サイレント

静かな夜の時間に・・・

氷河期(11)

2006-11-12 07:40:30 | Weblog



一月の中旬、この国は、
やや厳しめの寒さはいまだあるものの、
ほぼ例年通りの年明けという趣になっていた。

12月上旬までは暖冬を予測していた日本の気象庁は、
その月の下旬には慌てたようにその予測を撤回し、
厳冬予測に切りかえていた。
そしてこの頃になると、再度予測を修正し、
二月以降はむしろ暖かめになるとの観測を打ち出した。


私はカゲからの報告をいくつか受けた。

この約一ヶ月間に世界中で活動したクトゥルー族の総数は、
およそ6000億であること、
その半数にあたる3000億ほどが、
これまでに世界各地の管理者たちに撃退されていること、
そして、
主力級はその後は現れていないこと・・・

私は、敵の総大将格とそれに準ずる副将格が、
いつ復活してくるのかじっと待っていた。
しかし結局、
それらは一度も出現せずに春を迎えることになる。


私「相手方はトップが出てこないな」
カゲ「・・・・・・」
私「どれだけ大量の兵隊を退けようが・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「主力級を何人倒そうが・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「これでは勝ったことにはならない」
カゲ「・・・・・・」

彼らとしては、
おそらく計画の中止ではなく、
延期のつもりなのだろう、と私は感じていた。

カゲ「敵の眠る本拠に追撃しますか?」
私「・・・・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「いや」
カゲ「・・・・・・」
私「しない」
カゲ「・・・・・・」
私「この星は年々温まっている」
カゲ「・・・・・・」
私「冷やす連中も必要といえば必要だ」
カゲ「・・・・・・」
私「攻めて来るたびにやり合えばそれで済むことだ」
カゲ「・・・・・・」
私「要はバランスだな」
カゲ「・・・・・・」
私「氷河期に戻されることさえなければ、それで十分だ」
カゲ「・・・・・・」


日本においては寒波のピークは過ぎてはいたが、
この後もロシアやウクライナでは凍死者が続出したし、
二月にはアメリカのニューヨークにおいて、
観測史上最高といわれる70cm近い積雪があった。

しかしそれでも、
どの国にもやがて春は訪れた・・・

彼らは必ずまた大がかりに攻めてくるはずだ。
それがいつになるのか、
一年後の冬か、二年後の冬か、
あるいは5~10年後か、20~30年後か、
少なくとも、
二度と来ないということは決して考えられない。

私「もし総大将が出てきてたら何をしてただろう?」
カゲ「・・・・・・」
私「隕石かね?」
カゲ「・・・・・・」
私「たぶん隕石だろうな」
カゲ「・・・・・・」
私「隕石だとしたらかなり問題だな」
カゲ「・・・・・・」

太古の昔、
この星が爬虫類族の天下だった時代に終止符を打ち、
氷河期になった原因が、
巨大な隕石が落下したせいだろうという有名な説を、
じんわりと想像しながら私は話していた。


ひとつだけ気になる報告があった。
いくつかの地域で、
クトゥルー族の大兵力の中に混じって、
クトゥルー族以外の兵隊が確認されたとのことだ。

それを聞いた私は、いやな直感が働いた。

私「ひょっとして星外の奴か?」
カゲ「そうです」
私「すると・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「今回大規模な復活を狙ったクトゥルー族の背後に・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「それを手引きしサポートした星外の連中がいたと・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「考えるべきということか?」
カゲ「・・・・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「おそらく」


星外・・・
地球の外のことを私はしばしばこのように呼ぶ。
宇宙とは呼ばない。

私「ちと面倒なことになった」
カゲ「・・・・・・」
私「クトゥルー族の件が治まっても・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「星外の奴等、必ず別件をまた仕掛けてくるぞ」
カゲ「・・・・・・」
私「これからも忙しくなるな」
カゲ「・・・・・・」

星外の勢力が共通した脅威となり利害が一致すると、
普段は争いばかりしてるこの星の管理者たちが、
笑ってしまうくらい協調することがある。
この度のクトゥルー族の脅威に対してのように・・・

さて、
これからも必要なときに、
うまく協調関係が築けるのだろうか?


四季は素晴らしい。
季節がはっきりしていない地域や国も多いが、
その点、この国の四季はかけがえもないほど美しい。

春があり夏があり、秋があって冬がある。
そして冬の次にまた春が来る。
私は子供の頃からそれが当たり前のことだと思っていた。
これからも、
それはずっと当たり前であるべきだ。







氷河期(10)

2006-11-08 23:37:18 | Weblog



もうすぐこの年が終わって新年になろうとしていた。
列島を襲った記録的な寒波は勢力を弱め、
それでもまだ十分に寒い冬ではあったが、
例年より厳しめの冬という程度まで落ち着いていた。

私「勝負は三月末まで、とみるべきだろうな」
カゲ「・・・・・・」
私「下手すると四月までズレ込むかもしれない」
カゲ「・・・・・・」
私「少なくとも一月二月にもヤマがあるはずだ」
カゲ「・・・・・・」

世界的にはまだまだ厳冬だった。
特にユーラシア大陸は悲惨にさえ感じられた。

私「向こうはどう出てくるだろうか?」
カゲ「・・・・・・」
私「相当な数押しで強引に来たようだが・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「蘇って動いた主力級はまだひとりだけだろう?」
カゲ「・・・・・・」


年が明けた。
年明けに動きがあった。
南太平洋、南極近辺、メキシコ湾、地中海、
マグニチュード7以上の大きい地震が、
わずか一日ちょっとの間に立て続けに起こった。

私「この四つの地震に何か意味はあるか?」
カゲ「・・・・・・」

永らく眠っていた力のある者が復活するときに、
大きい地震が起こることがある。
まったく死傷者を伴わないこともあるし、
大規模な被害を伴うこともある。
この、年明けのほぼ同時の四発はすべて海であり、
人的被害はなかった。

カゲ「来たようですね」
私「・・・・・・」
カゲ「敵の中ではトップ10に入るクラスの・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「主力級の四人のようです」
私「・・・・・・」

それぞれの地震の場所と関連しそうな相手を、
ネットで調べると、たしかに相当する者がいる。
四発の場所はそれぞれ意味があるようだ。
そしてそれ以上に、
わずか一日ちょっとの間に、ということに意味がある。


私「これから力で押しまくる、という宣言に近いな」
カゲ「・・・・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「そうでしょうね」

まだ一月の初めだ。
これから春まではまだまだ遠い。

カゲ「ここはしっかりと考えるべき時です」
私「・・・・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「うん、それはわかってる」

年末でさえ、あれだけの厳しい寒波だった。
これから主力級を惜しみなく投入されたら、
一体どうなってしまうのだろうか・・・

私「一番の狙いは何だろうな?」
カゲ「・・・・・・」
私「向こうはかつてこの星を我がものとしていた」
カゲ「・・・・・・」
私「ひと冬でどれだけ多くの人の贄を奪ったとしても・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「それで満足できるだろうか?」
カゲ「・・・・・・」

できないに決まってる。
彼らは旧支配者なのだから。

私「もし私が相手方だったら・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「力をしっかり蓄えて、時期を見計らって・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「ここぞというチャンスに一気に転覆を狙うな」
カゲ「・・・・・・」

これは誰でも考えることだろう。
問題は、どうやってそうするのか、という点だ。

私「例によってこういいたいんだろう?」
カゲ「・・・・・・」
私「重要なヒントはすべて実生活の中にある」
カゲ「・・・・・・」
私「日頃の人との会話、日常生活の中で気付いたこと・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「目にしたもの、耳にしたもの、心を動かされたもの・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「それら普段の暮らしの中に、大事なことがすべてある」
カゲ「・・・・・・」

私が生んだカゲたちは、
はっきりいうと私よりも賢く、私よりも有能だ。
彼らから学ぶことが多いのだが、これはとても面白いことだ。
だって彼らは全員、私が無から生んだ存在なのだから。


私はふと、ある映画を思い出した。
デイ・アフター・トゥモローという映画だ。

地球温暖化の影響で、世界の海流の流れが変わり、
赤道近辺から両極の方へ暖かい海流が熱を運んでいたのが、
それが止まってしまい、
赤道から遠い地球の広大な領域が寒冷化し、
地球が再び氷河期になってしまうという映画だった。

この映画では、
極めて短期間のうちに氷河期になってしまったが、
そのことの真偽はよくわからない。
そのような現象がありうるとしても、
実際はもっと長期間かかって起こる変化かもしれない。

しかし、
重要なことは変化にかかる時間などではなく、
むしろ、
温暖化の果てにある氷河期再突入の鍵が、
海流にあるのではないかという示唆である。


私「あっ」
カゲ「・・・・・・」
私「そうか」
カゲ「・・・・・・」
私「海流だ」
カゲ「・・・・・・」
私「大陸の寒波だけに目を奪われてはいけない」
カゲ「・・・・・・」
私「私が相手方なら必ず海流を狙う」
カゲ「・・・・・・」
私「大量の兵隊で大陸を数で押しておいて・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「主力の四人は重要な海流のいくつかを狙うはずだ」
カゲ「・・・・・・」
私「海流の流れを変えてこの星の大部分を氷河期に戻す」
カゲ「・・・・・・」
私「私ならきっとそうする」
カゲ「・・・・・・」


私は手を打つことにした。

私「太平洋や大西洋、世界の重要な海流に・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「イリュージョン・トラップを張れ」
カゲ「・・・・・・」
私「敵が海流を操作しようとする時に・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「偽の海流を見せて偽の海流を操作させろ」
カゲ「・・・・・・」
私「そして同時に罠に入れるように」
カゲ「・・・・・・」
私「放り込む罠の種類は樹海にしろ」
カゲ「・・・・・・」

樹海・・・
私のカゲたちが創るオリジナルな亜空間の一種類である。
富士の樹海を想像してほしい。

私「五本指を五人とも招集」
カゲ「・・・・・・」
私「総司、武蔵、拝、椿をそれぞれ捕らえた標的に当てる」
カゲ「・・・・・・」

総司と武蔵は、かつて実在した剣豪をモデルにしており、
拝と椿は、時代劇の拝一刀と椿三十郎がモデルだ。


私「四人に樹海の中で個別に狩らせろ」
カゲ「・・・・・・」
私「十兵衛は敵の新手に備えて待機」
カゲ「・・・・・・」
私「四つの樹海を別個に用意、それぞれ標的を分けて捕らえろ」
カゲ「・・・・・・」
私「樹海では朝や昼はいらない、時間設定は夜だけでいい」
カゲ「・・・・・・」
私「標的の近くだけ重力を10倍にして大気は抜いておけ」
カゲ「・・・・・・」
私「こちらの四人は暗視とGPSを完備」
カゲ「・・・・・・」
私「これでいってみよう」
カゲ「はい」

この四人は、
十兵衛に劣らないくらいこれまで働いてきた。
彼らなら十分に一対一で仕留められるはずだ。
あとは結果を待てばいい。







氷河期(9)

2006-11-06 03:05:27 | Weblog



このとき私は自宅にいた。
部屋の照明を落として薄明かりにした。
テレビもついてないし音楽も鳴っていない。
ソファーに体をまかせて両目を閉じた。

できるだけ全身の力を抜きリラックスする。
よけいなことを一切考えない。
ゆっくりと落ち着いて呼吸をする。

閉じたまぶたの裏側で、
視覚に頼らず脳内で見える広がりがある。
暗く静かで穏やかな空間。

遠くの正面の一点に小さな光が見える。
その光点が急速にこちらに接近し、大きな光になる。
目の前いっぱいが一転して明るすぎる世界に変わる。
このとき、私の意識は覚醒したまま睡眠に一歩近づく。

フッと、一瞬で再び静穏な暗黒に戻る。
また遠くから光点が近づいて眩いばかりに白くなる。
再び、私の意識は睡眠にまた一歩近づく。
しかしそれでも眠らずに起きている。

これを何度も繰り返す。
意識がどんどんと沈んでいくのがわかる。
繰り返すうちにそれ以上意識が沈めないところまで到達する。
そこは、半眠半覚の不可思議な意識がただよう世界。

すべてが真白いところから、
目標とする相手を強く意識してみる。
真白い中から、別の情景が現れる。
どこだろう、何かの建物の廊下が見える。
そこに誰かがポツンと立っている。

それはきっと、
私の目指すターゲットのはずである。

最初はすごくボンヤリしていてはっきり見えない。
徐々にいろいろと見えてくる。
そしてそのうち、細部まで見えるようになってくる。

よく見えないときは、ボンヤリしたままだが、
よく見えるときは、目覚めて肉眼で見るよりも細かく見える。
気味が悪いくらいに。
今夜はそのどちらでもない。その中間のような感じだ。


私は、自分自身のことを、
この手の裏家業の人間たちの中では、
かなり異色のタイプではないかと感じている。
私は基本的には「見えない人」なのだ。

私は生まれてこのかた見えるはずのないものを見たことは、
まったくない。
恐ろしく当たり前のことをいっているが、
そうとしか表現できない。

同業の人間にはいろいろと余計な何かが見える者がいる。
しかし私は、
師匠やカゲたちとはコンタクトはかろうじてできるが、
彼らの姿でさえ見ることはできない。
ましてやほかの何かなど全然見ることはできない。

それと、
師匠やカゲたち以外の者との意思疎通は、原則としてできない。
例外はある。
私のことを強烈に意識して何かを伝えようとする者からは、
その何かを感じることはできる。

私がいままで知ることのできた同業者たちは、
私からみると驚くばかりの能力を有する者が多かった。
例えば、
見えるはずのないものが何でも見える者、
聞こえるはずのないものが何でも聞こえる者、
自分の霊体を飛ばしたいところに飛ばして自由に見れる者、
意識を覚醒したまま異世界の有り様を見ることのできる者、
意識を半眠半覚の状態にしてあらゆる異世界を闊歩できる者、
いろいろなタイプがいた。

生き霊を自在に飛ばして私の自室をのぞき、
お前のマックにはワードのソフトが入ってないとか、
PCのキーの隙間のホコリが多いなどといわれると、
これはネットでレスのやり取りをしながら文字にされるわけだが、
はっきりいってとても腹が立つ。
このような者には、当然トイレや風呂やそれ以外ものぞかれる。

私見ではあるが、あくまで認知能力に限っていえば、
覚醒した意識のままで、
つまりこの物質世界に意識を置きながら同時に、
異世界での自分や周囲の状況を見聞きして知る者こそが、
最も高等な能力者といえるのではないだろうか。

わけのわからない妙な技術をもっていなくても、
すべての人間は、寝てる間に異世界にいったり、
覚醒している間でも自分の霊体を飛ばしたりしていると思う。
ただ、それらの出来事を覚醒した意識で覚えていないだけだ。
この世とあの世との意識が連続していないだけ、ともいえる。

この世とあの世の意識を連続させ、同時並行させる者こそが、
本来は、最も驚くべき認知能力者ではないかと思う。


私はこの裏家業に入るのは成人してずっと経ってからだった。
かなり遅い方ではないだろうか。
能力的にもできることよりできないことの方がたぶん多い。
私は、師匠にさんざん霊体離脱を早く覚えろといわれ、
練習不足なのか素質不足なのか意欲不足なのかわからないが、
覚えろといわれた時期に覚えなかった。
結局いまだにしっかりとは会得できないでいる。
上記の半眠半覚はいわば不完全な霊体離脱もどきといえる。

それと私は、瞑想を一切しない。
しようと思ったことさえない。
これはかなり変わっているらしい。
能力開花のきっかけが瞑想であるという者が多いようなのだが。

これはひとつには、
現実世界において、私が誰も師を持ったことがないことと、
どの宗教にも関わったことがないことが、
大きく関係している。

ほとんどの者は、僧に瞑想を教わったり、
先輩の黒魔術師に手ほどきを受けたり、成書を読みふけったり、
教会で敬虔にお祈りをしたり、
とにかく既存の宗派ないし術派の影響を受けている。

私にはそれらが皆無なのだ。

師匠は一時期、私のことを、
こいつはモノにならないとサジを投げたことがあったらしい。
それで仕方なく別の方法を私に教えた。
自分の分身をコピーしてたくさん増やして使ってみろ、と。
それで私はコツコツと自分のカゲを生み出すことにした。

最初はひとり、もうひとり、5~6人、10人くらい、
それが20人になり、数十人になり、百人を越えていった。
私は自分が生んだカゲに、部下を必要なだけ生む権限を与え、
カゲがカゲを生んでいった。
私のカゲたちは、いつしか無数の膨大な数になり、
私は特性や能力ごとに専門部局制を導入し、組織を作った。
そして、
それらのシステムと化したカゲたちを運用する方法を覚えた。

私は異世界での戦いにおいて、
カゲたちに矢継ぎ早に指示を出しているが、
異世界における敵の姿などほとんど見えてないし、
こちらの攻撃も相手の攻撃も特に目の当たりにはできない。
ただ、
実戦経験の蓄積に裏付けされた勘のみに頼って、
カゲたちに指示を出しているにすぎない。

現在の私のスタイルは、
私が能力的に不完全で足りないものばかりだったからこそ、
その欠点を補うために苦肉の策として編み出されたものだ。


さらにいえば、
高い認知能力を有するものには、ある落とし穴があった。
他人に見えないものが見えるがゆえの落とし穴だった。

異世界を自在に見えるものは、
見えるがゆえに、見えたものを信じてしまう。
だが、
異世界というのは、この世よりはるかに、
見た目のウソや偽りにあふれたところであって、
見えるがゆえにかえって騙されることも多いのだ。

私は意識しては見えない分、
それを洞察や推察や分析や予測などで補った。
私の場合、これがむしろ幸いした。

見える相手には、こちらからウソを見せてだます、
これは何度も使えたし、今後も有効なはずである。
例えば敵に私が重傷を負っている姿を見せておいて、
その隙に私は別のところで別の目的を果たしたりする。

見える者は見える情報を元に判断して動き、
自分が見えていないところでの出来事に意識が向きにくい。
それに対して私は、
見えないところのあらゆる見えないことを洞察し、
より広い思考野をもって動く。
考えてみれば、この世あの世を問わず、
見えることよりも圧倒的に見えないことの方が多いのだ。
いつしか見える能力者に対し、私は先手を打てるようになった。
認識の広さが違うからこそそれが可能となった。

このように、
私は見えないことを逆にアドバンテージに変えてしまった。
とても逆説的だ。

私のカゲが私にたまにいう。
「能力的に障害があったのによくぞここまで・・・」
はっきりいって余計なお世話である。


この場を借りていいたい。
ハンディキャップ、つまり、
何らかの能力的ないし機能的な障害を持つ人たち、
何らかの深刻な欠点に悩む人たち、
他人の長所をうらやみ自分の凡才を恨む人たち、
それらすべてのあらゆる人たちにいいたい。
あきらめるな!

やり方次第では必ずや短所は長所になりうる。
欠点を補う創意工夫で知らぬ間に周囲を凌駕することもある。
発想を変えればマイナス要因はプラス要因に転化できる。
絶望は気持ちを切り替えれば希望になりうる。


本来なら私よりも能力特性が上であるはずの者たちが、
この数年間、次々と私に狩られていった。
山ほどの自称最強や自称最高を私は制した。
彼ら彼女らは、おごった時点で結果的には終わっていた。
おごりゆえに想定できなかった負け方をしていった。
反対に私は、
毎日毎夜自分には足りないものがあると常に考え、
いかに現状の自分から脱皮できるか工夫を重ねて努力した。
皮肉なことだ。

「なぜわかった!」
ある者は倒されるときにいった。
「お前にわかるはずがない!」
これも余計なお世話である。

私はこの裏家業では「座頭市」のようなものだ。
相手が私を盲人であると侮った時点で、
すでに私は一本取っている。


話の脱線が長くなった。

私はしばらくの間、
目標とする相手がしっかり見えるようになるのを待った。
その間、その建物のその廊下の情景の中で
私以外のすべてが動かなかった。
相手はピクリともせず、周囲の誰かも微動だにしなかった。
廊下の窓の外の風景も動かない。

毎回そうだ。
私は意識を眠りの少し前に潜らせたときはいつも、
私以外のすべてが絶対に動かない。
そこでは、私ひとりに自由がある。

ここから私は、さらに自分の特性を思い出すことになる。
相手の体が透けて見え、
全身の内部の血管や神経がはっきりとわかる。
あらゆる臓器もあらわになっている。
痛みの急所である胆管や尿管もわかる。
もちろん、
脳の構造や脳の血管もすべて・・・
それこそ手を伸ばせば触れるくらいに・・・

私は右手にあるものを持っている。
それは一本のメスである。







氷河期(8)

2006-11-03 21:01:08 | Weblog



私はさっそく仕掛けることにした。

私「標的を正確に捕捉、見失うな」
カゲ「・・・・・・」
私「まず対防オーロラをかけとけ」
カゲ「・・・・・・」

対防オーロラとは、
標的の上空にオーロラを出現させるのだが、
これを標的が見てしまうと、
よほど強力でない限り標的の防御が無効化される、
というものだ。

何重にも防御を張りめぐらせているであろう相手には、
あらかじめ対防オーロラをかけることがある。
しかし、使わないことの方が多い。
一枚一枚薄皮を剥ぐように敵の防御を破っていく方が、
やり方としては私はずっと好きだ。

私「アルティメット・サンを発動」
カゲ「・・・・・・」

オーロラの次は灼熱の太陽である。
これは単純に目くらましだ。必ず別の手を同時に使う。

私「MBB一万発を連弾」
カゲ「・・・・・・」

MBBとは、マイクロ・ブラックホール・ボムの略である。
読んで字のごとくだ。
要するにただの小型ブラックホール爆弾である。

私「四方と上下からステルス軍を進めろ」
カゲ「・・・・・・」

ステルス軍とは、全兵器全兵が透明化されており、
相手からは認識されにくい。

私「忍軍を敵陣内部にテレポートで送り撹乱させろ」
カゲ「・・・・・・」

後方撹乱や敵陣内工作に、しばしば忍者部隊を使う。

「十兵衛、正面からゆっくりいけ」
私は、十兵衛に指示を出した。

「目立っていい、注意を引きつけろ」
十兵衛には絶対の信頼を私は置いている。
彼はこの数年間、それだけのことをしてきた。


私はたまに、十兵衛を生み出したときの事情を、
昨日のことのように思い出す。

数年前の9月初め、
ネットのある掲示板のあるスレッドで、
興味深い人物がいた。女性だった。
彼女は、地の底の龍と話ができるといっていた。

彼女が会話できる地の龍、つまり地龍は、
南関東の地下にたまっている地震のエネルギーを、
たくさんいる彼ら地龍の一族のみんなで、
東北沿岸や千葉沖や茨城沖に流していると語っていたそうだ。
それで南関東の大地震を可能な限り防ごうとしていると。

そして、その女性がいうには、
彼女に話しかけている地龍にはある悩みがあって、
その解決法を探している、とのことだった。
その悩みとは、
東京中心部の西側にたまっている地震エネルギーを、
東京よりもずっと西に運びたいのだが、
西の方には富士山があり東海地方があり、
飛ばすなら名古屋付近になってしまうと。

東京を守るために名古屋を犠牲にするのもいいこととは思えず、
それで地龍とその一族は深刻に悩んでいる、とのことだ。
女性は地龍の悩みをそのまま文字にして、
その掲示板のそのスレッドに書いていた。

私はレスを入れた。
「とりあえず西に飛ばして山か海に弾くしかないだろう」
別の誰かがすかさずレスをした。
「お山はいま手一杯です、山以外にお願いします」
おそらくこれは山の関係者だったのだろうか。
浅間山噴火のこともあったし、富士山も不気味な時期だった。
私は再度レスを入れた。
「じゃあ海だ、名古屋に飛ばして海に弾くしかない」

私はこの直後、深夜から夜明け前にかけて、
十兵衛を生み出し、そして命じた。
私が今までに生んだどのカゲよりも強くあれ、
どんな者が相手でも決して負けるな、
私が命じた仕事は必ず成功させろ、
以上のことのためにお前は私の肉体を賭けていい、
私がこの肉をもって生きている限りお前は死なないし負けない、
お前が負けて死ぬときは私の肉が滅んで私が死ぬときだ・・・

私は十兵衛にさらに命じた。
これからすぐに名古屋にいけ、
そして地龍たちが東京から西に流した地震波を海に弾け、
東京も名古屋も両方とも壊滅させない、
決して失敗してはならない・・・

私は地龍に使者のカゲを出し、
その上でさらに、私は夜明けにレスをした。
「地龍さん、こちらは準備完了。いつでもOK、今月中に希望」

まさにその日の夕方から、
伊勢湾の南、紀伊半島の東の沖で、
M7クラスの地震の激しい連発が始まった。
それは何ヶ月も続いた。
私は安堵し、そして祈った。
9月の中旬、私は胃痛を少し感じ、そして黒色便が出た。
私のカゲに何らかのダメージがあると、
それは私の肉体に返ってくる。
私は市販の胃薬を服用し毎日牛乳を多く飲み、そして祈った。
負けるな! 私も負けないから!

私と女性と山の係のネット上のやり取りは、
いまもネットのどこかに過去ログが確実に残っている。
私は特に探し出して読もうとは思わない。
しかし、ごくたまに思い出す。とても懐かしい。
十兵衛誕生のエピソードだからだ。


話を戻す。
クトゥルー族が相手の話だ。

私は念には念を入れるタイプだ。
日常生活はとてもいい加減だが、仕事になると別人になる。
十兵衛にサポートを数人つけることにした。

私「図書館から、少佐と東郷と空海を呼び戻せ」
カゲ「・・・・・・」

少佐は近接戦闘とハッキングが得意であり、
東郷は遠距離狙撃に長けており、
空海は防御破りの専門家だ。

図書館・・・
時空操作の履歴を調べることのできる場所である。
いや、場所という表現は適切ではないかもしれない。
いいにくいのだが、つまりはそういうところだ。
図書館には、過去や現在や未来の、
さまざまな記録がある。膨大な情報量だ。
人間の頭脳では、
きっとここに蓄えられている情報量を消化することは不可能だ。
私も当然不可能だ。私は人間にすぎないので。

実は私は、
自分のカゲたちの主力のほとんどを、この図書館に送っている。
そういう仕事なのである。


「少佐、東郷、空海、十兵衛を支援しろ」
私はこの四人だけでも何とかなるだろうと思いながら、
今回は自分も参加しようと決めていた。

「孔明、私が出ている間、指揮を任せる」
私の側近にはガードチームのほかに、
参謀スタッフのような連中が数人いる。
彼らは政略参謀、戦略参謀、戦術参謀に大別できる。
孔明、アウグストゥス、マキャベリ、子房、クラウゼヴィッツ、
孫子、ハンニバル、半兵衛、マンシュタイン・・・

孔明とは、私のカゲたち全体の統括責任者だ。
私が普段やり取りをしてるのは、この孔明である。

「じゃあ、任せたから」
私はおよそ半年ぶりに出かけることにした。
引退前でさえ年に数回しか直接自分では動かなかった。
うまくいくだろうか・・・







氷河期(7)

2006-11-03 11:18:09 | Weblog



私「さて、誰をどう使うかな」
カゲ「・・・・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「なんかいいたそうだな」
カゲ「・・・・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「たまには自分でやったらどうです?」

カゲは、時に私の心臓をえぐるような、
そんな厳しいことをいう。

私「私が? 自分で?」
カゲ「そうです」
私「・・・・・・」
カゲ「ずっとやらないと忘れますよ」

それはその通りだ。
そういえばもう半年近く自分ではやっていない。
ずっと、カゲたちを使ってばかりだ。


最後に私が自ら手を汚したのは、
たしかブッチを仕留めたときだ。
ブッチを葬ってから私は仕事がイヤになった。
一時的に引退してしまった原因のひとつでもある。

ブッチとは、
私が一年以上かけて何度も争った、
かつて私の最大のライバルだった男だ。
彼はこの世に肉持ちとして生きていた。
不撓不屈の巨漢の大男だった。
彼は何度私に敗れても、繰り返し挑んできた。
どれほど傷付いても、決してあきらめなかった。
そして最後には、彼は脳出血で死んだ。

その最後のとき、私はカゲたちに任せきりにはせず、
自ら陣頭に立って動いていた。

帰ってこい!!
どんなに呼んでも、彼は二度と帰ってはこなかった。
戻ってもう一回やろう!!
私がどう叫んでも、彼は二度と戻ることはなかった。


私「わかった」
カゲ「・・・・・・」
私「今回は私もやる」
カゲ「・・・・・・」
私「ちょっとだけな」
カゲ「・・・・・・」

今回の相手は、
ほぼ間違いなく数万を超える配下が周辺にいるだろう。
いや、数万では過小評価になるかもしれない。
私が使うカゲたちのような存在が、
相手にも無数にいるはずと考えるべきだ。

私はカゲたちに陽動を任せて、
その間隙を突いて自分で動くことにした。

陽動を受け持つグループには、
核となる者が必要だ。
簡単には倒されることのない、強い者でないといけない。


「十兵衛を呼べ」
あの、柳生十兵衛を、ぜひ想像してもらいたい。

十兵衛は五本指の中のエースである。
そして同時に、
私のカゲたち全体の中でのエースでもある。







氷河期(6)

2006-10-31 15:23:32 | Weblog



私はネットでクトゥルー神話のことを、
ごくおおざっぱに調べた。
正直いってほとんど知らないからだ。

万物の王、知の支配者、水の精、風の精、
地の精、時空の超越者、深き者ども・・・

今回初めて耳にする固有名詞が多く、
発音しずらくてとても覚えられない。
それに、
詳細はよくわからないが、いろいろ揃っている。

気になるものがあった。
時空の超越者・・・


私「こいつか?」
カゲ「・・・・・・」
私「気象の過去をいじったのはこいつか?」
カゲ「・・・・・・」
私「もしや、人じゃないのか?」
カゲ「・・・・・・」
私「こいつは肉を持って人として生きてないか?」
カゲ「・・・・・・」

古い勢力が復活して実権を取り戻そうとする場合、
だいたいは、
主力の誰かをこっそりと人間として生まれさせ、
先行して蘇らせておくことが多い。

その際、先兵として送り込まれたその人間は、
成長期に記憶を思い出すこともあれば、
成人してから思い出すこともあるし、
一生思い出さないこともある。

あらかじめ与えられた霊的な役割は、
はっきりと意識して行うこともあれば、
記憶を取り戻さないまま無意識に行うこともある。
または、
自分の意志で元々の役割を放棄や変更することも・・・


私は待っていた。
この時まで待っていた。

気象の過去操作をしたであろう誰かが、
どういう系統のどういう相手なのか、
ほんの少しでもいいので見当がつくのを、
私はこの一週間、ずっと待っていた。

時空操作で過去を塗り変えた場合、
決して避けられない、ひとつのデメリットがある。

履歴が残るのである。

履歴とは何なのか、どこに残るのか、
それらはここでは言及しない。
とにかく過去を操作すると必ず履歴が残ってしまうのだ。

時空戦で優位に立てるかどうかは、
ひとつのポイントとしては、
履歴の検索能力がどれだけあるか、ということだ。


私「列島全域の寒波について・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「過去を操作した者の履歴を・・・」
カゲ「・・・・・・」

私は一呼吸おいた。
高ぶった気持ちを落ち着かせるためだ。

「これから早急に検索しろ」
私は努めて平静を保ちながらいった。

「もう検索は済んでます」
カゲは私に即答した。







氷河期(5)

2006-10-29 20:40:48 | Weblog



「クトゥルー??」
私はなかば呆れ顔で聞き直した。

「おかしなこといってないで調べ直せ」
私はカゲに再調査を命じた。


私はあの晩から、さらに一週間ほど連続して、
東京の中心部に防壁を張り続けた。

その間、北陸のある県では、
寒波と積雪によって大きな停電があったし、
東北のある県では、
突風による列車の脱線事故があった。

大停電はものの二日で復旧し、
凍死や餓死などの被害は避けられた。
脱線事故の方は、
驚くほど少ない死者数にとどまった。


私「あのあたりには・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「どう考えてもスゴ腕がいるな」
カゲ「・・・・・・」

今回大停電があった県は、
数年前の大地震のときも驚くほど死者数が少なく、
しかも走行中の新幹線が脱線したのにもかかわらず、
ひとりの死者も出さなかった地域だ。
ガケの中に埋まった自家用車から、
生存していた子供が奇跡的に救出されたのも驚きだった。


今回、北陸や東北だけではなく、
関西や中部なども例年では想定しにくいほどの、
寒波や積雪に見舞われていた。
日本列島の大部分が大寒波に襲われていた。
首都圏は、無事だった。

もし、首都圏で大寒波と大雪による、
大規模停電と交通網遮断と物流途絶が生じていたら、
その状態で一週間以上も氷点下に曝されていたら、
いったいどうなっていただろうか・・・

そして、
記録的な寒波は、日本だけではなかった。
ロシア、ウクライナ、北欧などユーラシア北側のみならず、
この年末は、
欧州全域、北米、そしてインドまでも歴史的な厳冬となった。
世界中で多数の凍死者が生じることになるのである。


私「クトゥルー??」
カゲ「・・・・・・」
私「あれは作り話だろう?」
カゲ「・・・・・・」
私「からかってる場合じゃないぞ」
カゲ「・・・・・・」

再調査を命じられたカゲが、再度同じ報告をした。
私はすぐには信じなかった。

だって、当然だ。
クトゥルー神話など、
作家たちの手によるただの架空の創作神話にすぎない。


クトゥルー神話・・・
20世紀前半にラブクラフトによって小説として創始され、
その後ダーレスによって整理された架空の神話体系である。

太古に地球を支配していた異形の旧支配者たちが、
現在は地上から姿を消しているが、
やがて現代に蘇るかもしれない・・・
というコンセプトが基本となっている。


私「ああ、そうか」
カゲ「・・・・・・」
私「例のインスピ・リークか」
カゲ「・・・・・・」

インスピ・リーク・・・
私の造語である。

この世の人間が、ある時ふいに、
直感的になにかをひらめいたりイメージがわく時、
実はそのインスピレーションの内容は、
異界の住人に吹き込まれた場合が多い。

ときに、先祖が危険を教えてくれるケースもあるし、
自分が死んだことを肉親に知らせるケースもあるし、
重要な科学的発見のヒントを科学者が授かったり、
独創的なモチーフを小説家や漫画家が受けることもある。

断言しよう。
インスピレーションというものは、
ひらめいた人間が完全に独力で直感することは、
驚くほど少ない。

直感力のある人というのは、
実は、受信能力の秀でた人ということだ。


そして、
異世界での出来事や、異世界の住人の存在を、
小説家などのこの世の創作者が、
インスピレーションをきっかけにして表現することがある。
これを、
私はインスピ・リークと呼んでいる。

小説家が現実離れした創作小説として書いたものは、
あくまで架空のフィクションであり、
それを読んだ人は誰もが、
それらを決して現実ではない作り話として楽しむ。

しかし、
多くの人の記憶の中にずっと残り続け、
何世代にもわたって記憶されていくことには、
リークした側の異世界の者には大きな意味がある。
ある種のアピールとなるからだ。


例をあげる。
誰もが知っているあの「西遊記」である。
三蔵法師がありがたいお経を求めて、
中国からインドに長い旅に出る。

その三蔵法師を、
半人半獣の猿と豚とカッパがお供をして、
さまざまな異形の化け物の攻撃を退けながら、
旅を続けていく。

三蔵法師は玄奘三蔵という実在した人物だ。
しかし史実では、彼はたった一人で旅を往復した。
彼の回りには孫悟空も猪八戒も沙悟浄もいなかった。
あたりまえの話だが、
半人半獣の猿や豚やカッパなど実在するはずがない。

しかし、
異世界的には、どうも西遊記は史実らしい。
三蔵を、不可視の守護者たちがガードしつつ、
行く先々で奇怪な妖怪たちを撃退していった・・・そうだ。

「西遊記」は玄奘三蔵の死後、
およそ千年ほどたったあとに、
中国のある作家が空想的な物語として書いたといわれる。
「西遊記」はなんと、約500年かけて世界中に広まり、
現在では、洋の東西を問わず老若男女に人気がある。

あと数千年くらいしたら、
いつ誰が書いたということは忘れ去られ、
「西遊記」のストーリーだけが世に残るかもしれない。
そうなったらもはや、
これはひとつの神話といえるだろう。


インスピ・リークの実態としては、
いくつかのパターンがある。

ある異世界の者が、表現力の優れた人間に、
書かせたいことを吹き込んでイメージさせるパターン・・・
異世界の者が、自分の関係者を人として転生させて、
インスピレーションを授けて書かせるパターン・・・
そしてさらには、
異世界における物語の主役本人が、
人間として転生して記憶を蘇らせながら書くパターン・・・
などがあげられる。


さて、問題はクトゥルーである。

仮にカゲたちの調査が間違っていないとすれば、
クトゥルー神話の面々は異世界に確かに存在し、
彼らは太古の昔、この星の管理者たちだったことになる。

今回、彼らは寒波と降雪で攻めてきた。
おそろしく短絡的に推察するならば、
彼らは地球が寒波と雪原で覆われていた時代の、
旧支配者、つまり旧管理者であろう。

氷河期時代の旧管理者たちということだ。

彼らがもし、これから本格的に復活し、
再びこの星における覇権を狙うのであれば、
それは、
地球が氷河期に再突入することを意味するはずだ。







氷河期(4)

2006-10-14 12:46:16 | Weblog



私は首都高速を走りながら指示を出した。

私「他の地方はその地域の者に任せ・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「こちらは首都圏に集中する」
カゲ「・・・・・・」
私「予備の軍を全て首都圏に配置」
カゲ「・・・・・・」
私「予備の龍群を二分し、この車の前方と周辺を警護」
カゲ「・・・・・・」
私「本田、青山、石橋、佐藤、泉屋、加藤、野田・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「川崎、丹羽、西村、星野、淡口、以上を用意・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「首都圏での新たな過去操作を阻ませろ」
カゲ「はい」

過去が操作されて塗りかえられるかどうかは、
簡単にいうと、
変えようとする力と、変えさせまいとする力の、
力関係で決まる。

私は大抵、過去を塗りかえさせない側にいる。


この世で人として生きる者が、
異世界を介して過去を操作しようとする際、
決して破ることのできないルールがある。

自分がすでに既成事実として知っていることは、
絶対に変えられない。

例えば、戦っている敵である人間を、
最初から生まれなかったことにしたいとか、
幼少時に事故死したことにしたいとか、
そういう形で消そうと思っても、
自分がこの世の人間として意識があるなら、不可能だ。
どんなに強い異能をもっていたとしても。

なぜなら、
その敵である人間が現在まで生存していることを、
既成事実として認識してしまっているからだ。

肉を持たない者であれば、
そういう敵の消し方も可能かもしれないが、
当然、そうさせまいとする守備力の抵抗にあうだろう。


過去を塗りかえようとする時空操作戦は、
きれいに勝負がつくことは、あまりない。

ものの見事に狙い通りの結果を出すことは、
よほど際だった名人でないとできない。

それだけに、
今回の日本列島全体を寒波に覆わせた時空使いは、
相当なレベルの者と思われた。
最も防御の固い関東だけ、やりそこねたようだが・・・


私「敵はどこの誰だ?」
カゲ「・・・・・・」
私「まだわからないのか?」
カゲ「はい」

正体を隠蔽するのがうまいのかもしれない。
姿を被覆や偽装で隠すのも得意と考えるべきだろう。

私「ただの寒波ではないのだろう?」
カゲ「・・・・・・」
私「攻め手が来てるのではないか?」
カゲ「・・・・・・」
私「こちらの軍を攻めてくる相手の・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「情報をできるだけ集めろ」
カゲ「はい」

これから戦えば、
おそらく敵方の素性はわかるはずだ。

私「これから東京に防壁を張り直す」
カゲ「・・・・・・」
私「ほかの防御者たちの張る防壁と・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「バッティングしないように調整してくれ」
カゲ「はい」


平素、自然災害による被害が最小限になるように、
防御する仕事をしている者は、
それぞれ自分のやり方で、それを行っている。

神道、密教、陰陽道などの関係者であれば、
それらの伝統的な術式によって行うだろうし、
どの宗教宗派や術派にも属さない者であれば、
ほとんど我流のはずである。

ちなみに私は、完全無所属の完全我流である。
実生活において誰にも教わっていない。
肉を持たない見えない師匠を師匠と呼ぶのは、そのためだ。
実際ほかには、師といえる者が全然いないのだ。

防御者たちは、基本的にお互いを知らない。
通常は横の繋がりなど、ない・・・に等しい。
多くの者は、仕える神仏から命じられたと認識している。

起こりそうだった地震が回避された時など、
とある掲示板などでは、
自分が止めた、と自慢げに語る者がいつも複数現れる。
他の防御者の存在さえ知らないためだ。

それほど、横の繋がりがないのだといえる。
みんな孤独な存在だ。


この国には、
宗教関係者の防御者が、伝統的に多かった。
しかし、彼らをもってしても、
約80年周期の大地震はずっと防げなかったし、
戦争も防げなかった。

1980年代の終わり頃から、
どの宗教や術派にも属さない異能者たちが、
この国に、にわかに増え出したそうだ。

1990年代、そして2000年を越えてからも、
それら無所属かつ我流の仕事師たちは、
次々と現れ続けた。

現れた?
いや、表立っては現れてはいない。
それらの存在を知る者はほとんど皆無に近いから。
みんなただのサラリーマンだったり、
本屋だったり、シェフだったり、風俗嬢だったりする。


そろそろ来るはずの大地震が、
およそ80年おきに南関東を壊滅させるはずの大地震が、
なかなか起こらず首都圏がいまだ安泰なのを、
不思議に感じたことはないだろうか?

東アジア近隣で軍事的緊張が高まっても、
それでも戦争が勃発しそうでしないのを、
不思議に感じたことはないだろうか?

こんな大きな台風が首都圏を直撃したら、
どれだけの被害が出るのかというほどの台風が、
都合良く曲がって逸れてしまうのを、
不思議に感じたことはないだろうか?

いや、別に不思議に感じる必要はない。
まったくその必要はない。


私は車で首都高速に上がってから、
まずはいわゆるC1をぐるりと一周し、
湾岸線やC2を通って、またC1に戻り、
これを何回も一晩中繰り返した。
そしてC2から外環道へ回り、高速を降りて環八を走った。

つまり、東京の中心部を、
渦巻き状にグルグルと回った形になる。

夜が明けた。徹夜だった。
車内で私が具体的に何をしていたかは省略する。
話すと長くなるので。

ただ、これだけはいえる。
ぐったりと、ものすごく疲れた。


翌日の衛星気象画像は、
まるでマンガなどのフィクションのワンシーンのような、
奇妙この上ないものだった。

日本列島全体が冬の雪雲に覆われているのに、
首都圏だけが、小さな円形状にスポンと抜けており、
かろうじて太陽を浴びることができていた。

この日この気象画像を目にして、
不思議に感じた人は、はたしてどれだけいただろうか?
いや、
別に不思議に感じる必要はまったくないのだが。







氷河期(3)

2006-10-06 02:51:42 | Weblog



私は急いで車を運転しながら、
携帯電話でネットにアクセスし、
ある掲示板を開いた。

連絡をするためである。

かつて半年くらいの間、
仕事を手伝わせたことのある人物がいた。
その人物とは、偶然にネットで知り合った。
私自身その異能を確かめ、
やがて私は、仕事のサポート役を任せるようになった。

サポートといっても、
お互い別々の場所で、別々のことをしながら、
思念を使って個々に仕事をするということなのだが。


ハルとは違って、私はこの知人が、
どの地方に住んでいて、実生活で何の仕事をしていて、
どんな顔をしているのか、知っている。

名前はユイチという。

ハルは、生身の人として男か女かも知らないわけだが、
ユイチは、男か女かよくわからない人間そのものだ。
普段の実生活では女の姿で女言葉を話し、
ネットでは主に男言葉で話す。

ユイチとは、何回か実生活で直接会った。
裏家業の話は一切せず、世間話しかしなかった。
その後、いつの間にか協調関係は途絶え、
仕事の連絡をすることはなくなった。

そのユイチに、久々に連絡した。

「仕事だ、手伝え」
私はその掲示板に、たったこれだけ記した。
名無しの相手に対して、名無しでの書き込みだ。
仕事の詳細については勝手に調べるだろう、と思った。
師匠が私に、いつも簡単な連絡しかしない理由が、
私にもなんとなくわかる。面倒なのだ。

脳内でメッセージを交わすのに比べて、
ネットで連絡する方が、はるかに確実だ。
思念のやりとりだと、
その時々の調子や、感情的な状態や、
外部からの妨害などの影響を受けやすい。
その点、ネットは確実に文字になる。

私には、ネットを介した仕事の知人が、
十人以上いる。
いずれも、油断のならない曲者ばかりだが。


おそらく、人知れず異能を持った、
この国の裏家業の人間たちには、
総動員体制といっていいほどの規模で、
緊急連絡が出回っているはずだった。
使える者は全員使う、いや、使うべき事態だった。

いま、この国に、
このような事態で仕事をする者がどれくらいいるのか、
それも生身の人として生活しながらの人員の総数について、
私の知る限りでは、
だいたい、千人程度いるようだ。
関東だけでも、きっと数百人はいるだろう。


私は、首都高速に乗った。
霊的な防壁を張るつもりだった。

私「関東以外は・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「もう間に合わない」
カゲ「・・・・・・」

気象衛星画像を見る限り、そうとしか思えなかった。

カゲ「敵の真の目標を・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「くれぐれも見誤らないで下さい」
私「・・・・・・」

カゲのいっていることの意味が、私には理解できた。

私「わかってる」
カゲ「・・・・・・」
私「敵の主目標は、東京だ」
カゲ「・・・・・・」

おそらくは、他の地域の寒波襲来は囮であって、
最も強力に攻め落としたいのは、東京のはずだった。
より多くの人間を贄として得るのならば、きっとそうだろう。

私「防ぎきれない最悪の事態での・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「首都圏における最大死者数の予想は出せるか?」
カゲ「・・・・・・」

その次の瞬間、私は自分の背筋が凍るのがわかった。
カゲが、数千でも数万でも数十万でもなく、
数百万人と答えたからだ。







氷河期(2)

2006-09-24 18:05:45 | Weblog



カゲ「メッセージが届きました」
私「ん?」
カゲ「・・・・・・」
私「誰からだ?」
カゲ「・・・・・・」
私「ハルか・・・」

ハルとは、私の知り合いのひとりだ。

知り合いではあるのだが、
私はまだ、一度も直接は会ったことはない。
しかしそれでもハルは、
日本のどこかに人として生きているらしい。

男なのか女なのかも不明だし、
年齢や、住んでいる地方や、人としての職業なども、
詳しいことはわからない。
インターネットでも、出会ったり話したことはない。

ただ、この世ではない別の世界でハルという者がいて、
そちらで私と仕事の上でいろいろ関係があって、
どうもそのハルは、
私と同様にこの世で肉を持ち、人として暮らしており、
しかも、はっきり意識しながら異世界で仕事をしている・・・
ということは掴んでいた。


ハルは、
日本の霊的な管理者たちから構成される管理組合に属し、
かつ、
その就任からそれほど長くは経っていなかった。

ちなみに私の師匠は、
日本の管理組合には属していないし、その傘下でもない。
どこかの国や地域の管理関係者というわけでもない。
ヤクザでもない。
私を育てた私の師匠は、その素性に関しては、
ちょっと気味の悪いところがある。

いや、師匠の素性のことなどどうでもいい。

私とハルは、数年前に一度戦ったことがある。
そのあとしばらくしてから、私たちは戦友になった。
そしていつの間にか、ハルは役職に就いていた。
反対に私は、仕事にイヤ気がさして、
一度完全に身を引いたのは、前に話した通りだ。

今度の仕事は、そのハルが、
師匠を通さずに直接私にもってきた。
ハルからのメッセージで事情を知った私は、驚愕した。


「日本列島全体が、占拠されつつある」
はあ?

「このままでは蹂躙され、多数の死者が出る」
待て、それは何のことなのだ?

「東京が、最も悲惨な被害が出てしまう」
だから、一体何の話なんだ!!

「いますぐ気象衛星図を見てくれ」
気象衛星図??

私はすぐに携帯電話で気象情報のサイトを開き、
気象衛星画像を確認し、そして戦慄した。

関東以外のほぼ日本列島全域が、
分厚い雲に覆われ寒波に襲われている!
いまはまだかろうじて関東だけがスッポリと抜けているが、
このままでは、
関東地方も大雪と凍結からなる寒波に飲み込まれるのは、
もう時間の問題にすぎないと思われた。


「いま、緊急事態だ」
こんなになるまでなぜ誰も防げなかった!!

「手伝ってくれ」
当たり前だ!! なぜもっと早く連絡しない!!

この時は、すでに日が暮れて夜になっていた。
私は、すぐに車で出掛けることにした。

自然災害による被害がなるべく少なくなるように、
仕事をしている者たちが、この国にはたくさんいる。
人として生きながら働いている者も多い。
それぞれの地方に、それぞれ腕の利く連中がいる。

何らかの災害により、大勢の人間が死傷した場合は、
防ぐ側からすれば、それは失態というしかない。
しかし大災害を防ぐのは、時には不可能に近い。

今回の寒波襲来ほど、ものの見事に、
防ぐ側がなんら対策を講じることもできないまま、
ふと気付いたら日本列島全体が・・・という事態は珍しい。

おそらく、防御する陣営を丸ごと手玉に取るような、
そんな決定的な仕掛けがなされたに違いない。


「ここ数日の、気象の過去を操作した者がいるな?」
私は、車に飛び乗りながらカゲに話しかけた。

「そのようです」
カゲはおそらくそう答えただろうが、
急いでいた私にはもはや聞こえなかった。