The New World

海と陸の「旅」の記録、そして記憶。

From here to…

2009-09-10 | so it goes
突然ではありますが、当ブログを閉じて、下記に移転することにしました。
長らくご愛顧いただきありがとうございました。


移転先のブログタイトルはSo it goes http://wild-bunch.jugem.jp/です。
今後ともよろしくお願い致します。

チフユ

The Wind from Nowhere

2009-07-14 | windsurf
先週から強い南西風が吹き続けています。以降、なぜだかどうしてだか土日だけ風も休日。ウィークデーオンリーで大変、申しわけないのですが、検見川浜はこのところ吹き上がれば4.0コンディションです。ここまで強風が吹き続けるのはかつて記憶にありません。梅雨も明けましたね。「南西フィエスタ」、今週末、吹いてくれないと多くの人から恨まれそう。でも、楽しいな~。

画像/検見川ヒロさんに撮影していただいた写真(7.10/金曜日/検見川浜)です。
ありがとうございます。

タイトルはイギリスのSF作家、J.G.バラードの『狂風世界』(創元SF文庫刊)より。ある日、あるときからとんでもない強風が吹きはじめ、世界各地の都市は壊滅、人々は地下生活を余儀なくされるというディズアスターストーリー。吹け,吹け、吹け!世界を吹き飛ばしちまえ!

コツン、あ、ごめんなさい。

気分がいいんで音楽もつけちまおっと。Salsa Fania all stars & Hector Lavoe

From Here to Eternity

2009-06-25 | so it goes
今回はものすごくくだらないことを書きます。あまりのくだらなさにその当事者である私自身、「くだらねえー」と声に出さずにはいられなかった、そんな類いのくだらなさです。おヒマつぶしにおつきあい下さい。

「笑点」という長寿番組があります。いったいどこに笑える点があるのか、昔から私にとっては謎多き番組ではあるのですが、それはさておき、この番組を思い起こすとある種の憂愁に囚われます。それは日曜の夕方に放映していたからにほかなりません。この番組のオープニングを伝える、すっちゃかちゃらりら、すっちゃちゃ、パフ♪(すいません、言葉にすると私にはこう聞こえるのです)というテーマ音楽を耳にすると、おちゃらかな曲調とは裏腹に、ああ、休みが終わって明日からまた憂鬱な月曜日が始まると思わざるを得なくなり、さらに言えば、サザエさん、少し時代は繰り上がりますがちびまる子ちゃんもそうで、さらに言うなら、日曜洋画劇場のエンディングテーマが終わると世界が終わったような気にさえなりました。

深読みすれば、「笑点」の面白くなさは、私にこう教えてくれていたのかも知れません。「坊や、面白くないでしょ。つまらないでしょ。でもね、それが世の中ってものなの。現実ってものなの。この面白くないことに耐えることが大人になるってことなのよ。さあ、明日からがんばって」。ごめんなさい、脱線しました。ともかく、すっちゃかちゃらりら、すっちゃちゃ、パフ♪は私にとって番組の笑えなさと相まって気鬱な日常の到来を告げる、かなり評価ポイントの低いものであることは確かなのです。

さて、本題に入ります。先日、夜中に息苦しくなり目が覚めました。風邪気味のまま寝入ったせいでしょう。鼻水で鼻がつまって息ができないのです。むぐぐ、すごく苦しい。風邪薬を飲み、水分を補給し、再度、眠りに入ろうとするのですが、鼻づまりは一向に改善されません。そればかりか湧き水の如く、鼻水が湧出してくる。仕方なくティッシュペーパーを丸めて両鼻孔にぶち込み、ことなきを得ようとしたものの、今度はそのせいでよけいに息が苦しい。むぐぐ…。しかし、風邪薬のおかげで半ば意識を失うように眠りに落ちたようです。

ここからは夢の話です。私は夢の中でどこかの学校の校長先生になっています。その学校では卒業式当日を迎えており、当然、校長たる私は卒業生たちに祝辞を贈らなくてはなりません。壇上に立つ私はそのとき寝入ったままの格好、即ち、よれよれのTシャツとジャージのままであることに気づきます。加えて、鼻にはティッシュがつめられている。仮にも卒業式という公式の場で校長がこの風体はないだろう。私自身、非常に困惑し、まずいと思うのですが、そのことを誰もとがめる様子はありません。そうでないばかりか皆、期待に目をきらきらさせてこちらを見ている。しかも、この卒業式には女性のMCがいて、「それでは校長先生、どうぞ!」などと、妙にショーアップされている。しかし、突然、祝辞を述べようにも、何をしゃべっていいか言葉など出てきません。ただ、このまましどろもどろになっては、これ以上にはないくらいのだらしない格好であることも加味され、あまりに失礼だ。その思いから私は意を決して、とりあえずの常套句、「卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます」とマイクに向かって言います。内心、なんて凡庸で面白味のない挨拶だろうと思いながら。わーっと歓声があがり、ふと壇上の下を見ると、そこにはオーケストラがいて指揮者が厳粛な面持ちで指揮棒を振る。演奏が始まります。聞こえてきたのは、もう分かりますね。あの聞き慣れたメロディ…。

すっちゃかちゃらりら、すっちゃちゃ、パフ♪

最近、イマジネーションが枯渇しているからといって、おいおい、パフはねぇだろ、パフは。一気に目が覚めて「くだらねー」と第一声。睡眠から覚醒し、現実に帰還した第一声が「くだらねー」だったことに果たして意味はあるのか、ないのか。まぁ、そんなことはどうでもよく、どうでもよいくらいにくだらなかったので、あえて書き記すことにしました。おつきあい下さってありがとうございました。

あ~、暑いですね。さあ、出かけましょうか。愛しい世の中へ、現実の海の中へ。

Somewhere In Time

2009-06-18 | windsurf
またぞろ更新が滞ってしまいました。ただ先週末の日曜日、ちょっとしたトピックがあったので久々にキーボードをカタカタと鳴らしています。トピックというのはいつもお世話になっているウインドサーフィンショップ、ダックのイベント、題して『2009 DUCK CUP 第1戦、なんちゃってWAVE』。タイトルからもご推察できる通り、あくまで“なんちゃって”が基本。波乗りビギナーにも楽しめるよう企画されたお手軽コンテストです。

場所は九十九里浜の某海岸。当日は曇天、東北東~東の風がそよそよと吹き、波はインサイドダンパながら、なんとかひよひよとアウトに出ることができるコンディション。サーファーエリアから遠く離れた場所に陣取ったため、駐車場から道具を運んで浜を往復するだけで息が切れます。コンテストは波乗りビギナーのチャレンジクラスとそれ以外のオープンクラスのふたつに分かれてヒート開始。なにしろオンショアひよひよのため、ビギナーにとってはアウトに出ることだけでもけっこうハードルが高い。それはオープンクラスにしても同じことで、手前のダンパ波につぶされてはもがき、つぶされてはもがき、ぐっぞー、と(笑。

アウトに出て、波が来たとしても微風のためテイクオフは難しく、結局、一番手前のダンパ波に押されて岸にびゃーっと帰着。それでも、ポイントが加算される仕組みです。なるほどたしかに“なんちゃって”に相応しく、素晴らしい。そんなコンディションですから、観戦も楽しく、「お、波きたきた、乗るか、乗るか、乗れ~っ!」、乗れれば「うぉ~っ」と一斉に歓声が湧き、失速すれば「あ~」と溜め息が漏れるなんとも和やかな雰囲気。最終的に各クラス2ラウンドが消化され、笑いのうちにコンテストは終了しました。でも、前日と比べてのいきなりの梅雨寒はこたえたな~。

表彰もありました(笑。オープンクラス1位はあらら、なんと私。2位はサンダーボルトひでくん、3位はハル氏。チャレンジクラス1位は波乗り初デビューのばりばりのスラローマー、うださん、2位はさくちゃん、3位は松下ボーイ。ヘリタックとリウォードで点数を稼いだというのが私の勝因です。すまん、年の功だと思って勘弁して。

コンテストの撮影にはわざわざ検見川ヒロさんにご同行をお願いし、参加者全員のライディングフォト、全1800枚!を撮影していただきました。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。主催した店長、岩下氏、運営に奔走してくれたカマちゃんにも拍手。皆さん、おつかれさまでした。あ~、おもろかった。

画像/全ヒート中、唯一のトップターンに成功した我らがビクター・ハルなんです(=ハル氏)撮影・検見川ヒロさん。

感謝/寒いなか、応援してくれたアストロご夫妻、終わったころにひょこっと登場し、駐車場で超絶技巧のウクレレを披露してくれたジェイク・よろブクロさん(笑。ありがとね~。

付記/前回、投稿していたプログ記事は消去しました。体調不良のせいか危うくダークサイドに落ちるところでした。せっかくコメント入れてくれてたのに、へーちゃん、ごめん。

Paradise

2009-05-11 | so it goes
最後の百円札でたばこ(しんせい)を買い、残りは六十円きり。それが男と女の全財産で、勝鬨橋にたたずみ川面を眺めながらたばこをぷかり。「これからどうする?」「どうするってお金、六十円しか残ってないのよ」「だからどうするって聞いてるんだよ」「あんた男でしょ、今夜の落ち着き先くらい、考えつきそうなもんじゃないの。あーあ、やんなっちゃう」。男の甲斐性の無さに嫌気が差したのか、やってきたバスに飛び乗る女。慌ててそれを追う男。車中で「怒ってるのかい」「もう怒る元気もなくなったわよ」。そして、降りるのは洲崎弁天町。洲崎パラダイスという名の遊郭のある町です。

川島雄三監督の映画『洲崎パラダイス 赤信号』(昭和三十一年製作)の舞台になった洲崎界隈を歩いてみたくなり、先日、金曜日にあかねーと二人で行ってきました。とはいえ、すでに洲崎という町名は地図から消えていて、現在は東陽に改められています。むろん、洲崎パラダイスも映画が製作された翌々年の売春防止法施行に伴って廃止されています。

さて、まるで吸い寄せられるように洲崎パラダイスの入口までやってきた二人。入口には橋があって、そこに『洲パラダイス崎』とネオンで大書きされた大きな門が立っています。流れ流れて行き着く先は、ここは地の果て地獄の三丁目。女が遊郭に落ちて男ともども身も心も滅ぼしていく物語かと思いきや、そうではありません。橋のたもとに『千草』という一杯飲み屋があり、そこに「女中さん入用」の張り紙。それを目ざとく見つけた女はさっそくその日から女給として働くことに。翌日、そのおかみさんに頼み込んで男の仕事も見つけてもらう。おかみさんが言います。「あるにはあったんだけどねぇ、そば屋の出前持ちなんだよ。“だまされ屋”っていう名の味自慢の店…」。おかみさんに連れられて『だまされ屋』に行くと、店の主人が名を訊ねるでもなく、経歴を聞くでもなく、男の風体をじろりと見ただけで、「まぁ、いいでしょう」。この安直さが素晴らしい。男もその日からそば屋の出前持ちとして働くことになります。

駅でいうと東京メトロ木場駅を降りてすぐ。映画の記憶を辿りながら、ここではないか、あそこではないか、と歩きまわり、ようやく見つけたのが、洲崎橋跡の碑。川は埋め立てられ、映画のなかで威光を放っていた遊郭の入口にあるアーチ型の大門も撤去され、跡形もありません。『千草』のあった場所は不動産屋になっていました。それでも、その隣には小さな一杯飲み屋が数軒ほどですが、軒をつらね、そこからほど近いところにある洲崎神社(映画では洲崎弁天と呼ばれています)も映画撮影当時のままです。洲崎パラダイスの面影を伝える遊郭の建物も残っていて、今は商店になっていたり、なぜか区議会議員の選挙事務所になっていたりします。

あかねーと二人、ひとしきり散策し、そこから歩いて深川まで足を伸ばしました。富岡八幡宮、深川不動尊。雨がぱらついてきた頃、虹がかかりました。こんなに鮮やかでくっきりとした虹は見たことがありません。それが冒頭の写真です。しかもダブルレインボー。あかねーが、「二重の虹を見たら、幸せになれるんだって」と大喜びでした。雷の閃光があり、雨脚が強まり、深川不動尊参道の飲み屋に入りました。そういえば、千葉ひでさんも江東区にオフィスがあると言っていたことを思い出し、電話をして合流。終電の時間まで杯を傾けて幸せな時間を過ごしました。

ところでくだんの二人。演じるのは新珠三千代と三橋達也。新珠三千代がしゃきっとしてものすごく艶やかです。三橋達也がこれ以上にはないくらいのダメ男になりきっています。いろいろな騒動(滑稽で哀しくて、登場人物全員が愛しく思えるような)があり、結局、二人は洲崎を去ります。飲み屋の女給もそば屋の出前持ちも二人にとっては、立ち寄ってそして去って行く旅の途上。始まりのシーンと同じく、勝鬨橋にたたずみ、「ねぇ、これからどこにいく?」「どこ行こうか」「今度はあんたの行くところについていくからさ」「そうか、じゃ、行こう」これまでとは一転して明るい調子の音楽がかかって、二人が走ってバスに乗り込むシーンでエンドマーク。二人の行き先にも虹がかかりますように。

追記/GW、館山で過ごし懐かしい人たちにお会いすることができました。
調子にのって飲み過ぎて、BBQのときに熱した油を足の甲に落としてしまい、けっこうな火傷。
しばらくはウインドNGです。

Caribbean Blue

2009-04-27 | windsurf
「検見川の浜」が今、非常に危険な状態になっています。
テトラポットが敷設され、その前面にはひと抱えもありそうな石、石、石…。
便宜上、「砕石」と呼称しますが、この砕石群は満潮時には水没し、視認できなくなります。

初めて確認したのは3月30日の干潮時。それが上の写真です(クリックで拡大します。撮影/あかねー)

ひと目見て、ぞっとしました。万一、満潮時にここで沈すると、足をついただけでもただではすまないでしょう。勢いあまって頭からダイブなどしようものなら、人命に関わります。これまでも風待ちのとき、気づいた者同士が「あぶねぇよな、これ」と口々に言いあいながら、危険な石を手分けして水没しない陸側に移動させるなど、それなりの注意をはらってきました。しかし、この大きく、重く、数も多い砕石群を人力だけで撤去するには限界があります。

危険なのはもちろん、われわれウインドサーファーばかりではありません。「検見川の浜」は夏にもなれば水遊びをする子どもたちが大勢集まります。テトラポットは子どもの目には、ちょっとした遊具にも映るでしょう。海に落ちないようスリルを愉しみながら、テトラを登ったり、渡り歩いたり…。しかし、少しでも足を滑らせば這い上がることも叶わず、さらに足もとにはゴツゴツした石が広がっています。そういう悲惨な場面が現実になることなど考えたくはありません。

なぜ、このようなことになってしまったのか。想像を巡らせればいろいろなことが思い浮かびます。左右の突堤で浜を抱え込む構造にした結果、浜の中央からえぐれるように侵蝕が始まり、それを防止するために(失態を糊塗するために、と言えるかもしれません)、中央にY字突堤を敷設し、それでも侵蝕は止まらないので、コンクリートのスロープで浜をがちがちに固め、さらにテトラポットの投入に至った。砕石はテトラ(どこからか持ってきた中古品のように見えます)搬入時に一緒に持ってきた副産物でしょうか。

隣接する「幕張の浜」「稲毛の浜」と比べればすぐにわかりますが、「検見川の浜」ほど、人工的な構造物が目につく浜はありません。そして、残念なことに海岸の侵蝕は隣接する浜に比べてもっとも顕著です。

ウインドサーファーはよく、「おとなしい」と言われます。しかし、それは「我こそは正義なり」という主張にある種の恥じらいを感じたり、「まぁ世の中そういうこともあるわなぁ」と考える、いい意味で常識的な大人が集まっているからではないかと思います(異論はあるでしょうが)。しかしながら、ここまで危険にさらされてしまっているのに、「そういうこともあるわなぁ」では、自身のことも含め、いささか情けない気がしないではありません。

検見川ビーチ連盟(代表者/ウインドサーフィンショップ・ダック店長・岩下哲也氏)が中心となり、「検見川の浜」整備事業に関する嘆願書署名運動が始まりました。嘆願事項を集約すれば、整備事業の情報開示と事業計画への利用者の声の反映、砕石の撤去、テトラポットの撤去もしくは改善措置、ということになります。右記をご一読下さい。「検見川の浜護岸工事に関する嘆願書名活動」のURLです。ご一読後、ご賛同いただける方はぜひご協力をお願い致します。


テンプレートをまたぞろ変更しました。できればこんな記事で再スタートしたくはなかったのですが。
タイトルはEnya/Caribbean Blueから。

Easy Living

2008-12-31 | so it goes
日比谷公園に「派遣村」ができたそうです。

派遣の人々を巡っては「自己責任」を問う人も大勢いますね。
強者の側に立って、弱い立場の人間をばっさり切ることにもそれなりの快感があるのでしょう。
まぁ、強者ぶっている人間のふるまいなど、はたから見ていて滑稽でしかないわけですけれども。

クリスマスを過ぎて、連日、酒の飲み過ぎで「ぼわ~っ」としていた頃、
アメリカから一通のクリスマスカードが届きました。

誰からかと思えば、通信社に勤務し、ワシントンに駐在している旧友の一人。
ユーゴスラビアやイラクなど、世界の紛争地域を取材し、今はアメリカで何をしているのやら。
おそらく、大統領選に張りついて、我々には想像もできないほど強烈な権力闘争を目の当たりにしたのでしょう。

どういう風の吹き回しで、クリスマスカードなどくれたのだろうと、封書を開いてみると、
ははは。「いかなる風の吹き回しか、クリスマスカードでも送ってみたいと思いました」と書いてある。

私も彼もすれっからしで、つけ加えれば、ときどき「ええぢ」の名前でコメントをくれる旧友も、
この世の中にはほとんど期待もしていなければ、妙な幻想も抱いていない。
そして、おそらく、私が今、心の中で思っている言葉も「なんて嘘くさい」と考えるに違いない。

それでも、私が彼らに投げかける言葉があるすれば、これしか思い浮かばない。
もちろんそれは私自身への、そして、このくだらないブログを読んでくださっている方々へのエールでもあるわけですが。

「不屈の闘志」

あまりいい世の中とは思えませんが、くじけずに頑張りましょう。
皆さん、良いお年を!
タイトルはクリフォード・ブラウンの名曲『Easy Living』から。

■注/ここでいう「不屈の闘志」とは、電車に乗り間違えても腐らず乗り換えましょうとか、
人にぶつかったら「ごめんなさい」って言いましょうとか、飲み過ぎてもちゃんとトイレにゲロ吐きましょうとか、
月末の支払いはお早めにとか、毎日、歯を磨きましょうとか、せいぜいそういうレベルのことですから。あしからず。

Waltz For Debby

2008-11-01 | so it goes
テンプレートを変更しました。悪あがきです(笑)。

今、悪あがきと書いて、その字面を幾度も追っているのですが、どうにもすとんとお腹に落ちてきません。
「わるあがき」と音読すれば、日頃、無意識に吸っている空気のように脳が納得するようです。
ところが、字面として「悪あがき」を観察してみると、なんだかよく分からなくなってきます。
たとえば、「あ」を構成する縦線や横線、曲線。見れば見るほど、昔から知っている「あ」ではないような気がしてきます。
こうなってくると「悪」という字も見知らぬものに思えてきて、後ろに知らない人が立っているようで、妙に恐ろしい。

それまで了解していた意味がいったん吹き飛んでしまうと、日常、ごく普通に接してきたものが、
ふいに遠近感を失ってなんとも形容しがたいものに感じられる。こういう心象をゲシュタルト崩壊と呼ぶそうです。
いけませんね、向うの世界に行ってしまいそうです。現実に戻りましょう。

最近、肩の関節が固くなってきたせいか、いや、固いので、背中に手がまったく届かなくなりました。
上からだとやっと指先が肩に触れる程度、下からだと腰のほん少し上に届く感じです。
困るのは背中が痒いときです。どうしたって手が届かない、しかし、その痒い部位は「かけ」と叫んでいる。
そこであかねーにお願いし、「そのちょっと上」とか「そこの少し左」とか言いながら、かいてもらうことになります。
かいてもらうとますます痒い。爪でバッテンしてもらうと悲鳴を上げそうになるくらい痛い、いや痛痒い。
そんな感じで日々、過ごしていて、あるとき、突然、気がついたことがあります。
なんで、私ばかりが痒いのか。あかねーに背中を「かけ」と要請されたことはおそらくこれまでに皆無。
しかし、私は痒い。痒いと思うから痒いのか。背中に手が届かないゆえにそうした欲望が生まれるのか。

たとえば、自分で自分の鼻先や舌先を見ることはできますが、自分で自分の目を見ることは不可能です。
後頭部を肉眼で見ることも不可能。顎の下とかも同様に無理ですね。耳は引っ張ればなんとかなるかも。いやいや、無理無理。

閑話休題。

もの凄く尾籠(びろう)な話で申しわけないのですが、先日、お酒を飲んで、お腹の調子が悪くなりました。
しかし、仕事の疲れで猛烈に眠い。それでも、ことは火急を要する。トイレに行かなければ!
気がつけば、あかねーも同様の状態に陥っていて、「へへ、トイレは俺が先だぜ」とかなんとか言っているうちに、
目が覚めました。2時間ほどコトンと眠ってしまったのです。あかねーもそう。
ふたりで目覚めて、「あれ、トイレに行きたかったのに、もう大丈夫だ」「私も治まったみたい」と。

この話に落ちはありません。けれどもどうしてだか不思議な体験だったので、一応書き記しておくことにしました。

戻って見てもろくな現実ではなかったようです。わるあがきか……。

海の話題ではなくて申しわけありません。こんな感じでぽつぽつと更新できれば、と思っています。
タイトルはビル・エバンスの名曲『Waltz For Debby』から。いつものごとく内容とはまったく関係ありません。
ところで今、アメリカが「わるあがき」の渦中にありますね。新自由主義の終焉というところでしょうか。

Moonlight In Vermont

2008-07-26 | windsurf
リニューアルだのなんだのとぶち上げながら、またぞろ更新が滞ってしまいました。
気がつけばもう7月の後半、いつの間にか梅雨も明けて夏の盛りです。

しかし、更新をほっぽりだしていた間も、風が吹けば海、暇があれば海という日々。
真っ黒に日焼けした足の甲などを見るにつけ、まるで〈エチオピア人〉のようだ、と。
なぜ、エチオピア人かといえば、東京五輪、男子マラソンで優勝した、エチオピア出身のアベベ選手を想起するからで、
いや、記憶をより正確に辿れば、夏休みに小学校のプールから日焼けして帰ってきた私を見て父が、
「おぅ、アベベじゃ、エチオピア人じゃ」と、そう言って喜んでいた姿を思いだすからで、
そんなふうに子ども時代に刷り込まれた記憶やイメージはいつまでたっても、消えずに残っているものであるなぁ、と。

前置きはさておき、先週末、久々に本栖湖に行ってきました。
2年前のちょうど今ごろ、シーカイくんの“マテフ・エキスプレス”で深夜に到着した日のことを懐かしく思いだします。
しかし、無計画に“突撃”した前回と違い、今回は準備万端。テント、テーブルほか、なんやかやのキャンプ道具一式を押し入れから引っぱりだし、
さらにコストコで肉の塊、海老、ベーコン、チーズ、パンなど大量の食材を買い込み(コストコのカートに山盛りの買いものをしている人々を
いつもうらやましそーに眺めていたあかねーはこれだけでご満悦)、18日(金)の深夜にシノちゃんも同乗していざ出発!

現地には早朝2時頃に到着し、暗闇のなかでテント、テーブルほか、なんやかやを設営し、ビールを開けて乾杯。
メンバーはよいもんももちゃん、しろりちゃん、シノちゃん、タケうっつぁん、クノさん、やがら夫妻とハルナちゃん、松下くんの約十名。
このメンバーで「じゃ、明日のためにゆっくり寝ましょう。おやすみー」となるわけもなく、結局、夜が明けるまで飲み続け、朝の8時にダウン。
ここでゆっくり寝ていればいいものを愚かしくも10時には目覚めて火を焚いたり、泳いだり、申しわけ程度にウインドしたり。
そして、日が暮れはじめる前から缶ビールを片手に食事の準備に取りかかり、坊主氏やミナミちゃんも輪に加わって、飲みかつ食らう夜は更け、
さらにこのあたりからヨダちゃんほかショップのヤングガン、ややヤングガンたちも加わり、バーボンをふた口ほど飲んだ時点でほとんど意識不明に。

結局、意識不明になりに行ったんかいっ!
うははは。

タープの下で椅子に座りビールを飲んでいると、湖面を渡ってきた風でタープがぱたぱたとひるがえり、
見上げると木々も風に揺れている。気がつけば蝶が人の近くをいつまでも舞い飛んでいたり、
遠くのほうではいろいろな鳥の声が聞こえ、まだ時間はたっぷりあって、友人たちとの馬鹿話に腹を抱えて笑い…。

本栖湖は素敵です。

タイトルは『バーモントの月』。ウィントン・ケリーのピアノでどうぞ

TSUNAMI

2008-06-04 | so it goes
あかねーが波に〈巻かれた〉話をしましょう。もう2年ほど前の話です。

岩井海岸、南西、風は6.5で走るか、走らないかという弱風。我らがあかねー、「私も乗れるかも」と、出艇しました。
海面は真っ平らに近く、まさにあかねー日和。沖までゆっくりと走って、ゆっくりターンし、また岸に戻ってくるというリラックスセーリング。
ところが、少しずつ、風速が上がり、眺めているとプレーニングしかかっている。「あら、吹いてきた」と私もセッティングを始めました。
セッティングが終わった頃には、あかねーもしっかり風をとってびしゃしゃしゃしゃ~、と走っていて、「あー、これ以上、風速が増すとやばいかも」

風速が増すにつれて波も出てきました。おそらく膝くらい。あかねーは泳げないので、限界ぎりぎりのいっぱいいっぱいです。
もう道具を上げてくるかな、と見ていると、またも、岸際でターンし、沖に向かうあかねー、彼女にとっては大波にも等しい波が押し寄せている。
どうなるのか、と、興味津々に見ていると、うまいぐあいに波を越え、そしてつぎの波も越え、おー、やるねぇ、その感じ、いい感じ。
沖でゆっくりとタックして、戻って来るあかねー。ぴっちの短い膝波のなか、どんどん岸に戻ってきます。そのまま波に押されれば、無事帰着。
ところが、なんと、あかねー、岸から20mくらいの場所で、ブームから手を放し、足先から「そっ」と海面に降りました。
腰まで海につかり、道具を引き寄せようとするあかねー、しかし、セールが波に押されて、裏に表にひっくり返るのでホールドできません。
しょうがないので、助けにいくと、まさか、私が逐一見ていたとは知らないあかねー。涙声でこう言いました。ええ、言いましたとも。

「わ~ん、おおぎいなびに巻かれた~っ」

「あのさ、そっと降りてなかった?なんかお風呂に入るときみたいだったけど…」
「ぎゃーっす!」

たぶん、みんながよく「波に巻かれる」というのを聞いていて、彼女もいつかそういってみたかったのでしょう。

「だって、うしろからつなみみたいな波がきて、すっごく怖かった」(あかねー談)

おしまい。

■祝!開業/らーめん『つなみ』が無事にオープンしました。前夜、製麺器の不調ですったもんだしたようですが、
そうしたトラブルも乗り越え、開店1日目にして行列ができたそうです。つなみのような行列になるんでしょうか。
■画像/前夜貫徹というらー店主(左)と女房役の小池さん。まんまですがYouTube『つなみ』どうぞ。