こはくのPumpkin Radio

身長156センチの豆粒・こはくと168センチのあみるが絵を描いたり、小説を書いたり好き勝手やってるブログです!!

闇サンタ外典【Peace Frontier】#18

2014年10月06日 | Peace Frontier
終わった・・・。
自分では、殺して止める以外、翡翠を止める術はなかったろう。しかし、村長は、その圧倒的な戦闘力を持って、翡翠を殺すことなく、誰一人殺すことなく、この場を収めた。
全身から力が抜けて、立ち続ける事が精一杯なアンバーの心に去来する感情は、不思議と自分への不甲斐なさではなく、ただただ、村長への畏敬の念であった。
「あのシジィ、あの強さ、反則やろ・・・」
呟くガーネットの表情も、言葉とは裏腹にスッキリしている。
コーラルも、安心と疲れからか、少し離れた大樹の切株に腰を掛け、ライフルを切株にもたれ掛けて、腕の中の子熊を撫でている。
村長は、そんなアンバー達の様子を見ながら不敵な笑みを浮かべ、2本目の煙草を取り出そうと胸元を漁っている。

一番はじめに異変に気付いたのは、おそらく、コーラルの腕の中の子熊だったろう。
一瞬、ビクッと顔を上げたガルダベアの子熊は、すぐに全身を震わせ、コーラルの豊満な胸に顔を埋めた。

直後、村長、アンバー、ガーネット、コーラルが、空間に流れる冷気を感じ取ったのは、ほぼ同時。
それは、気のせいなどではなく、付近一帯の地面や樹皮、葉に霜が降りている。
「じいちゃん!!」
大紀が叫んだのも、ほぼ同時であった。

村長が翡翠の方を振り返る。
その目と鼻の先に、すでに翡翠は接近していた。
その表情に、卑猥な笑みは無い。
状況を判断するのが先か、歴戦の強者の条件反射か、翡翠に対し、カウンターの賞底を繰り出す村長。
振り下ろされる翡翠のブレードよりも、最短距離を走る村長の賞底の方が僅かに速い。
村長の賞底が、翡翠の鳩尾にめり込む。

手応えが・・・ない・・・?

村長の表情が曇る。
その村長の目の前の翡翠が、景色に溶け込むように消えた。

仙歩っ!?

村長が即座に、自分の死角になっている方向に視線を向ける。
そこには既に、翡翠のブレードが不可避な角度と速度で迫っていた。

高速で振られたブレードが空気を裂く音が空間に響く。
村長は咄嗟に仙歩を使い、翡翠の前から姿を消し、数メートル離れた位置に回避した。

ぱたた・・・

翡翠と村長の間の地面に、血痕が微かな音を立てて落ちた。

崩れ落ちる様に片膝立ちになる村長。
その背中は、衣類が裂け、薄い黄色の民族衣装が真っ赤に染まっていた。
腰の帯に差していたオリハルコンのリボルバー『野櫻』。
それがブレードに当たり、軌道を変えてくれなければ、致命傷になっていたかもしれない。
しかし、それでも、傷は深い。
「本能に支配された状態で、サイコキネシスを解き、負傷を治療しよったか・・・。なるほど、化け物じゃの。」
一見、平然と話す村長だが、その年季を刻んだ顔の皮膚は粘る汗が張り付き、その呼吸は先程までとは打って変わって荒い。
「自分一人イッて満足されたら困るわ。こっちはもっと気持ち良くなりたいっちゅうねん・・・」
そう言って悠然と村長の方に歩みを進める翡翠の口元には、再び卑猥な笑みが浮かんでいる。
アンバーが庇うように村長の前に踏み出し、同時にハンドガンの引き金を引く。
銃声と同時にガーネットが翡翠に飛びかかる。
翡翠の左肩口より噴出する靄に弾かれる銃弾。
鮮血を散らせながら、翡翠の脇に跪くガーネット。
そのガーネットに、まるで興味がないような視線を投げ、翡翠が呟く。
「邪魔・・・」
アンバーは翡翠の視線がガーネットの方に向けられた瞬間を逃さず、再び引き金を引く。
翡翠の眉間に吸い込まれる銃弾。しかし、翡翠の姿は、そこから樹海の風景に溶けるように消える。
刹那、押されるような衝撃に飛ばされたアンバーのすぐ後ろを、翡翠のブレードが斬り裂く。
村長がサイコキネシスで咄嗟にアンバーを飛ばさなければ、アンバーは真っ二つになっていたろう。それにしても、真似事とはいえ仙歩を使い始めた翡翠、事態は最悪のさらに上を進み始めた。
アンバーやガーネットを追撃せず、翡翠は村長の前に立つ。
膝立ちで荒い呼吸のまま睨む村長を見下ろし、翡翠は静かにブレードを上げる。
「もっと、気持ちいい事、しよっ♪」
ブレードを持ったその腕が、村長目掛け、一直線に振り下ろされる。
刹那、翡翠のブレードを持つ肩口が弾け飛ぶ。
「こ・・・のっ・・・」
翡翠が振り向き、まるで嫉妬でも籠ったような鋭い視線で一点を見る。
そこには、ライフルを構えたコーラル。その銃口からは硝煙が上がっている。
翡翠の意識が村長に縛られた瞬間を逃さず狙撃したのだ。
「やっぱりや!今の翡翠は、オリハルコンを体外に放出してるせいで、レーダーが使えてへん!!死角からなら当たる!!!!」
「あほ!!なんで、頭狙わんかったんやっ!!」
今の翡翠の弱点、その事実を伝えようと大声を上げるコーラルに対し、アンバーが叫ぶ。
「逃げろ!!」
「いかん!!」
ガーネットと村長が叫んだのは同時だった。
コーラルに月明かりを遮るように影が降る。
そのシルエットは、剣を振りかぶる。即座に間合いを詰めた、翡翠の影。
「それが・・・なに?」
「え?」
今までよりもさらに上がった翡翠の速度に、コーラルは反応出来ない。かろうじて、眼だけが目の前の月を背にする翡翠の幻想的で美しい姿を捉えていた。
「間に合わん!!」
叫びながらも、村長は左掌を翡翠に伸ばす。
振り下ろされる翡翠の凶刃。
アンバーもガーネットも動けず、ただ、刹那、訪れるであろう仲間の死を見つめる事しか出来ない。
迫るブレードに対し、身体がせめてもの反応を見せたものの、その反応は、腕の中の子熊を庇うように強く抱きしめただけだった。
刃がサラサラの美しい髪に触れる。
そこにいる全ての者が、スローモーションになったような感覚で、その様子を見ていた。
コーラルの眼がキツく閉じられた。その後の生存を諦めたように・・・
「コーラルっっっ!!!!」
アンバーとガーネットが同時に叫ぶ。
噴き上がる血液、飛び散る脳漿・・・・力を失った身体は崩れ落ち、その場に血の池を拡大させていく。


アンバーもガーネットも、そして村長でさえも脳内に描いた、確実に訪れる結末。しかし、それは訪れていなかった。
振り下ろされたブレードは、コーラルの毛髪に少し当たったところで停止している。
開かれたコーラルの目の前には、眼を見開き、その動きを止めている翡翠がいた。
コーラルは、自分が未だ生きている現状が理解出来ずにいた。
理解出来ずにただ呆然と目の前で動きを止めた翡翠を見つめ続けるうちに、翡翠の見開かれた眼が、自分の胸下辺りを見ている事に気付く。
コーラルは翡翠の視線を追うように、視線をゆっくりと自分の胸下に移す。

黒い短髪が、風に揺れている・・・

翡翠とコーラルの間に、コーラルを庇うように両手を一杯に広げた子供がいた。
「大紀っ!!!!」
事態を理解し、叫んだのは村長だった。
「大・・・紀・・・?」
コーラルが未だ事態を飲み込めずに呟く。
そういわれれば、なるほど。自分と翡翠の間に立っている子供は大紀だ。確か、村長が連れて来ていた・・・呆然と考えていた脳が、ここで正気に戻る。
「大紀、なんで!?」
コーラルが大紀に後ろから腕を回し、自身の後ろに下げようとする。
しかし、大紀は力強く大地を踏みしめ、全く動かない。とても子供の力には思えなかった。
翡翠を見つめる大紀の眼差しは、恐怖を一滴も含む事無く澄んでいる。
その大紀の姿に、視線に、捕われた翡翠は、未だ動かない。
大紀が澄んだ瞳を向けたまま、ゆっくりと口を開く。
「もういいよ、お姉ちゃん。戻っておいでよ。」
翡翠の手から離れたブレードが、力なく地面に落ち、横たわる。
翡翠の瞳から溢れた大粒の涙が、大紀の額を濡らした。
膝から崩れるように落ちる翡翠が、大紀を強く抱きしめ、優しい日向の匂いのする首筋に顔を埋める。
「ごめ・・・みんな・・・ごめん・・なさ・・・い・・・」
嗚咽に声を詰まらせながら翡翠を、その場の全員が呆然と眺めていた。
「もう、大丈夫だよ、お姉ちゃん。」
大紀の小さな手が、翡翠の頭を優しく抱きしめた。

翡翠の嗚咽が漏れる樹海に、虫の声が戻って来ていた。

闇サンタ外典【Peace Frontier】#17

2014年10月06日 | Peace Frontier
「じいさん、こんなトコで何しとんねん?」
ガーネットが離脱する足を止めて、振り返る。
「おじいちゃん・・・」
呟いたコーラルが、直後、緊張の面持ちで子熊を腕にライフルを構え辺りを警戒した。
コーラルと同時に、アンバーもまた、コンバットナイフを手に周囲を警戒する。
「な、なんやねんな、一体・・・」
ガーネットは訳も解らず、2人の緊張に煽られる形で、マシンガンを手に樹海を見渡す。しかしその視界に映るのは、ここ数日、嫌というほど見て来た数多の樹々達だけだ。
「なんやねん・・・」
ガーネットがマシンガンを構えたままで呟く。
「オリハルコンの使い方がアホなあんたのは分からんやろけど、なんかおる。眼には見えてへんけど、(オリハルコン)レーダーには引っかかっとんねん。」
コーラルの言葉に、その場の緊張感がさらに増す。

「あー・・・、そんな緊張せずとも良い。大紀、出て来て良いぞ。」
村長が言葉を発すると、今まで見ていた樹海の一部がまるでカーテンを捲るように開き、そこから大きなバックパックを背負った子供、大紀が現れた。
その顔には、笑顔とも困り顔の両方が浮かんでいるが、恐怖は無いようだ。
「じいさんっ!!こんな夜中に大紀まで引っ張り出して来て、何しとんねんっ!!!!ここは、ここにはまだ、敵兵力が潜んでる可能性が高いんやぞ!!」
ガーネットは村長の方を向き直ると同時に、感情的に激を飛ばした。
「大紀が昼間に面白いもんを見つけたと言うからの、2人で散歩しとったんじゃ。大紀はこの森に愛されとるからの、大紀と散歩すると、面白いものがよく見れる。」
「馬鹿がっ!!」
翡翠の方を向いたまま涼しい顔で答える村長に、ガーネットはさらに感情的に言う。
「散歩するならせめて昼にせぇ!!あんな旧式の光学迷彩布なんか、マンティコアには通用せぇへんぞ!!!!大紀になんかあったら、どないすんねん!!!!」
「わしを出し抜いて大紀をどうにか出来るもんが、今、この樹海におるんかのぉ・・・」
そう言って振り返る村長の眼を見たガーネットは、いや、コーラルもアンバーも、背中に冷たい汗が一気に吹き出すのを自覚した。
「で、おぬしはお話が終わるまで待ってくれとるんかの?お優しいのぉ・・・」
村長は翡翠の方に向き直ると、プロが素人を馬鹿にするかのような笑みを浮かべる。
「なんなん、じいさん。まさか、じいさんがウチの相手するつもりなん?」
2本の高周波ブレードを鞘に納め腕を組んで仁王立ちしていた翡翠が怪訝そうに問う。
「このまま放っといても、そのうち身体が活動限界を超えて活動停止状態になって、オリハルコン粒子の濃度の低下と共に正気に戻るじゃろうがぁ・・・そうなるまでに、この樹海内に点在する集落の罪なき人々が犠牲になるやもしれん。樹海に潜むならず者達がどうなろうが儂の知ったこっちゃないが、付き合いのある集落の爺婆が巻き込まれた日にゃあ、目覚めが悪いからのぉ・・・」
「じいさん、あんた本気でウチを気持ち良く出来るつもりなん?」
ぬけ飄々と緊張感なく話す村長に対し、翡翠は恍惚な表情を陰らせ、明らかに不満そうだ。
「老人も馬鹿にできんぞ?若いもんにはない、ねちっこいテクニックがあるからのぉ♪」
村長はにやつき、人差し指と中指を絡めて動かせて見せる。
「テクニックがあっても、肝心なモノが勃たないんじゃぁ、話にならんわ。」
翡翠が溜め息ながらに返す。
「儂は、生涯現役じゃ!!」
言葉が終わると同時に、村長はいつのまにか翡翠の懐深くに潜り込んでいた。
翡翠の表情が一瞬にして凍り付く。
「くっ・・・!!」
回避行動を取ろうとする翡翠の脇腹に、村長の掌底が深々と突き刺さる。
その衝撃は、翡翠が今までの経験から本能的に覚悟したソレを遥かに凌駕した。
この年齢、この身体、この筋肉からこんな威力はありえへん!!
スローモーションで流れる意識の中で考えを巡らせている間に、翡翠は数メートル吹っ飛ばされていた。
空中で体勢を立て直し、着地する翡翠に村長は左掌をかざす。
刹那、翡翠の身体に恐ろしいまでの負荷がのしかかった。
サイコキネシス・・・!!
翡翠は村長の屋敷でガーネットの身に起きた事象を思い出す。
続いて村長は右手の中指を翡翠に向かって突き上げた。
まずいっ!!!!
翡翠が思うと同時に、翡翠の足下から火柱が吹き上がり、翡翠を包み込んだ。
「ひぇ~・・・、サイコキネシスで動きを封じてパイロキネシスでトドメって・・・。凶悪過ぎやろ。」
ガーネットが恐怖を隠した笑みを浮かべ、強がるように言う。
「やったか?」
呟くアンバーの横で脅える子熊を胸に抱えたコーラルが複雑な表情で炎を見つめている。
村長が涼しげな表情で右手を払うと、炎は一瞬にしてその姿を消した。そして炎が消え去ったそこに現れたのは・・・左肩から噴散されるオリハルコン粒子のカーテンにその身を包まれた翡翠であった。
カーテンがゆっくりと解き解かれ、軽度の火傷を数カ所に負った程度の翡翠がその姿を晒す。その顔には再び恍惚な表情に満ち、卑猥な笑みが浮かんでいる。
「ええで、じいさん。合格や。ウチの相手としては、合格や。」
「ほう、その靄は、炎をも防ぐか。」
快楽に身を捩る翡翠を見る村長の顔にも笑みが浮かぶ。
「激しく絡み合おうやっ!!」
翡翠は叫び地面を蹴ると、猛スピードで村長に迫る。
村長は迫る翡翠に向け再び左掌を向け、サイコキネシスでその動きを封じようと試みる。
翡翠はまるで見えているかのようにブレードを横薙ぎに振ると、サイコキネシスを斬り裂いた。
サイコキネシスは目視不可能だ。だが、その場にいた全員が、翡翠がサイコキネシスを斬った事を理解していた。事実、翡翠の動きは封じられる事なく、村長に迫る。
ブレードを振りかぶる翡翠に対し、村長は慌てる様子も見せずに、再び左手を振るいサイコキネシスを発動させた。
振りかぶった翡翠の右腕がボキリッという音と共に、有り得ない方向にひしゃげる。
「おおおおおおおおおおっ!!」
しかし翡翠は雄叫びを上げると、右手を折れたままに村長に斬り掛かる。その過程で驚く事に、翡翠の右手は折れた事が嘘のように回復し、そのブレードを村長に向けて振り下ろした。
村長は自身の左側面にサイコキネシスで造ったシールドを展開し、翡翠の凶刃を受け止める。
不可視のシールドに接触したブレードが、大気との摩擦によって生じた電蛇を刀身に絡める。
「あああああああああああっっっ!!!!」
翡翠は再び、不可視のサイコキネシスのシールドを切り裂き、ブレードを振り抜いた。
しかし、村長は既にブレードの間合いより退避しており、翡翠のブレードは空を斬っただけに終わった。
ふぅ・・・・
翡翠は吐息を吐き出し、恍惚の表情で村長を見やる。
「骨折を即座にオリハルコン粒子で治療しおったか。バケモノめ、こんなことならオリハルコン粒子を使った治療法なんぞ教えるんじゃなかったわい。」
翡翠に対し不満を漏らす村長の表情はしかし、まだ余裕がうかがえる。

アンバーとガーネットは、今のやり取りに恐怖とも思える感情を感じていた。
『さっきの翡翠の動き・・・、俺等んときより数段上とちゃうかったか?』
脳内通信でガーネットが問いかける。
「手を抜いてた、抜かれてたって事やろ。その気になれば、翡翠はいつでも俺等を殺せた・・・」
アンバーは口に出して答えた。
その発言に、コーラルの表情が明らかに陰る。

「じいさん、本気ださないと、死んじゃうよぉ?」
ガシャリと、ブレードを肩に乗せ、翡翠が甘い声で言う。
「おいおい、ワシはいつでも本気じゃぞ?」
村長は、わざとらしく焦ったような演技をして言うと、
「しかし、まぁ、サイコキネシスで抑えられんのなら、やり方は変えんといかんのぉ。」
と続ける。
その言葉の後、村長の身体から発する雰囲気が明らかに変わった。
その鋭い眼光を翡翠に向けた途端、炸裂音と共に翡翠が吹っ飛んだ。
く・・・
翡翠が片膝立ちで、村長を睨む。しかし、すぐに、恍惚の表情に戻り言う。
「なんや、今のは。何をしたんや、テクニシャン?」
「特に何もしておらんよ。眼光に殺気を込めただけじゃ。過ぎた殺気は物理的に影響を与えるからのぉ。」
村長は眼光の鋭さそのままに口角を上げる。
「なるほどぉ・・・」
翡翠が身体を起こすと、翡翠の足元の下草や周りの樹々の葉、幹に霜が降りる。樹木の水分が凍り、パキパキと微かな音を立てた。この亜熱帯のガルダにおいて、有り得ない現象だ。
「こわいのぉ。本能に支配された状況でこれほどの殺気を発するか。それにしても冷たい殺気じゃ。」
村長の表情が強ばる。
二人の間の空気がピンと張りつめる。二人は見つめ合ったまま動かない。
見つめるアンバー達にとっては、過ぎる1分、2分が数時間のように感じられた。

翡翠の殺気に当てられ凍らされた一枚の葉が、その形を維持出来なくなり、音を立てて砕けた。
その僅かな音を合図に翡翠が地面を蹴る。
しかし、それより速く、村長は翡翠に接近し、自身の間合いに入った。
これは翡翠の想定した動きを大きく上回るものであった。先ほどまでの僅かなやり取りで、村長の戦闘速度を把握し、それに対応した戦闘形態をとった。にも関わらず、いとも簡単に村長の接近を許したからだ。
村長の拳が翡翠の脇腹に迫る。
翡翠は即座に腕を畳み、拳を自身の肘で受ける。そのまま、返す刀で村長の首を飛ばす算段だ。
しかし、それも失敗に終わる。
村長の拳を受けた翡翠の肘の骨があっさりと砕けた。本来なら、肘で防がれた相手の拳の方が砕けるはずなのに。それほどまでに、肘の骨というのは、固く鋭い。
村長の拳は翡翠の肘を砕き、そのまま振り抜かれた。
肘越しに脇腹に入った衝撃が、そのまま反対側の脇腹に抜ける。
威力も上がっとる・・・。これは・・・サイコキネシスを自分の内に作用させとるな?
鋭い洞察力で、一瞬の内にカラクリを見破った翡翠の口内に、錆びた鉄の味が広がった。肘で防いでいなければ、内臓が丸ごともっていかれていたかもしれない。
しかし翡翠は退かず、折られた肘とは逆の腕のブレードを振り下ろす。村長の戦闘能力を即座に再分析し修正を加えた上での攻撃、完全に躱せるタイミングを外した一撃。
その攻撃に対し村長は躱そうとはせず、左腕を動かす。
サイコキネシス・・・それごとぶった斬ったるっ!!
翡翠は奥歯に力を込め、卑猥な笑みを浮かべる。
しかし、サイコキネシスは発動されず、村長の左手の指は、ブレードを振るう翡翠の肘を軽く押すように触れただけだった。
しかし、触れられた途端、ブレードの軌道は大きく変更され、村長のはるか頭上の空を斬った。
な、なんや。なんでや。ただ触れられただけや、なんの力も感じへんかったのに!?
不可解な現実に軽く混乱状態に陥った翡翠の胸部が衝撃を感じた。
村長の掌底が翡翠の左胸を抉ったのだ。
「がっは・・・」
吐血する翡翠は、たまらず村長から距離を取る。
しかし村長は逃がさない。
「そのちっちゃいおっぱいじゃ、衝撃を吸収できんかのぉ?」
言いながら一気に距離を詰める村長をみる翡翠の眼に、怪しい光が宿る。
村長が翡翠の間合いに踏み込んだ瞬間、村長の軸足に全体中が乗った回避不可のその瞬間を狙い澄ましたかのように崩れた体勢そのままにブレードを予備動作無しの最短距離で突き出した。
突き出されたブレードはまるで豆腐に包丁を刺したかのように、何の抵抗もなく村長の喉元に吸い込まれた。
狙い澄ました渾身のカウンター。
例え、村長がサイコキネシスでシールドを展開したとしても、ブレードはシールド形成前に村長に届いていただろう、それ程、ジャストタイムなカウンターであった。しかし・・・。

手応えが無い?

翡翠がブレードの刃を通して伝わる感触に違和感を覚えたと同時に、左右の肩甲骨の中央に尖った衝撃が走った。
その衝撃はそのまま体内を突き抜け、両乳房の間から貫通する。
同時に衝撃に突き飛ばされる形で翡翠は前方に飛ばされ、前のめりに倒れる。激痛に肺が呼吸を拒否する。しかし、翡翠は地に身体を預ける事を本能で拒否するかのように両腕を前に突き出し、四つん這い状態で堪えた。
恍惚な表情、卑猥な笑みは健在だ。だが、その顔面には玉のような脂汗が皮膚よりにじみ出ては流れ、重力そのままに顔から滴り落ちて樹海の地面に吸収されて消える。
無数に滴り落ちる脂汗を樹海の土は、まるで自分は無数の樹木に水分を奪われミイラ化しているのだ、と言わんばかりに勢い良く吸い込んでいった。
呆然とそれを眺める翡翠が視界の隅に、近づいて来た村長の足の爪先を捕らえた。
翡翠は条件反射のように、爪先から計算して村長の身体がある場所を四つん這いの姿勢のままで薙ぎ払う。
翡翠の瞳の中で、超振動するブレードが村長の身体を上半身と下半身に分断した。・・・が、またしても手応えが無い。
すると次の瞬間、驚くべき事が起こる。
翡翠の眼の前で、分断された村長の身体が樹海の景色に溶け込むように消えた。
翡翠の卑猥な笑みが初めて引きつる。

翡翠は起き上がると同時に村長の姿を捕らえると、神速で間合いを詰め切り捨てる。
そして、再び、分断された村長が景色に溶け込み消える。
神速で間合いを詰め切り捨てる。
分断された村長が景色に溶け込み消える。
間合いを詰め切り捨てる。
景色に溶け込み消える。
切り捨てる。
溶け込み消える。
斬る。
消える。
斬・・・。
消・・・。

無限ループのように繰り返される翡翠の斬撃を、アンバー達は唖然と見つめていた。
神がかった速度で迫る翡翠に対し村長は、舞いを舞うような動きでゆっくりとした速度で動いていた。
そして村長がいなくなった場所を、翡翠はそこに村長がいるかのようにブレードを振るっていた。そして、その強烈な斬撃から生まれた隙に村長が打撃を打ち込む。
その後、翡翠は紅ばんだ恍惚の表情に苦痛を織り交ぜながら辺りを見渡し、狙いを定めると、再び舞い動く村長の通過したポイント目掛けて突っ込んで行くのだ。

「なんや、なにをやっとんのや、翡翠の奴は?」
ガーネットが訝しむ。
アンバーは繰り返される一連のやり取りを凝視したまま応えない。いや、応えられないのか。
「おじいちゃんが何かしてるんとちゃう?」
コーラルが子熊をわきに抱え、もう片方の手でライフルを抱えたまま言う。そのライフルは構えられてこそいないが、その指はトリガーに添えられている。
「多分・・・。」
アンバーが擦れた声で呟くように応えた。
村長が何かをしているのは間違いない。しかし、それが何なのか、いったい翡翠の眼に何が映っているのか、アンバーには全く理解出来なかった。
そして、この事態は、アンバーの兵士としての思考に警鐘を鳴らしていた。
もし、村長と敵対しているのが自分であったなら、自分に村長を捕らえることができるか?
自分と同じ過酷極まる訓練を超えて来た、自分と同じ部隊の人間が、一撃も入れることすら出来ず嬲り削られている。先ほどまで翡翠を敵として認識し、処理しようとしていたにも関わらず、ピースフロンティアの仲間であったという事実が、アンバーを複雑な感情にさせていた。
そんなことを考えながら見つめていたアンバーの鼓膜を、翡翠の「あ・・・」と言う声が揺らした。
どうした?と言う風に、アンバーは自分とガーネットから二人分程離れた場所に立つコーラルを見やる。
その視線に気付いたコーラルは、ばつが悪そうな表情を浮かべた。何か、失言をしてしまったかのように。
「なんや、コーラル、言うてみぃや。」
それに気付いたガーネットが、アンバーの向こうから声をかけた。当然、その間も、村長と翡翠の戦闘は続いている。
いや、村長が一方的に翡翠を嬲っているという方が正解か・・・。
コーラルは一瞬躊躇うような顔をしたが、アンバーの眼に促されて呟くように言った。
「おじいちゃんがな、消えたんや・・・」
「はぁっ!?」
コーラルの発言に対し、声を張り上げたのはガーネットだ。
そのガーネットを制し、アンバーはコーラルに言葉の意味を促す。
「いや、今さっき、おじいちゃんと翡翠が私から見て一直線に並んだんよ。その時、私、翡翠の背中越しにおじいちゃんを見る格好になったんやけどな、おじいちゃんに翡翠が飛びかかって行って、翡翠のブレードがおじいちゃんに振り下ろされる瞬間・・・おじいちゃんが消えてん。」
コーラルも自分の言ってる事がおかしな事と思っているようで、その顔には困惑した笑みが浮かんでいる。
「消えた?躱したんやなくて???」
ガーネットも、その言葉を聞き、夢でも見たのかと言う風なニュアンスで言う。
なぁ、アンバーと言う風に視線を投げたガーネットの視線の先では、アンバーが視線を下げ、考える仕草をしていた。
そして、何か思いついたかのように顔を上げると、翡翠を追うように動き出した。
「な、なんなんや、アンバー!?」
ガーネットが慌ててアンバーの後を追う。
アンバーは右へ左へと、特定の位置関係を探すかのように細かく動く。それを追うガーネットはてんてこ舞いだ。
『アンバー?』
コーラルが脳内通信で話しかける。
『じいさんは踊るみたいにゆっくり動いてる。ブレードが当たる直前に回避してるようには見えへん。それなのに消えるってのは・・・おかしい。』
アンバーがガーネットにも分かるように、脳内通信で返す。
ようやくガーネットがアンバーに追いついたその時、翡翠の向こう、自分たちと翡翠をつなぐ直線上の向こうに村長の姿が見えた。
一直線に向かっていく翡翠。
体内のオリハルコン粒子の濃度を極限まで上げ、それによって身体能力を高めた翡翠の動きは、神速そのものだ。
あっと言う間に村長に迫る翡翠。
その時、アンバーは疑問に気付く。
『ゆっくり動いてるじいさんが、止まってる・・・』
その疑問は脳内通信を通じて、ガーネットとコーラルにダイレクトに伝わる。
『え、おじいちゃん、ゆっくり動いてるで?』
アンバー、ガーネットとは違う位置に立つコーラルが即座に返す。
それと同じくして翡翠のブレードが村長の左肩口に振り下ろされる。
ブレードが村長の左肩に吸い込まれると同時、いや、それより僅かに速いか?村長の姿が、文字通り消えた。
そして刹那、翡翠が横からの衝撃で吹き飛ばされる。
「消えた・・・ほんまに消えおった、あのジジィ・・・」
ガーネットが、ぽかんと口を開けて呟く。
『仙歩・・・』
アンバーが冷製に脳内通信で呟く。
「なに?せんぽ???」
コーラルがアンバー達の立つ場所に駆け寄り問いかける。この距離なら脳内通信でなくとも伝わる。
「部隊の資料室の文献で読んだ記憶がある。錯覚を利用した上、緩急のある独特な歩法に回転を加えることで、相手の視界から一瞬にして消える仙歩と言う動きがあるらしい。文字通り、仙人が使う歩法らしいが・・・伝説上の眉唾ものとばかり・・・」
アンバーが古い記憶を思い出すように、ゆっくりとした口調で言う。
「仙人?おとぎ話やんけ。」
ガーネットが何か慌てたような素振りで言う。自分が見たものを感情的に否定したいように。
「でも、実際、消えた。」
コーラルが言う。その表情は、神秘的な現象を見たようなキラキラしたものだ。
「距離を置いて見たから消えたように見えたが・・・実際に対峙してる人間には、残像すら見えるかも知れへんな・・・。仙歩・・・か。」
アンバーの言葉の最後に重ねるように、枯れた声が重なる。
「仙歩?そんな名前がついとるのか?」
自分たち誰のものとも違う声に、アンバー達はその声の発せられた方向に瞬時に振り向いた。
そこには、拳でコンコンと腰を叩く、若干疲れたような村長の姿がある。
「儂の祖先のザクセンの誰かが、大陸の人間にザクセンの歩法を教えたんじゃろうの。いやはや、仙人とは、教えられた人間は大きく出たものじゃな。」
いつの間にここに?と言いたげなアンバー達に向け、村長は片側の口角を上げる。
そういえば翡翠は!?
アンバーの脳裏に浮かんだ疑問を感じ取ったように、村長が人差し指を前方のある地点に向ける。
そこには、息も絶え絶えに、なんとか四つん這い状態で耐える翡翠の姿があった。
その顔は、べっとりと脂汗に濡れ、紅ばんでいた顔色は蒼白に変化し、かろうじて保っている卑猥な笑みを浮かべる唇は、美しい程の紫色。チアノーゼを起こしていることは明白である。
「肉体の損傷にオリハルコン粒子の治癒が間に合わなくなってきたの」
そう言い放つ村長に対し、翡翠は四つん這いのまま顔面蒼白の笑みで、挑むような眼を向ける。
「そのままにしておれ。じきにオリハルコン濃度も下がり、正気に戻るじゃろ」
そう言い、村長は懐から取り出した煙草に火を灯す。
それを見た翡翠は、身体が小刻みに震えるほど力を込めると、膝をついた状態で荒い息遣いのままで半身を起こす。
「なに自分だけ満足しとんねん。ウチはまだイッてないで!!」
翡翠のブレードを握った両手に力が籠る。
刹那、パンッという炸裂音と共に翡翠の両肩と両太ももに炎が弾けた。
訳も分からぬと言った表情の翡翠は、そのまま、力なく顔から地面に崩れた。
「パイロで骨と腱、神経を焼き切った上、断面全てにサイコをかけた。本能に支配された状態で、それを無効化して回復させるのは、いかにオリハルコン粒子でも無理じゃよ。」
村長は、紫煙を吐き出すと、射抜くような視線を翡翠に向ける。
「寝とれ!!」
翡翠は、芋虫の様に蠢きながら、呻くことしか出来ないでいる。
その表情は、苦痛に歪み、先程までの卑猥な笑みは完全に姿を消していた。