第一楽章
アカネはルパの脇腹を蹴って走らせ続けた。
瓦礫の多い悪路なので、身体が大きくゆすぶられる。息ができない。前が見えない。何も考えられない。
リィンは街道を疾走してくるルパを見ると、すぐに赤ン坊を連れた母ルパの綱をセージの株にくくった。そして口笛をするどく一吹きして率いていたルパの群れを呼ぶと、アカネのルパを追った。ルパを二手に分けて、両側からアカネを囲む。アカネはこっちを見ようとしない。リィンが並走していることにも気づいていないようだ。
「アカネ!アカネ!こっちを見ろ!」もう一度するどく口笛を吹く。やっとアカネの目の焦点が合った。
「手綱をゆるめろ!道を逸れて草原に向かうんだ。斜めに丘を登って少しずつ速度を落とせ。チドリが脚を折ってもいいのか? 自殺ならひとりでしろ! チドリを巻き込むな!」
傾斜が急になるにつれて、自然にルパの速度が落ちた。チドリは兄弟に囲まれて落ち着いて足を止め、呼吸を整えると、草を食み始めた。
リィンはルパを下りて、アカネを抱きかかえるようにチドリから助け下ろした。アカネはへなへなと草の上にへたり込んだ。おこりのように身体ががくがく震えている。リィンは皮袋からぴしゃんとアカネの顔に水をかけた。アカネは一瞬息を飲んで、それから深く息を吐いた。リィンはアカネの手に水の袋を持たせると、「ゆっくり呼吸して、ゆっくり水を飲め。ほら、汗をふいて」と肩にばさっと布をかけて、身体を包んでやった。それからチドリの方に歩み寄ると、ていねいにひざやひずめを調べた。そして、ぽんとチドリの首を叩いた。
「どこもケガしてない。それに怯えてもいない。チドリはお前を信頼してるんだな。あんな悪路を目くら滅法走らされたっていうのに、あいつには楽しかったみたいだ」
リィンはワイルドセロリを1本折ると、皮をむいて瑞々しい茎をアカネに差し出した。
「ほら。頭がすっきりするぞ。齧れ」
鮮烈な緑の香りがアカネの気持ちを静めてくれた。リィンは2、3本皮をむいて自分でもしょりしょり齧りながら、アカネにもう1本渡した。
「ありがとう。チドリが何ともなくて良かった」
「乗り手がいいのさ。さすが秋祭りの野駆け競争で、俺を3年連続負かせただけのことはある。ここんとこ出ていなかったが、腕は落ちてないな」リィンがにやっとした。「それに、追い手にチドリと同じ腹の若子が3頭もいたのは運が良かった」
「ありがとう」アカネが繰り返した。
「おまえには借りがある。6年前、お前がせっかくアドバイスしてくれたのに、俺が下手を打って結局アヤメに振られたからな。でも自分の気持ちがちゃんと言えたから後悔してない。おまえのお陰だ」
「礼なんか言わないで」アカネがぴしゃりと言ったので、リィンは肩をすくめて「まあ、いいさ」と言った。
「俺はまた南の谷に戻る。赤ん坊連れのルパを置いてきたんだ」
「ククリ?」リィンの家のルパは、みんなペトリと共に散った7人のミヅチにちなんで名付けられるのだ。
「そう。ククリとスセリだ」
「何代目のククリだっけ」
「3代目だったかな。面白いことに、ククリとつけると大人しく育つ。スセリとつけるとお転婆になってオスを振り回す。それでもオスが群がるんだ。あのチビもきっとそうなるぞ」チトーが笑った。
その笑顔に見とれて、アカネが思わず「アヤメはどうしてあなたを選ばないのかしら」ともらした。アヤメは7歳でエクルーに出会って以来、エクルー一筋なのだ。同じ頃からリィンはアヤメに夢中だし、高校でも大学でもアヤメにのぼせ上がる男の子はたくさんいた。アカネは山ほど手紙や伝言を頼まれた。でもアヤメの気持ちがゆらいだことはない。双子だからって、そんなところまで似なくていいのに。
「知るもんか、そんなこと」すねたようなリィンの子供っぽい口調にアカネは笑ってしまった。
「それに、あれから6年経つのにあなたは相聞会に出ない。お嫁さんももらわない。どうして?」地球系の多い中央では、24歳は大学を卒業して人生これから、という時期だが、ほとんどの男子が16、17で結婚するイドラではかなり位置づけが異なる。
「アヤメを待ってるの?」アヤメは2年前に星外の音大を卒業して、今は家で作曲をしている。結局、イドラ以外の場所になじめなかったらしい。リィンはその問いには答えず、にやっとして言った。
「この辺の集落地で、俺は変わりモンだと評判が定着した。泉守りを引き継いだし、別に嫁をもらわなくても気味悪がられない。だからいいんだ。このままで」
リィンはアヤメやアカネと同い年の幼馴染だ。アカネがリィンを一番気に入っているのは、リィンがアヤメ一筋で無理に双子を平等に扱おうとしないところだ。エクルーと違って。まあ、エクルーにとってはサクヤ以外は双子だろうがなかろうが、平等に対象外なのだろうけど。
2人はルパの群れを引き連れて、ゆっくりとククリとスセリをつないだ谷まで歩いた。
「何も聞かないのね」
「聞かなくてもわかるさ。この街道は温室ドームに続く道だ。何があったかだいたい想像がつく。近頃のサクヤを見ていれば、あの2人に何が起こったかわかる」
もともと、リィンは察しがよくて説明不要なところがあった。そして聞きたくないものも、聞こえてしまっているようだった。その辺りが、エクルーやアヤメといて居心地の良い一因なのだろう。4人で泉の側などで遊んでいると、3人がトランスに巻き込まれて、一番鈍感なアカネが影響を受けない場所まで引っ張り出すのが常だった。
歩きながらいろんな草の葉や茎を齧ったり、香りを嗅いだり、草笛を鳴らしたりしていると、子供の頃に返ったようだ。
「不思議だが、俺はエクルーを恨む気になれない。あいつがどれだけサクヤを大事にしていたか聞いてるし、今のサクヤのことも大切にしているのがわかる。それにおまえやアヤメにも誠実にふるまってる。つまみ食いもしないで、えらいヤツだよ。あいつがいい加減な男だったら、アヤメをひっぱたいてでも、目を覚ませ、こっちを見ろと言っただろうが・・・あいつなら仕方ないと思ってしまう。いいヤツだよな、いくらサクヤにめろめろでも」
「ホント、いいヤツよね。たとえ14の女の子に温室でベロチューしてても」
「わはは。かわいいじゃないか。あの、いつもすましたヤツがどんな顔してサクヤを口説いてるのか見てみたいよ」
見た事のない表情だった。
うっとりした、でも男っぽい横顔。2人が輝いて見えた。全身で求め合っているのがわかるのに、清潔なキス。神聖なキス。
涙がぽろっとこぼれた。
「ははっ。うらやましくなっちゃった。本当に2人とも朝日の中できれいに見えたの」
「ムリに笑うことないさ。アヤメをのぞくと、俺くらいお前の気持ちがわかるヤツはいないぞ。いいよな。あの2人。うまく行って欲しいよ。お互いにお互いしかいない。2人ぼっちって感じがする」
「本当。今更サクヤを捨てたりしたらなぐってやるわ。あんなに小さい頃からエクルーに夢中だったのに」
「でも、先に惚れたのはエクルーらしいぜ。それこそ一目ぼれだったんだってさ。サクヤと目が合う度、サクヤの話題が出る度に真っ赤になるんで面白かったってジンが言ってた」
「ふうん、いいわね」
「いいよな」
2人は顔を見合わせるとはははっと笑った。
スセリはリィンたちを見つけると、甲高い声で鳴いてぴょんぴょんはねた。ククリは落ち着いて草を咀嚼していた。
「スセリ、ごめんね。置いてけぼりにして。怖くなかった?」
アカネに声をかけられると、スセリは大喜びで駆け寄って来てアカネに頭突きを食らわせた。アカネが草の上にしりもちを搗くと、はしゃいでさらにぐいぐいっとアカネの額を押して、顔中べろべろなめ出した。
「本当に赤ン坊に好かれるよな、おまえとアヤメは。時々しか放牧地に来ないくせに、世話がうまい。ルパと話が通じてるんだろ、イリスと同じで」
小さい頃、仔ルパが次々に腹痛を起したとき、アカネとアヤメが放牧地を歩き回って毒草を見つけたことがあった。
「ピリピリしておいしかったんですって」
「でもしばらくして胸にきゅっと来て、次にお腹がきゅうっと痛くなったんですって」
「ふうん、どうしてわかったんだい?」とメドゥーラが聞くと2人は声をそろえて
「だって、みんなそう言ってるもん」と答えたのだ。
「毒があるから、放牧地でも生き残ってたくさん花を咲かせたんですって」
「刈っちゃう?枯らしちゃうの?」
2人が心配するので、メドゥーラが笑った。
「これは役に立つ花だ。私の薬草園に移し替えるよ。高い柵があるから仔ルパも入らない。手伝っておくれ」
それで、メドゥーラのひ孫のリィンも呼び出されて、こき使われた。
「じゃあ、この株もそこに入れてあげて。芽が出ればだんだん苦くなって、ルパがお腹を壊すのよ」
「ほう。確かにそうだ。よくわかったな。一緒に一回りして他に毒草がないか探そう。薬になるからな」
「見つけても枯らしたりしない?」
「しない。ちゃんと活かす」
「じゃあ、こっちにもあるの」
「あの岩陰の黄色いのも」
この一件で、2人はいっぺんにメドゥーラの弟子になった。アヤメは植物やルパとの話し方を追求し、アカネは植物やルパが教えてくれたことを研究した。でも結局のところ、2人とも同じことを扱っているのである。
「おまえらってうらやましいよ」とリィンが言った。
「あら、私だってあなたがうらやましいわ。私も泉の声が聞こえるようになりたい」
「欲張らないでくれ。花とルパに加えて、泉とまで話されたら俺は泉守りをクビになる。必要なら俺が泉の通訳をするから」
「仕方ない。じゃあ、私が花の通訳をしてあげるわ」
「決まりだな」
2人して笑った。
「ねえ」とアカネが言った。「私をアヤメだと思って、一度だけキスしてくれないかな。私、パパ以外の男の人とキスしたことないの」
口に出した途端、後悔した。逆光でリィンの顔が見えない。あきれただろうな。
「俺だってないさ、男とキスしたことなんて」
リィンの言葉にアカネは噴き出した。
「はははっ。ごめん。バカな事言ったわ。忘れて」
アカネがチドリの手綱を取って歩き出そうとすると、リィンが腕を掴んだ。
「まあ、そう慌てるな」そう言ってアカネを抱え上げると、チドリに横向きに座らせた。そして手綱と鞍の後ろに手を置いて、アカネに顔を寄せた。
おでこに軽くキスをして「これがアヤメの分」、それからアカネの腕に手を置いて「こっちがアカネの分」と言ってくちびるにキスをした。まっすぐな心のこもったキス。
身体を離すと、チドリのおしりを叩いた。
「そら行け」
チドリがとっとっとっと歩き始めた。
「元気だせ。がんばれよ」そう言って、リィンが右手を上げた。アカネも手を上げてあいさつを返す。でも言葉が出てこなかった。
逆光で表情が見えない。リィンはどんな顔をしているのだろう。仕方ないやつって顔? それとも照れた顔? きっと温かい顔で微笑んでいるにちがいない。その温かさを頼りにもう思い切ろう。
アカネは鞍頭をつかむと、片足を反対側に移してルパを跨いだ。そして軽く手綱を引くと、早足で南の台地に向かった。
第二楽章
温室から逃げるように飛び出していったアカネを見て、エクルーには思い出したことがあった。その記憶に反省して、セバスチャンたちのサボタージュに対して徹底的に問い詰めることができなかった。
温室に戻って来たエクルーを、サクヤは大きな目でじいっと見つめた。
「何の話だったの?」
「いや、うん。要するに俺が不甲斐ないんで、みんなが心配してくれたって、そういう話」
「ふうん?」
まだ、じいっと見ている。
「その話は忘れてくれ。それより申告することがあるんだ」
「ふうん?」
「ええと、座ろうか」
”座る”というのは温室の中で、最近2人が開拓した死角に行く、という意味だ。南西の一角のひときわ植物が茂っている緑陰の窓辺にベンチやクッションを持ち込んで秘密基地を作ったのである。何でここまでホーム・セキュリティ・ロボットに気を遣わなければならないのか、という気もしないでもないが、どっちにしろカメラに監視されていると思うと落ち着かないし、1年のほとんどをイドラを留守にしている身としては、ロボット達の方が正当な住人のような気がするのだ。
「そんなにエクルーがうろたえるなんて珍しいわね」
付き合いが6年ともなると、サクヤもエクルーのポーカー・フェイスを読むのがうまくなってくる。
「怒らないって約束してあげるから話して」
ベンチに落ち着いたサクヤは、エクルーをまっすぐ見て、静かに言った。
「いや。怒っていいよ。きっと怒ると思う」
「ふうん。まあ、言ってみて」
「ええと、ね。さっきので思い出したというか、認識したことなんだけど、俺、この温室で誰かとキスしたことがある」
サクヤは当惑した。
「あなたの”1pの論文”ゲームはやめてちょうだい。理論物理だろうが数学だろうが、結論を理解するには説明が必要なのよ」
「つまりね。温室の床で俺がうたた寝をしていた。俺はサクヤの夢を見てて、サクヤが”風邪ひくわよ、起きて”と傍にひざまづいたので、つかまえてキスした。サクヤが飛び起きて温室から走り出て行ったのを、俺は寝ぼけ眼で見ていた。今考えるとあれは、夢じゃなかったみたいなんだ」
「それで、夢のサクヤが誰だったかわからない、と言う訳なのね」
「うん」
エクルーが小さくなって答えた。
「最低」
「ほら。”怒らない”と約束しなくて良かっただろ?」
サクヤにじろっとにらまれて、エクルーは再び小さくなった。
「ちなみに、それはいくつの時の話なの?」
「9つになる前」
サクヤはほっとした顔をした。
「何だ。そんなに前なの。じゃあ時効じゃない」
「だけど、君、8つの時のこと、覚えてるだろう?」
「・・・そうね。双方、覚えていたら時効じゃないわね」
サクヤはため息をついた。
「さっきので思い出したってことは、相手がアカネだと思ってるのね?」
「アカネかアヤメのどっちかだと思う」
「じゃあ、2人とも子供だったんじゃない。過ちとは言えないんじゃないの?」
「それが・・・昔の夢を見てたんで、何と言うか気分だけは大人だったから、思いっきり手加減なしにキスしちゃったんだ」
サクヤはまたじろっとにらんだ。
「エクルーは私を怒らせたいの?」
「ちがう。正直に言おうとしているだけだ」
サクヤはまた、ため息をついた。
「8歳の女の子がそんなキスをされたら、たとえ好きな相手でもトラウマになっちゃうかもしれないわね」
「それか、キスの相手を好きになっちゃうか」
サクヤがまたじろっとにらんだ。
「君のケースだよ」エクルーが指摘した。
「あ、そうか」
6年前、ままごとのような結婚ごっこで誓いのキスをした。あれがサクヤの恋の始まりだった。
サクヤは胸の前にクッションを抱いて、その上にばふっとあごを休めた。
「それで、どっちかわからないの?その後もずっと会ってたでしょう?」
エクルーはしばらく考える顔をしていた。
「わからない。今はともかく、あの頃の2人はオーラも残留思念のウェーブもぴったり重なるぐらいそっくりだった。声も身体つきも身のこなしも、丸っきり区別がつかなかった。2人を見分けられるのは、イリスとメドゥーラだけだった」
「ふうん」
サクヤは肩を落とした。
「仕方ないわ。でも、今後は気をつけてね?ジンが同じようなシチュエーションで、寝ぼけたあなたに何度かキスされたって言ってたわ。もう慣れた。驚かないって。何だかかわいそうで、いつもしばらく抱っこしてやるんだって言ってた。アルなんて面白がって、キスの相手をシロクマのイメージにすり替えてあなたがうなされるのを見て笑ってたんですって。その分じゃ、グランパにキスしてたって驚かないわ」
エクルーが青くなった。
「とにかく、私、怒っていいのよね?じゃあ、3日くらいスオミのとこに家出してくる。薬草の処理に手が要るって言ってたから。反省して」
サクヤはこのところ専用に使っている小さなボートに乗り込んだ。スオミのトレーラーは、最近宙港よりさらに南の大地で薬草を集めつつ、付近の集落を診療している。現在のトレーラーの座標を取得してボートに入力すると、特に何もしなくても勝手に連れて行ってくれるのだ。いつもはマニュアルにして操縦の練習をするのだが、今日はボートに任せてシートにもたれると、目を閉じた。
エクルーはいつもあんなに鋭いくせに、本当にわからないのだろうか。気づきたくないだけじゃないだろうか。私だって、これまでアカネがショートカットにしたり、ジーンズやサファリシャツばかり着るのは、アヤメと区別をつけるためだと思っていた。でも、本当は、大きなサクヤと似ないようにしていたんだわ。アヤメは髪を腰まで伸ばして、淡い色のシンプルな服ばかり着て、知ってか知らずか印象がサクヤと重なる。抑制の効いた低い声で話して、静かに微笑む様子も。つまり、アカネだって自然にしていれば、エクルー好みの外見になったはずなのに。
閉じた目に涙がにじんだ。
アカネは、エクルーの夢の主を見たに違いない。自分はただ、間違えてキスされただけ。何て残酷な思い知らされ方だろう。そして今日、アカネを2度目の失恋をしたんだわ。私のせいで。
スピーカーからスオミの声が響いて、物思いを破られた。
「ごめんなさい。裏に干した薬草を取り込みに出てたの。今、メッセージを聞いたわ。手伝いに来てくれるんですって?」
「ええ。3日間くらい泊り込みで。いいかしら?」
「助かるわ。フレイヤも待っているのよ。ここまで気をつけてきてね」
トレーラーは無人だった。裏手に張った天幕をのぞくと、アカネが地面にあぐらをかいて薬研をひいていた。スオミが薬草の束を抱えて天幕に入ってきたとき、サクヤとアカネを無言で見つめ合っていた。
「本当、助かるわ。2人も助っ人が来てくれるなんて。雨季が来るまでに、全部ひいて木箱に納めてしまいたかったの。アルなら見張っていないと危なっかしいけど、2人なら安心して任せられるわ」
スオミは2人の間に漂う緊迫した空気に気づかないフリをして、にこにこと話し続けた。
「診療所で患者さんが待ってるの。ここ、任せていい?アカネはこっちの袋のキナを頼むわ。サクヤはこれ。紫根。硬いからハサミで切りながらゆっくり粉にして。お願いね」
スオミは診療所に入るなり、エクルーをモニターに呼び出した。
「あなた、何したの?」
「ええと」
「アカネとサクヤが来てるの。2人共、3日くらいがむしゃらに働きたいと言うの。ひとことも口を利かないで、枝をバツバツ切ってて、怖いったらないわ」
「すみません」
スオミはため息をついた。
「仕方ないわ。私のところで預かりましょう。おかげで作業がはかどりそうよ」
「よろしくお願いします」
エクルーはぼろを出さないように、最小限の言葉であいさつして通信を切った。
アカネはルパの脇腹を蹴って走らせ続けた。
瓦礫の多い悪路なので、身体が大きくゆすぶられる。息ができない。前が見えない。何も考えられない。
リィンは街道を疾走してくるルパを見ると、すぐに赤ン坊を連れた母ルパの綱をセージの株にくくった。そして口笛をするどく一吹きして率いていたルパの群れを呼ぶと、アカネのルパを追った。ルパを二手に分けて、両側からアカネを囲む。アカネはこっちを見ようとしない。リィンが並走していることにも気づいていないようだ。
「アカネ!アカネ!こっちを見ろ!」もう一度するどく口笛を吹く。やっとアカネの目の焦点が合った。
「手綱をゆるめろ!道を逸れて草原に向かうんだ。斜めに丘を登って少しずつ速度を落とせ。チドリが脚を折ってもいいのか? 自殺ならひとりでしろ! チドリを巻き込むな!」
傾斜が急になるにつれて、自然にルパの速度が落ちた。チドリは兄弟に囲まれて落ち着いて足を止め、呼吸を整えると、草を食み始めた。
リィンはルパを下りて、アカネを抱きかかえるようにチドリから助け下ろした。アカネはへなへなと草の上にへたり込んだ。おこりのように身体ががくがく震えている。リィンは皮袋からぴしゃんとアカネの顔に水をかけた。アカネは一瞬息を飲んで、それから深く息を吐いた。リィンはアカネの手に水の袋を持たせると、「ゆっくり呼吸して、ゆっくり水を飲め。ほら、汗をふいて」と肩にばさっと布をかけて、身体を包んでやった。それからチドリの方に歩み寄ると、ていねいにひざやひずめを調べた。そして、ぽんとチドリの首を叩いた。
「どこもケガしてない。それに怯えてもいない。チドリはお前を信頼してるんだな。あんな悪路を目くら滅法走らされたっていうのに、あいつには楽しかったみたいだ」
リィンはワイルドセロリを1本折ると、皮をむいて瑞々しい茎をアカネに差し出した。
「ほら。頭がすっきりするぞ。齧れ」
鮮烈な緑の香りがアカネの気持ちを静めてくれた。リィンは2、3本皮をむいて自分でもしょりしょり齧りながら、アカネにもう1本渡した。
「ありがとう。チドリが何ともなくて良かった」
「乗り手がいいのさ。さすが秋祭りの野駆け競争で、俺を3年連続負かせただけのことはある。ここんとこ出ていなかったが、腕は落ちてないな」リィンがにやっとした。「それに、追い手にチドリと同じ腹の若子が3頭もいたのは運が良かった」
「ありがとう」アカネが繰り返した。
「おまえには借りがある。6年前、お前がせっかくアドバイスしてくれたのに、俺が下手を打って結局アヤメに振られたからな。でも自分の気持ちがちゃんと言えたから後悔してない。おまえのお陰だ」
「礼なんか言わないで」アカネがぴしゃりと言ったので、リィンは肩をすくめて「まあ、いいさ」と言った。
「俺はまた南の谷に戻る。赤ん坊連れのルパを置いてきたんだ」
「ククリ?」リィンの家のルパは、みんなペトリと共に散った7人のミヅチにちなんで名付けられるのだ。
「そう。ククリとスセリだ」
「何代目のククリだっけ」
「3代目だったかな。面白いことに、ククリとつけると大人しく育つ。スセリとつけるとお転婆になってオスを振り回す。それでもオスが群がるんだ。あのチビもきっとそうなるぞ」チトーが笑った。
その笑顔に見とれて、アカネが思わず「アヤメはどうしてあなたを選ばないのかしら」ともらした。アヤメは7歳でエクルーに出会って以来、エクルー一筋なのだ。同じ頃からリィンはアヤメに夢中だし、高校でも大学でもアヤメにのぼせ上がる男の子はたくさんいた。アカネは山ほど手紙や伝言を頼まれた。でもアヤメの気持ちがゆらいだことはない。双子だからって、そんなところまで似なくていいのに。
「知るもんか、そんなこと」すねたようなリィンの子供っぽい口調にアカネは笑ってしまった。
「それに、あれから6年経つのにあなたは相聞会に出ない。お嫁さんももらわない。どうして?」地球系の多い中央では、24歳は大学を卒業して人生これから、という時期だが、ほとんどの男子が16、17で結婚するイドラではかなり位置づけが異なる。
「アヤメを待ってるの?」アヤメは2年前に星外の音大を卒業して、今は家で作曲をしている。結局、イドラ以外の場所になじめなかったらしい。リィンはその問いには答えず、にやっとして言った。
「この辺の集落地で、俺は変わりモンだと評判が定着した。泉守りを引き継いだし、別に嫁をもらわなくても気味悪がられない。だからいいんだ。このままで」
リィンはアヤメやアカネと同い年の幼馴染だ。アカネがリィンを一番気に入っているのは、リィンがアヤメ一筋で無理に双子を平等に扱おうとしないところだ。エクルーと違って。まあ、エクルーにとってはサクヤ以外は双子だろうがなかろうが、平等に対象外なのだろうけど。
2人はルパの群れを引き連れて、ゆっくりとククリとスセリをつないだ谷まで歩いた。
「何も聞かないのね」
「聞かなくてもわかるさ。この街道は温室ドームに続く道だ。何があったかだいたい想像がつく。近頃のサクヤを見ていれば、あの2人に何が起こったかわかる」
もともと、リィンは察しがよくて説明不要なところがあった。そして聞きたくないものも、聞こえてしまっているようだった。その辺りが、エクルーやアヤメといて居心地の良い一因なのだろう。4人で泉の側などで遊んでいると、3人がトランスに巻き込まれて、一番鈍感なアカネが影響を受けない場所まで引っ張り出すのが常だった。
歩きながらいろんな草の葉や茎を齧ったり、香りを嗅いだり、草笛を鳴らしたりしていると、子供の頃に返ったようだ。
「不思議だが、俺はエクルーを恨む気になれない。あいつがどれだけサクヤを大事にしていたか聞いてるし、今のサクヤのことも大切にしているのがわかる。それにおまえやアヤメにも誠実にふるまってる。つまみ食いもしないで、えらいヤツだよ。あいつがいい加減な男だったら、アヤメをひっぱたいてでも、目を覚ませ、こっちを見ろと言っただろうが・・・あいつなら仕方ないと思ってしまう。いいヤツだよな、いくらサクヤにめろめろでも」
「ホント、いいヤツよね。たとえ14の女の子に温室でベロチューしてても」
「わはは。かわいいじゃないか。あの、いつもすましたヤツがどんな顔してサクヤを口説いてるのか見てみたいよ」
見た事のない表情だった。
うっとりした、でも男っぽい横顔。2人が輝いて見えた。全身で求め合っているのがわかるのに、清潔なキス。神聖なキス。
涙がぽろっとこぼれた。
「ははっ。うらやましくなっちゃった。本当に2人とも朝日の中できれいに見えたの」
「ムリに笑うことないさ。アヤメをのぞくと、俺くらいお前の気持ちがわかるヤツはいないぞ。いいよな。あの2人。うまく行って欲しいよ。お互いにお互いしかいない。2人ぼっちって感じがする」
「本当。今更サクヤを捨てたりしたらなぐってやるわ。あんなに小さい頃からエクルーに夢中だったのに」
「でも、先に惚れたのはエクルーらしいぜ。それこそ一目ぼれだったんだってさ。サクヤと目が合う度、サクヤの話題が出る度に真っ赤になるんで面白かったってジンが言ってた」
「ふうん、いいわね」
「いいよな」
2人は顔を見合わせるとはははっと笑った。
スセリはリィンたちを見つけると、甲高い声で鳴いてぴょんぴょんはねた。ククリは落ち着いて草を咀嚼していた。
「スセリ、ごめんね。置いてけぼりにして。怖くなかった?」
アカネに声をかけられると、スセリは大喜びで駆け寄って来てアカネに頭突きを食らわせた。アカネが草の上にしりもちを搗くと、はしゃいでさらにぐいぐいっとアカネの額を押して、顔中べろべろなめ出した。
「本当に赤ン坊に好かれるよな、おまえとアヤメは。時々しか放牧地に来ないくせに、世話がうまい。ルパと話が通じてるんだろ、イリスと同じで」
小さい頃、仔ルパが次々に腹痛を起したとき、アカネとアヤメが放牧地を歩き回って毒草を見つけたことがあった。
「ピリピリしておいしかったんですって」
「でもしばらくして胸にきゅっと来て、次にお腹がきゅうっと痛くなったんですって」
「ふうん、どうしてわかったんだい?」とメドゥーラが聞くと2人は声をそろえて
「だって、みんなそう言ってるもん」と答えたのだ。
「毒があるから、放牧地でも生き残ってたくさん花を咲かせたんですって」
「刈っちゃう?枯らしちゃうの?」
2人が心配するので、メドゥーラが笑った。
「これは役に立つ花だ。私の薬草園に移し替えるよ。高い柵があるから仔ルパも入らない。手伝っておくれ」
それで、メドゥーラのひ孫のリィンも呼び出されて、こき使われた。
「じゃあ、この株もそこに入れてあげて。芽が出ればだんだん苦くなって、ルパがお腹を壊すのよ」
「ほう。確かにそうだ。よくわかったな。一緒に一回りして他に毒草がないか探そう。薬になるからな」
「見つけても枯らしたりしない?」
「しない。ちゃんと活かす」
「じゃあ、こっちにもあるの」
「あの岩陰の黄色いのも」
この一件で、2人はいっぺんにメドゥーラの弟子になった。アヤメは植物やルパとの話し方を追求し、アカネは植物やルパが教えてくれたことを研究した。でも結局のところ、2人とも同じことを扱っているのである。
「おまえらってうらやましいよ」とリィンが言った。
「あら、私だってあなたがうらやましいわ。私も泉の声が聞こえるようになりたい」
「欲張らないでくれ。花とルパに加えて、泉とまで話されたら俺は泉守りをクビになる。必要なら俺が泉の通訳をするから」
「仕方ない。じゃあ、私が花の通訳をしてあげるわ」
「決まりだな」
2人して笑った。
「ねえ」とアカネが言った。「私をアヤメだと思って、一度だけキスしてくれないかな。私、パパ以外の男の人とキスしたことないの」
口に出した途端、後悔した。逆光でリィンの顔が見えない。あきれただろうな。
「俺だってないさ、男とキスしたことなんて」
リィンの言葉にアカネは噴き出した。
「はははっ。ごめん。バカな事言ったわ。忘れて」
アカネがチドリの手綱を取って歩き出そうとすると、リィンが腕を掴んだ。
「まあ、そう慌てるな」そう言ってアカネを抱え上げると、チドリに横向きに座らせた。そして手綱と鞍の後ろに手を置いて、アカネに顔を寄せた。
おでこに軽くキスをして「これがアヤメの分」、それからアカネの腕に手を置いて「こっちがアカネの分」と言ってくちびるにキスをした。まっすぐな心のこもったキス。
身体を離すと、チドリのおしりを叩いた。
「そら行け」
チドリがとっとっとっと歩き始めた。
「元気だせ。がんばれよ」そう言って、リィンが右手を上げた。アカネも手を上げてあいさつを返す。でも言葉が出てこなかった。
逆光で表情が見えない。リィンはどんな顔をしているのだろう。仕方ないやつって顔? それとも照れた顔? きっと温かい顔で微笑んでいるにちがいない。その温かさを頼りにもう思い切ろう。
アカネは鞍頭をつかむと、片足を反対側に移してルパを跨いだ。そして軽く手綱を引くと、早足で南の台地に向かった。
第二楽章
温室から逃げるように飛び出していったアカネを見て、エクルーには思い出したことがあった。その記憶に反省して、セバスチャンたちのサボタージュに対して徹底的に問い詰めることができなかった。
温室に戻って来たエクルーを、サクヤは大きな目でじいっと見つめた。
「何の話だったの?」
「いや、うん。要するに俺が不甲斐ないんで、みんなが心配してくれたって、そういう話」
「ふうん?」
まだ、じいっと見ている。
「その話は忘れてくれ。それより申告することがあるんだ」
「ふうん?」
「ええと、座ろうか」
”座る”というのは温室の中で、最近2人が開拓した死角に行く、という意味だ。南西の一角のひときわ植物が茂っている緑陰の窓辺にベンチやクッションを持ち込んで秘密基地を作ったのである。何でここまでホーム・セキュリティ・ロボットに気を遣わなければならないのか、という気もしないでもないが、どっちにしろカメラに監視されていると思うと落ち着かないし、1年のほとんどをイドラを留守にしている身としては、ロボット達の方が正当な住人のような気がするのだ。
「そんなにエクルーがうろたえるなんて珍しいわね」
付き合いが6年ともなると、サクヤもエクルーのポーカー・フェイスを読むのがうまくなってくる。
「怒らないって約束してあげるから話して」
ベンチに落ち着いたサクヤは、エクルーをまっすぐ見て、静かに言った。
「いや。怒っていいよ。きっと怒ると思う」
「ふうん。まあ、言ってみて」
「ええと、ね。さっきので思い出したというか、認識したことなんだけど、俺、この温室で誰かとキスしたことがある」
サクヤは当惑した。
「あなたの”1pの論文”ゲームはやめてちょうだい。理論物理だろうが数学だろうが、結論を理解するには説明が必要なのよ」
「つまりね。温室の床で俺がうたた寝をしていた。俺はサクヤの夢を見てて、サクヤが”風邪ひくわよ、起きて”と傍にひざまづいたので、つかまえてキスした。サクヤが飛び起きて温室から走り出て行ったのを、俺は寝ぼけ眼で見ていた。今考えるとあれは、夢じゃなかったみたいなんだ」
「それで、夢のサクヤが誰だったかわからない、と言う訳なのね」
「うん」
エクルーが小さくなって答えた。
「最低」
「ほら。”怒らない”と約束しなくて良かっただろ?」
サクヤにじろっとにらまれて、エクルーは再び小さくなった。
「ちなみに、それはいくつの時の話なの?」
「9つになる前」
サクヤはほっとした顔をした。
「何だ。そんなに前なの。じゃあ時効じゃない」
「だけど、君、8つの時のこと、覚えてるだろう?」
「・・・そうね。双方、覚えていたら時効じゃないわね」
サクヤはため息をついた。
「さっきので思い出したってことは、相手がアカネだと思ってるのね?」
「アカネかアヤメのどっちかだと思う」
「じゃあ、2人とも子供だったんじゃない。過ちとは言えないんじゃないの?」
「それが・・・昔の夢を見てたんで、何と言うか気分だけは大人だったから、思いっきり手加減なしにキスしちゃったんだ」
サクヤはまたじろっとにらんだ。
「エクルーは私を怒らせたいの?」
「ちがう。正直に言おうとしているだけだ」
サクヤはまた、ため息をついた。
「8歳の女の子がそんなキスをされたら、たとえ好きな相手でもトラウマになっちゃうかもしれないわね」
「それか、キスの相手を好きになっちゃうか」
サクヤがまたじろっとにらんだ。
「君のケースだよ」エクルーが指摘した。
「あ、そうか」
6年前、ままごとのような結婚ごっこで誓いのキスをした。あれがサクヤの恋の始まりだった。
サクヤは胸の前にクッションを抱いて、その上にばふっとあごを休めた。
「それで、どっちかわからないの?その後もずっと会ってたでしょう?」
エクルーはしばらく考える顔をしていた。
「わからない。今はともかく、あの頃の2人はオーラも残留思念のウェーブもぴったり重なるぐらいそっくりだった。声も身体つきも身のこなしも、丸っきり区別がつかなかった。2人を見分けられるのは、イリスとメドゥーラだけだった」
「ふうん」
サクヤは肩を落とした。
「仕方ないわ。でも、今後は気をつけてね?ジンが同じようなシチュエーションで、寝ぼけたあなたに何度かキスされたって言ってたわ。もう慣れた。驚かないって。何だかかわいそうで、いつもしばらく抱っこしてやるんだって言ってた。アルなんて面白がって、キスの相手をシロクマのイメージにすり替えてあなたがうなされるのを見て笑ってたんですって。その分じゃ、グランパにキスしてたって驚かないわ」
エクルーが青くなった。
「とにかく、私、怒っていいのよね?じゃあ、3日くらいスオミのとこに家出してくる。薬草の処理に手が要るって言ってたから。反省して」
サクヤはこのところ専用に使っている小さなボートに乗り込んだ。スオミのトレーラーは、最近宙港よりさらに南の大地で薬草を集めつつ、付近の集落を診療している。現在のトレーラーの座標を取得してボートに入力すると、特に何もしなくても勝手に連れて行ってくれるのだ。いつもはマニュアルにして操縦の練習をするのだが、今日はボートに任せてシートにもたれると、目を閉じた。
エクルーはいつもあんなに鋭いくせに、本当にわからないのだろうか。気づきたくないだけじゃないだろうか。私だって、これまでアカネがショートカットにしたり、ジーンズやサファリシャツばかり着るのは、アヤメと区別をつけるためだと思っていた。でも、本当は、大きなサクヤと似ないようにしていたんだわ。アヤメは髪を腰まで伸ばして、淡い色のシンプルな服ばかり着て、知ってか知らずか印象がサクヤと重なる。抑制の効いた低い声で話して、静かに微笑む様子も。つまり、アカネだって自然にしていれば、エクルー好みの外見になったはずなのに。
閉じた目に涙がにじんだ。
アカネは、エクルーの夢の主を見たに違いない。自分はただ、間違えてキスされただけ。何て残酷な思い知らされ方だろう。そして今日、アカネを2度目の失恋をしたんだわ。私のせいで。
スピーカーからスオミの声が響いて、物思いを破られた。
「ごめんなさい。裏に干した薬草を取り込みに出てたの。今、メッセージを聞いたわ。手伝いに来てくれるんですって?」
「ええ。3日間くらい泊り込みで。いいかしら?」
「助かるわ。フレイヤも待っているのよ。ここまで気をつけてきてね」
トレーラーは無人だった。裏手に張った天幕をのぞくと、アカネが地面にあぐらをかいて薬研をひいていた。スオミが薬草の束を抱えて天幕に入ってきたとき、サクヤとアカネを無言で見つめ合っていた。
「本当、助かるわ。2人も助っ人が来てくれるなんて。雨季が来るまでに、全部ひいて木箱に納めてしまいたかったの。アルなら見張っていないと危なっかしいけど、2人なら安心して任せられるわ」
スオミは2人の間に漂う緊迫した空気に気づかないフリをして、にこにこと話し続けた。
「診療所で患者さんが待ってるの。ここ、任せていい?アカネはこっちの袋のキナを頼むわ。サクヤはこれ。紫根。硬いからハサミで切りながらゆっくり粉にして。お願いね」
スオミは診療所に入るなり、エクルーをモニターに呼び出した。
「あなた、何したの?」
「ええと」
「アカネとサクヤが来てるの。2人共、3日くらいがむしゃらに働きたいと言うの。ひとことも口を利かないで、枝をバツバツ切ってて、怖いったらないわ」
「すみません」
スオミはため息をついた。
「仕方ないわ。私のところで預かりましょう。おかげで作業がはかどりそうよ」
「よろしくお願いします」
エクルーはぼろを出さないように、最小限の言葉であいさつして通信を切った。
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