採擷一縷微風

採擷一縷微風

は簡単に動き

2017-03-31 11:15:17 | 日記

ている空間の渦を。そしてそれらすべての彼方に、黯黒《あんこく》の底知れぬ深淵を垣間見た。固体であれ流動体であれ、風のような揺らぎによってのみ存在が知られるだ口服 避孕 藥けの深淵では、雲のような動きをする〈力《フォース》〉が混沌に秩序を付与し、われわれの知る世界の秘密と矛盾を解く鍵を示しているようだった。
 するうち突然、心がむしばまれるような漠然とした不安が高まって、呪縛がたちきられた。ブレイクは、恐ろしいほど一心に自分を見つめる、何か得体の知れない異界的な存在を間近に意識して、息がつまり、多面体から目をそらした。何かにからみつかれているような気がした――多面体の石のなかに潜んでいるのではなく、石を通してブレイクを見つめている何かだった。それは視覚ではない認識力でもって、どこまでもブレイクを追ってきそうだった。どうやら、その場の雰囲気がブレイクの神経を高ぶらせていたらしい――恐ろしいものを見いだしていたのだから無理もないだろう。光も弱まっていたし、灯になるものは何ももっていなかったので、すぐに立ち去らなければならないことがわかった。
 そのときだった。ブレイクは、深まりゆく暮色のなか、狂ったような角度をもつ多面体の石に、かすかな光を見たように思った。目をそらそうとしたが、何やら有無をいわせない力がブレイクの目を石にひきもどした。石には放射性の微妙な燐光があるのだろうか。死んだ記者のメモで輝くトラペゾヘドロンにふれたくだり[#「くだり」に傍点]は何を意味している均衡飲食のだろう。ともかく、記者が調査をはたせなかった宇宙的な邪悪の根城とは、いったい何なのか。かつてここではどんなことがおこなわれたのか。鳥さえ避ける闇のなかになおも潜んでいるかもしれないものとは何なのか。ブレイクがそんなことを考えていると、どこか近くからかすかな悪臭が漂ってきたかのような感じがしたが、その発生源はわからなかった。ブレイクは長いあいだ開かれたままになっている箱の蓋をつかみ、勢いよく閉めた。風変わりな蝶番によって蓋、見まちがえようもなく輝いている石の上で、完全に閉まった。
 蓋の閉まる鋭い音がしたとき、引き戸の彼方、常闇《とこやみ》につつまれる頭上の尖り屋根から、かすかなざわめきが聞こえたようだった。もちろん鼠にちがいない――ブレイクが足を踏みこんで以来、この呪われた建物で存在をあらわにした唯一の生物は、鼠にちがいなかった。しかし尖り屋根でのざわめきを耳にしたことで、ブレイクは怖気立ってしまい、半狂乱になって螺旋階段をくだり、薄気味悪い身廊を走り抜け、穹窿天井《ヴォールト》をもつ地下室にもぐりこみ、闇のつどう無人の広場にとびだすと、健全な大学地区の街路と故郷をしのばせる煉瓦敷きの舗道とを目指して、フェデラル・ヒルの恐怖がとりつく雑然とした小路や大通りを駆けおりていった。
 その後数日間、ブレイクは遠出したことを誰にもいわなかった。そのかわり、特定の本をたんねんに読み、下町で長期間にわたる新聞のファイルを調べるとともに、蜘蛛の巣のからむ教会付属室からもち帰った革装釘の本をまえにして、熱にうかされたように暗号の解読にとりくんだ。暗号が単純なものでないことはすぐにわかった。長いあいだたゆまず努力した結果、もともとの言語が英語、ラテン語、ギリシア語、フランス語、スペイン語、ドイツ語のいずれでもないことが確信できた。どうやらブレイクは、尋常ならざる知識の奥深い源にまで目をむけなければならないようだった。
 毎日夕方になると、西のほうを眺めたいという例の衝動がぶりかえし、ブレイクはかつてのように、なかば幻めいた遠い世界のひしめく屋並の只中に、黒ぐろとした尖り屋根を見た。しかしいまでは、ブレイクにとって、尖り屋根は新たな恐怖の調べをたたえていた。ブレイクは教会が邪悪な学問と抗衰老護膚品いう遺産を秘め隠していることを知っており、その知識のままに、目にうつる景色が奇妙な新しい様相を呈しはじめた。春の鳥たちがもどってきていたが、ブレイクは夕暮に飛ぶ鳥たちを眺めながら、鳥たちが蓼々《りょうりょう》として不気味な尖り屋根を避けているように思った。そんなことは以前にはなかった。鳥の群は尖り屋根に近づきかけると、おびえたように旋回したり、散りぢりになったりするのだった。相当な距離があるので耳にとどくことはないものの、ブレイクは鳥たちがきっと激しいさえずりをあげているのだろうと思っていた。
 ブレイクが暗号の解読に成功したことを日記に書きとめるのは、六月になってからのことだ。もとの言語は、太古から存在する邪教宗派の用いる、一般には知られないアクロ語で、ブレイクは以前おこなった調査からいくぶんかはその言語に通じていた。解読された内容につい