白い花の唄

笛吹カトリ(karicobo)の日記、一次創作SF小説『神隠しの惑星』と『星の杜観察日記』のブログです。

2.ホタル鳴く宵

2009年08月10日 13時57分47秒 | 神隠しの惑星
 北東の空を3つ、流星が流れた。大きく弧を描いて西の岩山に落ちた。
 祖父はよく、星がたくさん流れる夜には亡くなった人の魂が帰って来るんだ、と話していた。

 ……ばっちゃん、帰って来てるのかい? この花、ばっちゃんと同じ名前だろう?

 私は祖母の墓に、青い花を供えた。今では、西の沼地を青く染めるほど咲き乱れる花。
 祖母の生前にはごく稀少な植物だった。この花を見つける度、祖母はそれは喜んだそうだ。私は生前の祖母に会ったことがない。でもくり返し、くり返し、祖父や両親に話を聞くうちに、私の中で祖母は神話になった。大地母神のように美しく強い女性だったと。

 祖母の墓の隣りにもうひとつ墓石がある。これはまだ少女の頃に亡くなった、祖母の妹の墓だった。今では墓石が蔓に埋もれている。蔓が延びて祖母の墓も飲み込みそうだ。
 私は血が混じってもうその声を聞けないけれど、祖母はよくこの蔓の白い花としゃべっていたそうだ。

 露を求めて土ボタルが光り始めた。その光に誘われるように沼地から飛んできたホタルも舞い始めた。花の言葉はわからない私にも、ホタルの言葉はわかる。母からホタル達を紹介された時にはまだ30センチくらいのぷよぷよしたヤツばかりだったのに、今では5mを越えるものもいる。皮膚がしっかりしてきて、こんなに沼地から離れた荒地にまで飛んで来れるようになった。もっとも、ホタルは水を呼ぶので、沼地から墓地までクリークができつつある。来年の祖母の命日には、ここにこの青い花を移植できるかもしれない。

 また星が長い尾をひいて流れた。ホタルが怯えて、ぽぅぽぅ鳴き始めた。怯えるのもムリはない。連邦の地質調査局が隕石の迎撃衛星を20個ばかり飛ばしてくれているとはいえ、他の惑星の配置、彗星の通過なんかをいろいろ考慮に入れて大きなコンピューターにぶち込んでも、いつどのくらいの規模の星くずが降ってくるか予測できない。この70年足らずに2度、極ジャンプがあった。7、8年に一度は直径1キロを越える隕石が降って大火事の後、大寒波が来る。
 この星はこれだけ緑豊かな水の惑星になったにも関わらず、食物を栽培できない。我々は700年前の知識のまま、沼地に生える草の穂を食べ、荒地で薬草を集め、家畜を飼って暮らしている。連邦はこの惑星をまるごとサンクチュアリに指定したので、異星人は限られた研究者が住んでいるだけだ。


 ホタルが鳴くので、口笛を吹いて呼んでやった。順番に目の周りを掻いてやる。
「いっぺんに来るな。おまえ達、しっぽを俺の顔にぶつけるなよ」
 落ち着いたのか、るーともろーともつかない声で歌い始める。
「大叔母ちゃんの花に水やっといてくれよ」

 ……シレネーの花スキ。蜜が甘イ。
 ……またシースが出来た。新しいところに蒔いてイイ?

「任せるよ。どこが花に向いてるか、おまえらの方がよくわかるもんな」
 実際、祖母が亡くなった頃には、大叔母の花はごく普通のつる草だった。今では一部が木質化してひとつのこんもりした茂みになっている。でも、草の頃と同じ花が咲いている。
 時々、草の一部が硬い殻に包まれた石のようになる。これが種のようなものらしい。時々、ホタルが新しい場所に運んでいく。蒔いても芽が出るのは20年か30年先らしい。

「今、良さそうな所に蒔いても20年後までに隕石落ちるかもしれないぜ」
 と、意地悪く聞いてみたことがある。

 ……ダイジョウブ。ここ、100年は落ちないところ。それまでに次のフェイズに育って、新しいシースできる。そしたら、またホタルが安全な場所に運ブ。

 どうやら、そういう事らしい。我々も新しい集落や放牧地を作るとき、ホタル達にご託宣をもらうようになっていた。

「父さーん」
 娘のルーピンがホタルを三匹従えて走って来た。両手にひとつずつ、薄布を貼った提灯をぶら提げている。
「走るな、走るな。転ぶと提灯が壊れるぞ」
「だって遅くなると土ボタルが隠れちゃうでしょう」
「心配しないでも、ペトリが上るまでは光っているよ。慌てないで、準備おし」
 少し遅れて、息子のヴァルがぶつぶつ言いながら追いかけてきた。
「姉ちゃん、ずるいんだよ。軽いものだけ持って、走ってっちゃってさ」
「そういうあんたは何よ、叔父さんとこのルパを借りてきちゃって。ちゃんと断ったんでしょうね?」
「ダイジョウブだよ。今夜お産するメスが2匹いるから、どっちにしろオスは離しといた方がいいんだ」
 ヴァルは手際よく、ルパの背から荷物を解いて墓の周りに並べ始めた。今年獲れたイモとウリと木の実から作った甘酒。提灯にロウソクを入れて灯を点した。灯りに釣られて、土ボタルが集まってくる。墓場に多いので嫌われることも多いが、オレンジ色に明滅する明かりはきれいなものだ。


 理屈やのヴァルが不平を言う。
「どうして大婆ぁのお墓だけ、こんなはずれにあるのさ。うちの墓は三日月湖の側にちゃんとあるじゃないか。あそこなら夏の放牧地から近いのに」
「だから何度も言ったじゃない。大婆ぁはシレネーの横に眠りたかったのよ。ふたりで故郷の話をしたかったんだわ。大婆ぁとシレネーは他所の星から来たのよね、お父さん」
「そうだ。もうその星は誰も住めなくなっちゃったんだよ。この星に来て、やっと安心して暮らせるようになったんだよ」
「じゃあ、この星が好きなんだったら僕らと同じお墓でいいじゃないか。どうして大爺ぃと違うとこに眠るんだよ」
 ヴァルは口をとがらせる。


 また星が流れた。今度は天頂から10数個、雨のように光の鳥かごのように私達を包んだ。これにはホタルも喜んで、くるくる空中で回った。
「だからシレネーがここで土地に溶け込んじゃったから、ここから離れるわけに行かないんだって言ったじゃないの。この白い花はねえ、お供えして植えた花じゃないのよ。シレネーそのものなの。大婆ぁたちはそういう星の人達だったのよ」
「その話、誰に聞いたんだい。大婆ぁが死んだ時、お前生まれてなかったろう」
「シレネーに聞いたの。8つの時、ここにお花を持って来たら、シレネーに呼ばれたの。この蔓の側に手をついて、地面に髪を垂らしてごらん。地面に顔をつけて、両手をひろげてごらんって」
 私は戦慄した。ルーピンが8歳の時、行方不明になった事があったのだ。ひとりでルパを操って、放牧地から10キロも離れたこの墓地に来た。地面にうつ伏せて、眠り込んでいるところを発見された。この日を境に耳の下くらいだった薄茶の髪がうでの付け根まで伸びて、しかも青緑に輝くようになった。それからも、度々ひとりで墓地にくるので、お目付け役のホタルを一匹つけたのだ。

「ねえ、父さん。私、大婆ぁがこの星に来たのと同じ年だわ。大婆ぁの秘密を話してくれない。この青い花はペトリから来たんでしょう。ホタルもペトリから来たんだって、父さん言ったわ。でもペトリは空気も水もない岩の塊じゃない。大爺ぁは大事な大事な秘密だって言ったわ。私もぜったい他所の人に話さない。ペトリの秘密を話して」
 どうやらこの娘は、4代めにして一番祖母の血が濃く出ているようだ。祖母と祖父と友人たちの物語を伝えるのに、最適の語り部かもしれない。
「ヴァルはどうだ。秘密を守れるかい?知られたら、連邦や同盟や、アカデミー・ステーションのヤツらがこの星にやって来て、岩山を掘り返したり、先祖の墓地を荒らしたりするかもしれない。一番怖ろしいのは、お前達を連れ帰って実験に使おうとするかもしれないってことだ」
 ヴァルは動揺して、私の腕にしがみついた。尻尾の毛が完全に逆立っている。
「どうして、どうして俺達を捕まえるの? 食べられちゃうの?」
「バカね、実験に使うって言ったじゃない。誰があんたみたいなやせっポチ食べるもんですか」
 強気な言葉を放っても、ルーピンのしっぽもいつもの2倍はふくらんで、ヒゲがおったっている。

「私達は、ホタルと話せるだろう。だからだよ」
 ちょうどその時、南の森の木立の上からぽっかりペトリが上った。いびつな形だが、温かいオレンジ色で明るく輝いている。
「そうだね。話してあげよう。なぜ秘密なのか、何が大事なのかわかったら、不用意に外にもれることもあるまい」
 私はしばらくペトリを見つめていた。ホタルが7匹、お互いの尾を捕まえるようにきれいな輪になってくるくる飛んでいる。このダンスはどうやら彼らのコミュニケーションらしい。その輪の中心に、まだ低い空にあるペトリが見える。
「今は、月が3つあるだろう。ペトリと、フルオール、アルビ。でも昔……もう60年過ぎたのか。その時までペトリはひとつの星だった。私達の住んでるイドラよりも大きな星だったんだよ。その頃のペトリといったら、そりゃあ綺麗だったんだって。大婆ぁがよく話していたなあ。湖があって、森があって、いろんな花が咲いてたんだって」
「今のイドラみたいね」
 とルーピンが言う。
「そうだね。今のイドラみたいだ。このたくさんの花も、水も、ホタル達もペトリが壊れる時、イドラに移って来たんだ」
「どうやって星を移ったの? 船に乗ったの?」
 とヴァルが聞いた。ヴァルはルパの牧童をやるのに飽き飽きしていたので、いつか外の学校にいって船乗りになるのが夢なのだ。
「こんなにたくさんの水や樹を船に乗せられないよ。でもその頃、いや、もう1万年くらい前からペトリとイドラはいろんなモノが行き来してた。干ばつで食べ物がない時、大吹雪でみんな死んでしまいそうな時、イドリアンはペトリに避難したり、しばらく住んだりしてたんだ」
「どうやって行き来するの?俺、ペトリに行ってみたい」
 ヴァルは勢い込んで、訊ねた。
「今はもうダメだ。ペトリには人が住めないし、呼んでくれるホタルもいない」
「ホタルは星に飛べるの?」
「ちがうよ。ホタルは自分では宇宙を飛べない。でも人や花やいろんなものを運んでくれた」
「この子達も? 頼んだらやってくれる?」
 ルーピンはお目付け役のホタルをなでながら聞く。
「まだだめだ。この子たちは小さ過ぎる。まだ60年かそこらしか生きてない。あと500年はかかるね」
「じゃあ、大婆ぁが生きてた時、そんな大きなホタルがたくさんペトリに住んでたんだね?」
「そうだ。3000年くらい生きてる長老がいっぱいいた。そして巨大なホタルが死んだ後の化石が谷を作っていた。ほら、これをご覧」
 私はルパのなめし革で作った袋から、手のひらほどの大きさの石を取り出した。ひもを弛めた途端、袋から光がこぼれ出るようだった。青白く光を放ち、表面は乳白色で明るい緑やオレンジ、赤、青、様々な色の帯が走る。
「触っちゃだめだよ。この石は力が強すぎるんだ。父さんだって、袋に入れて絶対に身体に触れないようにしてるんだ」
 私は祖母の墓石の上に水盤をおいて、その水の中に注意深く石を沈めた。。辺りは青白い光に包まれて、ランタンが要らないほどだ。懐かしい光に喜んで、ホタルが乱舞し始めた。南の森からも、西の沼からもホタルが続々と集まってくる。
「うわあぁ、すごーい」
 子供達はふたりして口を開けて、空を見上げた。
 今では1000を越えるホタルが集まって、空にゆっくりとらせん状の群れを作り旋回していた。
 口々にるーともろーともつかない音で歌いながら。

「この石が秘密なんだ。すべてはこの石から始まったんだよ」




       


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