ヤスの雑草日記(ヤスの創る癒しの場)

私の人生の総括集です。みなさんと共有出来ることがあれば幸いです。

○旅の効用ー非日常性の獲得?そんな単純なものではないかも

2013-02-09 12:40:14 | 
○旅の効用ー非日常性の獲得?そんな単純なものではないかも

移動手段が自分の足か、よくて動物の力を借りる程度の時代から現代に至るまで、定住地から、ある期間意識的に離れる行為だと旅を定義付けるならば、人は概ね旅を好む存在だ。そのことに異論を挟む余地はない。異空間における非日常的体験の獲得といえば聞こえはいいのだが、さもありなん、殆どの場合、人が旅から得た非日常的?体験から学びとるのは、日頃飽き飽きしていた定住地における日常というものの存在理由を再確認するためらしい。だから旅の本質的な意義には、その性質上、保守的な思想が内包されている。旅好きな人は、異国の地を踏みならせばならすほど、祖国愛が高まるのはそういう理由からだろう。

人の存在理由なんて、そうそう明確に出来ない性格上、歳を重ねれば重ねるほど、何ということもない日常性の蓄積に意味を付加しようとする。それが人間存在の本質だ。多くの人が保守主義に傾くのは、こうした必然性が、生きるという行為についてまわるからである。年齢と保守的思想とは本来何の連関性もないが、歳を喰って、人が保守的になることが多いのは、自分が生きてきた証を得たいという欲動が、自己正当化のためにあらゆる経験則を正当化させようとするからである。その意味で、旅は手近で誰もが参加し得るとても平等な自己正当化に結びつく手段だ、と僕は思っている。旅とは彼の地に金を捨てに行く行為でもあるから、旅そのものに生産性はないけれど、まあ、自己証明のための必要経費だね。お金のあるなしに関わらず、旅はいつでも実行可能な、生の意義づけのための有効な手段。世界中を旅してまわって、かえって保守的になる人が多いのは、きっと多くの人が感じていることだろう。小田実なんて、特異な存在。本来、保守主義に陥るものから、保守する心性の卑しさをきっちりと暴いてみせる。それが小田実という市民運動家にして稀有な思想家だ。僕が小田を尊敬するのはこういう理由。市民運動は嫌いだけど。

人は何を保守しようとするのだろう?よくよく考えてみれば、守るべき内実などそもそも人生の中にはない。ならば、好きな異性でも愛でている方がよほど意味がある。僕はそう思っているんです。と、呟いてみて、ひどく肩が凝っているのを自覚する。

京都カウンセリングルーム
文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃


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