ハグインターナショナル・山内ちえこのブログ

全ての生命とハグ&ハーモニーを大切に・ホリスティックに生きる日々で感じること♪

わたし物語・同調ワークができるまで♪

2012-12-20 20:52:56 | わたし物語・オリジナルワークが出来るまで

皆さん、こんばんは

 

今年も残すところ

あと10日になりましたね

 

といっても今はクリスマス前

 

世の中は年の瀬のあわただしさは

まだ薄いように感じます

 

 

 さて

 

「同調ワークができるまで連載」

 今日で19回目になりました

 

記念すべき20回目は120日に迎えます

 

ダブル20です

 

記念すべき節目の回が年明け初

 

2013年の幸先が良いな~と気をよくしています

  

では、今年最後の連載

19回目を始めます 

 

< 第2章~体験したことを活かしてみるⅡ>

 

リトミックの最後の授業でいらした会長先生

 

時間がきてスクッと立ち上がり

スッと両手を広げてお話が始まりました

 

 

このことばを聞くためにリトミックに来た!

直観したことばとは

  

「宇宙には心霊的な力がある」

「リズムとは宇宙の法則である」

   

ええっ!今なんておっしゃった?

 

席から飛び上がるほどびっくりしました

 

音楽教育の場でこんな言葉が出てくるとは

思っていませんでしたし

期待もしていませんでした

 

 

会場に来る前に同期の友人と話した

目に見えない世界の話とシンクロした

一致したと感じた瞬間

 

必然

 

このことばがわきあがってきました

 

その時は無意識で話していても

無意識はつながっているから

 

それでもビックリ、大びっくりです!

 

離れた席に座った友人を見ると

信じられない~という表情

 

私は友人との会話がよみがえり

 

目に見えない世界は

やっぱり音楽と通じているんだ!

 

すご~い!よくぞリトミックを受講した~

 

自分をほめたい気持ち 

内側からうれしさが爆発しました

 

そのせいか、ここから先の授業は

時間を感じないほど

あっという間に終了になり

 

聴いていたのか、いなかったのか

ほとんど記憶がありません(苦笑)

 

 

先生のことばは

リトミックの創始者エミール・ジャック・ダルクローズのことばでした

 

この意味を会長先生も体感・実感され

お話しくださったのです

 

それを聴き、ますます

私の感覚・感性は間違っていないよと

言われたように感じました

 

授業を受けている時間が

あっという間だったのは

 

ワークをして身体を動かす間中

これからのイメージが浮かんできて

 

身体は動いているけれど

心とたましいは、未来へ行っていた

 身体から霊体が離れていたんです

 

いろんな思いやことばが

身体の中にあふれて飛んでいた

 

そんな感じでいました

 

人は身体と心と

宇宙と響きあう霊体でできている

 

身体と心と霊体のリズムが合った(調和した)とき

宇宙と響きあう・共鳴する

 

そうすると

人間の英知を超えたことが起きうる

 

私は人生の中で経験してきたこと

 

それをリトミックの世界でも認めている

 

宗教ではない分野ですから 

これは大きな安心につながりました

 

人に話すときに誤解されずに話せる

そう思えたからです

 

目に見えないものの大切さを伝えていこう

 

知った事実、体感した感覚を合わせて

ワークをまとめていこう

 

身体中心の世界や西洋医学では

現実に起きた証拠がないと

受け入れにくいことかもしれないけれど

 

リトミックは運動を通じて音楽を学び経験するもの

 

スポーツクラブという場でも

運動はリズムで成り立つという考えは受け入れられる

 

赤ちゃんや障害があるこどもたちから学んだ

動きとリズムが一致すると変化と成長が促される

 

私の経験と合わせてプログラムしていこう

 

こんな感じで

心とたましいは未来へ飛んでいたので

 

最後の授業内容はさっぱり

憶えていません()

 

この日を境に

精神性や霊性について知識や経験を深めたいと

ますます思うようになりました

 

この直後

お仕事の場では新しい年度が始まりました

 

そして、私の決意を知ってか知らずか

社内に新しい風が吹き始めました

 

さてそれは、どんな風でしょうか?

 

この風は私にとって追い風!

 

そう、そうなんです!

 

目に見えない力について

社内で研究実証が始まろうとしていたのです

 

エネルギーはついに動き出したのです

 

想いとシンクロしていくことに、うれしく驚きながらも

 

新たな変化の波に乗り

新しいことに取り組み始めました

なにを始めたか

それは新年1月20日にお話ししますね

 

 


わたし物語・同調ワークができるまで♪

2012-11-20 19:47:03 | わたし物語・オリジナルワークが出来るまで

皆さん、こんばんは

11月半ばの晩秋

冷え込みが強くなりましたので

紅葉が進んできましたね

旋回のメルマガでもお知らせしましたが

京都・山科~伏見での

秋のエネルギーチャージワークショップ

先週末、行ってきましたよ

とっても素敵な時を

参加者の方々と過ごせて本当に幸せでした

当日の様子は、ひとつ前のブログに

アップしていますので

ぜひご覧くださいね

では、「同調ワークができるまで連載」

18回目です

 

< 第2章~体験したことを活かしてみるⅡ>

名古屋へ移動して

お仕事を始めることになったところまで

前回お話ししましたが

憶えていらっしゃいますか?

忘れちゃった、という方は

10月20日のブログを再読してみてください

 

さて

名古屋で仕事を再開した私は

子育てと仕事の両立の難しさに直面していました

2人の子どもたちは小学生になったものの

下校時間が幼稚園に通っていた時よりも早く

かぎっ子にしたくない、寂しい思いをさせたくない

当時、この思いが強かった私は

仕事先と私の希望がなかなか合致せず

隔日でお仕事をしていました

時間は午後の早い時間までに限定して

ベビークラス、マタニティクラス、

シンクロナイズドスイミングクラスを中心に

お仕事というよりは、積み重ねたことを

実践研究する場をいただいた、そんな感じでした

習いたかった音楽リズム教育法のリトミックも

年間スクーリングで勉強も始めていました

音楽、リズム、運動、人の気持ちが

合っていくと運動の仕方や様々なことの出来具合が

瞬時に変わっていくという面白さを

確認しては喜びを深めてもいました

一般的なベビークラスの

「泳げるようにする前段階」的な発想ではなく

赤ちゃんが持っている未知の力が

発揮できる内容を目指していきました

こうした経験の場は、どんどん与えられていて

今思い返しても、感謝するばかりです

リトミック研修の場では、一人異色の存在でした

ほとんどの方が音楽教育を生業としていましたので

その方々は簡単にできることでも

私はできるまでに時間がかかり

へこむし、恥ずかしいし、わからないこともたくさんあり

なんできちゃったんだろう・・・そんな気持ちにもなりましたが

やめたい、というう気持ちは起きず

落胆するときもありましたが

「私はダメじゃない、あきらめず」という

しぶとい思考を身につけて行けたと思います

違う職種の中に身を置くことで

人のリズムや思考の違いを感じたり

職種は違っても、同調していくプロセスを味わったり

運動とリズムの同調が与える心身の変化や

いくつかの要素が同調した時、

精神的な部分に与えられる影響など

新しい体験は、今までにない感動の連続でした

そうなんだ~こんなことになるのね~

心の中はいつも動いていました

仕事では、音楽とリズムと水中運動を合わせた

ベビースイミングのレッスン様式が

少しづつ出来てきたころに

絶妙なタイミングで出会いがやってきました

それは

最重度の障がいを持ったお子さんとの出会い

仕事先のスポーツクラブは

いくつかの系列クラブがあったのですが

その中の一つ、私のクラブからは

車で1時間30分ほど離れた場所にあるクラブで

エアロビクスインストラクターをしている方のお子さんでした

私のことを社内会議で知った

クラブマネージャーが紹介してこられたのです

ご両親は、お子さんを連れて私のクラブに会いに来てくださいました

金沢で出会ったKくんとは違う障がいでしたが

やはり座れず、話せず、アイコンタクトが頼りの

コミュニケーションが中心の厳しい重複障がいを持つ

男のお子さんで名前は、Iくん。

水の中に入れてあげると笑顔が出る、よい表情が見れるということで

スイミングの効果に、Iくんの成長、療育の

期待を寄せていらしたのです

どのクラブも受け入れが難しいと言われ続けて

なかば、すがるような気持ちで入会したい、と

遠路はるばるいらして下さったのでした

クラブマネージャーは、迷っていらっしゃいましたが

金沢での経験を話して、

何かができるようになるかは、わからないけれど

Iくんの笑顔が増えるお手伝いは

できると思うから、とお話しすると

お母さまとお父さまは身を乗り出し

精一杯通うから、と真剣な態度でお話しされたので

マネージャーも、承諾せざるをえず

Iくんは、翌月から通うことになったのです

年齢よりも小さな身体のIくんですが

日々の暮らしで、抱っこの時間はやはりキツイもの

お母さまとペアで行うベビースイミングは

スキンシップ、親子の触れ合い時間がタップリですが

水中では浮力があり、ラクに抱っこができて

親子ともに心地よく、笑顔でいやすいのです

レッスン内容は

水中運動にリトミック要素をたくさん入れて

鍵盤ハーモニカを演奏しながら

水中でレッスンガイドをする、という

新しい方法をとっていましたので

相手の動きに合わせた音、音楽のテンポ

ジャズセッションのように、即興で曲をアレンジしたりと

臨場感たっぷりで進めました

私はかなりのハードワーク、ではありましたが。。。

お休みしたり参加できたりと

順風満帆ではないものの、Iくんは回を重ねていく間に

微かですがこえを出して笑う、という場面が出始めて

お母さまは、とても喜んでくださいました

そんな光景を、スタッフたちやマネージャー

クラブ会員さんたちも、プールで生演奏があると驚きつつ

楽しい場面を見学しに来られるようになりました

観客がいると、もっと楽しくしよう

気持ちはどんどん燃えていきました

リクエストをもらって、好きな曲で自由に

水中親子ダンスを楽しんだり

決まった動きでない、自由性を

大切にしていきました

すると、子どもたちが

どんどん変わり始めたのです

潜るのを嫌がっていた子どもが

自分から飛び込みや潜りっこをしたり

Iくんに、一緒に遊ぼうと誘ってやさしく話しかけたり

おもちゃを持たそうとしたり

分け隔てないコミュニケーションで関わりはじめました

驚いたのは、親たちとIくんのお母さまでした

でも、

子どもたちの自由な発想、関わり方に影響されて

ほかのお母さまたちも、Iくんに声掛けしたり

身体に触れたり、新たなコミュニケーションを取り始めました

素敵な笑顔がいっぱいのレッスン風景が増えて

Iくんにはその雰囲気、場のエネルギーを感じ取れたのでしょう

笑顔を向けたり、手を出そうとしたり、こえを出そうという気配が

出てきたのです

ことばの対話をしているのですが、心のこえをことばと合わせる

同調させている子どもたちに習い

大人たちも、真似をするようになったのです

子どもたちが教えた、すてきなコミュニケーション

どんどん連鎖していきました

こうした動きを促してくれたIくんは、本当に素晴らしいですし

子どもたちはそのエネルギーを感じ取って

どんどん行動に移してくれました

いいわ、いいわ~みんなありがとうね~

お礼の気持ちを歌に込めて、メッセージしました

さらに楽しめるメニューを開発するぞ

子どもたちに教えられ支えられて

私の経験や研究は、心身、そして精神的に

深められていきました

それと同じころ

リトミックスクーリングは卒業の時を迎えていました

最後の研修の日

私は近しくなったクラスメイトのMさんと

会場へ行くために、待ち合わせをしました

始まる前に一緒にお茶をしたのですが

その時なぜか、

目に見えないものについてどう思うか、ど話を振られたのです

この時一瞬、話そうかやめようか躊躇したのですが

気づいたら、体験を話していました

内なる世界の話、エネルギーが同調したとき起こった

様々な出来事を、Mさんにしました

へえ~。。。と半ば言葉を失っていたMさんだったので

距離を置かれるかもしれないなと

小さな覚悟をしつつ会場へ行くと

すでに多くのクラスメイトがいて

席はまばらに空いていたので少し離れた席に座り

最後の授業が始まるのを待ちました

私は一番前の席で、その目の前に

いかにも音楽家です、といったスタイルで座っている

先生をじっと観察していました

最後の授業をしてくださる、会長先生でした

目と閉じて手と足を組み

騒がしい皆の方を一度も見ずに

ただただ、じっと

瞑想状態のように座っていたので

興味がわいてきて観ていました

しばらくして時間になると

先生は、やおら立ち上がり

私たちの前で、スッと両手を広げました

すぐに場内の話声がやむと

少し天を仰ぐような表情をされてから

静かに口を開かれたのです

その言葉は、音楽教育の場で出てくるとは思いもしなかったもので

いえ、今までの研修場面からは想像もしない言葉でした

そのことだまは、私の内面に電流のように走り

次の瞬間

このことばを聞くために

1年間のスクーリングにきたと直観しました

私はこの時、直観の受け取りから来る驚きで

口が少しあいていたと思います

それほど、私にとって大きな衝撃で

その後の行く道を決める威力があり

やっぱりね

私自身が感じてきたことは、

やはりそうだった、と確信することばでもありました

それは、どんなことば?

 

そう想われると思いますが

長くなったので

また、来月にお話ししますね 

 


わたし物語・同調ワークができるまで♪

2012-10-20 21:01:49 | わたし物語・オリジナルワークが出来るまで

皆さん、こんばんは

今日は時間がなくて、連載アップが今になりました

10月も半ばを過ぎて、秋本番

紅葉の季節が近づいてきましたね

紅葉と言えば皆さんは

どんな場所が好きですか?

私は、数年前に行った京都・東福寺の

燃えるような紅葉とマッチしたお寺の風情が

とっても印象に残っています

 

実は今年

その東福寺近くのエネルギースポットで

秋のエネルギーをチャージするワークを計画しています

山科の美しく色づいた木々や

大地のパワーに触れながら

たましいと心身のエネルギーアップワークの後

素敵なカフェで美味しいお茶をいただいて

デトックス&エネルギーチャージします

自然の中でのワークは

日ごろ使わない感性をたっぷりつかいますので

たましいの輝きが増します

それはオーラに反映されて

美容と健康また、人生やお仕事に

良い影響を与えてくれますよ

お日にちは11月18日(日)

ご都合会う方はぜひご一緒いたしましょう

詳細はHPに掲載中です

では、「同調ワークができるまで連載」

17回目です

< 第2章~体験したことを活かしてみるⅡ>

電話中の対話で出てきた

良心に基づいた内なるこえに

驚きながらも、たしかだとわかっている

そんな経験を通して見えてきた

物事は表裏一体、プラス・マイナスどちらも必要ということ。

真実を見つけた、と嬉しい気持ちになる一方で

嫌なこと、つらいことが多かったことで

生きづらさを抱えていたり

人とは違う感性を持っていることに

戸惑いを持っていた私にとって

どう生きていったらいいのだろう

そんな気持ちも大きくなり

もろ手を挙げて喜ぶ

というわけではありませんでした

しかし

身辺が変わり始めて

霊的な感性を持った人との出会いが

いろいろな場で用意されていくことで

それは私の中で良い気分になれる

うれしいことへ変わっていきました

シンパシーを感じてお話しているうちに

お互いに同じ感性を持っていると感じたり

話の流れがどんどん霊的な話題になったりと

とにかく自然な流れで

「内なる世界」の話題になるので

感性は大いに刺激を受けて

動きだしていったように思います

場や人やモノのエネルギーを感じることが

より敏感になっていきました

ベビースイミングに来ている赤ちゃんや

マタニティスイミングに来ている

おなかの中の赤ちゃんに、

直接話しかけるたい話のほかに

心で呼びかけたい話することを試みて

反応を実験したり

感性を使うことを楽しめるようになりました

以前はどこか

恐る恐る使うといった感じですが

分かり合えるという感覚が伝わり

心地よくて!楽しくて!

感性を使って仕事をすることで

成果の出方も変わってゆきました

乳幼児クラスの入会率を上げることができて

集客、接客について自分なりに研究したり

ベビークラスのメニュー研究開発を始めたりと

お仕事の新しい流れができてきたのです

そんな中で、霊的なご縁がとても深い方と

出会うことになったのです

その方とは、ある勉強会の席で前後に座り

軽く声をかけところから話が弾んだのですが

子どもの年齢が近いこともあり

すぐに親しいお付き合い、お友達になりました

会えば霊的な話をして、感性を豊かにしたいとか

人格、品格、そして霊格が上がるような

生き方をしましょうね、など

本を紹介しあったり、エネルギー浄化法を試したり

(今でいうセルフワークです)

お互いを刺激し合いました

そんなこんなをしているうちお友達は

ご主人の転勤で四国へ行かれ

年に数回お電話する、という距離感になりました

それから1年半後に

我が家にも転勤の話が持ち上がりました

それは、私の出身地、名古屋へです

ちょうどその頃、水中運動と音楽を合わせて

新しいメソードを開発し始めていて

音楽やリズムの勉強を深めて

仕事の流れを変えたいと密かに感じていた私は

うれしさを隠せませんでした

それと、し残したことがあるから、

人生の出発点に戻るのかな、という思いもありました

名古屋には、私の勉強したい分野を教えている

ステキな先生もいたので

運の良さを感謝だな、と思ったとき

ひらめきました

四国に行ったあのお友達に電話をしよう

なぜか転勤の話を言いたくなったのです

さっそく電話をとって、コールすると

ピンポンピンポ~ン~

この番号は移転しました

新しい番号をご案内します

そして流れてきた番号案内は

なんと

名古屋の市外局番を言うではありありませんか!

一瞬耳を疑いましたが、052という出だし

これはまぎれもなく名古屋の市外局番です

メモを取りながら、この偶然に驚きつつも

縁が深いと感じていたのは

本当だったと確信しました

早速コールをしてみると

なんとお友達も2か月前に名古屋へ転勤してきたばかり

私も行くことを話して、お互いに驚いてばかりの会話でした

ところがそれは

驚く出来事の、ホンのさわり程度のことだったのです

この電話から1週間後、住む場所が決まったのですが

なんとそこは、私の最初の就職先

障がいがある子どもと初めてかかわった

スイミングスクールから1キロと離れていない場所

しかも、あのお友達の家まで

車で10分以内の場所だったのです

転勤というのは、同じ会社ではなく

別会社からのラブコールで

移籍するという形でしたから

全てのことに私たちの意図はないのです

あるのは、ご縁が幾重にも重なって

シンクロニシティが起き続けたことだけです

こんなことってあるの?!

驚いたのは私だけではなく、そのお友達も心底驚き

私たちはまた再会して

霊的に成長しあう、そんな仲間だと

分かり合うことができたのです

ソウルメイト、その時はそんな名前を知りませんでしたが

子どもたちや家族以外では初めての

魂が呼び合うという経験をしたのです

ここから新しい何かが始まる

そんな予感を胸に

その年の12月24日、小雪舞うクリスマスイブに

金沢から名古屋へと移動したのでした

そして、新しい年が明けて数か月後

新しい場所で、お仕事を始めることになったのですが

始めることになったきっかけは

またもや・・・

関西でお仕事を始めた時

金沢でお仕事をするきっかけと同じ

クラブの乳幼児担当の方が病気になり

せっぱつまっているとラブコールがかかって

助っ人に行く、この始まり方でした

宇宙はいつも、

絶妙なタイミングで必要な場を用意してくれます

さあ、研究をやってみなさい~

背中を押されていった場所では

新たな学びと挑戦と、

深いご縁が待っていました

どういうことかって?

 

またまたそれは、来月に


わたし物語・同調ワークができるまで♪

2012-09-20 16:28:21 | わたし物語・オリジナルワークが出来るまで

皆さん、こんにちは

秋近しといえども

日中は、真夏のような暑さが続いていますが

ゲンキにお過ごしですか?

朝晩はかなり秋らしさが出ているのに、、、ねえ

お昼も涼しくなる日を

待ち焦がれている私です

 

では、「同調ワークができるまで連載」

16回目です

 

 < 第2章~体験したことを活かしてみるⅡ>

天に還った赤ちゃんからのメッセージは

「自分の心に向き合って幸せに生きてね」

胸の奥の傷つき体験を受け止めて

生き方を変えてね

というものでした

これが生き方を変える

大きなきっかけになったことは

前回お話ししましたね 

(8月20日のブログを見てくださいね)

 

繊細で傷つきやすい部分を変える

それができたら、どんなにうれしいか

密かに思うものの、できない私は

度重なる嫌な思いの体験から

言葉に反応し傷つく、という決め事を作り

怒りや悲しさ、人と比べて卑屈になったり

豊かな人へのうらやましさ、自己卑下

理解者は誰もいないという思い込みや

孤独感でいっぱいでした

でも、それは誰しもあることで

自分だけじゃない、と思っていたし

我慢するか、愚痴を言う、という方法でしか

発散する方法を知りませんでした

愚痴を言うと、その時は気が晴れたように思うのですが

罪悪感がわいてきて、自分を責めてまた苦しい

愚痴を聞いてくれた相手に

なんだか低姿勢をとってしまうので

その自分を「何やっているのよ」とまた責める

そんな繰り返しをしていました

インストラクターという仕事は

多くの人と接します

指導する仕事ですが、サービスをするという概念で

教育を受けているので

お客様に指導的立場にはあるものの

○○させていただきます、とへりくだり接します

そのため、低姿勢しすぎないように、と緊張し

不快な言動をする人には

心の中で文句を言う、批判する

その反動で、勝っていると思える相手には

体育会系のノリで、先輩顔をする

それをまた

「なによ、自分だってやってるじゃない」と自己批判する

 

どうしたらよいものか

自分の気持ちとどう付き合ったらいいものか

迷いがいっぱいでした

そんな中で起きたのが流産だったのです

そのままの私でいれば、たぶん

命が危うかったのでしょう

今思い返すと、かなりキケンな心持ちでした

不安定な気持ちで生きているので

何かあるたび、天に還ることばかりが

チラついていましたから

 

流産経験で

感じてきた思いを愚痴ではなく表現する

やりとりの中で、感じた気持ちを言う

本当の気持ち、内なる私が望むことを話したい

静かに自分の中からわいてくる気持ちがあって

そのこえに耳を澄ましてみると

 

自然の理に逆らう生き方をしてきたことが

なんとなくわかってきました

 

そんな時です

ベストなタイミングで

思ったことを言う練習のチャンス!

お電話がかかってきたのです

 

表向きは「お見舞い」

でも、本当は。。。

うらやましさとねたみと怒りのお話しでした

赤ちゃんが授かりたい方で

努力をたくさんされているのに恵まれない

そこに、2人の子どもがいる私の流産を聞き

腹が立ったのでしょうね、いろいろなことに

 

初めは身体や痛み、子どもたちを気遣う会話で

仕事を代わるから、とやさしい言葉をかけて

くださったのですが

どうも奥歯にものが挟まっている感じがする

 

お礼を言いつつ、元気がないようですが、、、と

感じたことを言ってみると出てきました

 

なぜ、妊娠が分からなかったのか

なぜ、もっと気を付けなかったのか

なせ、その日休まなかったのか

そして、なぜ、自分に赤ちゃんが授からないのか

子どもはもういらないあなたに授かり

どうして私には、やってこない・・・と

怒りと悲しさに満ちた苦しさが

ことばになって表にでてきました

 

絶句

 

感じたことを言おう

そう思ってはいたのですが

予想以上の強烈な先制パンチを浴びて

ノックダウン寸前です

 

倒れそうな気持ちを必死で奮い立たせ

相手の息づかいだけが聞こえ

私も強い感情の方へ

ググ~ツと引っ張られそうになりながら

やっと絞り出したこえは

 

「神様が何かに気づきなさい、と

お互いのために与えてくれたことだと思う」

 

言い返してやろうかなと

反論するこどばを探していたのですが

自分でもびっくりすることばが出てきました

 

いいかっこをするつもりではなく

本当に自然に、出てきたという感じでした

赤ちゃんが後押ししてくれたのでしょうか

相手の人は

うう・・ん、そうなのかな。。と

納得しきれない感じでしたが

非難したり、激高したりしないで

とにかく休んでと

ねぎらいの言葉をかけてくれて

私も売り言葉に買い言葉のやり取りをせずに済み

ホッとした気持ちで電話を切りました

 

どこからわいてきたの?というような

誰しも納得しやすいことばが

私の中から出てくるのは、以前から時々あったのですが

この電話の時も同じでした

いつもの私では考えも及ばないことばです

それを聞いている一方の気持ちは、

え、そうなの?と思っていたくらいですから

 

電話中、なぜそんな失礼なことを言うのですか?と

言えばいいのかな、でも喧嘩はいけないな

など、瞬時にいろいろ考えがめぐって

どう返答しようか、迷っていた時

そうだ、それでいい、と

信頼できる感覚が広がり、口にした

そんな感じでした

 

今なら、それが内なるこえ、

高次の存在と通じる自分が感じたこえだとわかりますが

当時、そんなことを知る由もありませんでした

相手の方の会話も

私のため込んだ感情の言葉が

鏡の法則によって

目の前に現れたのですが

その時は、唖然としてしまって固まっていました

フランクに返答できるような

内容ではなかったので余計ですが

 

起きることには意味がある

出来事の中にある真実を見つけると

心が解放されます

 

電話の経験は、この学びの第1歩だったと思います

 

物事はどちらかだけではなく

表裏一体だとわかっていくプロセスの時期

この体験の後からさらに

いろんなことが起き始めました

内なる世界を観る、内なる自己と同調する

そのプロセスを歩いていると実感を強める

なんとも不思議な出会いが

次々と起こっていったのでした

 

何が起きたかって?

そのお話しは、また来月に

 

 

 


わたし物語・同調ワークができるまで♪

2012-08-20 18:12:57 | わたし物語・オリジナルワークが出来るまで

皆さん、こんばんは

ついさっき名古屋から戻ってきました

 

お盆を過ぎたあたりから

暑さの中に吹く風や空気の中に

ほんのり秋のエネルギーを感じますが

皆さんはいかがでしょうか?

 

では、「同調ワークができるまで連載15回目」

始めますね

 

< 第2章~体験したことを活かしてみるⅡ>

 

天に還った赤ちゃんからのメッセージ

自分をもっと大切にする

このことと向き合い受け入れて

傷ついた気持ちにふたをせずにいよう

やっと決めれた私は

 

自宅で出産(流産もお産だと思うので)した

小さな赤ちゃんを

ハンカチをおくるみのようにして包んで

次の朝、夫に付き添ってもらい

お医者様に行きました

 

診察を受けて赤ちゃんを先生に見せると

今回は残念だったね・・・

でも、きっと赤ちゃんの理由だから

お母さんは気にしないことだ、と

励まされたのですが

 

私は心からそう思えず

自分を大切にできなかった自責の念で

しょんぼりしていました

 

その気持ちに追い打ちをかけるように

手術に向かう準備のために来た看護師さんから

3人目は考えてなかったんでしょう?

そんなに落ち込むのはおかしいんじゃない?

こんな言葉を投げかけられ

 

ガ~ン!

ハンマーで頭を叩かれたような

ショックを受けて言葉を失っていたところに

付き添ってきた夫から

仕事へ行くから、と告げられ

 

いくつもの衝撃で驚きや悲しみが一気に大きくなり

心の糸がプツン・・・と音を立てて

切れていくような感覚になったとき

 

今、言わなくちゃ・・・

 

ずっと我慢して押し込めてきた

本当の気持ちを伝えなくちゃ

そんなこえが私の中で鳴っていました

 

胸の奥でずっと感じていて

口にできなかった本当の気持ち

内なる私が望んでいたことを話す

そのチャンスが来たのです

 

そして、とうとう

赤ちゃんの力を借りて勇気をだせました

 

こんな時にはそばにいてください、と!

 

仕事第一、付き合い最優先でいた

モーレツサラリーマンだったので

志向のすべてが「お仕事」でしたから

お休みもほとんどお仕事

 

私は母子家庭のような生活をしていて

さみしさと孤独感を抱えていました

 

しかし、その気持ちはないものとして

何でもないふりをしていました

 

夫は、もう流産してしまったので

処置が済んだらタクシーで帰れば何でもないこと

そう思っていたようでした

 

命にかかわることが起きてとてもつらい

初めてのことで動揺していて

不安だからそばにいてください

 

さらに勇気を出して口に出した時

私たちの間には

重たい空気になり沈黙状態に・・・

 

それでも、めげないでいよう

自分を保つのに必死でした

 

「本心を言ってはいけない」

「いい人、いい嫁、物わかりのよい妻をしなくては」

などの思い込みがあった私には

口に出すことは大きな挑戦です

 

夫は困惑で思考停止のような表情をしていました

 

しばらくして

今日は急で・・・できないからゴメン

なるるべく早く帰るから、とうなだれて

病室を出ていきました

 

夫の態度に、一瞬悲しみが大きくなったのですが

気持ちを言えたことを

よし!と思えていたので

落胆しないで手術を受ける気持ちを

支えることができました

 

処置が終わった数時間後

家路につきながら

 

夫にもっと気持ちを話そう

強い気持ちがわいていました

 

以前の私は、感じた感情

心に向き合わず

怒って、愚痴って、落胆して

自責の念に埋没して

摂食障害の症状をひどくしても

口をつぐんだままでした

 

これは「自分を大切にしないこと」だと

赤ちゃんが教えてくれたので

自分の言動を変える

第1歩を出せたので

もっと続けようと思えたのでした

 

そして、その夜いつもより早い帰宅をした夫に

話せるだけのことを一生懸命話しました

 

感情的にもなりましたが

耳を傾けてくれました

 

気持ちをシェアして

とても気持ちが落ち着いていきました

 

夫も、できることと、できないことがあるけれど

できるだけの努力はする、と行動を変えてみようという

気持ちが動いたようでした

 

そしてこの日を境に

私の人間関係に変化が起き始めました

友人、職場、近所付き合い

そして、親とのことにも起き始めました

 

エネルギーはつながっているので

私の内側、潜在的な問題解決に向けて

修復するようエネルギーの法則は動きますから

心の中のブロックを解放する

連鎖が始まりました

 

一番最初にやってきたのは

予想もしなかったところからでした

それは・・・仕事の人間関係でのこと

私と同じように

感じていた気持ちを

その人も押し黙っていたので

爆発、したのでした

 

それがどんなことだったかは

また次回に

 

 

 

 

 

 


わたし物語・同調ワークができるまで♪

2012-07-20 09:31:52 | わたし物語・オリジナルワークが出来るまで

皆さん、おはようございます

梅雨が明けたと思いきや、激暑ですね

日中、自然風だけでデスクワークをしていると

滝のように汗が流れてきます

クーラーが嫌いな私は

できるだけ窓を開けて水をうち

自然の風で過ごしていますが

まいったな~

思わずつぶやいてしまうほどです

身体はまだ、暑さになれていないようです

そんな私のゲンキチャージをするために

アイソトニック飲料にロイヤルゼリーを混ぜて水で薄めた

特性脱水防止・ゲンキアップドリンク

これをお供にデスクワークに邁進しています

さて、今日はこれから大阪へ出張です

連続講座&個人セッションに行きますよ

大阪の皆さん、2ヶ月ぶりの再会
楽しみにしています~

では、「同調ワークができるまで連載14回目」
行ってみたいと思います

初の朝アップです

< 第2章~体験したことを活かしてみるⅡ>

目標にしたことを手に入れたい

その思いにとらわれて

適切なトレーニング、というものを
全く考えていなかった私

先生からの「もう追い込まなくても」の一言は

身体や心の様子を見ながらトレーニングする

今どんな状態か感じていく

「たい話」の習慣を付けることが大事だと気づく
大きな手がかりになりました

「身体と話す、気持ちを把握するコーチング」

それは私にとって衝撃でした

なにせ、目標を手にすることばかりに目がいって

時間があるだけトレーニングし続け
その上、家事も仕事もしていましたから

今思い返せば無理の程度を超えていました

もちろん、それは
子どもたちや同僚、上司の協力を得て出来たのですが

「頑張ればできる」

「誰もしたことがない、選手未経験で国体に出る」

「前例がないことをすれば、認めてもらえる」

「私はダメじゃない」

その頃の私は

こんな思いに取り憑かれて暮らしていたので

気力と体力は限界点に達しそう、というサイン

生理が来ないという状態をムシしていたのです

自分の身体の内側、心の中に目を向ける

やってきたつもりでした

でも、とても独りよがりな方法でした

私の特性を知らずに進めてしまったのですから

大阪から戻ってほどなく

社内では、若いチームが国体予選に出ると決定され

私はその応援することになりました

その頃の私は「負けず嫌い」で

それを自覚していたので

素直に応援できるかな。。。と

自分を心配したりしましたが
私は成長していました

心から「予選通って代表になってね」と

思うことができた自分を

変われたんだなあ~私、

嬉しい気持ちでした

それからほどなく、のびのびになっていた生理は再開し

よしよし、と思えていたのも束の間

地域で開催されるマスターズ大会に出場しないか?

こんなお誘いが

スポーツクラブの会員さんたちが中心で作っている
マスターズ出場チームから来ました

本番は9月半ばだから今から練習すれば戦力になれる

そう、思ってOKしてしまったのです

今思い返せば
それは、お断りすることだとわかります

当時の私は
頭で「気づいたことがわかっていた」

でも、ハラに「落ちてなかった」状態でした

一応考え、練習はそこそこにしてやり方を変えたつもり

自分の内面を見たつもりになっていました

そして、9月半ばのマスターズ大会当日がやってきました

私のエントリーは、
200m個人メドレー、100mクロール、女子200mリレーメンバーです

朝早くから、試合会場に子ども連れで出かけ

出番の時は他のクラブ会員の方たちや、
同僚のコーチが子どもの面倒を見ていてくれました

子どもたちは、本当にみなさんに良くしてもらって
可愛がってもらいました

その当時の皆さんが
このブログを読んでくださるかはわかりませんが

この場を借りて、感謝とお礼を申し上げます

心からのご厚意、本当にありがとうございました

さて、話を戻します

がんばるそ~と試合会場にいた私ですが

実は、前日夜に出血し生理中でした。

そうだと思い込んでいました、いえそう思おう、という私でした

理由は、出血がとてもキレイだったからです

生理出血とはなんだか違う

そう感じてはいたのですが

「試合に行かなきゃ」
「出ないのは皆さんにわるい」などという

エゴのこえに耳を貸してしまい

私は「私の本当のこえ」をまた、ムシしてしまったのです

学びが生かされてませんね。。。

出血で気づかず、朝になってもに気づけずなので

当日の朝、他のかたちで
自分自身を振り返って、というサインが来ました

それは、息子の発熱です。。。

微熱がありました、でも、ゲンキいっぱいでした

息子に聞くと、「行ってもいいよ~」の返事

私はここでも、自分を振り返ることなく

サインにも気づくことなく

行くのを取りやめることもせず

息子のことばに甘えて試合会場へ行ってしまったのです

行く途中のバスの中で息子はゲンキが低下してゆき

あら。。。これはまずいなあ。。。
私の出番が終わったら、先に失礼しよう

などど、ここでもまた自己中思考

ほかの方への気遣いばかりで

自分を大切にすることや

子どもを大切に扱うということの

「本質」が全くわかっていませんでした

これは、私の親もそうでした

自分と家族よりも

外の世界のできごと、ほかの方との約束を最優先し

我慢をする傾向が強く、自尊感情、自己評価がとても低かったのです

子どもの頃の私は、よく八つ当たりをされていました

とてもさみしくつらい気持ちを抱えていたのです

心の傷つきをたくさん経験していたのです

それだから、子どもと一緒に行動する

それは、さみしさやつらさを半減させると

信じて子育てしていました

なのに、同じようなことをしている私

完全に「世代関連差」です

微熱がある息子は、娘と共にいろんな方々に大切に扱われ

楽しそうに過ごしてくれていました

心の中で、ごめんね~と謝りつつ出場種目に出て泳ぎました

ところが・・・
身体が思うように動かない、反応しない

あれ・・おかしいなあ

気持ちは前を向いている、と思っているので
この違和感が、何かわかりませんでした

そして、そのあと
どんどん出血量が増えていきました

用意していた備えだけで家までもつかしら。。。と心配になるほど
どんどん、です

流石に「生理以外の出血かもしれない」と
真剣に気になりだしました

身体はだるくも、なんともないけれど
どんどん、どんどんに変わりなく

このサインでようやく、休んだほうがいいんだと思いを変えました

家に着いて食事をしたら

きっと止まる、止まるに違いない、などど
心配を打ち消すようなことばかり考えて家路を急ぎました

家について、まず息子の手当をし
食事を作って、少しほっとして

それでも、どんどん・・はかわりません

ここでようやく

なんだろう私、どうしちゃったの?と
私の身体のこえを聞こうとしたのです

そして、しばらくして

お腹の奥から絞り出すような鈍い痛みを感じ始めました

あれ。。。どうしたのかな、なんだろう。。。

身体の奥の方へ気持ちを向けていった時

もしかして流産?と直感

それから、生理がきたと喜んだのは
1週間遅れていたからだと、思い出し

この出血は、間違いなく生理じゃないことに気づきました

この直後、新たな鈍い痛みが来て
本当に流産になりました

なんてことになってしまったの

頭の中は真っ白でした

それでも内側から響いてくる感覚は

「自分は大切」「無理は違う」
この思いが大きくなって行きました

赤ちゃんがメッセージしてくれていたのです

しかも、いのちをかけて

試合の前日の夜、
前の学びを活かしきれていない私にサインを贈ってくれて

それに気づかないから、息子にサインを贈り

それでも、無理をして身体を休めず心を押し込めている私に

赤ちゃんは、命をかけて教えてくれたのですね

いのちを大切にしてください、と

呆然自失になりそうな私を

帰りが遅い父親の代わりに子どもたちがこえをかけ布団をしき
私を大切に扱ってくれました

泣きました。

こえをあげて、自分の馬鹿さ加減がイヤになりました

赤ちゃんには私の心の中がわかっているようで

赤ちゃんからのメッセージは子どもたちに聞こえているようでした

子どもたちが、かわるがわる

おかあさんが大事、お母さんがだいじだよ

私に言いにきたのです

子どもたちに、赤ちゃんからのメッセージが

響いてきたのだなあ、と感じ取りました

赤ちゃんからのメッセージは

自分の心に向き合うことを避けてきた

私の傷ついた気持ちにいよいよ光を当てると決心をする
大きなきっかけになりました

そして、次の日
そのチャンスが来たのです

いえ、引き寄せた、というほうが正しいかもしれません

なぜって、
私の胸の奥でそれをしなくちゃならないと

ずっと感じていたけれど、口にはしないけれど

本当の気持ち、内なる私が望んでいたこと

それを話したい、そう願っていたからです

赤ちゃんは、私の中の大きなブロックを外す
お手伝いをしてくれたのですね

では、そろそろ出発の時間なので

このブロックのお話は~

また来月に


わたし物語・同調ワークができるまで♪

2012-06-20 22:50:35 | わたし物語・オリジナルワークが出来るまで

皆さん、こんばんは

今日は連載をアップする日ですが

いろいろあってこの時間になってしまいました

実は、これから夕食・・・です

さて、昨日の台風

暴風雨きつかったですね

台風北上の間に、被害にあわれた方は
いらっしゃらなかったでしょうか。

このあと続く台風5号は
本州を直撃することはなさそうとのことですが

この週末も雨は、激しく振りそうですね。

お出かけされる方は

お空の変化をキャッチしつつ
グラウンディングを心がけていてくださいね

さて、今日は連載13回目のお話しです
 と、書いた今

連載を始めて1年たったことにおドロいています

続けてこれたことに、いつも感謝していますが
1年過ぎた実感を大きく感じています

読んでくださる方がたの

「面白かったよ」の励まし

「次を楽しみにしています」の期待

伺うたびに、ありがたいなあと感謝しています

今後も続けていきますので

読んでくださいね~

では、今度こそホントに13話です

< 第2章~体験したことを活かしてみるⅡ>

シンクロナイズドスイミングの個人レッスンで
大阪まで出向いたお話、前回しましたね。

そのプールの冷たさは
20年以上たった今でも身体が憶えていて

ゾクッと冷えっとした感じが蘇ります

ホントにきつかったのですよ。。。

トホホと言いたいくらいに

それでも、やるんだ!と

気持ちを奮い立たせて臨んだ
実力テスト終わったあとで

思い方のクセが出て、不安と恐れが
私の中を支配し始めたのでした

あなたは無理だから
他のクラブの選手に任せなさい

頭の中で、先生のセリフを勝手に想像して

不安を増大させていました

その一方で、年齢でNOと言われるなら諦める

けれど、スキルが足りないなら
練習は人一倍頑張るから
なんとかOKしてほしい

エゴ丸出しの思いが私の頭の中をぐるぐるしていました

私の目標は、
県の代表に選ばれて国体出場すること

そのためには、県内国体予選で優勝することが必須

でも、ペアの片一方は
チェックもしてもらえなかった。。。

やっぱり、ダメなのかなあ

いろんな思いがシャボン玉のように
出ては消えて行きました

そんな中で、集合がかけられ

先生が結果をお話します、とおっしゃって

みんな背中がピー~ン!直立不動になりました

※ここから先生のおっしゃった言葉を
覚えている限り書きますので、
ちょっと長くなるかもしれません※

まず、国体予選に有効なペアは
若いチームの方と判断しました。

お互いのスキルレベルが同じくらいだから
デュエットで大事な同調性を持ちやすいです。

でも、この方々のスキルレベルは全く話になりませんので

国体に出場したいのなら
私のクラブの夏合宿に参加しなさい。

ちえこさんのほうは、ペアの力が違いすぎます。

予選に出るどころの話しではないですね。

大人と子どもくらいの差があり
国体予選まで時間があまりない中で
同調性を高めることは不可能です。

ただ、ちえこさんと同じスキルと熱意がある人がもう一人いて、

その人とペアを組めるのなら
国体予選で代表権をかけて戦えるでしょう。

同じ系列クラブにそんな人はいないでしょうから
ほかのクラブと話し合い国体用のチームを作り
そこから出場することは可能ですか?

それなら、あの小谷レベルの選手が出てくる
国体へ行けたとしても、戦えるレベル
代表としては遜色ないと思いますよ

みんな、へえ~っっという表情でした

私は頭がぐるぐるして唖然としていました

そして、恥ずかしい~うれしい~などの
いろんな感情が胸の中で爆発して

どんな態度でいたらいいかわからなくなっていました

そんな言葉が返ってくるとは思いもしないで
私はずっと不安だらけで

自己評価の低い言葉に囚われていて

とても、とても恥ずかしく情けなく・・・
口を真一文字に結んで、じっと立っていました

上司は、丁寧にお礼をいいながら
社内で話し合ってみまますと

国体予選に向けて、新たな動きをしようとしていました

その時先生が私の方へツカツカと歩いてきて
こうおっしゃったのです

ちえこさん、上手でした
シンクロ経験がない中で、よく鍛錬しましたね。

でも、国体は戦いなのよ
勝てない選手は出ないほうがいい

それは、ただダメということじゃなくて
相手とどれほど同調できる演技が作れるかが大きいの。

あなたはペアの片割れに恵まれていない

だけど、県内で同じスキルを持つ人と組めれば勝算はあるわ。

それでもね

いろんな選択があるけれど
若いチームに予選に出ることを譲って

あなたは、あなたの持っているその力と才能を

選手を育てる方に使うのはどうかしら?

私は、あなたはコーチ向きだと思います

これを言われた瞬間

どうせ私は.・・・という
ひがみ・ねたみ・そねみいっぱいの私や

いい嫁さんになればいい、と言われて悲しかった私が
ち~さくなって行くのを感じました

以前とは違い、私の持っているものを
正しく見て認め、道を示してくださったことが

とてもとても、ありがたく

説明されたことも納得できたのでした

今思い返すと、

自分の可能性を信じてやってみたことは

自分の内側にある私と向き合い

自分を育てなおす

という再誕生のプログラムだったのです。

なりたい自分に向かう、その目標を目指すのに
シンクロが必要だったのですね

そのプロセスで、私は最良のコーチと出会えたのです

とても爽やかな気分でした

もう、国体なんて
ど~でもいい~~くらいの気分でした

若いペアには

ど~ぞど~ぞ~予選に出て頑張って~と

今すぐ、この場で言いたいくらいの気分でした

その気持ちを見透かしたのか
先生は、私の耳元でポそっと

もう自分を追い込まないでいいんちゃう?
鍛錬も度をこすと、自己虐待になるからね

ははは~~と笑った私ですが

その瞬間に
笑えない事実を思い出しました

生理が3ヶ月来てない・・・

ま、まずい(けして赤ちゃんが来ていたわけではありません)

食制限と厳しい練習で
体脂肪が激減して生理ガストップしたままだったのです

まったくそのことに問題意識がありませんでした

これでは、スポーツクラブインストラクター失格です。。。

先生は、ピピっと来ていたらしいです。

こんなに追い込んだら、多分・・・ねえと

「性格が悪いと一流にはなれない」
 だけでなく

自分の身体を振り返る「たい話」の習慣が
どんなことの一流になるにも大事だよ

先生は教えてくださったのでした

身体と話す、気持ちを把握するコーチング

というものに出会った瞬間でした

そして、この先へ進むには

自分の内側へ目を向けることが最も大切と

嫌というほど知る体験が待っていました!

では、この続きは

また来月
 


 


連載~わたし物語・同調ワークができるまで♪

2012-05-20 17:51:19 | わたし物語・オリジナルワークが出来るまで

皆さん、こんにちは

日曜の午後、いかが過ごされましたか?

明日はいよいよ金環日食ですね

明朝は雲が多いようですが

朝7時30分頃の金環日食時間は
晴れていてくれるとイイですね

金環日食の様子、どのようになるのかと思うと
ワクワクしてきます

皆さんも観察されることと思いますが

写真を撮ったりするとき
目を傷めないように気をつけましょうね

くれぐれも、太陽を直接見たりしないて
メガネをつけて安全・万全を期して

すばらしい自然現象を楽しみましょう

では、連載12回目のお話しです
 
< 第2章~体験したことを活かしてみるⅡ>

シンクロナイズドスイミングの講習会で
オリンピックチームコーチの一員の先生から

講習会の別れ際に聞いたお話し
(4月20日の11回目を書いたブログに書いています)

「性格が悪いと一流にはなれない」

このことは、私の心にズン!と響きました

心を磨くと結果が変わる

これは、競泳選手をしていた頃
頭でわかっていても出来なかったことでした

やり残したことに再トライする

本気でこのことに取り組むと
覚悟を決める時だよ、と

私の心の奥の方でこえが聞こえていました

競泳選手を続けるために学校を選んだので

身体も心も鍛錬するのは当たり前ですが

当時の私は思春期の不安定さに加えて

それまでにクセ付いたネガティブスピリットが
心の中を大きく占めていました

思うようにタイムが伸びず

もうダメかもと不安になったり

後輩や妹に追い抜かされていく焦りと

ガンバっているつもりの自分への怒り

私は私と思うものの他人から比べられることや
家庭内で扱いに差をつける親や

スランプから脱することができない私に
「おまえはいい嫁さんになればいいんだ」と言った監督への怒りや

どうせ私は.・・・ひがみ・ねたみ・そねみ

ちょっとつまづくとこんな気持ちがグルグルして
言われたことが思い出されて悲しくて
どうしようもなく落ち着かないのでした

不安で心細くて

どうしたらいいかと思いつつ

親とは

「心の絆」を太くしていく関わりを持てていなかったですし

躾、という大義名分で「姉妹の扱いに差をつける」行為に
悲しさと怒りを感じてもいたので

頼りたくても頼らない、甘えたいのにそうしない

心と身体の距離が離れている

幼児のように膝を抱えてうずくまっている


その時のセルフイメージを思い返すとこんな感じでした

私の中のこの私は
外からのちょっとした刺激で反応して外に出てきました

なので、そんな自分をますます嫌いになり

そんな気持ちをごまかすために
食や音楽にのめり込み

必要なことに手ぬきをし
目標に向かって集中することができず

自己嫌悪感は高まり
周囲から見放されたと感じて
現実から逃げたい気持ちになっていました

健全な精神が健全な肉体に宿らず、です

こんなことから私の中には
本来の思いとは違うことをする習慣がついて行きました

その後大人になるにつれて
色々な体験から学び気づきを得て

変わっていましたが

私の中にある傷つき体験をケアするには
まだ不十分だったのです

シンクロの技術を身につけるだけでなく
私の中にある過去を変えるんだわ

そう思えた時
力がグングン湧いてくるように感じました

毎日練習し、食事管理し
より良い筋肉とほど良い脂肪をつけために

努力しました

なるべく車は使わず歩き
お買い物した袋で筋力をつけ

クラブメニューにあるダンスレッスンに出て
身体の使い方や体幹を鍛えました

1カ月もすると、スタイルはすっかり
シンクロ選手にようになっていました

新しい技術も一つ一つ出来るようになり

そのおかげで
学生時代に出したベストタイムを上回る記録を出せて

シンクロの練習が競泳にも有効だとわかり
仕事にも大いに活かされていました

それで益々、トレーニングに励むようになりました

がんばれば成果が出る嬉しさを味わって

私の中にある過去の思い出を
変えようと必死でした

人と比べないでいることにも注意を払っていました

そしてある時

上司から石川県で国体が催されることを知らされ

シンクロの選手として出場してみたいと
思うようになりました

当時の国体は、デュエット出場のみでしたから

急遽、エアロビクスのインストラクターの方を口説き
一緒に練習を始めました

私も自分の練習をしつつ、教える練習です

彼女は運動神経バツグン、ダンスも出来るので
私よりも早い上達だろう、と予想していたのですが

手の技術だけで身体を浮かせることに難儀し
なかなか進みません。。。

他のクラブの見学に行き
年下のシンクロコーチに教えを請いまた練習する

そんな繰り返しをしつつ

「過去を繰り返さない、プライドは捨てるのよ」

自分を励ましていました

周囲の方々も心から応援と協力をいただき
心強い思いで練習を重ねていきました

仕事、家事と子育て、練習を繰り返し
疲れはかなり溜まっていましたが

へこたれている場合ではないと叱咤激励

そうこうしているうち、デュエットパートナーも
何とか演技ができるようになり

あの元オリンピックチームのコーチの先生に
出場可能かを見てもらうことにしました

それを決めたとたん

系列クラブでも、同じように国体を目指し
動いているとわかったのです

それは、最初に私を指導してくださった先生がいるクラブで
競泳選手経験のある若いコーチでした

打てば響く、トレーニングしがいのある年齢です

会社の人々の多くが若いコーチペアが有力と見始めて

私たちは無駄な努力?

のような風が吹き始めました

私たちは希望の光が小さくなっていくように感じていきました

このまま続けられるかしら・・・不安になりかかった時
学生時代の私が顔を出しました

「もうやめちゃえば?毎日キツイし」

「負けるのはイヤだ、でも頑張っても出れるとは限らない」

こう私が思うと、パートナーも同じように思い
練習に身が入らなくなりました

そのタイミングで上司から

大阪の先生に今の実力で
国体予選突破の可能性があるか

系列クラブのペアも一緒に行き
同門の立場でアドバイスを受けたらどうかと提案を出され

新たな動きへと一歩を出したのです

もちろん、気持ちも整理して
自分の可能性を信じてやってみると決めました

以前はライバル出現で
不安な気持ちを押し殺したり
怒ったりして不安定なまま過ごしたけれど

今度はそうしない

その時できることに最大の力を注ぐと思えていました

その気持ちになれたのは
やり残したことを終えたい気持ちと

問題をクリアするためには
過去と似たようなことが再現されるものだと
納得していったからでした

なので、系列クラブの若いコーチ達とも
同じことを目指すガンバル仲間として
受け入れる事ができたんです

不安から離れてこの気持ちになれた時
ホッとしてとても安心感に包まれました

人を悪く想わない私をうれしく思えました

「性格が悪いと一流にはなれない」

こうおっしゃった先生に会うのです
過去のような私では見透かされると恐れていたとも気づきました


私は変わっていると思えて

先生に会うことが、がぜん楽しみになりました

どんな結果を言われても
やってきたことには納得していたからです

そして、いよいよ大阪へ出発し

指定されたプールへ着くとそこは

何と営業前時間を借りていて
水温20度の極冷でびっくり

全身をそこに投じると思うと腰が引けました

それでも、プールを借り歩く選手たちは
こんな環境でしか練習できないと初めて知り

私たち、恵まれてきたなぁと、
水温の冷たさに尻込みしている自分を恥ました

そんなわけで皆
緊張の面持ちでウオーミングアップをし
2,3の技術を見ていただく時間になりました

ところがあまりの冷たさで

身体と心が同調しない

手足がしびれて、感覚がわかりにくい

それでも、演技を見ていただく時には
ベストを尽くしてやり遂げなければなりません

誰が1番にします?
先生が開口一番、おっしゃった時

皆顔を見合わせて迷う表情

私が先に手をあげなきゃな。。。と
覚悟を決めようとした時

私のパートナーが手を挙げて

早く済んだ方がホッとするから行きます、と
笑顔でプールに入っていきました

そして指定された技術
バレーレッグ(片足を90度に上げる)をした時

な~に~それ~?

話しにならんわ~!

もう~いいわ。。。はい、次の人

にっこり笑って、コチラを向いてきました

ええっ~?うそ?

今足を上げたところなのに?
って、一瞬見ただけでわかるの?

でもわかるんだろうなあ。。。
やだなぁ~うまく出来るかな

心の中は大忙しになりました

若いペアは顔が引きつっています

でも、ここで手を上げないと来た意味がないよ
意を決して手を上げようとしたら

はい、次あなた

先生は若いペアの一人を促しました

そして、私の方を見てニヤッと笑い

プールに入ろうとしている人の背中に

早くしないとどんどん寒くなるよ~
と言いながら

バシャバシャ~っと水をかけたのでした

ひえ~なんてことを。。。

意地悪じゃないとわかっています

しなくてはならないことだから
即実行が出来る意思を持ちなさいということ

わかるものの・・・

さらっと言える先生強い!

いやースゴい~

その時、オリンピックで銅メダルを取った
小谷実可子さんのコメントが蘇りました

「シンクロの練習に耐えれれば
嫁姑のどんな意地悪にも耐えられると
選手の子は言われて育ちます」

きっとこういう心の鍛錬を
たくさんするのだろうなあ

コメントの意味がわかった気がしました

あれこれ思いつつ

水に入った人が演技を始めたのを見ていた

その時

ダメダメ!違う!

もっとこうして~

違うって!

さっきの先生は何処へやら
どんどん指摘が入り熱い指導が繰り広げられ

同じ技術を何度も繰り返しやらせています

そのたび、ちが~う!

バシャバシャ水をかけて

演技を止めて注意の連続
迫力と熱意に周囲は圧倒されそうでした

そして何度か目の後に私の方を向いて

あの子耳が悪いの?

聞こえてないのかしら?

聞いてこられ・・・

返答につまっていると向き直って

後1回、それでできないなら交代!

見ると、水中の彼女はすすり泣き

すかさず先生から

私はあなたを観る義務はないの

でも
あなた方が真剣な思いで遠くから来て
シンクロをしたいという熱意に

応えたいと思ってやっているだけ
甘えて泣くなら、もう交代しなさい

静かにおっしゃっいました

その時

ハッとしました

そうだ

先生には私たちを教える義務はなく
私たちが頼み込んで
時間をいただいているんだった

応えて下さったこと、ことばで感謝したけれど
それは心からの感謝ではなかったな

甘えず、環境に左右されず
自分の思いを出来ることに発揮する

上手にやろう、と思うのは土台間違い
まだ未熟だから教えを請いに来ているんだった

一流の選手とは、心の良さを伴うと
言いきったこの先生には

選手の心の中がわかることを
実感した瞬間でした

水中の彼女は頷いて、演技を始めて
合格をもらえました

先生の一言で
心がピシっと立てなおったのですね

次の演技を見てもらうことができたのです

そして次、若いペアの一方を指名され
真剣なやりとりが繰り広げられました

その時です

私のパートナーが私の方へ寄ってきて

驚きの一言

私、ここに来るべき人ではなかったですね
シンクロ代表になるってこと、甘くみてました

帰ったらもう、シンクロ出来ないと思います

絶句・・・
こんな時に、そんなことを言う?

焦る、というよりボー然でした

今から私演技を見てもらうのに

心も身体も固まりそうでした

ですが、やっぱりね

何故かこうなるのを、肯定する私がいました

それでも、演技の直前だったので

今言わなくても。。。とも思いました

と、その時

はい、どうぞ~

とうとう私の順番が来ました

プールに歩み寄りながら呼吸を整えて

今は演技だけに集中するよ

練習通りやってチャンと教えてもらう
心の中でつぶやき、演技をしました

すると

叱られることもなく

むしろそれでいい、最新のスカリング技術を駆使せず

より美しい型を描こうとボディ意識を高めなさい

などと、他の人達とは違うアドバイスです

国体予選でする技術を全てチェックしていただき
最後に倒立姿勢でするスカリングを観られ
しっかり指導を受けて終了でした

プールから上がる時

出来ることをやったものの
他の人と先生の反応が違うことに不安を感じる私がいました

他と比べて恐れたり、自分を小さく低く観たりする
私の中のクセが出始めました

他の人より年齢が上で選手を目指すような人じゃない、と
思われたから

静かに教えてたのかな

どんどん不安や憶測が大きくなります

ドキドキしながら、プールから上がってくると

待っていた人達から

「上手でしたよ」とこえをかけられ

素直に受け取る私と

お世辞言わなくても。。。
斜に構える私が出てきて

それを悟られないように、

寒かった~とか

タオル取ってくださいなど

他のことに気を向けて平静を保とうとしていました
 
そして先生が私たちを近くに集め

同行した上司も呼び結果を話し始めました

それは

予想もしていないことでした

先生の言葉に全員驚き

アゼンとしたのでした

どんなことを言われたか


それはまた

次回、お話ししますね

では、また
 
 
 


わたし物語・同調ワークが出来るまで♪

2012-04-20 17:17:30 | わたし物語・オリジナルワークが出来るまで

皆さん、こんにちは
桜も終わっていよいよ春本番

でも、この週末は天気下り坂らしく
遠出するのは連休が良さそうですね

お天気が今一つの時には
お部屋の中のレジャーが安心ですが

その中でも映画はいいですね~

濡れる心配がないですし

大きなスクリーンで臨場感たっぷり
好きな映画の世界にどっぷりつかって
心身共に充実しますし、私も映画が大好きです

実は~明日

赤ちゃん連れで観られるエリアを創った上映会
河瀬直美監督・最新作「玄牝」の上映を
JR常磐線 金町駅スグの金町地区センターで開催します

この映画は、愛知県岡崎市にある「吉村医院」の院長
吉村先生とそこでお産をした女性とその家族たちの
ドキュメンタリーです

吉村先生は、テレビでも良く取り上げられるので
ご存知の方も多いと思います

明日は、この映画に登場する
助産師の松浦さんをゲストにお呼びして
お話しを伺う時間もありますよ

吉村先生のポリシーを貫いて創られた
お産の家で出産されるご家族と、
吉村先生の人間性を撮った、すばらしい視点の映画です

出産シーンで、妊婦さんが口にする
「きもちいい、あったかい、ありがとう」の姿は
病院出産のシーンとはかけ離れた、安心した表情で
とても輝いています

お時間とご都合が合う方は
ぜひ、ご来場ください

当日券、大人1500円です

会場でお待ちしていますね~


では、11回目のお話しです
 
< 第2章~体験したことを活かしてみるⅡ>

シンクロ指導者への道はまず
自分で出来るようになる所から

と言うわけで、練習を始めて

発表会デビュー、学んだことを検証する実践を毎日繰り返し

日夜、水と音楽と動きと人を同調する試みを
続けていた私に

指導者講習会参加、のチャンスがやってきたことは
前回お話ししました。

その会で、先生方から驚かれたこともでしたね。

一体どんなこと?それはなんだったの?
今日はそれをお話しします。
 
指導者試験を受ける人は必ず
指導者講習会を受講をする義務があり
参加していないと、受験資格がもらえません。
その頃は、約2カ月後に試験がありました。
 
私は、レッスンを受け持つ役目が待っていたので
スベル訳にはいかない!と意気込んでました。

講習会は、多くの先生が水の上から参加者を見て
チェックしつつ、悪いところを指導してくれるのですが

ことばの説明ではわかりにくいので

指導者になって間もない元シンクロ選手や

ジュニア選手たちが、見本を見せてくれます。

ほ~っ!へぇ~。。。スゴイ・・・

最新のテクニックが使える選手たちの
手技は、まさに水中バレエさながら舞っていました

それを目の当たりにして

これまでは、古い時代のスタイルやテクニックで
教えられていたと、初めて気がつきました。

でも、それは仕方がない事でした。

最新技術を使える若い世代の指導ではなく
中高年の方々のシンクロ教室ですから。

シンクロナイズとスイミング、というよりは
リズム水泳を習っていたんだ、と気づきました。
 
その気づきは、

このキレイな動きを覚えて帰りたい
その気持ちをグンと引き上げてくれました。

水中にもぐって美しい見本を見ては試す

繰り返していくと、自分でも水と動きのなじみが
あっという間に変わっていくのが解りました。

水が身体と一つになる感じが強くなる

すると、選手たちは練習項目にはない
新しい動きとテクニックを見せて
やり方を教えてくれました。

それを見ていた先生のお一人から
あなたどこのクラブ出身?と聞かれたので

シンクロ経験者ではないことを伝えると
大そう驚かれ、他の先生を呼びに行かれました

役が上だとわかる先生が、その後いらっしゃって

試験項目のフィギュアの内、一つをするように指示され
選手に習った通りにやった後に水中から顔を出すと

先生方は何やらひそひそ・・・
真剣とも、ムッとしているともとれる表情です

そんな時、私の中の「クセ」
心配症がむくむく起き上がりました。

やだなあ・・叱られるのかなあ・・

そんなことを思うと、どんどん不安が膨れて

どうしよう、もういいから帰りなさいとか言うかも??

イヤそんなことは。。。

エゴの自分が心の中で大暴れし出しました

この間、今思うと15秒くらいだと思いますが
あの時は、2分くらいじ~っと水の中で
立たされているように感じました。

それから、エライ先生と思しき方が
こちらを振り返って、こう言ったのです。

「驚いた!シンクロを習って3か月ほどで
ココまでできる人、ジュニア以外で始めて見たわ
小さい時からやっていたら、と思うと・・・
あなたもったいないことをしたわね」

ええ~っつ?!ダメじゃなかったの~?!
よかった~出来ていたんだわ

安心したら、ふわふわ~っと身体から力が抜けました。

その時すかさず、

「新しいテクニックよりも試験合格は
基本に忠実に、美しい動きができるかがポイントよ。
全日本選手権に出て10点満点の内、5点以上
それは、ジュニアの大会に出て
決勝に残れるほどの実力がある人のことよ。
あなたは、ギリギリの瀬戸際だから
しっかり練習しなさいね」

褒めてくれたんじゃないのか・・・

叱咤激励のおことばをいただき
今度は、しゅん・・・でした。

その時、上からの視線を感じて顔を上げると、
子どもたちの目がありました。

「自信持って、笑ってわらって、大丈夫だよ」

そんなエネルギーが伝わって、思わず手を振ると

先生方と、選手達から
あなたの子ども?一緒に来たの?と質問
そうだと答え、夜行で来たこと、
夕方講習会が終わるまでギャラリーでいること
応援と見守りしてくれてます、と答えました。

その場にいた全員、あきれた時にするような
信じられないと言う感じの表情でした

その時がよかったか、悪かったかはわかりませんが

口からつい、

「私には時間がないので、試験は一発合格したいんです」と
ことばが出てしまいました。

先生方は、信じられない表情+目が大きく見開かれ

「あなたみたいな人、前代未聞だわねえ。。。」

エライ先生は、そっとつぶやきながら
他の先生を、それぞれの持ち場に帰るよう促したあと

「わかった、私が少し見てあげましょう」
そう言ってくださったのです!

今思うと、なんて身の程知らずなことを
言ったものだと恥ずかしくなりますが、

その時はなんだか肝が据わっていたのです。

頭で考えたら、失礼だと思って言えないけれど
心の奥、内なる私がしゃべった!そんな感じです。

シンクロとの相性は良くて
数カ月目の実力は上々だと言って下った。

無理、ダメっていわなかったしって思って話したけれど

見てあげよう?!ですって、信じられない!

竜宮城の門があいたような気分で
うれしくて、うれしくて!

先生の話すこと、動きを一つももらすまいと
全身が耳、全身が目、全身で受け取る
そんな気持ちで練習しました。

私のために、時間を割いて下さる
こんなうれしい事が起きるなんて、なんて運がいいの!

気持ちは高揚していても、

私は身体と気持ちが一致していましたから

モデリングして、イメージ通りに身体が動くようになりました。

言われたことが、どんどん出来るようになりました。

身体と動きと、気持ちが同調した瞬間
もっと、驚くことが起きました。

また別の先生が、私たちのところにやってきました。

この子、何処の子?とエライ先生に
私のプロフィールを聞いていました。

事の次第を話されると、あとから来た先生が
へえ~っつ、という顔でニヤッと笑い

別で練習したかったら、私にクラブに来てもイイよ。

またまた、信じなれないことを言ってくださったのです。
 
シンクロするスポーツだけに
事がどんどんシンクロして、導かれていったのでしょうか。

とにかく、予想もしない展開に驚きつつも

練習して、一発合格して
もっと先生たちを驚かせよう~

そんな馬鹿げた思いまで感じていました。

そんな私を後押しするかのように
ギャラリーにいる子ども達が手を振って
「がんばれ~おかあさ~ん」エールが届きました。

よし!と気合が入ったところで
モデリングの役目の選手達に、先生方の事を聞いてみたら

最初に観てくださった先生は、
「国際試合で審判ができる、日本でただ一人の先生で

いつもはすごく怖い、あんなやさしい先生はみたことない」

後から来た先生は
オリンピックチーム養成のコーチのお一人で

モデリングをしていた選手の一人は
その先生の教え子でした。

めちゃくちゃ厳しいけど、あったかい先生ですと教えてくれました。

信じなれないけれど、私の合格に
皆さん力を貸してくれると申し出て下さったのです。

選手達からも
合格できるますよ、ガンバってね~応援しています。

ステキなエールを贈られて
私・イケルかも!本気でやってみよう!

ハラが決まりました。

こうして、皆さんの応援のおかげで、
6時間に及ぶ講習会を終えることができました。

子どもたちと涙の再会、ではないですが
それに近い雰囲気で寄り添っていると

先生方が続々出てこられ
子どもたちと北陸から夜行できたんよ、この人。
あきれるやろ!
時間を割いてくださったエライ先生が
ニヤッと笑って、先生方に説明してました。

私という存在は受け入れられている
先生方のあったかい気持ちが伝わってきて
本当に涙が出そうになりました。
 
その時
あのKくんの気持ちがわかったような気がしました。

受け入れられたことの安心感
大切に扱われている喜び
のびのびと自分を出していい、という自己肯定感

ただのラッキーな経験ではなく
K君と出会った意味を深く知る

成長や気づきの機会だったのです。

全てのことはつながっている
まさに、それを実感しました。
 
その時、また驚くことばが

耳に入ってきました。

最後に、私のクラブに来てもいいよと言ってくださった
オリンピックチームコーチの一員の先生から

「これは覚えておいた方がイイよ
テクニックがすばらしくて、容姿が良くて
実力と財力(アマチュアはお金がかかりますから)があっても
やっぱり性格が悪いと一流にはなれません
長年たくさんの選手を見てわかったことは
心が汚いのは、やっぱりダメになるわ」
 
心を磨くと結果が変わる
 
やっぱりなぁ、と言う気持ちと
自分の中の「うれしくないクセ・嫌いなところ」
これを何とかしなくちゃ・・・

喜んで足どり軽く帰ろう、そんな気持ちは吹き飛び
このメッセージが、私の内なる世界で
水の波紋のように広がってゆきました
 
それ以後、講習会の出来ごとを通して
縁ということ、心の状態、について
深く考えるようになっていきました。

身体と心、それだけじゃない
心の奥に感じる何か、が何かを
はっきりわかりたい
そんなふうにも感じて過ごすようになっていきました。
 
そして、その夏のこと
心身の奥にある世界の扉を
あけることになったのです。
 
それは、また次回で

お話ししますね
 
 


わたし物語・同調ワークができるまで♪

2012-03-20 18:23:12 | わたし物語・オリジナルワークが出来るまで

皆さん、こんにちは

今日は春分の日ですね

朝から晴れていましたからお出かけ日和

遠出のドライブやお墓参りなどに

行かれた方、多いことと思います

私はお仕事デ―なので

お家の聖地スペースに飾ってある父の写真の前に

大好きだったおはぎをお供えしてきました

父は甘いものに目がなくて

おはぎも大好きなものの一つでした

季節ごとに出る和菓子を

とても楽しみにしていいましたし

若い時から食べ歩きやおいしいもの探しが大得意

栗きんとんは「すや」、どら焼きは「両口屋の千なり」

ラーメンは大須の○○など御用達がたくさんありました

とにかく食べることが大好きで

お花見の時期になると売り出される

三色団子を一度に10本も食べて

母にうんと叱られたことがあります

季節ごとに出る和菓子を見ると

おいしそうに頬張る父の笑顔を思い出します

今日は、そんな父をしのんで

おはぎをいただこうと思っています

さて、連載「同調ワークができるまで」は

今日で10回目になりました

もっと早く読みたいから

2週間に1回とか、1週間に1回とか間を狭めて

最近よくおっしゃっていただくのですが

月2本のメルマガとのバランスもあって

今はこのペースがちょうどいい感じで。。。

早くできそうな時はお知らせしますので

1ヵ月に1度の20日で、よろしくお願いします

では、10回目のお話しです

< 第2章~体験したことを活かしてみるⅡ>

重度の障がいがあるK君が笑うほど

リズムと動き、楽しさと嬉しさ、心地よさは

人の心身に刺激を与えて

眠っている未知の力を発揮させる

このことを目の当たりにした私

どうしてそうなるのか?を知りたくて

大脳生理学やリズムと音楽などの

勉強を始めることにしました

それからは、水中運動やベビースイミング

水泳や運動などとの関連がどんどんわかって

勉強がとても面白くなりました

学生時代は

「勉強なんて消えてなくなればいいのに。。」と思うくらい

机に向かうことから逃げていたのですが

知ること、調べること、実践して検証することが

こんなに楽しいなんて!

勉強を楽しめる自分に驚く日々を送っていました

そんなある日のことです

私は上司に話しがあると呼ばれました

話すことって何だろう?

Kくんの他に、重度のお子さんでも入会するのかな

そんなことを想いながら、デスクへ行くと

いきなりです

「シンクロ、やってくれないか?」

「は?シンクロって、あのシンクロですか?」

「そう、あのシンクロだよ。小谷実可子がやってるアレ」

聞けば、クラス開設をしてほしいと打診があり

思案中のところ、オーナーが痺れを切らし

返答を求めてきた時

出来ます!って話してしまったらしいのです

頼むよ!と手を合し、

肩をたたいて立ち去る上司を横目でにらみつつ

心の中には大阪時代の

あの感覚と同じものを感じていました

一見理不尽に思える

だけど

宇宙からのプレゼント!

「すべきよ、きっと私にとって良きことになるから」

そのこえなき声を、この時も感じたのです

でも、反対の気持ちもありました

エ~ッツ?!そんな~!

なんていい加減なのよ!出来るなんて返事して!

私、やったことないし

それに一体誰に教えてもらうのよ~。。。

不安と恐れが入り混じって

私の心の内側は

シーソーに乗っているように揺れていました

それでも、なんど思い返してもまた

それはできる、最適なプレゼントと感じて

仕方がないのです

シンクロナイズドスイミングには

ずっと興味はあったのです

本音を言えば、やってみたいとも思ってたんです

でもそれは、趣味程度に習うことで

ちょっとカッコよく出来れば満足、程度のこと。

今回は教室を担当することになるので

リスクがあるし、出来なかったらどうしようという不安もある

やってみたい気持ちにふたをして

尻込みしていたのです

自分の気持ちに気づいて認めたら

シンクロニシティがやってきたことに気づきました

やっぱり、やろう

心が決まるともっと見えてきました

シンクロナイズドスイミングは

音楽と動きと水の特性が一つになったもの

これから研究したいテーマが

丸ごと入っているのですから

やらない手はないと!

決めたら、早速先生探しです

今のように注目をされているスポーツではないので

大阪か東京へ講習会に参加する以外は

大人向けに指導をして下さるところがない時代

それでも上司は地元の連携がきく方だったので

運よく見つかりました

隣の市で「ママさんシンクロ」を教えていらっしゃる方が

引きうけて下さったのです

そして次の月から

2週間に1回のレッスンが始まったのです

競泳をしていたので

浮く技術「スカーリング」は感覚を出しやすく

できるものが多かったのですが

フィギュアと呼ばれる「技の型」を覚え再現するのには

大変な練習量と忍耐が必要でした

競泳はまっすぐ速く泳ぐものですが

シンクロはそうではありません

泳ぐ技術+技の完成度+音楽や

人との同調性などを求められるので

スカーリング(身体を自在に操り浮かせている技術)と

技(型)の完遂度・安定度は不可欠なのです

この技・フィギュアの実力は

指導者試験に大きく影響するので

仕事が終わったら

とにかく練習する日々になりました

打てば響く、そんな時、これをするベストタイミングでした

メキメキ上達した私は水中バレエよろしく

いくつかのフィギュアも出来るようになり

キツイ練習が面白くなってきたところでした

そんな折「発表会に出ない?」と打診をいただき

ソロ演技を発表することになりました

演技構成と、3分間の演技に合わせて

音楽選びとアレンジも覚えることになりました

いわゆる「演技を創る」の練習です

初体験なので、先生からシンクロの選手たちの映像を

たくさん借りて観ました

子ども達が寝た後、紙と鉛筆を握り

演技を書きとめ、初心者でも出来るものを

ピックアップして行きました

演技ができたら次はプールで試す

3か月ほどこんなことばかりやっていました

そうしている間に

私の身体の感覚が変わってきたと

感じるようになりました

水と身体が一つに溶け合う感じ

信じられないような事ですが

身体の感覚が薄くなるのです

調子が良い時はプールの中の「水が重い場・軽い場所」が

わかるようにもなりました

それからヒラメく!という瞬間も

体験するようになりました

泳いでいる時フッと違う技の映像が頭に浮かび

それを採用したほうが演技のグレードがグンと上がって

観ている人の印象が変わりました

泳ぐことがどんどん楽しくなりもっと練習しました

学生時代は練習嫌いで

さぼることばかり考えていたのに

本当に不思議です

出来ないよと言っていたけれど

出来た喜びを味わって

さらに、さらに、大きな感動体験に向かって

練習を重ねる原動力になっていました

感じたことから刺激を受けた内側の力は

外に向かって開いて行きました!

K君と同じように

そうして迎えた発表会は

私のクラブで行う「クラブ記録会」の中で

エキシビションとして入れていただけたのです

当日はクラブスタッフとして仕事をしつつ

出番を待っていました

落ち着いているつもりでも

緊張度は東京タワー並みだったと思います

衣装に着替えお化粧をして出番を待っていると

心臓が口から出そうなくらいでした

いよいよ本番

曲が始まりザブンと飛び込んだ水中で

とんでもない忘れ物に気が付きました
 
していなかったのです
 
鼻栓を。。。
 
このまま続行すれば

水中で倒立やスピンした時

鼻に水が入って浮きあがれません
 
どうしよう
 
でも中止は嫌だ
 
このままやろう
 
水中から出てくる間の

ホンノ1,2秒の間で決断し続行したものの

その後予想をはるかにこえる

激痛体験
 
倒立からスピンをする時

一気に鼻に水が入って!が~ん!
 
入らないように息止めしていたのですが

逆さになれば関係ありません

容赦なく入りますので痛い!

ポーズを取るとき笑顔が作れずでしたが
 
何とか最後まで泳ぎきって

ジャジャ~ン!

水中から出てポーズ

その時鼻からお水が。。。タラ~タラ~タラ~。。。

とっさにポーズを変えるのを思いつき

両手をクロスして顔を隠し

すまして演技を終えるフリをしましたが
 
後悔と、痛みと、タラタラ流れる鼻水のような

プールの水をすすることもできないで

恥ずかしさがいっぱい

スタートし直しを選択すべきだったと

自己反省と満足にできなかった悔しさで

控室でボロボロ泣きました

後から聞いた話では

観客から顔は見えなかったものの

なんか様子が変とは伝わっていたようです
 
この大失敗は後に

シンクロチームのレッスンをするのに

とてもとても役立ちました
 
実体験に優るものはなし、ですね
 
こんなデビューの仕方でしたが

それ以後味をしめて

演技を考えて練習していました

水と音楽と動きと人を同調するその試みを続け

ベビークラスでも一般のクラスでもどんどん試しました

シンクロがもっとうまくなりたい

そう思うようにもなっていました

それから半年後の春

大阪で行われた指導者講習会へ参加することにしました
 
初めて全国の指導者希望の人と対面し

シンクロ選手の泳ぎを間近で観て

覚えていくのですが

へぇ~ほォ~こんなふうにやるんだね~

新しいものに触れてワクワクドキドキしっぱなしでした

そんな私は多くの先生方から

いろんな意味で驚かれました

それはどうしてか

というと長くなるので

ココから先はまた次回

お話ししたいと思います