雪組公演 10月16日 18:30~
「ソロモンの指輪」
作・演出:荻田浩一
宝塚のショー作家の中で断トツの人気を誇る荻田浩一の退団公演。知的好奇心を刺激する耽美的でエキゾチックでスケール感のある世界観が多くのファンを魅了してきました。すべての作品が最高だったとは言わないけれど、はまった時の威力はすごい。構築的で印象的な舞台美術、リリカルな歌詞と哀感を呼ぶメロディ、ストリングスやスキャットも絶妙、創作バレエ風の振り付けもよかったです。
感性重視というか、整理のつかないところに観客の解釈の余地があり、可愛げがありました。生徒の出番をたくさん作ってくれるし、生徒の魅力を引き出してくれるので、生徒にもファンにもうれしい演出家でした。
今回のショーは30分の間に数え切れないほどのシーンとアイデアが盛り込まれていて、おもちゃ箱をひっくり返したよう。書きためておいたアイデアや気に入っているイメージを一気に吐き出したのでしょう。キャンディーズの「微笑みがえし」というか、デジャヴを覚えるシーンもありました。主要メンバー以外にも歌い手がたくさんいて、必ずしもスポットを浴びているわけではないので、ステージのどこで歌っているのか分かりにくく、神経を使って追いかけていくのが少し疲れましたけど……。
プログラムによると、古代イスラエルの王、ソロモンは古今東西の知識に通じ、指輪を使ってさまざまな魔人を呼び出したそうで、その指輪の精を
水夏希、彩吹真央、音月桂が演じ、指輪の虜となるミストレスを
白羽ゆりが演じています。水夏希の常人離れした力強い妖しさ、彩吹真央や音月桂の美しさとテクニック、白羽ゆりのはかなげな美しさがよく出ていました。
絢爛豪華で魅惑的な登場人物が津波のように押し寄せてきます。みな、メイクのテクニックも向上し、どんどんきれいになっていく。中でも
凰稀かなめの美しさには目を疑いました。金髪にちりばめられたラインストーンがまばゆい。黒燕尾服もグリーンの宇宙服(みたいな服)も、白い羽を背負った天使の姿もとにかく美しい。
今回退団となる
柊巴、山科愛も目立つポジションでの歌や踊りのシーンがあり、こんなに達者なのにもったいなかったなと思いました。最前列で踊る柊巴はルックスもダンスも表情もよかったです。
「マリポーサの花」
作・演出:正塚晴彦
一部のロマンティックで夢夢しいショーとは正反対のシリアスで暗いトーンの2時間の芝居。設定は1950年代の南米の国。主人公は軍人上がりで、腐敗した軍事政権をクーダターで転覆させようとする、正確にはそういう活動をしているゲリラグループについ救いの手を差し伸べてしまう男の話です。
大劇場らしいグループ芝居が無く、主要登場人物も少ない。主人公ネロの表の顔が高級クラブの支配人なので、華やかなショーのシーンはありますが(支配人が歌って踊っています!)、状況説明のためのセリフが多く、正塚作品にしてはユーモラスな登場人物が少ない。お約束の
未沙のえる、新キャラ
沙央くらまは数少ない笑える場面。
淡々と進行した芝居のクライマックスは戦闘シーン。政治犯チャモロを筆頭にした、満足な武器も装備もないゲリラの先頭に立つネロ(
水夏希)とエスコバル(
彩吹真央)は、皮ジャンを身につけ、薬莢を体に巻きつけてスナイパーかコンバットのよう。(対する軍の兵士のユニフォームがベージュ色なので、ニッポンの兵隊さんみたいで生々しく、若干居心地が悪かった)
この戦闘シーンは、私の目にはベルサイユのばらの「バスチーユ」のアンチテーゼに映りました。シーンの名前が「抽象空間」となっているように、舞台上にセットは何も組んでありません。広い空間で、ダンスで戦いを表現する演出が「バスチーユ」のよう。ただし「バスチーユ」のワークアウトのような華麗なダンスではなく、匍匐前進もあり、現場での動きに近い。
男装の麗人オスカルではなく、
水夏希に似合うのはどんな役か? 本人が命を落とすよりも、もっと辛いのは生き残ったことではないか? 戦いの日々と絶対的な孤独に耐える男――正塚晴彦はそんな風に水からネロをイメージしたのではないでしょうか。(勝手な想像です)でも水夏希は声が鼻にかかるので、ハードな中に甘さが出て、バランスとしてちょうどいいかもしれません。
彩吹真央はどんな役も高いレベルで仕上げてきます。エスコバルのネロへの友情は、芝居を超えて水夏希への献身ぶりがオーバーラップしました。感極まって「先に行け~!」と叫ぶところは子供が駄々をこねているようで可愛らしい。「ロミオとジュリエット‘99」のマキューシオーを思い出しました。
音月桂は正義感に燃え、反政府運動にのめり込む若者。演じすぎて子供っぽくなることなく、未熟さゆえの一途さがよく出ていたと思います。
白羽ゆりは地声が低いので、いつも裏声を使っているそうで、裏声だと嘘っぽくなってしまうけれど今回は地声で演じていると言っていました。でもやはり独特の発声法は根っからのお姫様キャラだなと思いました。
凰稀かなめは新聞記者を装うCIAのロジャー。激することなくノラリクラリとした役どころということもありますが、台詞回しが自然で、成長した姿を見せてくれました。
マイアミの富豪フェルッティを演じる
緒月遠麻は、マフィアっぽい演技は背伸びしている感がありましたが、捕まってから慌てふためく姿がおかしくて大爆笑。千秋楽までもっともっと蹴飛ばされてほしいものです。
あれも宝塚、これも宝塚。一部と二部の振幅の大きさを楽しむしかないでしょう!