MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルフォー-14

2017-12-13 | オリジナル小説

疾れよ、子供

 

「おい、お前、いったい誰だ?」いきなり後ろから腕を掴まれ、ねじり上げられた。

朝、集合場所に行こうとして家を出た途端だ。10メートルも歩いていない。トヨの家に入る路地近くに黒いのセダンが止まっていたけれど、あまり気にしていなかったんだ。

「お前、答えろ。ハヤトじゃないんだろう?。」屋敷政則だとわかって、驚いたけれでも最初ほどではなかった。また来るかもしれないと警戒はしていたから。だけど面と向かって疑われたのはさすがに衝撃だ。

「僕はハヤトです。」声は上ずってなかったと思う。「嘘をつけ!」

ハヤトの『父親』の目は血し走っている。グイグイと締め上げる力に遠慮がないと感じた。

「離してください!」目は家の門扉へと走る。しかし、何も起こる気配はない。たまたま人気がなかった。トヨは先に行ってしまったのだろう。隣のおばさんは何してるのか。

ちくしょう、ハヤトは『チチ』に念じる。何してる、本当の危機だっての。

ハヤトは振りほどこうとするが、大人の力は容赦がない。骨が軋み、肩が外れると思った。

足が相手を蹴っていた。手は離れたが「何しやがる!」屋敷が吠えると同時に拳が頭に振り下ろされ、地面に叩きつけられた。路面が激突し、激痛が走る。

「屋敷さん」誰かが後ろで話しかけている。「暴力は良くないな。」

暴力。生まれて始めての暴力。本物のハヤトが受けていたのはこんなものじゃないんだろう。

「・・助けて」ハヤトは声のした方に頭を持ち上げるのがやっとだ。痛みとショックでブレた視界の中に背広を着たのっぺりとした男と車から現れたスーツの女がやけに遠くに見えた。

 

『止めなくていいのか。』定番の黒いスーツは体にフィットしてかえってラインを強調している女が連れに囁く。『頼まれたわけじゃない、勝手についてきただけだからな。』『違う、こんだけ騒げば人目に触れるぞ。』高級なスーツを着こなすオールバックが済まして答える。

『触れないさ。人間には見たくないものに目をふさぎ、聞きたくないものに耳を閉ざす能力がある。それぞれ急に忙しくなったってわけだ。操るのは造作もない、俺の力を見くびるな。今はここはある程度、番外地だ。ほんの十数分だが・・・いわば、蝕の最中だ。』

『蝕・・・なるほど』女の形のいい唇が呟いた。『人知のエア・ポケットか。』

 

 

 

「俺が本気を出せばこんなもんじゃないぞ。」

再び、荒々しく腕が掴まれ体がずり上がる。「殺すぞ。」屋敷の顔が目の前に迫るが目が見れなかった。たった一度の暴力で足が震えている。みるみる抵抗する勇気が萎え、心が無力感に押しつぶされていくのがハヤトにもわかった。

そうか、これが。これがハヤトが・・・『ハハ』が支配されていた『生活』なんだ。

そのあと、何が起こったのか、ハヤトにはよく、わからなかった。

「屋敷さん!」背広が動くのと鈍い音と屋敷が振り返り叫ぶのと全部、一緒だ。

「裕子か!」肉が鳴る音、ハヤトの目は『ハハ』が後ろに跳ね飛ばされるのを見た。

「危ないですよ、奥さん。こんなもの振り回して・・」

背広が持っている皮のケースにキラリと光るものが刺さっている。細身の包丁だった。ハヤトには見えなかったが、いつの間にか背後から静かに歩み寄った田町裕子が止める間も無く元の夫の体に刃物を突きたてようとしたのだ。かろうじて背広姿の男が自らのカバンを間に差し入れて阻止したというのが真相だった。

「裕子テメェ、俺を殺そうとしやがったのか!」

さすがに屋敷政則も唖然としたのだろうか。動きが止まったと、見るや『ハハ』がものすごい勢いで跳ね起きると屋敷にむしゃぶりついた。

「ハヤト!」

『ハハ』の目は真っすぐにハヤトを見た。

「逃げて!」

『ハハ』が屋敷の腕に渾身の力で歯を立てる、男は雄叫び、ハヤトを放す。背広が笑っている。ハヤトの父は『ハハ』を振り放そうとし片手でめちゃくちゃに殴りつけている。スーツの女がそれをやめさせようとしている・・・『ハハ』の目は・・・。

今もハヤトに叫び続けている。

『逃げて』『今度こそ』『生きて』『殺されないで』

母親を知らない、寄せ集めからつくられたことなど関係ない、古代から刻み込まれた、母親からの子供への警告なのか。本能というものが、ハヤトにもあったのか。それはわからない。

ただハヤトの体は弾かれるように走り始めていた。

 

 

「やめなさい。」弁護士がようやく手を出した時、田町裕子は血だらけの蒼白な顔を地面に横たえていた。もうその目は閉じられている。

「それ以上、やったらば死んでしまいますよ。ハヤトくんみたいに。」

荒く息を吐く男をマサミが後ろから羽交い締めにしている。マサミ一人では屋敷の力を削ぎきれなかったのだ。屋敷の体から力が抜けたのでマサミも手を離す。

「子供を見てくる。」そう言うと姿が見えなくなった方へ向かう。

「こいつを連れてく。」男は元妻の体を足で示す。「こいつに聞く。」

「それならば。」弁護士はあたりに目を走らせる。「急いがないと・・・いや、待て。お待ちかねの登場だ。」その唇には笑みが浮かぶ。

田町家の玄関先から男が出てきたのだ。

 

 

ハヤトは無我夢中で走っていた。わけのわからない衝動に突き動かされて。『・・・君、』

『ハヤトくん・・・』声をかけられていることに気づいたのは随分経ってからだ。目がよく見えず、並走している車から声がかかっているとわかるまで更に数分。ようやくハヤトは走りを止めた。

「どうしたの?ハヤトくん。」車も停まったようだ。「泣いているけど、何があったの?」

これでハヤトは見えずらかった目もとに手をやり、そこが濡れていることを知った。

『涙』、これが本物の。オビトが流した涙。ハヤトは声から顔を背け、グイッと頰を拭った。

トヨとの、みんなとの集合場所へ曲がる角を通り過ぎてしまっていた。家から直進し農業用水路だった小川にぶつかったハヤトはその脇道に出ていたのだ。そこは学校からは逆方向だった。

「よかったらおじさんに話してみないかい?」

おずおずとした声に振り返ったハヤトはトヨのストーカー、あの『変態』と顔を合わせていた。

助手席のドアは開いている。「送ってってあげる、宝小学校でしょ。」

トヨは禍々しいとか血の匂いとか言っていたが、線の細い、気の弱そうな若者にしか見えない。

迷った。危険だ、乗るべきではない。『チチ』がなんというか。しかし、自分は『この星』のそんじょそこらの子供ではないのだ・・・

「なんかわからないけど・・・トラブルなの?お母さんともめてたの、お父さんかな。あの人たち、誰?お母さんを助けないと・・・警察に電話してあげるよ。」ボソボソと小声で喋りかける声は丁寧で優しい。まるで恥ずかしがっているのか、もうハヤトの目は見ない。話しながら、男は背広のポケットからスマホを出し、まるで見せびらかすように示した。「ハヤトくんたちはまだ、携帯なんて持たせてもらってないよね?防犯ブザーかな?」

見てたのか?どうして名前を知っているんだ?トヨの友達だから?これをきっかけにトヨとも親しくなろうとしているのかもしれない・・・自分から警察に電話するとか言い出してるけど。

開いたドア、示された座席を見たまま、どのくらいだろう?ハヤトはフリーズしていた。

その時、変態が動いた。

「あっ、ほら、追ってきたよ。」肩越しに振り向くと小川の道に飛び出す人影が見えた。立ち止まりあたりを見回したのは黒いスーツ姿の女だ。屋敷と一緒にいた。

『ハハ』はどうなったんだろう。そうだ、警察。『ハハ』を助けないと。

「乗せて。」考えるより先に声が出ていた。変態が本当に警察を呼んでくれるかは疑問だとはちらりと思ったが。もうどうとでもなれとどこかで思っている。乗りかかった船とやらか。

あれ以上、悪くなりようがない。

 

 

マサミはシルバーの軽自動車にハヤトが乗り込むのを見た。

一瞬、知り合いの車に拾われたと安堵するがすぐに心がざわつく。

『なんだ?あの車・・・』走り去る車体にまとわりつくような黒い闇がつかの間、マサミには見えたのだ。それは気分が悪くなるような不快な靄だ。

マサミはしばらく車を目で追って立ち尽くす。

『子供はあの車に乗るべきではなかったのではないか。』その思いがぬぐえない。

かつて岩田譲に語ったようにマサミにはいわゆる霊感はない。だが彼の中の地球外人類の血には次元探知能力だある。

実は現在、霊能者として活躍する基成勇二も次元探知能力と情報収集によって名声を得ているのである。おそらくマサミは車にまとわりつく空間の歪みを察知したのだろう。

鈴木トヨがハヤトに告げた変態男に取り付いた魔物の気配。