〜かたることばが歌になる風になる〜

50年ぶりの小学校同窓会

50年ぶりに小学校の同窓会が開かれた。
私はいつの間にか幹事のひとりにされていたのだが、父が急に悪くなって介護に追われているころ、この同窓会の準備がなされていたようだ。ほかの幹事の人たちの手伝いもできず、参加も難しいと思っていたが、父が入院して落ち着いたので出席できたのだ。

同窓会はどの年代でも懐かしさと、その当時に戻れるという楽しさがあるが、今回小学校は中でも特別だと思った。屈託ない子供時代にタイムスリップするようだ。

母親同士が親しかったので「○○ちゃん」と名前で呼び合う男子の友人が来ていた。
彼には数年前彼のお母さんのお葬式で久々に会って「こんなことで再会するなんて」と言葉をかわして以来だった。
私の記憶に残っていることはやはり音楽関連が多いのだが、6年生当時、学校が企画編成した「鼓笛隊」のこと。
彼は大太鼓を叩いていたのだが、これが重くて、鼓笛隊の練習が嫌でたまらなかったらしく、彼の後ろで小太鼓を叩いていた私は、嫌々の彼の態度を見て、どうもしょっちゅう彼に「まじめに練習しろ」と小言を言っていたそうだ。
時には練習をさぼって野球をしているところに、先生に言われて彼を呼びに行ったり、男子にとって、私はうるさい小姑的な女子だったのだろう。小言等のエピソードはまったく覚えていない。
何事もいやなことはされた方は忘れないが、した方はすっかり忘れているものだ。

この日欠席だった人で会いたかった男子のひとりがいる。
彼のあだ名は「おじ(い)」。同級生の中で一番頭が良くて体も大きく大人びていた男子。
担任の先生が音楽好きで、6年生学年発表は私が木琴、ピアノ伴奏が彼だった。
木琴演奏曲は「アメリカンパトロール」と「双頭の鷲の旗のもとに」
私は木琴を習っていたのでも、特別上手だったということではなかったのに、先生から指名されて、一生懸命に練習したと思うが、バチの叩き方、腕の脱力などわかるはずもなく、「アメリカンパトロール」の出だしの3連音符の粒が揃わないし、音の流れがスムーズにいかなくて自信がなくて、本番は心臓が飛び出るかと思うほど緊張したことだけ思い出す。
だが、一緒のクラスになったことがなかった女子の出席者のひとりがこの時のことをよく覚えていて、子供心にとても感動したという思いがけない話をしてくれた。
この歳になって初めてその時の感想が聞けたことが新鮮で嬉しかった。

4クラスの担任の内お二人だけがご健在で出席して下さったが、80歳と84歳。
出席者の殆どは50年ぶりに再会だが、大人になっての20代、30代・・・それを飛び越してジージやバーバになっている。
あまりの様変わりで、まったく誰だかわからなかった人もいる。
せめて先生と生徒の区別がつく年代に会いたかったなぁ。

活動を終了した「女声合唱団風」のこと、「コーラス花座」のこと、韓国ドラマ、中国ドラマなど色々。

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