採擷一縷微風

採擷一縷微風

でもって身がま

2017-07-11 11:28:14 | 日記

《ふうさい》にはいっさいかまわないため、印象的な風貌にもかかわらず、不快感ばかりをかもしだしていた。老人がどんななりをしていたかについては、重たげな長靴までたれさがるぼろきれにしかすぎないもののように見うけられたので、ほとんど何も語ることはできない。清潔感の欠如といったら、いいようもないほどだった。  この老人の外見、そして心にひきおこされた本能的な恐怖のために、わたしは敵意にも似た気持えた。だから老人がわたしに椅子に坐るよう手振でうながし、おもねるような敬意と気にいられようとする歓迎の気持にみちる、かぼそく弱よわしい声で話しかけたとき、わたしは驚くとともに、妙な不調和を感じとって、もうすこしで体を震わせてしまうところだった。老人の話しぶりはとても奇妙なもので、わたしがとうの昔に失われてしまっていると思っていた、極端なまでのニューイングランド方言だった。わたしはまえに腰をおろした老人を仔細に観察した。 初のほうの絵を見なされ。大きな葉をはためかせてる、こげな木を見たことがありなさるか。それにこの連中ときたら。絶対に黒人じゃありませんな。たまげはてた連中じゃて。アフリカにおっても、インディアンに似とるとわしは思うとります。ほれ、ここにおるのは猿というか、猿と人間のあいの子みたいじゃが、けどこっちにおるんは何じゃろうか。こげなもん聞いたこともありませんわ」老人は画家の空想上の生物を指差していった。鰐《わに》の頭をもつ龍に似た生物だった。 「じゃが一番いい絵を見てもらわんと。まんなかへんにあるんじゃが……」老人の声はすこしこもったようになり、目が明るく輝いた。しかしページを繰る手は、見かけはまえよりぎこちなくなっていたが、その任務にはまことに適切だった。本は頻繁に同一ページが開かれたためでもあるかのように、ほとんどひとりでに開いた。あらわれたのは、食人の風習をもつアンジック族の肉屋を描いた忌わしい第十二図だった。わたしはまた心が騒いだが、おもてにはださなかった。とりわけ気味が悪いのは、画家がアフリカ人を白人のように描いていることだった。店の壁にぶらさがっている手足や四つ裂き部分は凄絶きわまりないもので、斧をもつ肉屋の主人はひどくふつりあいだった。しかし老人はわたしが嫌っているのとは正反対に、その図版をおおいに気にいっているようだった。 「どう思いなさる。こげなもんをご覧になったことはありませんじゃろう。わしはこの絵を見たとき、エブ・ホールトに『あんたを興奮させて血を騒がせる絵じゃな』とゆうてやりましたよ。聖書で人が殺されるようなとこ、ミデアン人が殺されるようなとこを読むとき、こげなものを考えとりましたが、はっきり思いうかべることはできませなんだ。ところが、ほれ、ここにははっきり描《か》かれとる。罪深い絵じゃとは思いますがのう。けど、わしらは皆、罪をもって生まれ、罪のうちに生きとるそうじゃありませんか。この切り刻まれとる男を見るたびに、わしはむずむずしますのじゃよ。それでいつもじいっとながめておりますのじゃ。肉屋の主人が足を切っとるところがわかりますかな。頭がほれ、その台の上にあって、片一方の腕がこっちがわ、もう一方の腕が肉の塊のむこうがわにありますじゃろう」

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