せて雲宮の奥へ乗りつけ、産屋が建つ庭の前で鞍から降りると、待ち構えていた事代たちがとりついて詫びた。
「この大事な時にあなたにお知らせすることができず、申し訳ありませんでした。しかし――!」
「出雲中の精霊がこの産屋を囲んで、あなたの御子を覗こうと、それはもう大きな覆いをつくって――雲をつくってしまったのです。それに阻まれて、あなたに声を届けることができず……」
「もういい。おれはもうここにいるんだから」
早足で庭を横切って、高比古は産屋を目指した。
産屋の主の夫の到着を待って、中にいた侍女たちはすべて産屋の前に並び、頭を垂れていた。そこにできた路を通って薦をくぐり、中に入ると――。
狭霧が、高比古を迎えた。
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「おかえり、高比古」
「……ただいま」
狭霧は寝着ではなく、ふだん通りの衣装を身にまとっていた。寝床は片づけられていて、中はすっきりとしている。
胸に抱いた赤子を見下ろして、狭霧は話しかけた。
「ほら、とうさまよ。よかったね、やっと会えたね。会いたかったよね」
「とうさま……? おれが?」
高比古が空耳を聞いたかのように反芻するので、狭霧はくすっと笑った。
「とうさまでしょう? ――お願い、高比古」
「お願いって、なにを」通販 服
狭霧は、赤子を掲げるように腕を差し出す。手渡されようとしているのは、生まれたばかりの赤子。それなのに、高比古はまるで刃を向けられたように後ずさりをした。
掲げていた我が子を胸元に戻して、狭霧は苦笑した。
「困ったとうさまね。こっちへ来て、高比古」
「あ、ああ――」
「座って。腕を出して」
高比古は、赤子の抱き方を知らなかった。そばにあぐらをかいて、いわれるがままに両腕を差し出すと、狭霧は、その腕の上へ赤子を下ろしていく。
温かなものがそろそろと下りてくるのを息もせずに凝視しつつ、温かさが腕に触れると、高比古は狭霧にすがった。
「怖い」
女性 時計
「なにも怖くないわよ。赤ちゃんよ」
「でも――」
度胸試しをもちかけるように、狭霧は高比古の腕の上に赤子を置いてしまった。
手の上に乗った小さな赤ん坊の顔をまじまじと見下ろして、高比古は唇をへんなふうに歪める。
「―――軽い。柔らかいし――壊れそうだ」
ぎこちない手つきで赤ん坊を抱く高比古を眺めて、狭霧はくすくすと笑った。
「輪郭や眉や鼻や口もとは、高比古に似てると思うの。でも、目はわたしっていうか……とうさまにそっくり」
「おれにも似てる?」
「そうよ。高比古の子だもの」
「おれの、子……?」
「そうよ。あなたの子。あなたの子に名前をつけてあげて」
高比古は、ぱっと顔を上げて心配そうに狭霧を見つめた。
「――おれが? いいのか?」
「いいのかって、あなたの子よ? あなたの命を継いでいく子なんだから」
「あ、ああ」
うなずいたものの、高比古はしばらく黙った。それから、つむじを曲げた。
「名前って、どうやってつけるんだ?」
「知らないわよ。わたしだってはじめてだもの」
そういって、狭霧は困ったように笑う。
「わたしの名は、とうさまがつけてくれたんだって。天と地の狭間に留まる霧みたいに、低い場所から俯瞰して、雲宮にかかる白霧のように大地を見渡す……そういう娘になれるようにって――。高比古の名も、高貴な存在になるようにって彦名様がつけてくれたんだよね」
「――忘れてた。名前って、意味があったんだな。ただの呼び名だと思ってた」
「本当ね。こうして名前を付ける立場にならないと、深く考えないのかもしれないね
「この大事な時にあなたにお知らせすることができず、申し訳ありませんでした。しかし――!」
「出雲中の精霊がこの産屋を囲んで、あなたの御子を覗こうと、それはもう大きな覆いをつくって――雲をつくってしまったのです。それに阻まれて、あなたに声を届けることができず……」
「もういい。おれはもうここにいるんだから」
早足で庭を横切って、高比古は産屋を目指した。
産屋の主の夫の到着を待って、中にいた侍女たちはすべて産屋の前に並び、頭を垂れていた。そこにできた路を通って薦をくぐり、中に入ると――。
狭霧が、高比古を迎えた。
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「……ただいま」
狭霧は寝着ではなく、ふだん通りの衣装を身にまとっていた。寝床は片づけられていて、中はすっきりとしている。
胸に抱いた赤子を見下ろして、狭霧は話しかけた。
「ほら、とうさまよ。よかったね、やっと会えたね。会いたかったよね」
「とうさま……? おれが?」
高比古が空耳を聞いたかのように反芻するので、狭霧はくすっと笑った。
「とうさまでしょう? ――お願い、高比古」
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狭霧は、赤子を掲げるように腕を差し出す。手渡されようとしているのは、生まれたばかりの赤子。それなのに、高比古はまるで刃を向けられたように後ずさりをした。
掲げていた我が子を胸元に戻して、狭霧は苦笑した。
「困ったとうさまね。こっちへ来て、高比古」
「あ、ああ――」
「座って。腕を出して」
高比古は、赤子の抱き方を知らなかった。そばにあぐらをかいて、いわれるがままに両腕を差し出すと、狭霧は、その腕の上へ赤子を下ろしていく。
温かなものがそろそろと下りてくるのを息もせずに凝視しつつ、温かさが腕に触れると、高比古は狭霧にすがった。
「怖い」
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「なにも怖くないわよ。赤ちゃんよ」
「でも――」
度胸試しをもちかけるように、狭霧は高比古の腕の上に赤子を置いてしまった。
手の上に乗った小さな赤ん坊の顔をまじまじと見下ろして、高比古は唇をへんなふうに歪める。
「―――軽い。柔らかいし――壊れそうだ」
ぎこちない手つきで赤ん坊を抱く高比古を眺めて、狭霧はくすくすと笑った。
「輪郭や眉や鼻や口もとは、高比古に似てると思うの。でも、目はわたしっていうか……とうさまにそっくり」
「おれにも似てる?」
「そうよ。高比古の子だもの」
「おれの、子……?」
「そうよ。あなたの子。あなたの子に名前をつけてあげて」
高比古は、ぱっと顔を上げて心配そうに狭霧を見つめた。
「――おれが? いいのか?」
「いいのかって、あなたの子よ? あなたの命を継いでいく子なんだから」
「あ、ああ」
うなずいたものの、高比古はしばらく黙った。それから、つむじを曲げた。
「名前って、どうやってつけるんだ?」
「知らないわよ。わたしだってはじめてだもの」
そういって、狭霧は困ったように笑う。
「わたしの名は、とうさまがつけてくれたんだって。天と地の狭間に留まる霧みたいに、低い場所から俯瞰して、雲宮にかかる白霧のように大地を見渡す……そういう娘になれるようにって――。高比古の名も、高貴な存在になるようにって彦名様がつけてくれたんだよね」
「――忘れてた。名前って、意味があったんだな。ただの呼び名だと思ってた」
「本当ね。こうして名前を付ける立場にならないと、深く考えないのかもしれないね