山と蒸しパンと

ていねいに暮らす

登らないこそ

2008-04-30 04:36:03 | 徘徊
山に泊まりに行くというと「なんでわざわざ」と言われるのだけれど、こればかりは好きな人にしか判らない。あの空気は伝えられない。

 日が長いせいもあって、18時過ぎにひらけた丘の上にたどり着き、残照のぬくもりを背中に感じながら山を眺める。
 さっきまで覆っていたガスが切れ始め、目の前に4000mほどの赤い岩が姿を出す。射光に照らし出されて立体感を帯び、山がそそり立ってくる。西の空をみると薄くなったガスが太陽に紗幕をかけ、太陽のそばに虹色の光が現れた。彩雲?と思ってしばらく見ていると、やがて円形の虹が姿を現した。立ちすくんだままシャッターを切る。目の前のCasaval Ridgeから声が流れてくる。同じようにハロを見ている人がいるようだった。ただ眺めている時間が過ぎていく。詰め込みすぎている時間が贅沢だという人もいるだろうけれど、僕は空っぽの時間の方が好きだ。

 日が傾くと急に冷え込み始めた。ちょっと眠ってから星を見よう。何も頂上に行くわけじゃないんだから。

「背負わない」というアプローチ

2008-04-25 15:40:50 | 徘徊
まだ山歩きを始めたばかりの頃、僕はバックパックを背負っていませんでした。
雨具だって安物だったし、バーナーなんて夢のまた夢でお握りとシバ漬けをラップで包んで出かけたもの。懐中電灯、ソニーの短波ラジオ、ワークブーツ、コットンのTシャツ、ナイロンのウィンドブレーカー、フィルムのカメラ。ありあわせのもので歩いていたけれど、そんなに不便なことはなかったし、ずいぶん楽しかった記憶があるんです。もちろん、明け方の駅でブルブルと震えたり、2月の奥多摩で寒さのあまりに引き返したこともあります。むしろ面白かった思い出なんですね。

 あれからずいぶん時間がたってみて、道具は専門的になった分、自由な選択ができていないと思うときがあります。自由な山登りなのに、決められた装備を持って、定めた工程を歩く。日程が出来上がってしまえば、あらかた登山なんて終わりのような気になってしまい、あとは予定をなぞるだけ。ほんと、効率を考えるのは日本人の悪いところ。(もちろん、いいところでもあるんですけどね。)

 普通の格好で山を歩けたらどんなに素敵だろう。電車に乗っても違和感のない格好で、そのまま寝泊りしてしまうのです。そんなことを秋に一時帰国したときに御徒町の方と話していました。
 日常生活ではバックパックよりトートバッグで出かけてしまうことが多い。会社帰りや、日帰り旅行に出かけた帰り、スーパーによって野菜と豆乳とソイヨーグルトを買ってもまだまだ入ります。そのままカフェによって本を読むのも違和感がないもの。日常生活に溶けこむカバンで、片意地張らずに日常の延長で山を歩いてみたい。そんな気持ちでナイロン製のトートバッグを作ってみました。肩掛け紐がある以外は、普通のナイロンで作ったトートバッグです。(糸くずが付いていました。すいません。)トートの中にはソロテント、ダウンマットが入っています。夏用だったらなんとか宿泊セットが入るはず。

 このTote2bagは、友人の誕生日ギフトとして本日送り(つけ)ました。きっと、彼がこのトートをもって歩いてくれるでしょう。僕が想像したトートが、彼の物語の隠し味になってくれたら作り手冥利につきるものです。

Vegan Shoes

2008-04-21 14:23:43 | 徘徊
 買い換えるなら、今年はできる限り環境に優しいものを選ぼうと考えているので、普段履きのスウェードのスニーカーが破けたときには、Vegan Shoesというのを探していたんです。

 靴って、わりと、というか、まぁ、おおよそ、革製品が多いんですよね。裏地にスウェードが使われていたり、補強部分が皮だったり...。けっこう、皮をつかっていない靴を探すのは一苦労。まぁ、僕は元来、選択肢が狭まれば狭まるほど、無用な制限が付くほど、気合が入ってしまう性分のようで、不便ながらも楽しくなってきます。いや、むしろ選べる範囲が狭まると色々と楽ですよ。

 話はちょっとずれるんですが、スーパーに行ってヨーグルトコーナーを見ると、めまいがするほどのおびただしい種類のヨーグルトがあります。多分、100種類くらいあるんじゃないかしら。その中から自分の好みに合うものを探すのが好きな人は良いのですが、僕なんて、できれば、毎日同じものを食べたい。悩むより、安易な結論にショートカットしてしまう性格なので(問題集の後ろを見るタイプですね。)、こんなにあると、ヨーグルトを目の前にして、呆然としてしまいます。たぶん、アゼルバイジャンにいきなり放り込まれたとしても、もうすこしまともな状態だと思います。
 幸運にもソイヨーグルト(豆乳で作られたヨーグルト)は3メーカーからプレーンとバニラ(なんで、バニラ味のヨーグルトがアメリカには沢山あるんでしょう…。)しかない。6種類しかなければ、とりあえず全部買って食べてみればいいのだ。そういう単純な決め方しかできないので、沢山あると、むしろ困る。

 アメリカで靴を買うというのは、もう、足のサイズが合わないので、はじめからハンデがある上に、そのうえ革を使っていないとなると、これは愉快なくらいに選択肢が限られます。選択肢が4つくらいしかないとなるなら、山勘でもどうにかなりますし…。(あたりがあるとは思えませんが。)

 そんなこんなで選んだのはKEENのVentura。まぁ、普通、この手の靴ってもともと布製品だよなぁ、と思うのですが。
 色々なメーカーがVEGANシューズや環境に優しい靴を出しているのを見るに付け、ユーザーの知らぬ間に、メーカーはそんなに環境を破壊しながら製品を作っているのかしら、と勘ぐってしまうんです。
 ほかの人よりも山に登ったり、自然に触れていることが多いので、その分、何かしないとならないと感じます。一方的に楽しむだけではないこそ、自然との結びつきが強くなるのではないかしら。できることは少ないですが、でも、できないことはできないので、一つ一つやっていくしかないですね...。


寒いのに

2008-04-14 14:09:01 | 徘徊
「楽しいときは笑うんですよ。」
「ほう、そうですか。」
「あい。」

あざらしは毛が密集しているそうで暖かいのだそうな。
こっちはそんなに毛深くないので、そうは行きません。

(HMBにて 2008:04:13 18:37:52)

R & B

2008-04-11 15:22:15 | 徘徊
 今度こそはと思っていながら、登ってない山がそこにある。たぶん、ずっとありつづける。

「いつか行こう」と約束を持ち続けると安心していた。人の約束は、山にくらべれば取るに足らないのに。



気にしないで、ゆっくり休んで。
(condolescence to my friednd, HT)

赤白山

2008-04-11 05:02:40 | 徘徊
(Red and white mountain 2006:08:19 14:27:23)

 昼寝しないと見えない空がある。遠回りしないと会えない景色もある。
思い通りにならないことが、悪いことばかりじゃない。ちょいと、昼寝をしてきます。

半月湾

2008-04-08 09:18:01 | 徘徊
仕事が思ったよりも早く終わったので(といっても、日曜日の夕方5時に前週の分が、ということだけれど)、オフィスから1時間くらいの半月湾に夕日を見に行く。
 カメラも会社に置きっぱなしだったので一緒に連れ出す。

2年ぶりの半月湾なので、ちょいと迷いつつ何とかたどり着き、浜辺に下りると風が強いというのにBeach Combingしている人がいる。Beach Combingって何って言うんだろう。浜辺で海の生き物を見たり貝殻や石を拾ったり。

 日が沈むまで時間があるので、岩礁を歩きながら、磯巾着をつついて巾着状にしたり、ヤドカリをむりやり強制移住させて、彼らの町の様相をかえて楽しむ。
ちなみに磯巾着は英語でSea Anemoneって言うのです。3センチくらいのものはいいのだけれど、直径が15センチくらいある大磯巾着(?)は、ちょっとアレだ。

 夕日にお疲れ様でしたと挨拶をして、半月湾に唯一つの小さなスターバックスに寄ると、なぜだかインド人の団体さんがずらーっと並んでいた。冷えた体を温めながら本でも読もうかと思っていたので算段違い。もう、帰るよ…。

 そんなことで、レモンマスタードパスタへと続くのでした。

Lemon Mastard Pasta

2008-04-07 14:16:26 | 徘徊
 料理の本は割りと好きなんだけれど、こちらの本は写真がなかったり、そもそも作者との味覚の隔たりがそれこそ太平洋のごとく芒洋と広がっていたり、作者の化粧が濃すぎて食材の香りが台無しになるんじゃないかと心配になったり、なかなか手が出せないことが多いんです。

 VEGANの料理本でもそれは同じで、狭い社会なので少しは歩み寄りたいのだけれど、まだまだ相互理解には至れません。食というのは奥が深く、根は大きく張って、カルフォルニアの空のように広く、ユタの砂漠のように茫漠なのです。

 "eat, drink & be vegan"というレシピの本を買ったのは、僕の物事の選び方の基準どおり、「表紙が緑色だから」というのが主だった理由なのだけれど、レシピ本にしては読んでいて面白い。
(ちなみに裏はグレープフルーツのようにピンクだ。)

 Lemon Garlic Pastaが美味しそうだし、春らしい味だと思って読んでいると、この料理ができた過程が書いてあった。

 「ある夜、パスタを作っていたら、パスタソースがない。いまさら作る気もしないので、レモンを絞って、にんにくを擂る、30分で料理の完成!」


 僕は料理が好きな割りに、食材を揃えてレシピに沿って作るのは、自分のためにはまずない。作りたいものと食べたいものが一致しないのだ。
 本を読んでいたり、掃除をしていると、食欲がむくむくと首をもたげ、だんだんと心は台所を駆け巡る。だから、あり合わせのもので作るほうが多いので、思いつき料理には心がそそられる。
(でも、「冷蔵庫のあり合わせで作るレシピ本」というのは、ちょっと志が低くていやだ。)

 ということで、食べたい味を追い求めるように食事を準備するほうが多い。例えば、トマトのような酸っぱいものが食べたい、とか、テンペを炒めて醤油とレモンをひとしぼり、とかだ。

 というか、書いていて思ったのだけれど、たいてい、酸っぱくてあっさりした味が食べたくなる。ひょっとして...。ありえない、いろんな意味で、ありえない。

 半月湾に夕日を観に行く途中、菜の花のようなマスタードの花が満開だった。心はマスタードパスタに支配されてしまう。早く帰って作らねば!

 家にあるWholegrainのフィットチーネで作ったら、春らしさが台無し(笑)。にんにくはないし、生バジルを使いたかったのだけれど、これまた家にある乾燥バジル&粉末マスタードで作ってしまった。ちょっと写真写りがまずい。これじゃぁ、焼きうどんだ...。

 生バジルとマスタードの茎を脳内補完してくださいませ。

 レモンは多目にかけたほうがおいしいです。春の野山の味がします。



もう10年も前のこと。友人宅でシメジスパを作ったことを思い出した。外食が嫌いなのは昔からで、自宅録音をするために行ったのに料理を作らしてもらった恥ずかしい記憶がある。昔はスパゲティスタだったんだなぁ、私は。