山と蒸しパンと

ていねいに暮らす

Northdome

2007-03-25 13:05:29 | 徘徊

 

 インディアンロックの頂上に立つと、ノースドームは思ったよりも遠くに見えた。日の沈むまでにあの先端に立てるのだろうか。はやる心に急きたてられて岩の割れ目をすべるように降りていく。もうトレイルなんてなかった。
 ノースドーム手前の平地にザックを下ろし、スノーシューを急いで履く。ドームを形作る最後の緩やかな登り斜面を、頂上に向けて駆け出した。

 大きなハーフドーム、クラウズレスト、遠くにはトゥオルミの山並み。そして、大きな空。息が整うと風の音が聴こえた。
 「やった」と声に出して気がつく。何が「やった」なのだろう。まったく、暗くなる前にタープを張らないとならないのに。夕飯だって、まだだ。バナナチップ。


 目を覚ますたびにタープのすき間から空を見ていた。5回目に外を見たときには、空が赤みを帯びてきていた。靴下を二足探し仕度を整え、シュラフを体に巻きつけて、外へ飛び出す。よく締まった雪はサクサクと乾いた音を立て、冷たい風は頬をかすめた。
 ノースドームの先端には丸くて大きな石灰岩がいくつも転がっていた。形の良さそうな場所を探して腰を下ろし、羽織ったシュラフの暖かさに包まれながら朝日を迎える。太陽がじわりと空の色を溶かし姿を現すあいだ、僕も、雲も、鳥も、すべての物が留まってしまったようだった。
 やがて黄色い光が広がっていく。息を吸い込む。新鮮な空気が肺を満たす。遠くで早起きの鳥の声が聴こえた。おはよう。

 クラウズレスト山から太陽がすっかり昇り、温かみを感じるころ、三脚を持った青年が登ってくるのが見えた。
「スノーシューの跡は君のか?」と挨拶のあとバンとなのる青年は訊いてきた。
「うん」
「助かったよ。トレースがなかったら迷っていた。」
「僕も2週間前の自分のトレースを踏んできたんだ。」
「よく来るの?」
「ヨセミテは今の時期なら空いているからね。四月になったら来られないだろうな。」
「確かに、今の季節が一番だね。」

 しばらく言葉もなく一緒に東の空をぼんやりと眺めたあと、彼は「すばらしい」とつぶやき、西の映像を撮ると言って去っていった。空には雲が掛かり始めてきた。さて、タープを片付けて、バナナチップを食べて出発するかな。


Snow Creek

2007-03-10 11:28:33 | 徘徊

 


 トレイルがSnow Creekに近づいてやっと水の汲めるところに来ると、1時間ほど仲良く歩いてきた二本のスキーの轍は東に折れてMay Lakeへ続いてゆく。
 分岐を告る看板はかろうじて雪から頭をだしていた。ザックを立てかけ、雪を踏み抜かないように慎重に川を降りる。さっきまで雪だった川に手を沈め水筒に水を満たす。水は冷たいほど美味しい。冷えた手をポケットにいれて目を閉じる。雪融けの流れが小さな音をたてる。風に乗せられた常緑樹の香りが流れてくる。遠くでは鳥の声が聴こえる。小さな春の兆しが染入る。
 Snow Creekの上流方向に人跡は見えない。当然と言えば当然だ。渓谷の底から雪のある平野まで、南に面した約1000mの九十九折の登りを、埃と太陽にさらされ汗まみれなりながら3時間かけて登らなければならない。
 まだ三月だというのに日差しが照りつけ、何度もタオルで汗をぬぐっていた。トレイルヘッドに着く途中、Tenaya川で日向ぼっこをしながらのんびり本を読んでいる人がいた。できれば隣にお呼ばれしたい。
 なんとか引き返さずに雪のある上部までたどり着き、何日か前のスキーの轍を見つけたときには「世の中にはもう一人くらい物好きが居る」と喜んだものだ。その跡が東に逸れていった。ここからは一人だった。

 足跡のない丸い雪の上に自分の足跡だけつけて歩くのは心地よい。自分も、他の人もしたことがないというだけで何か価値があるような気にさせる。そして誰にも踏まれていない雪道は歩きにくく、正しい方向に向かっているのか何度もコンパスと地図で確かめてしまう。

  

 2200mを越える頃、人の世界から動物世界に入り込む。熊の足跡が現れては消え、やがて導くようにまっすぐと続いていく。彼が(小熊の足跡がないので、男の子だと思う)どこに行こうとするのか見当がつかない。同じように渓流沿いを遡行しながら植物の柔らかい芽でも探しているのだろう。途中で糞をみつけたが、量もすくなく、木の実なども見つからなかった。 お腹が減っていると晩御飯にお呼ばれするかもしれない。参ったな。  日の沈む頃、再びSnow Creekに近づく。熊の足跡から離れた平たい場所を探すと、ちょうど東の空が開けていた。風が遠くで鳴っている。残照は急に明るさを失い、星が輝き始める。熊はどこに行ったのだろうか。今頃、どこかで眠っているのだろうか。月が木立から昇っていた。