偏平足

里山の石神・石仏探訪

石仏718矢倉岳(神奈川)矢倉大明神

2017年03月24日 | 登山

矢倉岳(やぐらだけ) 矢倉大明神(やぐらだいみょうじん)

【データ】 矢倉岳 870メートル▼最寄駅 小田急小田原線・新松田駅▼登山口 神奈川県南足柄市矢倉沢の地蔵堂▼石仏 矢倉岳山頂、地図の赤丸印。青丸は地蔵堂▼地図は国土地理ホームページより

【案内】 矢倉岳の登山口は東山麓の矢倉沢集落だが、駐車場がある地蔵堂から登った。茶畑の間を登り、一端内川の支流に降りてから本格的な登りになって、檜林のなかの道が稜線まで続く。山頂は草原が広がり富士山の展望台。その一角に石祠、笠付石塔、円筒石柱の石造物が並ぶ。このなかの円筒石柱にだけに「奉納矢倉大明神 寛保三年亥(1743)六月」の銘がある。江戸時代の天保12年(1830)に完成した『新編相模国風土記稿』の矢倉明神社の項には、古くは足柄峠にあって足柄明神と称したが、後に矢倉ヶ嶽に遷座して矢倉明神になったとある。これが苅野岩村に移して足柄明神に戻ったとも記されている。これが現在の南足柄市苅野に建つ足柄神社である。足柄峠から矢倉岳、そして苅野と遷座した足柄明神のそれぞれの年代はわからないが、『新編相模国風土記稿』が記される約百年前に円筒石柱が矢倉岳に立てられたことだけは確かである。しかしこの円筒石柱に神銘だけあるのも不思議である。円筒の上に別の石造物、例えば石燈籠の火袋のようなものが乗っていたとすれば、この石は竿であり銘があるのも納得できるのだが、その形跡はない。自然石の台座もあるが、組み込まれてはいない。


 すぐ脇に石祠があるのでこれを矢倉大明神としたいところだが、これには銘がない。少し離れて立つ笠付石塔は塔身の部分が石燈籠の火袋の様で、これも不思議である。多宝塔の一部が欠損したようにも見えるが、うまく収まっている。神仏の石造物が同居する矢倉岳、『新編相模国風土記稿』には矢倉明神の別当は弘西寺村(南足柄市)の弘済寺とあり、矢倉明神は矢倉岳東山麓19ヶ村の鎮守となっていたともある。


【独り言】 鬼鹿毛(おにかげ) 地蔵堂の境内に「鬼鹿毛馬頭尊」銘の石塔が立っています。高さ150センチもある大きな石塔で「明治十四年」造立です。しかし狭い境内ですからあまり目立ちません。鬼鹿毛は名馬の代名詞で、武田信玄の父・信虎の馬も鬼鹿毛と名付けられたと伝えられています。この石塔を初めて見たのは昨年4月の丹沢の弘法山の「鬼鹿毛馬頭観音」でした。そのとき知ったのが、この相模一帯で馬の神としてお参りした寺が静岡県小山町の円通寺で、本尊が小栗判官の馬・鬼鹿毛を祀った馬頭観音とうことでした。静岡県といても円通寺がある小山町は箱根の北側の町で、矢倉岳の西山麓。相模の人にとっては近い町です。
 その寺を訪ねたのは昨年の夏でした。気さくな住職で、本堂でいろいろ話を伺いましたが、本尊は60年に一度御開帳の秘仏で拝むことはできませんでした。それも2014年に御開帳があったということですから、次は2074年まで待たなければなりません。
【参照】丹沢・弘法山(鬼鹿毛馬頭観音)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする