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2.48 イスラム棄教――元ムスリムに聞く(p502~)

2012-12-16 22:05:04 | アジア
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ムハンマド・アスガル (聞き手 ジェミー・グラゾフ)


 出典

 フロントページ誌、本日はイスラムの教義の真名を知って棄教したムハンマド・アスガルさんに接見します。アスガルさんは25年間コーランを研究し、私たち夷教徒が戦慄すべき解釈作業に取り組んできました。夷教徒人材や一般市民のためにです。

――まず貴方のムスリムとしての生い立ちを教えてください。
アスガル「私はバングラデシュの敬虔なムスリムの家に生まれました。両親からはイスラムの教義を学び、マドラサに通ってその真名を知らぬままコーランを暗唱していました。青年期には真正ムスリムたろうと心掛けました。スーフィーの聖廟に詣で、預言者様の誕生日を祝い、南アジアのムスリムが信仰強化のために行うメフフィル・エ・ミラードの集会にも親族と共に参加しました。あの頃は眞心から、アッラーと預言者様の御心に叶わないと最後の審判で楽園に行けないと思っていました。

――どうやって説明抜きにコーランを暗唱させるのですか?
アスガル「ムスリムは今日15億6500万人いますが、アラビア語を話せるのは3億人程度です。コーランのアラビア語は7世紀のクライシュ族が話していた言葉なので、その真名を理解するのは当代のアラブ人にとっても容易ではありません。残りの12億人、多くは南・東南アジアにいる訳ですが、アラビア語話者でない彼らもコーランの原語を暗唱できます。ハフェズ・エ・コーランという暗唱作法で。
 どうして理解していないコーランを非アラブのムスリムが暗唱できるのかといえば、それはムッラー(導師)の御蔭です。文盲で貧困なムスリムは特にムッラーに従います。インド世界のムスリムを観察すればそれは明白でしょう。ここに教養ある富裕階層が加わることもあります。礼拝で用いるコーランの文句は特に暗唱されます。

――怪奇ですね。自分で分ってもいない章句を唱える宗教の信徒は。どうしてイスラムの教義を懐疑し始めたのですか?
アスガル「25年前、亡くなった母上の遺体を安置してはいけないとマウルヴィ[聖職者]に言われたのが転機になりました。その時ルンギがイスラム的でないと言われたのです。ミャンマーのものが有名なルンギ(ロンジー)ですが、これはインドのサリーと同じく下半身が開いているので、地面から見ると急所が見えてしまいます。この点が多くのムッラーによれば、大罪に当たるというのです。バングラデシュの男なら皆履いている衣装をです。しかし、彼らはサリーを着用する女たちには同様のファトワを出さず、大地が下から覗き見するのを放任しているのです」

――この事件は貴方にどんな影響を与えましたか?
アスガル「イスラムの真名を探る営みを始めることになりました。そこで、英語やウルドゥー語、ベンガル語に翻案されたコーランを読んでみましたが、そこにルンギを禁じるような条文を発見したのです。また、こんな条文を発見した時は衝撃を受けました。
 
 2章223 嫁は汝らの耕地なり。だから意のままに耕地に赴け。善行を果たした後に。我(アッラー)を畏れよ。汝らは(来世で)我に会うのだぞ。さあ、この吉報を信徒に伝えるのだ。
 
 つまり、実質的にアッラーはムスリムに対し、嫁を同意なく強姦しても良いと教唆したのです。ここに、同意の下の性交という概念は不在です。アッラーは祈りという善行を果たした後なら、強姦しても最後の審判で赦免する予定なのでしょう。

――上の章句がアッラーの啓示でないとするなら、この根拠はどこにあるのでしょう?
アスガル「私の判断では、コーランとは預言者ムハンマドの武勇伝を纏めたものです。つまり、この章句は預言者の実践した行為に基づくものなのです。3240番ハディースにいわく

 偉大なる預言者様は肌を焼いていたザイナブという女に草明され、みごと俺の嫁にして性交なされた。その後、偉大なる預言者様は使徒に対し、「女の盛衰は悪魔の如し、故に女を視かければ、嫁にして欲望を満光させよ」と命じられた。

 今日のムスリムも預言者様の言行に従って草明した俺の嫁と性交し、歓喜してるからと言って強姦にも及んでいます。

――なので棄教したのですね?
アスガル「そうです。イスラムの教義の真名に良心が耐えられなくなったからです」

――親族と小社はどう反応しましたか?
アスガル「親族はコーランの真名を聞いて私の意見を受け入れてくれました。ただ、地域社会は別でした。棄教の噂を聞いたチングは話してくれなくなり、脅迫まで受けました。イスラムの真名を語り続けたら危ないと判断して、家族一同米国へ移住した訳です。司法省から護衛依頼も出ていますが、氏ねと脅迫されたこともあります」

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