白い花の唄

笛吹カトリ(karicobo)の日記、一次創作SF小説『神隠しの惑星』と『星の杜観察日記』のブログです。

22.星読みのお守り2

2009年10月07日 23時29分51秒 | 神隠しの惑星
 2週間ばかり、温室ドームは苗床ブロックの搬出に毎日大わらわだった。
 第8惑星の影で情報を拾っていたキジローがドームに戻ってくると、50台くらいのガードナー・ロボットがキューキュー大騒ぎしていた。
「この鳴き声は、本当に必要だったのか?」とキジローが聞いた。
「急に数が増えたので、無言で後ろにたまっていられると不気味だ、と文句言われたんだよ」とジンが説明した。
「文句って誰にだ?」
「セバスチャンとゲオルグ」
「あいつら、全部つながってるんじゃなかったのか?」
「つながってるんだが、こいつらは多すぎるので間にステーションを設けたんだよ。それで伝達が0.03秒くらい遅れるんでイラつくらしい」
「イラつくだって? このドラム缶が? 生意気な」
 キジローはため息をついた。
「あの2人は?」
「あいつらは裏手のラボのフリーザーにいる。苗床ブロックを泉のドームに移すんで」
「じゃ、そっちを手伝ってくるかな」

 ラボに向かうと、途中の5層のエア・カーテンが無くなっていた。
「おい、あれ、いいのか?開けっ放しだぞ」
「ええ、大丈夫」サクヤが説明した。「この生物はみんな、おおむねイドラの病原体の抗体を持っていることがわかったの。つまり、彼らがここに来るのは初めてではないし、イドラの生物もしょっちゅうペトリに行ってたということよ」
「お、手が2本増えた。キジロー、こっち代わってよ」とエクルーが防寒着をばふっと投げて寄こした。
「フランツがてんてこまってるから、苗床ドームの方を手伝ってくるよ」
「フランツって何だっけ?」
「リストのファースト・ネーム」
「そうじゃなくて、だな」
「ガードナー・ロボットのステーションだ。彼が情報をまとめてセバスチャンに送るわけ」
「なるほどね」
「じゃ、よろしく。ひゅ~、冷えたあ」
 エクルーがフリーザーから出て行った。

「あんたは寒くないのか?」
「私は平気。もともと体温低いし」サクヤはリストから目を放さずに答える。
「いくら低くても、-20℃は堪えるだろう」
「大丈夫。リング付け手伝って。ブロックの角にナンバータグがついてるから、リストで行き先のドームを調べてコードリングをつけて行って」
 しばらく2人は黙って作業をしていたが、やがてキジローが言った。
「リストの見方は大体覚えたから、あんた、ちょっと外で休んでこいよ」
「平気。今日、搬出する分、やっつけちゃいましょう」
「あー、もう、くそっ」
 キジローはつかつかとサクヤの方に歩いていくと、リストを取り上げた。そして腕をつかんで、フリーザーから連れ出した。
「ちょっと、キジロー」
「いいから」
 温室まで来て、やっとキジローは腕を離した。
「最低30分はここにいろ。今、何か温かい飲み物を持ってくる」
「でも、まだ……」
「くちびるが紫色なんだよ。そんな幽霊みたいな顔で、何が平気、だ。日向に座ってろ、いいな?」
そう、大きな声で言って、キジローはキッチンへ向かった。


 温室に戻ってみると、サクヤが草地に仰向けに横たわっていた。
「おい!」
「ああ、日向ぼっこしてたの。お日さんの熱って、こんなに気持ちいいものだったのね」
 キジローはほっとため息をついて、サクヤの傍らにひざをついた。
「ほれ、これ飲んで」
「なあに?」
「しょうが入り紅茶。婆ちゃんの直伝だ。寒くて風邪ひきそうな時に効く」
 一口飲んで、サクヤがほうっとため息をついた。
「おいしい。温かい」
「そら見ろ。腹の中まで冷えてるんだ。ゆっくり飲めよ」
 サクヤがくっくっくっと笑った。
「あなた、だんだんエクルーに似てきたわね」
「一緒にしないでくれ。だが、あいつが過保護になる気持ちもわかる。あんたはもうちょっと自分を大切にしろ。あんたが万一倒れたら、この計画は全部頓挫するんだろう?」
「全部終わるまで倒れたりしない」
「終わってから倒れたって困るだろう」
「どうして?」
「どうして、だと?」
「子供たちを取り返して、ペトリの生き物や水をうまく移動できたら、私の役目は終わる。そうしたら、もう休んでいいんでしょう?」
「もちろん休んでいいが、あんたの言うのは何だか……」
「私とエクルーはずっと宇宙をさまよって来たの。何だか同じところをぐるぐる回ってるみたい。今度こそ解放されたい」
「解放されたらどうなるんだ?」
「どうなるのかな……自由になって空か水に融けてしまえればいいのに」
「あんた……死にたいのか?」
 サクヤはきょとんとした顔で、キジローを見た。
「私が存在していることの方が不自然なのよ?」
「エクルーもか? あいつも死んじまった方がいいっていうのか?」
「まさか。あの子は自由になったら、どんな風にでも生きていける。でも私は、今度のことが終わったら、存在し続ける意味がない。意味が見つけられない。昔々、むりやり壊れてしまったあの星のわだかまりが解けたら、私も一緒に消えてしまうんじゃないかと思うの」
「無意味なんかじゃない」
 サクヤは、まだ心を3万年前に残してきたような焦点の合わないぼんやりした顔でキジローを見た。
「俺だけじゃない。ボウズも、ジンも、イリスも、スオミもグレンも、みんな、あんたは要らないっていうのか? もう会えなくていいのか?」
 サクヤは何も答えず、ただキジローを見つめ返していた。キジローはがばっと立ち上がると、
「俺はフリーザーに戻る。あんたは、あと30分はそこにいろ。来ても追い出すからな」
 と言って温室を出て行った。


 夕食後、キジローはバーボンのボトルを持って、エクルーに「1杯つき合え」と言った。
 ハンガーのデッキでちびちびロックを舐めながら、キジローがぼそっと聞いた。
「お前、知ってるのか? 姫さんの願望というか、今後の展望というか……」
「空に融けてしまいたいってヤツ? うん、知ってる。昔から言ってる。でも、いつまでも解放されない」
「おまえまでそんなこというのか? 融けて消えるのが夢? それでいいのか?」
「どっちにしろ、当分そんな事にならないから心配しないでいい」
 エクルーは窓の向こうの大きな三日月を見ながら言った。
「どうしてそう言い切れる?」
「それどころじゃない事が起こるから」
「それどころじゃない?」
「キジローだって知ってるだろ?あの月は壊れてここにドカドカ降ってくる。のん気に水に融けたいなんて言ってられなくなる」
「のん気って、おまえな!」
 キジローが声を荒げた。エクルーは立ち上がりかけたキジローのえり首を下から掴んで、一語一語切るようにきっぱり言った。
「とにかく、当面は、サクヤは融けて消えたりしない」
 まだ納得していない顔をしつつも、キジローは再び腰を落ち着けた。
「これから色んな事が起こる。天災続きで人も死ぬ。あんたはその間サクヤの傍にいて、できるだけ食わして、寝かしつけてやってくれればいいんだ」
「食わして、寝かしつける、か。何だかベビーシッターみたいな言い方だな」
「まさしくベビーシッターだよ。星読みってのは、宿命的に生命力と生活力がないんだ。俺は、サーリャが生まれた時から面倒見て来たんだ。そろそろ誰かに手伝ってもらいたいよ」
 キジローは憮然とした顔で言った。
「好きでやってることじゃないのか」
「いくら好きでも、いつも傍にいられるわけじゃない。今度みたいな事態になれば、俺だって手が回らない」
 キジローはしばらく黙っていたが、思い切って聞いた。
「近頃、おまえがわざとベビーシッターをさぼっているのはそのためか?俺の実習期間というわけか?」
 エクルーはにっと笑った。
「あんたはうまくやってくれてる。サクヤはあんたになついてる。俺は安心して、他の仕事に専念できる」
「安心されても困る」
「いいんだ、それで。キジローの信じる通りにサクヤに接してくれれば。現にあんたが来てから、サクヤは変わった。大分、人間らしくなった。前は……何というか植物みたいだった」
 エクルーは自分のグラスを干した。
「きれいな花が、香りで誘う。やわらかな花びらにキスすることもできるけど……決して応えてくれない。そんな感じだった。今のサクヤは違うだろう?」
 キジローがぎくっと身体を固くしたので、エクルーはくちびるの片端をにっと上げてイスを立った。
「サクヤは当分、あんたに任せるよ。お休み」
 デッキに1人残されたキジローは、ぼそっとつぶやいた。
「任されても困る」





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