矛盾だらけの自分のこころに疲れています。
憎んだり 愛したり
冷淡になったり 石になったり
涙のかたまりになったり
ただ ひとつだけ
ほんのりとあたたか にだけは なれなくなりました。
一番 なりたい心。
嫉妬? いいえ そんな単純な感情とは違う。
憎しみ? それは ずっと心にある。
軽蔑? 軽蔑すべき悪しき品性の片鱗を知ったのは ずっとずっと最初のころ。
だけど それが100%ではないのだから 別に、いい。
だいたい、この私だって 軽蔑すべき卑しき人間のひとりだ。
では・・・・さみしさ?
さみしさ、なのだろうか?
わからない。
寂寥感?・・・・そうかも。
暖かな夏の海の水の中に ふわふわ漂っていても
ときたま 冷たい水のかたまりが 通り過ぎて ぞくっと鳥肌をたたせる
恐怖?・・・・・・・・・たぶん きっと そんなのも混ざってる
泣けない。泣く場所がない。
泣いて泣いて 吐き出してしまわないと
石臼のように海のそこに沈んで浮かんで来れなくなるかもしれない。
だけど
彼の横で泣いてはいけない。
だって人は 自分を責められるのは大嫌いでしょ?
自分を責める人を憎むじゃない。
しかも 彼は 自分でも自分を責めない人間だ。
ましてや 自分以外から責められたって
逆切れするか 責める相手を憎むだけなのだろう。
責めているつもりでなくても
彼の行為で傷ついた涙を見せられるというのは
きっと彼には そういうことになってしまうんだろう。
そういう人なのだから。
出合ったころ 彼が示したものは「情熱」であって「愛情」ではない
そんな単純な真理を 理解できなかったのは
その激しい自他の情熱のなかで 完全に自分を見失っていたからだろう。
そして きっと 彼が私をなじるように
私は彼を愛してなんかいないの?
もう自分で自分のこころがわからない。
私は彼を愛してないのか?
彼がいうのが正しいの?
自分の中の識者がクールにささやく。
「それは利己的な彼の言い訳にすぎない」
うなずきたい。だけど 自信がない。
いったい 相手を愛している、と 絶対の自信をもっていえるときって
どんなときなのだろうか?
恋は自分をなくすから
あんまり 激しく恋してしまうと
人は幸せにはなれないのではないかしら
恋は 人を幸せになどしないのではないかしら?
すくなくとも 私の人生はそうだ。