インディアンロックの頂上に立つと、ノースドームは思ったよりも遠くに見えた。日の沈むまでにあの先端に立てるのだろうか。はやる心に急きたてられて岩の割れ目をすべるように降りていく。もうトレイルなんてなかった。
ノースドーム手前の平地にザックを下ろし、スノーシューを急いで履く。ドームを形作る最後の緩やかな登り斜面を、頂上に向けて駆け出した。
大きなハーフドーム、クラウズレスト、遠くにはトゥオルミの山並み。そして、大きな空。息が整うと風の音が聴こえた。
「やった」と声に出して気がつく。何が「やった」なのだろう。まったく、暗くなる前にタープを張らないとならないのに。夕飯だって、まだだ。バナナチップ。
目を覚ますたびにタープのすき間から空を見ていた。5回目に外を見たときには、空が赤みを帯びてきていた。靴下を二足探し仕度を整え、シュラフを体に巻きつけて、外へ飛び出す。よく締まった雪はサクサクと乾いた音を立て、冷たい風は頬をかすめた。
ノースドームの先端には丸くて大きな石灰岩がいくつも転がっていた。形の良さそうな場所を探して腰を下ろし、羽織ったシュラフの暖かさに包まれながら朝日を迎える。太陽がじわりと空の色を溶かし姿を現すあいだ、僕も、雲も、鳥も、すべての物が留まってしまったようだった。
やがて黄色い光が広がっていく。息を吸い込む。新鮮な空気が肺を満たす。遠くで早起きの鳥の声が聴こえた。おはよう。
クラウズレスト山から太陽がすっかり昇り、温かみを感じるころ、三脚を持った青年が登ってくるのが見えた。
「スノーシューの跡は君のか?」と挨拶のあとバンとなのる青年は訊いてきた。
「うん」
「助かったよ。トレースがなかったら迷っていた。」
「僕も2週間前の自分のトレースを踏んできたんだ。」
「よく来るの?」
「ヨセミテは今の時期なら空いているからね。四月になったら来られないだろうな。」
「確かに、今の季節が一番だね。」
しばらく言葉もなく一緒に東の空をぼんやりと眺めたあと、彼は「すばらしい」とつぶやき、西の映像を撮ると言って去っていった。空には雲が掛かり始めてきた。さて、タープを片付けて、バナナチップを食べて出発するかな。