美しい思い出は、美しいままにしたかった。
私の思いは、それが起点だったのかもしれない。
あの頃の私は、色々な出来事を経て疲れ切っていた。
突然現れたヒーローが、私を救ってくれた。
それからの思い出は、美しかった。
一緒に出かける場所一つ一つが、楽しい場所になった。
ただ一緒に居られるだけで、幸せだった。
そんなかつての美しい思い出を、綺麗なまま取っておきたかっただけ。
ターニングポイントは、あのお方が神様になってしまったことだったと思う。
あまりにも突然、あまりにも早く神様になってしまった。
神様を慕っていた私のヒーローは、神様の意志を受け継ぐ為に動きだした。
そこから少しずつ、私達の世界は変わり始めた。
見ている景色、見ている方向が違うんだもの、噛み合わなくなって当然だった。
美しい思い出を増やしていきたかった私。美しい景色を守りたくて、しがみついていた私。
神様のご加護を受けながら、神様の意志を受け継ぐ覚悟を持って未来へと歩き出した彼。未来の成功を掴み取る為に動きだした彼。
過去に浸り、今を生きることが精一杯の人と、未来を見据えて、今を突き進む人。
合う訳ないだろう。
推進力が違い過ぎる。
生きる力も、視野も、思考も、何もかもが違い過ぎた。
いつしか私は、彼にはふさわしくない女に成り下がった。
自信を失くせば失くす程、うまくいかなくなった。そうなると、もっと自信が失くなった。
今を生きることで精一杯の私は、過去の失敗から立ち直ることも、反省を生かすこともできなかった。
美しかったあの景色が、何故こうも変わり果ててしまったんだと嘆き悲しむばかり。
二人の距離は、何馬身も離れてしまった。
私は歩くのが遅い。
一応、前を歩く彼はそんな私の方を振り返り、待ってはくれた。
だけど、それが長く続く訳がなかった。
「もう、待ってられない」
「そうだよね」
彼の言葉に、頷くしかなかった。
同じ方向を向けない二人が、一緒に居られる訳がない。
「これ以上、あんたを嫌いになりたくなかった」
この言葉が全てだ。
私の思いは変わらなかった。
だけど、変わらないことが終わりを生んだ。
変わらない気持ちというのは、いいことばかりではない。
終わってから、それに気がついた。
もっと早く気がつけばよかった。
辛い思い出を増やすこともなかっただろうから。
本当、損切りが下手だ。
あれから少し時間が経った。
私と彼は、今でも毎日LINEで連絡を取っている。
おかしな関係だ。
だけど彼は、別れたからといって切るつもりはないと言い、連絡が来たら返すと言う。
私も、何となく連絡している。
今は会う機会も、話す機会もない。
LINEのテキストでの、何気ないやり取り。
ただ、それだけ。
私達がこれ以上の関係に発展することはないだろう。
ただの元恋人同士。
お互いのことを周りよりちょっと知っている、ただそれだけだ。
お互いに困った時は助けるだろう。
お互いに片方が死んでしまったら悲しむだろう。
お互いの幸せを願うだろう。
私にとって彼は今でも特別な存在だ。
彼にとってどうかはわからないけれど。
私の存在が彼に影響を与えられたかというと、大したことはないだろう。
彼は自分の物差しをきちんと持っているから。
他人に影響されないで、自分の考えをしっかりと持っていられる人間だから。
そんな強さが、好きだった。
年下だけど、羨望の眼差しでそれを見ていた。
私は、彼には不釣り合いな人間だった。
離れた方が、彼は幸せだとわかった。
こんなことを言うと怒られるのはわかっているが、現状そうなので仕方がない。
私は、まだまだ傷が癒えない。
美しかった思い出を捨てることができないでいる。
守りたかったものを守れなかった。
自分のせいで。
壊してしまったのは私。
キラキラと輝く思い出を、引き出しにしまって時折眺めている。
そんなことをしたって何も変わらないのにね。
ヒーローをただ美化しているだけ。
思い出をただ美化しているだけ。
それでもこの気持ちは忘れられない。
夢を見させてくれたから。
彼には神様が居る。神様が、いつも見守ってくれているから、多少の困難は乗り越えられる。危機に瀕しても、神様がきっと守って下さる。
だから、大丈夫。
私もいつかはこの傷が癒えるだろう。
どうしようもないこの思いだって、いつかは成仏するだろう。
それまでは一人で耐えるしかない。
いつかまた、新しい景色が見られることを祈って。
美しい思い出を塗り替えられることを祈って。