“今日”も。
 今日というこの日を迎えて……きっとサトシは、唄わずにはいられなかったんだ。自分を奮い立たせるために。
 この歌を。――『僕が僕であるために』。
 サトシだけじゃない。もちろん僕も。それに葉山もミツルも、皆が皆、何かせずにはいられないくらいに緊張して落ち着かなくなっている。
 そして興奮してる。たまらなくワクワクしてる。それこそ叫び出したいくらいに。


「――さあ、行こうか。俺たちの初舞台が待ってるぜ!」


 唄い終えて非常階段から戻ってきたサトシを囲んで、僕たちは共に歩き出す。
 すぐそこに準備万端で控えてる、ステージへと向かって。


 僕たちがメジャーデビューしてから初めて迎えたコンサートツアー。――その初日である今日。


 目指す栄光への第一歩を、あの時、僕たちは共に歩み出した。
 今日ここで、その栄光のカケラを掴み取る。
 そのために、僕らは今、ここに居るんだ。
 僕たちの“伝説”は、今日ここで、また新たなるスタートを切ることが出来る。


 僕たちの時間(とき)は……まだまだ、これからも終わらない―――。









◆『oldies ~僕たちの時間(とき)』
ヤツらの…つーか、トシヒコの、本編“その後”のエピソード。
本編以降どうなったのかを、トシヒコの回想、って形で。
時期はだいたい、4人ともハタチくらいの頃です。
しかしコレ…“ShortShort”とは名ばかりの長さになってますよね…(汗)
ここブログでの1記事の文字制限を超えてしまいました。
なので、泣く泣く2ページに分割。
そのうちちゃんとページ作ってサイトの方にupし直すかもですー。


『出会い頭の二人』【by『青春~キセル』】

2007-11-20 | ++ShortShort++
 ――もうっ……! そういうことは最初に言っときなさいよねっっ……!


 1人になるや否や、あからさまな脹れッ面を表情に出しつつ、内心でそんな悪態をついた。
 そうやって1人歩く私の周りは、賑やかに人の波が流れている。
 中庭に当たるのだろうこの場所には、ほとんど隙間なんて無いくらい出店が広げられており、あちこちから客引きの声が聞こえてくる。そして辺りに漂う、ヤキソバやらたこ焼きやら、調理された売り物の美味しそうな匂い。
 喧騒に混じって、どこか遠くの方から音楽まで聞こえてくる。どこかでバンドの生演奏でもしているんだろうか。
 …そういう、まさに“お祭り真っ盛り!”といった雰囲気にわいた、学園祭で盛り上がっている大学のキャンパス内。
 とはいっても、ここは私の通っている学校じゃない。
 自分の通う大学からも自宅からも大して近場にあるワケでもなし、ましてや知り合いが通っているというワケでもなし、しかも私がコレッポッチの興味すら持ってもいない技術系大学。――なんていう、私からしてみたら全く接点の無い学校でしかない。
 そんな大学の学園祭に、なぜ私が遊びに来ているのか、っていうと……、


 ――来たくて来たんじゃないわよ、ってーのッ!!


 再び声には出さずに心の中だけで悪態をついてから、思わず深いタメ息を洩らしてしまった。
 いい加減、人混みをかき分けて歩くことにウンザリして、そのまま視線が人の居なさそうな場所を探す。
 …どうせ目的があって歩いていたワケじゃない。
 どこへなりとも行ってやる、くらいの気持ちでもって、今ふと目についた近場の校舎へと私は歩みを向ける矛先を変えた。


『…武蔵野工大の学祭、行ってみない?』


 そもそもの始まりは、そんな友人の誘いだった。
 本日朝イチの授業を終えた後のこと。
 まず、おもむろに『午後って何か予定ある?』と尋ねられ、『ううん、特に無いけど?』と素直に答えた途端、それを言われたのである。
 …とはいえ、この私が『行く行くー』と即答するワケがない。
 行きたい理由とか行かなきゃならない義理でも無い限り、他所の学校のことなど基本的に興味が無いから。
 だから私は、即座に『どこ、それ?』とニベもなく返した。…だって、本当に知らなかったんだもん武蔵野工大なんて。
 そういう、あからさまに全く乗り気にすらなってない私、だというのに……そんなことつゆほどに頓着してくれず、当の友は『どうしても行ってみたいの』『お願いだから付き合ってよー』と拝み倒し、なかばムリヤリのように私を引きずってきたのである。


 ――ていうナリユキでここへ来たにもかかわらず、ナゼ私がこうやって1人で歩いてるハメになってるか、ってゆーと……、


 その友の目的が、この大学の“学園祭”じゃなくて“男”だった、ってだけである。


 どうりで、誘い方が強引だと思ったのよね。
 つまり平たく言えば、私は彼女にとって“スペア”でしかなかったのだ。


 とりあえず、私が知り得た断片的な事実を、あくまでも推測のもとに、並べてみると……、


 ――つい昨日、その友人に“カレシ”が出来た。
 ――そのカレがこの大学に通ってて、学園祭があるからおいでと誘われた。
 ――だが、そのカレも当番だ何だがあるだろうし、行ったとしても相手にしてもらえるとは限らない。
 ――そんな不確かな状態で1人で行くのは、ちょっとイヤ。
 ――でも『行く』って言っちゃった以上は行っとかなきゃ。
 ――じゃあ、もしカレに構ってもらえなかった時のために、誰か一緒に連れてけばいいや。


 …せいぜい、こんなとこだろうか?
 それで、ちょうど近場にいた私に声がかかった、っていうとこだろう。大方。


 考えたら…いや、考えるまでもなく、単なる“とばっちり”食らったってだけだよね私は。
 今頃、その私を巻き込んでくれた当人は、思う存分、学園祭をエンジョイしているに違いない。きっと人目も憚らずカレとイッチャイッチャしながらキャンパス内を練り歩いてることだろう。
 ホント素敵な“偶然”だったわよね。
 ほぼ出会い頭で目当てのカレが見つかったー…と思ったら、ちょうど当番が交代の時間だったなんて。
 狙ってたとしか思えない、素敵な“偶然”。
 そうやって出会えたカレの前で喜ぶ友人の姿を目の当たりにして、そこで何となくながら初めて事情を察知した私は。
 だから、そこで自分から別行動を申し出たのだ。
 …そりゃ、さすがに不案内な知らない大学で1人になるのは心細かったけど。
 …とはいえ、できあがりたてカップルの後ろで金魚の糞よろしくくっついてることに比べれば、はるかにマシよ。
 そうやって2人と別れた私は、平静なカオを装いつつも内心文句ぶーぶーで、もうこの学校に用はないとばかりに、そのまま帰宅するべく出入口の正門を目指して、今しがた中庭を突っ切ろうと歩いていたところだった。


 人でごった返す中庭を逸れてみたら、そこは思いのほかシンと静まり返っていた。
 校舎だと思って入った建物は、どうやら通路みたいだった。
 つまりここは、校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下のような役割、なんだろうか。
 この場所に作品など展示しようという部やサークルも無かったようで、これまで見てきた他の校舎に比べ、どことなく閑散としていた。
 そこを道なりにしばらく歩くと、小さなホールみたいになっている場所に出る。
 多分、反対側にガラス張りの掲示板が見えるから……ここが、どこに大学にも必ずある連絡事項の掲示スペースなんだろうか。
 3階あたりまで吹き抜けになっていそうな高い天井をぼんやり見上げながら、私は今来た通路から、そこに一歩踏み出した。


 ――その途端。


 ふいに、どすっと真横から勢いよく何かがぶつかってきた。
「きゃっ……!」
 あまりにも不意をつかれ、跳ね飛ばされるがまま私は、為す術もなくその場に転がってしまった。
 何? 何が起こったの? と考える隙もなく。
 即座に、自分の足の先の更に向こう側から飛んできた、「あっ、すみません!」という慌てたような低い声。
 そして同時に、こちらへと駆け寄ってきたらしい足音が響いた。
「ごめん、荷物かかえてたから気付かなくて」
 真上から降ってきたその声で、身体を起こしながら視線も上げてみたら……そこには、大きなダンボール箱を抱えた学生らしき男性が1人、困ったような表情で私を見下ろしていた。
 どうやら……そのダンボールに、私は跳ね飛ばされたようだ。高い天井に見とれてぼんやりしてた所為でか、横から人が来たのに気付けなかったみたい。
 その彼は、私と視線が合わさるや否やハッとしたようにダンボールを地面に置くと、私を起こすために手を貸してくれる。
「ホントすみません。大丈夫? 怪我はしてない?」
 本当に心配そうな声音で掛けられたその問いに、とりあえず「大丈夫、なんともないです」と返してから。
 改めて彼を見上げ、頭を下げた。
「こちらこそすみませんでした。私も、少しボーっとしながら歩いてたものだから」
「いや、俺の方こそ周りを見てなかったし……」
 そして「立てる?」と、今度は私の前に手を差し伸べる。
 そうしながら、おもむろに「どうりで」と呟くと、クスリと軽く笑った。
「ちょっと驚いたんだよね。軽く当たっただけなのに、あまりにも気持ちよくフッ飛んでったから」
 そっか、ボーっと歩いてたのはお互い様か、と、そう軽く苦笑した彼の手をとり立ち上がりながら……思わず、私がそんなにも『気持ちよくフッ飛んでった』のも無理はないわよねと、こっそりタメ息を吐いた。
 立ち上がってみたら……だって、その彼は見上げるほどに背が高かったんだから。
 きっと軽く身長180㎝は越えてるだろう。
 しかも、今しがた起こしてくれた彼の腕は、太くはないけどガッチリしてて、筋肉の固さを感じた。
 こんなデカくてイカツイ人にぶつかれば……そりゃー、たかだか身長150㎝そこそこしかない私なんて、ひとたまりもないわよね。
 …なによ、この体格差。しかも相手は荷物付き。
 例えて云うなら、これって、荷台にガッツリ積載量限界まで荷物を積み込んだ大型トラックと軽自動車の衝突事故、みたいなモノじゃない? そうなったら間違いなく、トラックは無傷で軽自動車は大破、っていう、一方的な大惨事よ?
 それを、トラック側に『お互い様』のヒトコトで笑い飛ばされるのは……なんか釈然としなくない? しないわよね? しないに決まってるじゃない!
 そう考えて、ややムスくれた私の表情など、気付く気配もなく。
 トラック――もとい、目の前の彼は、「ところで…」と、屈託ない笑顔で言葉を継ぐ。
「君、ウチの学生じゃないよね? なに1人でこんなところ歩いてたの? ここらへん、見るものなんて何もないよ?」
「…ええ、そうみたいね。静かだし」
「ひょっとして、ここで誰かと待ち合わせしてるとか?」
「いえ、そういうことじゃなくて……」
「なんだ、じゃあ迷子か」
「………違います!」
 言うにことかいて、今度は人を迷子よばわり。しかも断言で。
 ――他意も含みも無さそうなカオして……この人、さりげなく失礼だわ。
「ここへ来たのは、ただ単に人ごみを避けようと思っただけで、別に迷ったワケじゃありません。場所も方向も分かってますから、ご心配なく」
「それでどこ行くつもりだったの?」
「正門です。もう帰ろうと思って」
「『帰ろうと』って……じゃあ君、ここへ1人で来たの?」
「いいえ、来た時は連れがいましたけど?」
「…で、帰る時は1人?」
「いけませんか?」
「――はぐれたならはぐれたって言いなよ素直に」
「…………だから違いますっっ!」
 それを言った呆れたような苦笑まじりの表情に、思わずムカッ! ――ホント失礼だしこの人っっ……!
「別に、はぐれたわけでもないですから! 人を勝手に迷子扱いしないでよ!」
「はいはい、迷子はみんなそう言うんだよね」
「だーかーらーーーっっ……!!」
 話の通じない苛々のあまり絶句しかけた私の横で。
「オンナノコは素直が一番だぞー」なんてトンチンカンなことを言いながら、彼は飄々とした態度で、再びヒョイっと、置いていたダンボールを抱え上げた。
 そして再び私へと視線を向ける。
「とりあえず本部まで連れてってやるよ。ひょっとしたら友達の方も、君のこと心配して来てるかもしれないし」
「いませんから、そんなとこには絶対!」
「なんでそこまで頑なに断言するかなあ? まさか、ケンカ別れでもしたの?」
「そんなことしてません!」
「なら、行くだけ行ってみれば? 相手も君とはぐれて1人で心細いんじゃないの?」
「それもありえないし! そもそも、いま連れは1人じゃないですから!」
「え……? お連れさん、誰かと一緒……?」
「ええ、カレシとね!」
「…………」
 私の言葉に一瞬だけキョトンとした彼は、次の瞬間には納得したようなカオで「ああ、ナルホド」と呟いた。…でも、まだどことなく納得できてないようなカオ。
「つまり……ここには3人で来た、ってこと?」
「いいえ、来た時は2人でした」
「じゃあその『カレシ』って、ウチの大学のヤツ?」
「ええ、そのようね」
「したら君は、友達とそのカレシが合流した時点で、はいサヨウナラ、って?」
「まあ、そんなようなところです」
「…………」
「…………」
 しばし、無言になって見つめ合った私たちの間に沈黙が流れて。
 ようやっとコチラの事情を飲み込んでくれたらしい彼が、ぽそりと低く、呟いた。
「それはまた……災難でしたネ」
「ええ、まったくですネ」
 そしてお互い顔を見合わせたまま、どちらからともなく、そのままプッと吹き出した。
 彼の方は、「なんだ、そうだったんだ…そんな事情が…」なんて、ちょっとバツの悪そうな、それでいて照れたような、苦笑を浮かべて。
 見えないけれど、自分の表情にも笑みが広がってるのが分かる。
 私の中からはもう、不思議と先ほどまでのイラッとした気持ちが消えていた。
 ひょっとしたら、彼のあの鳩が豆鉄砲くらったようなキョトンとした表情を見た時点で、溜飲が下がってスッキリしてたのかもしれない。


 ――この人って……失礼だけど、悪い人じゃない。…うん、絶対。


「俺、あとこれだけ店に運んだら、それで休憩時間もらえるんだけど」
 ぽんっと抱えたダンボールを叩きながら、おもむろに彼は告げる。
「よかったら、このあと構内案内してあげるよ」
「え……?」
 言われたことが咄嗟に理解できず、思わず首を傾げた私を。
 見下ろした彼は、にっこりと微笑んだ。
「そんな事情があったんじゃー、ウチの学祭、まだロクに回れてないんじゃないの?」
「ええ、まだ全然」
 …なにせ来たばかりでトンボ帰りしようとしてたんだものね、そういえば。学園祭なんて、楽しむ余裕も無かったわよ確かに。
 だから、続けられた「なら、帰る前に、少しくらい楽しんでいったら?」という彼の言葉に、私は素直に頷いていた。
「そうね……せっかくだから、そうしようかな」
「よし、そうと決まれば、悪いけどこれ運ぶから店まで少し付き合ってくれる? すぐそこだから」
 そして踵を返した彼の背中を、追いかけようと私も一歩その場を踏み出したと同時。
「あ、そういえば」と、おもむろに再び彼が私を振り返った。
「そういえば名前、聞いてなかった」
「え……?」
「今さらだけど、お互いの自己紹介もまだだったよな。そういえば」
 ああ、そういえばそう。ホント今さら。
 カンジンなお互いを知らないまま、あれだけ会話を交わしてたなんて……ちょっと笑える。
「俺、前田貴史。この大学の1年生。――君は?」
 今さらのように告げた彼を見上げて、にっこり笑顔で私も返した。
「葛西万里です、どうぞよろしく」









◆『青春18片道切符~ただいまキセル恋愛中!~』
貴史と万里ちゃんの出会い編。
…それこそ“今サラ”ってカンジがしないでもない(^_^;)
まあ、こういうイキサツで知り合ったんだよーってことで★


『嫉妬と不安は紙一重』【by『青春~キセル』】

2007-11-13 | ++ShortShort++
 前田くんは、お酒が入るとスケコマシモードにスイッチが入る。


 …らしいことが、ようやく最近になって、なんとなく解ってきた。
 これまで一緒にお酒を飲んだ機会を振り返ってみれば、思い当たるフシが幾つもある。


 まず、気分が陽気になるのか、口数が多くなる。
 そのうち、美辞麗句ばかりを“これでもか!”と調子よく並べ立ててくるようになって。
 だんだんスキンシップまで過剰になる。


 …で、結局、最終的にはエッチに持ち込まされる、ていう。


 お酒が絡むと、そうやって段階が踏まれることに、ようやく最近、気付き始めて。
 このパターンでいつも、彼いわく『酔った勢いの関係』ってヤツが量産されていたんだなー…と、考えたらちょっとモヤッとした気分になった。
 いくら本人に悪気は無いんだとしても、そんな“勢い”だけのカンタンな気持ちで、そういうことされると……やっぱ、オンナとしては良い気分じゃない。


 でも……彼の口から流れるように紡がれる言葉は、耳あたりが良いことも確か、だったりして。


 たった一晩だけの関係で彼に想いを寄せてしまうオンナノコの気持ちが、少しだけ分かるような気がする。
 やっぱりオンナは、いつも男性に褒められていたいものだから。
 返して言えば、褒めてくれる男性に弱かったりするものだから。
 たとえ、それが酒の勢いを借りた言葉であると、分かっていたとしても……やっぱ気持ちはくすぐられちゃうんだよね。


 そう考えてしまうところからして、私の気持ちも既に、それくらい前田くんに溺れてしまっているのかもしれない―――。


 …だから、なんだろうか?
 彼の行動を束縛したいなんて気は全くサラサラ無いものの……とはいえ、飲みの席に行く前田くんのことが、どうしても気になってしまうのは。


 ――その席には、オンナノコなんて居ないでしょうね?









◆『青春18片道切符~ただいまキセル恋愛中!~』
だいたい、大学卒業してすぐ、ってくらいの頃でしょうか。
珍しく有羽の方がヤキモチやき、っていうパターン。
…大概、貴史も罪作りです(苦笑)


『道連れ』【by『Boys,~』】

2007-07-16 | ++ShortShort++
 今まさに角を曲がろうとした、その俺の目の前を。
 軽快な足取りで月乃が走って通り過ぎていくのが見えた。
 朝っぱらからよく動くヤツだな…と思いながら、俺もそのまま角を曲がり、進行方向に遠ざかる彼女の後ろ姿を認める。
 …と同時に、突然ヤツが前方へつんのめったと思ったら、地面へ派手に転がった。
 さっきまで走ってたからな、そりゃあもう、まるで“ベシャ”とでも擬音が付きそうなホドの威いの良さで。
 ――相変わらず粗忽者だよなコイツ……。
 とりあえず身体は起こしたものの、あの勢いだ、やはり相当強くぶつけたようで。
 膝を抱えて地べたへしゃがみこんだまま小さく肩を震わせてうーうー呻いているのが、ヤツの背後を歩く俺にも手に取るように分かった。


「…だァから常日頃から言ってるじゃねーか、そもそも前方不注意なんだよオマエは」


 それを言ってみた途端、えっらい勢いで月乃がコチラを振り返る。
 どうせ誰にも見られてないとタカくくってたんだろう。すぐ後ろに人が…しかもよりにもよって自分の知り合いが居たってことが、さも意外だったようで。
 こちらを見上げて俺を俺だと認識したと同時、「なっ…!!?」とヒトコト言葉にもなってない言葉を発したまま、酸欠の金魚のように口をパクパクさせながら絶句。
 なおかつ、派手に転んだ姿を見られたのが恥ずかしかったんだろう、その頬がぱーっとみるみる桜色へ染まってゆく。
「ぶつけたの膝だろ? 怪我、大丈夫か?」
「す…すばる……!」
「派手にスッ転んでたみたいだけど……ま、オマエのことだから受身くらい取ってたよな? 心配するホドでもねーか」
「…………」
 ほらよ立てるか? と、そうやって月乃を見下ろし手を差し伸べた俺、だったが。


 ――あれ…? と思う間も無く、ふいに身体が傾ぎ、そのまま勢い良く地面に倒れこんでいた。


「あははははははは、いい気味ーっっ!!」


 それは紛うことなく……そう無様に転んだ俺を見下ろして高笑う、このオンナの足払いが気持ちよく決まったからに、他ならない―――。


「右の頬を打たれたら左の頬も差し出せ! アタシが転んだらテメエも転べ! このアタシに手を貸そうだなんてなァ10年早いんだよ愚か者ぉおおおおっっ!! キサマなんぞ道連れにしてくれるわ、あーはははーっ!!」


「…………」


 ――なにそれ…? だから、助けようとした人間に対するこの仕打ちって、一体なにそれ……?


 顔を真っ赤にしたまま「アンタこそ無様に這いつくばってるのがお似合いよ!」と言い捨てるや否や更に高笑いながら逃げるように去ってゆく、――そんな月乃の後ろ姿を地面に転がったまま眺めながら。
 つまり…と、そのまま俺は深々とタメ息を吐く。


 ――いくら“照れ隠し”っつっても、限度を知れ限度を……。


 転んだ姿を見られたことが、そーこーまーでっ! 恥ずかしかったらしい。どうやら。
 …とはいえ、仮にもオンナなら可愛く恥じらってみせるくらいしろっつーんだよな、まったく。
 いい加減、そろそろヤツ独特の行動パターンは把握していたつもりではあったものの……よもや、このシチュエーションでこう来られるとは。
 まだまだ俺の認識は甘かったようだ。
 アイツには、普通一般のオンナノコに対する常識が通用しねえ。


 とりあえず、後からヤツを捕まえて素直に謝らせるまでガッチリ相応の報復を与えてやらなくては、――と。
 再び深くタメ息を吐き出しながら、俺はようやく身体を起こしたのだった。









◆『Boys, Be Ambitious!』
本編より後のエピソード。
たぶん…だいたい2人が出逢ってから
1年くらいは経った頃、あたりだと思われ。
だいぶ気心も知れてるカンジになってきました(^_^)