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二階堂校長の事件簿
「割られたガラス」 作 大山哲生
一
私は二階堂晴久。花散里中学校の校長である。
11月になるとバイクの出勤も寒い。出勤すると、管理人の笠井重一が飛んできた。笠井重一は67歳。企業を定年退職してからずっとこの仕事をしている。
「校長先生、管理棟一階扉のガラスが割られています」
急行してみると、見事に一枚割られている。よく見ると傘の先のようなもので突いたと見えて、蜘蛛の巣状にひびが広がっている。
「昨夜の午後九時には異常はありませんでしたが、朝の6時半に見回ったら割れていたんです」
やったのは、本校の生徒であろうと思ったが推測の域を出ない。私は、教頭に現場写真を撮っておくよう命じ職員数名に後片付けをさせた。
さっそく警備会社に連絡すると午前4時に見回った際には異常はなかったということであった。となると、割られたのは午前4時から午前6時までの間と言うことになる。
この時間帯は校内は無人であるから当然目撃者もないし、いつものように迷宮入りの線が濃い。
警察にも連絡し現場検証らしきことをしてもらったが、これはやった生徒に見せてプレッシャーをかけるためである。警察も心得たものでそれらしいことをし、すぐに帰って行った。
二
その日の朝、各クラスで事件の経過を知っている者は申し出るよう指導した。
そして、その日の昼休みであった。3年5組の新庄裕太が職員室に来て担任に「管理棟のガラスを割ったのはぼくです」と言ったのである。新庄は背が180センチは超していると思われる大きな生徒である。
すぐに校長室で担任と生徒指導主事による事情聴取が始まった。
「ぼくは、今朝、学校にきました。昨日親に叱られてむしゃくしゃしていたので、なにかやってやろうと思い、誰もいない学校に入って扉のガラスを割りました」
「なにで割ったの」と担任は聞いた。
「花壇のまわりにあるロープをとりつける鉄の杭です」
「割ったのは何時頃」
「中庭の時計を見ると4時40分頃でした」
そばで聞いていた私は聞いた。「本当に君がやったのかい」
新庄裕太は一瞬目をふせたが、すぐに私を見て「はい」と言った。
三
私は彼がやってはいないのではないかという疑念がわき起こった。新庄を教室に帰してから、私は担任に言った。「彼はうそをついています」
「え、なぜです」
「4時40分は真っ暗で中庭の時計は見えません」
担任はあっと声をあげた。
私は言った「彼は誰かをかばっているのではないですか」
放課後、新庄裕太を校長室に呼んだ。
私は言った「君はガラスを割っていないと思うが」
「い、いえ、ぼくがやりました」
「でも、朝の4時40分はまっくらで中庭の時計は見えないよ」
新庄ははっとした様子であったが、そのままうつむいた。
「君がやったのではないんだね」
新庄は、しばらく沈黙していたが、やがてこっくりとうなづいた。
「・・・ガラスを割ったのはぼくではありません」
四
それから約1時間ほど話したが、彼は最後にやっと名前をあげた。
「山手道夫におまえがやったことにしてくれと言われました」
彼の言う真相はこうである。朝、登校すると担任からガラスの件で指導があった。2時間目の休み時間に、山手が新庄を呼び止め、こう言ったのである。
「実はぼくが割ったんだが、ばれると内申書に響く。だからおまえがやったことにしてくれないか。おまえは成績もいいし」
そこで、新庄は昼休みに名乗り出たというのだ。山手道夫は大変小柄な生徒である。とても中学3年には見えないほどである。クラスでも一番小柄な山手が大男の新庄をあごで動かしていることに、私は非常に違和感を覚えた。
私も、数多くのいじめやおどしを見てきたが、大きい子が小柄な子をいじめたり、力の強い子が弱い子をいじめるというのがだいたい相場と決まっている。
ところが、今回の事案は全く逆である。
時間も遅くなったので、新庄の保護者に電話した後、新庄本人を帰らせることにした。
「気をつけて返りなさいよ。10日ほど前にもこの近くで小学生の女子が不審者にいたずらされるという事件があったばかりだから」
新庄は、私がそう言ったとき一瞬足がとめたが、小声で「さよなら」と言って帰って行った。
五
次の日、1時間目の休み時間に山手道夫を校長室に呼び、担任が話を聞いた。
「ぼくはガラスを割ってないし、新庄君に身代わりになってくれなどと言ったこともありません」
両者の話が真っ向から食い違う。これ以上詰めようもなく、調査はいったん終了となった。
その日の午後6時半ころであった。教育委員会指導課の佐伯指導主事から電話があった。
「そちらの学校の生徒が警察に逮捕されました。容疑は例の小学生女子にいたずらした件です」
「えらく急転直下ですね」
「ええ、実は目撃していた人がいたらしいんです。なんでも、今日の4時ころに付き添いといっしょに警察に来て、自分が見た事件の一部始終を話したそうです。それで犯人逮捕ということになったらしいです」
「その生徒の名前はわかりますか」
「一応名前の方は校長先生止まりということにしてください。逮捕されたのは3年生の新庄裕太です」
「目撃した人は、ご近所の方なんですか」
「それもそちらの生徒です」
「えっ、誰」
「山手道夫です」