こはくのPumpkin Radio

身長156センチの豆粒・こはくと168センチのあみるが絵を描いたり、小説を書いたり好き勝手やってるブログです!!

闇サンタ外典【Peace Frontier】#18

2014年10月06日 | Peace Frontier
終わった・・・。
自分では、殺して止める以外、翡翠を止める術はなかったろう。しかし、村長は、その圧倒的な戦闘力を持って、翡翠を殺すことなく、誰一人殺すことなく、この場を収めた。
全身から力が抜けて、立ち続ける事が精一杯なアンバーの心に去来する感情は、不思議と自分への不甲斐なさではなく、ただただ、村長への畏敬の念であった。
「あのシジィ、あの強さ、反則やろ・・・」
呟くガーネットの表情も、言葉とは裏腹にスッキリしている。
コーラルも、安心と疲れからか、少し離れた大樹の切株に腰を掛け、ライフルを切株にもたれ掛けて、腕の中の子熊を撫でている。
村長は、そんなアンバー達の様子を見ながら不敵な笑みを浮かべ、2本目の煙草を取り出そうと胸元を漁っている。

一番はじめに異変に気付いたのは、おそらく、コーラルの腕の中の子熊だったろう。
一瞬、ビクッと顔を上げたガルダベアの子熊は、すぐに全身を震わせ、コーラルの豊満な胸に顔を埋めた。

直後、村長、アンバー、ガーネット、コーラルが、空間に流れる冷気を感じ取ったのは、ほぼ同時。
それは、気のせいなどではなく、付近一帯の地面や樹皮、葉に霜が降りている。
「じいちゃん!!」
大紀が叫んだのも、ほぼ同時であった。

村長が翡翠の方を振り返る。
その目と鼻の先に、すでに翡翠は接近していた。
その表情に、卑猥な笑みは無い。
状況を判断するのが先か、歴戦の強者の条件反射か、翡翠に対し、カウンターの賞底を繰り出す村長。
振り下ろされる翡翠のブレードよりも、最短距離を走る村長の賞底の方が僅かに速い。
村長の賞底が、翡翠の鳩尾にめり込む。

手応えが・・・ない・・・?

村長の表情が曇る。
その村長の目の前の翡翠が、景色に溶け込むように消えた。

仙歩っ!?

村長が即座に、自分の死角になっている方向に視線を向ける。
そこには既に、翡翠のブレードが不可避な角度と速度で迫っていた。

高速で振られたブレードが空気を裂く音が空間に響く。
村長は咄嗟に仙歩を使い、翡翠の前から姿を消し、数メートル離れた位置に回避した。

ぱたた・・・

翡翠と村長の間の地面に、血痕が微かな音を立てて落ちた。

崩れ落ちる様に片膝立ちになる村長。
その背中は、衣類が裂け、薄い黄色の民族衣装が真っ赤に染まっていた。
腰の帯に差していたオリハルコンのリボルバー『野櫻』。
それがブレードに当たり、軌道を変えてくれなければ、致命傷になっていたかもしれない。
しかし、それでも、傷は深い。
「本能に支配された状態で、サイコキネシスを解き、負傷を治療しよったか・・・。なるほど、化け物じゃの。」
一見、平然と話す村長だが、その年季を刻んだ顔の皮膚は粘る汗が張り付き、その呼吸は先程までとは打って変わって荒い。
「自分一人イッて満足されたら困るわ。こっちはもっと気持ち良くなりたいっちゅうねん・・・」
そう言って悠然と村長の方に歩みを進める翡翠の口元には、再び卑猥な笑みが浮かんでいる。
アンバーが庇うように村長の前に踏み出し、同時にハンドガンの引き金を引く。
銃声と同時にガーネットが翡翠に飛びかかる。
翡翠の左肩口より噴出する靄に弾かれる銃弾。
鮮血を散らせながら、翡翠の脇に跪くガーネット。
そのガーネットに、まるで興味がないような視線を投げ、翡翠が呟く。
「邪魔・・・」
アンバーは翡翠の視線がガーネットの方に向けられた瞬間を逃さず、再び引き金を引く。
翡翠の眉間に吸い込まれる銃弾。しかし、翡翠の姿は、そこから樹海の風景に溶けるように消える。
刹那、押されるような衝撃に飛ばされたアンバーのすぐ後ろを、翡翠のブレードが斬り裂く。
村長がサイコキネシスで咄嗟にアンバーを飛ばさなければ、アンバーは真っ二つになっていたろう。それにしても、真似事とはいえ仙歩を使い始めた翡翠、事態は最悪のさらに上を進み始めた。
アンバーやガーネットを追撃せず、翡翠は村長の前に立つ。
膝立ちで荒い呼吸のまま睨む村長を見下ろし、翡翠は静かにブレードを上げる。
「もっと、気持ちいい事、しよっ♪」
ブレードを持ったその腕が、村長目掛け、一直線に振り下ろされる。
刹那、翡翠のブレードを持つ肩口が弾け飛ぶ。
「こ・・・のっ・・・」
翡翠が振り向き、まるで嫉妬でも籠ったような鋭い視線で一点を見る。
そこには、ライフルを構えたコーラル。その銃口からは硝煙が上がっている。
翡翠の意識が村長に縛られた瞬間を逃さず狙撃したのだ。
「やっぱりや!今の翡翠は、オリハルコンを体外に放出してるせいで、レーダーが使えてへん!!死角からなら当たる!!!!」
「あほ!!なんで、頭狙わんかったんやっ!!」
今の翡翠の弱点、その事実を伝えようと大声を上げるコーラルに対し、アンバーが叫ぶ。
「逃げろ!!」
「いかん!!」
ガーネットと村長が叫んだのは同時だった。
コーラルに月明かりを遮るように影が降る。
そのシルエットは、剣を振りかぶる。即座に間合いを詰めた、翡翠の影。
「それが・・・なに?」
「え?」
今までよりもさらに上がった翡翠の速度に、コーラルは反応出来ない。かろうじて、眼だけが目の前の月を背にする翡翠の幻想的で美しい姿を捉えていた。
「間に合わん!!」
叫びながらも、村長は左掌を翡翠に伸ばす。
振り下ろされる翡翠の凶刃。
アンバーもガーネットも動けず、ただ、刹那、訪れるであろう仲間の死を見つめる事しか出来ない。
迫るブレードに対し、身体がせめてもの反応を見せたものの、その反応は、腕の中の子熊を庇うように強く抱きしめただけだった。
刃がサラサラの美しい髪に触れる。
そこにいる全ての者が、スローモーションになったような感覚で、その様子を見ていた。
コーラルの眼がキツく閉じられた。その後の生存を諦めたように・・・
「コーラルっっっ!!!!」
アンバーとガーネットが同時に叫ぶ。
噴き上がる血液、飛び散る脳漿・・・・力を失った身体は崩れ落ち、その場に血の池を拡大させていく。


アンバーもガーネットも、そして村長でさえも脳内に描いた、確実に訪れる結末。しかし、それは訪れていなかった。
振り下ろされたブレードは、コーラルの毛髪に少し当たったところで停止している。
開かれたコーラルの目の前には、眼を見開き、その動きを止めている翡翠がいた。
コーラルは、自分が未だ生きている現状が理解出来ずにいた。
理解出来ずにただ呆然と目の前で動きを止めた翡翠を見つめ続けるうちに、翡翠の見開かれた眼が、自分の胸下辺りを見ている事に気付く。
コーラルは翡翠の視線を追うように、視線をゆっくりと自分の胸下に移す。

黒い短髪が、風に揺れている・・・

翡翠とコーラルの間に、コーラルを庇うように両手を一杯に広げた子供がいた。
「大紀っ!!!!」
事態を理解し、叫んだのは村長だった。
「大・・・紀・・・?」
コーラルが未だ事態を飲み込めずに呟く。
そういわれれば、なるほど。自分と翡翠の間に立っている子供は大紀だ。確か、村長が連れて来ていた・・・呆然と考えていた脳が、ここで正気に戻る。
「大紀、なんで!?」
コーラルが大紀に後ろから腕を回し、自身の後ろに下げようとする。
しかし、大紀は力強く大地を踏みしめ、全く動かない。とても子供の力には思えなかった。
翡翠を見つめる大紀の眼差しは、恐怖を一滴も含む事無く澄んでいる。
その大紀の姿に、視線に、捕われた翡翠は、未だ動かない。
大紀が澄んだ瞳を向けたまま、ゆっくりと口を開く。
「もういいよ、お姉ちゃん。戻っておいでよ。」
翡翠の手から離れたブレードが、力なく地面に落ち、横たわる。
翡翠の瞳から溢れた大粒の涙が、大紀の額を濡らした。
膝から崩れるように落ちる翡翠が、大紀を強く抱きしめ、優しい日向の匂いのする首筋に顔を埋める。
「ごめ・・・みんな・・・ごめん・・なさ・・・い・・・」
嗚咽に声を詰まらせながら翡翠を、その場の全員が呆然と眺めていた。
「もう、大丈夫だよ、お姉ちゃん。」
大紀の小さな手が、翡翠の頭を優しく抱きしめた。

翡翠の嗚咽が漏れる樹海に、虫の声が戻って来ていた。

闇サンタ外典【Peace Frontier】#17

2014年10月06日 | Peace Frontier
「じいさん、こんなトコで何しとんねん?」
ガーネットが離脱する足を止めて、振り返る。
「おじいちゃん・・・」
呟いたコーラルが、直後、緊張の面持ちで子熊を腕にライフルを構え辺りを警戒した。
コーラルと同時に、アンバーもまた、コンバットナイフを手に周囲を警戒する。
「な、なんやねんな、一体・・・」
ガーネットは訳も解らず、2人の緊張に煽られる形で、マシンガンを手に樹海を見渡す。しかしその視界に映るのは、ここ数日、嫌というほど見て来た数多の樹々達だけだ。
「なんやねん・・・」
ガーネットがマシンガンを構えたままで呟く。
「オリハルコンの使い方がアホなあんたのは分からんやろけど、なんかおる。眼には見えてへんけど、(オリハルコン)レーダーには引っかかっとんねん。」
コーラルの言葉に、その場の緊張感がさらに増す。

「あー・・・、そんな緊張せずとも良い。大紀、出て来て良いぞ。」
村長が言葉を発すると、今まで見ていた樹海の一部がまるでカーテンを捲るように開き、そこから大きなバックパックを背負った子供、大紀が現れた。
その顔には、笑顔とも困り顔の両方が浮かんでいるが、恐怖は無いようだ。
「じいさんっ!!こんな夜中に大紀まで引っ張り出して来て、何しとんねんっ!!!!ここは、ここにはまだ、敵兵力が潜んでる可能性が高いんやぞ!!」
ガーネットは村長の方を向き直ると同時に、感情的に激を飛ばした。
「大紀が昼間に面白いもんを見つけたと言うからの、2人で散歩しとったんじゃ。大紀はこの森に愛されとるからの、大紀と散歩すると、面白いものがよく見れる。」
「馬鹿がっ!!」
翡翠の方を向いたまま涼しい顔で答える村長に、ガーネットはさらに感情的に言う。
「散歩するならせめて昼にせぇ!!あんな旧式の光学迷彩布なんか、マンティコアには通用せぇへんぞ!!!!大紀になんかあったら、どないすんねん!!!!」
「わしを出し抜いて大紀をどうにか出来るもんが、今、この樹海におるんかのぉ・・・」
そう言って振り返る村長の眼を見たガーネットは、いや、コーラルもアンバーも、背中に冷たい汗が一気に吹き出すのを自覚した。
「で、おぬしはお話が終わるまで待ってくれとるんかの?お優しいのぉ・・・」
村長は翡翠の方に向き直ると、プロが素人を馬鹿にするかのような笑みを浮かべる。
「なんなん、じいさん。まさか、じいさんがウチの相手するつもりなん?」
2本の高周波ブレードを鞘に納め腕を組んで仁王立ちしていた翡翠が怪訝そうに問う。
「このまま放っといても、そのうち身体が活動限界を超えて活動停止状態になって、オリハルコン粒子の濃度の低下と共に正気に戻るじゃろうがぁ・・・そうなるまでに、この樹海内に点在する集落の罪なき人々が犠牲になるやもしれん。樹海に潜むならず者達がどうなろうが儂の知ったこっちゃないが、付き合いのある集落の爺婆が巻き込まれた日にゃあ、目覚めが悪いからのぉ・・・」
「じいさん、あんた本気でウチを気持ち良く出来るつもりなん?」
ぬけ飄々と緊張感なく話す村長に対し、翡翠は恍惚な表情を陰らせ、明らかに不満そうだ。
「老人も馬鹿にできんぞ?若いもんにはない、ねちっこいテクニックがあるからのぉ♪」
村長はにやつき、人差し指と中指を絡めて動かせて見せる。
「テクニックがあっても、肝心なモノが勃たないんじゃぁ、話にならんわ。」
翡翠が溜め息ながらに返す。
「儂は、生涯現役じゃ!!」
言葉が終わると同時に、村長はいつのまにか翡翠の懐深くに潜り込んでいた。
翡翠の表情が一瞬にして凍り付く。
「くっ・・・!!」
回避行動を取ろうとする翡翠の脇腹に、村長の掌底が深々と突き刺さる。
その衝撃は、翡翠が今までの経験から本能的に覚悟したソレを遥かに凌駕した。
この年齢、この身体、この筋肉からこんな威力はありえへん!!
スローモーションで流れる意識の中で考えを巡らせている間に、翡翠は数メートル吹っ飛ばされていた。
空中で体勢を立て直し、着地する翡翠に村長は左掌をかざす。
刹那、翡翠の身体に恐ろしいまでの負荷がのしかかった。
サイコキネシス・・・!!
翡翠は村長の屋敷でガーネットの身に起きた事象を思い出す。
続いて村長は右手の中指を翡翠に向かって突き上げた。
まずいっ!!!!
翡翠が思うと同時に、翡翠の足下から火柱が吹き上がり、翡翠を包み込んだ。
「ひぇ~・・・、サイコキネシスで動きを封じてパイロキネシスでトドメって・・・。凶悪過ぎやろ。」
ガーネットが恐怖を隠した笑みを浮かべ、強がるように言う。
「やったか?」
呟くアンバーの横で脅える子熊を胸に抱えたコーラルが複雑な表情で炎を見つめている。
村長が涼しげな表情で右手を払うと、炎は一瞬にしてその姿を消した。そして炎が消え去ったそこに現れたのは・・・左肩から噴散されるオリハルコン粒子のカーテンにその身を包まれた翡翠であった。
カーテンがゆっくりと解き解かれ、軽度の火傷を数カ所に負った程度の翡翠がその姿を晒す。その顔には再び恍惚な表情に満ち、卑猥な笑みが浮かんでいる。
「ええで、じいさん。合格や。ウチの相手としては、合格や。」
「ほう、その靄は、炎をも防ぐか。」
快楽に身を捩る翡翠を見る村長の顔にも笑みが浮かぶ。
「激しく絡み合おうやっ!!」
翡翠は叫び地面を蹴ると、猛スピードで村長に迫る。
村長は迫る翡翠に向け再び左掌を向け、サイコキネシスでその動きを封じようと試みる。
翡翠はまるで見えているかのようにブレードを横薙ぎに振ると、サイコキネシスを斬り裂いた。
サイコキネシスは目視不可能だ。だが、その場にいた全員が、翡翠がサイコキネシスを斬った事を理解していた。事実、翡翠の動きは封じられる事なく、村長に迫る。
ブレードを振りかぶる翡翠に対し、村長は慌てる様子も見せずに、再び左手を振るいサイコキネシスを発動させた。
振りかぶった翡翠の右腕がボキリッという音と共に、有り得ない方向にひしゃげる。
「おおおおおおおおおおっ!!」
しかし翡翠は雄叫びを上げると、右手を折れたままに村長に斬り掛かる。その過程で驚く事に、翡翠の右手は折れた事が嘘のように回復し、そのブレードを村長に向けて振り下ろした。
村長は自身の左側面にサイコキネシスで造ったシールドを展開し、翡翠の凶刃を受け止める。
不可視のシールドに接触したブレードが、大気との摩擦によって生じた電蛇を刀身に絡める。
「あああああああああああっっっ!!!!」
翡翠は再び、不可視のサイコキネシスのシールドを切り裂き、ブレードを振り抜いた。
しかし、村長は既にブレードの間合いより退避しており、翡翠のブレードは空を斬っただけに終わった。
ふぅ・・・・
翡翠は吐息を吐き出し、恍惚の表情で村長を見やる。
「骨折を即座にオリハルコン粒子で治療しおったか。バケモノめ、こんなことならオリハルコン粒子を使った治療法なんぞ教えるんじゃなかったわい。」
翡翠に対し不満を漏らす村長の表情はしかし、まだ余裕がうかがえる。

アンバーとガーネットは、今のやり取りに恐怖とも思える感情を感じていた。
『さっきの翡翠の動き・・・、俺等んときより数段上とちゃうかったか?』
脳内通信でガーネットが問いかける。
「手を抜いてた、抜かれてたって事やろ。その気になれば、翡翠はいつでも俺等を殺せた・・・」
アンバーは口に出して答えた。
その発言に、コーラルの表情が明らかに陰る。

「じいさん、本気ださないと、死んじゃうよぉ?」
ガシャリと、ブレードを肩に乗せ、翡翠が甘い声で言う。
「おいおい、ワシはいつでも本気じゃぞ?」
村長は、わざとらしく焦ったような演技をして言うと、
「しかし、まぁ、サイコキネシスで抑えられんのなら、やり方は変えんといかんのぉ。」
と続ける。
その言葉の後、村長の身体から発する雰囲気が明らかに変わった。
その鋭い眼光を翡翠に向けた途端、炸裂音と共に翡翠が吹っ飛んだ。
く・・・
翡翠が片膝立ちで、村長を睨む。しかし、すぐに、恍惚の表情に戻り言う。
「なんや、今のは。何をしたんや、テクニシャン?」
「特に何もしておらんよ。眼光に殺気を込めただけじゃ。過ぎた殺気は物理的に影響を与えるからのぉ。」
村長は眼光の鋭さそのままに口角を上げる。
「なるほどぉ・・・」
翡翠が身体を起こすと、翡翠の足元の下草や周りの樹々の葉、幹に霜が降りる。樹木の水分が凍り、パキパキと微かな音を立てた。この亜熱帯のガルダにおいて、有り得ない現象だ。
「こわいのぉ。本能に支配された状況でこれほどの殺気を発するか。それにしても冷たい殺気じゃ。」
村長の表情が強ばる。
二人の間の空気がピンと張りつめる。二人は見つめ合ったまま動かない。
見つめるアンバー達にとっては、過ぎる1分、2分が数時間のように感じられた。

翡翠の殺気に当てられ凍らされた一枚の葉が、その形を維持出来なくなり、音を立てて砕けた。
その僅かな音を合図に翡翠が地面を蹴る。
しかし、それより速く、村長は翡翠に接近し、自身の間合いに入った。
これは翡翠の想定した動きを大きく上回るものであった。先ほどまでの僅かなやり取りで、村長の戦闘速度を把握し、それに対応した戦闘形態をとった。にも関わらず、いとも簡単に村長の接近を許したからだ。
村長の拳が翡翠の脇腹に迫る。
翡翠は即座に腕を畳み、拳を自身の肘で受ける。そのまま、返す刀で村長の首を飛ばす算段だ。
しかし、それも失敗に終わる。
村長の拳を受けた翡翠の肘の骨があっさりと砕けた。本来なら、肘で防がれた相手の拳の方が砕けるはずなのに。それほどまでに、肘の骨というのは、固く鋭い。
村長の拳は翡翠の肘を砕き、そのまま振り抜かれた。
肘越しに脇腹に入った衝撃が、そのまま反対側の脇腹に抜ける。
威力も上がっとる・・・。これは・・・サイコキネシスを自分の内に作用させとるな?
鋭い洞察力で、一瞬の内にカラクリを見破った翡翠の口内に、錆びた鉄の味が広がった。肘で防いでいなければ、内臓が丸ごともっていかれていたかもしれない。
しかし翡翠は退かず、折られた肘とは逆の腕のブレードを振り下ろす。村長の戦闘能力を即座に再分析し修正を加えた上での攻撃、完全に躱せるタイミングを外した一撃。
その攻撃に対し村長は躱そうとはせず、左腕を動かす。
サイコキネシス・・・それごとぶった斬ったるっ!!
翡翠は奥歯に力を込め、卑猥な笑みを浮かべる。
しかし、サイコキネシスは発動されず、村長の左手の指は、ブレードを振るう翡翠の肘を軽く押すように触れただけだった。
しかし、触れられた途端、ブレードの軌道は大きく変更され、村長のはるか頭上の空を斬った。
な、なんや。なんでや。ただ触れられただけや、なんの力も感じへんかったのに!?
不可解な現実に軽く混乱状態に陥った翡翠の胸部が衝撃を感じた。
村長の掌底が翡翠の左胸を抉ったのだ。
「がっは・・・」
吐血する翡翠は、たまらず村長から距離を取る。
しかし村長は逃がさない。
「そのちっちゃいおっぱいじゃ、衝撃を吸収できんかのぉ?」
言いながら一気に距離を詰める村長をみる翡翠の眼に、怪しい光が宿る。
村長が翡翠の間合いに踏み込んだ瞬間、村長の軸足に全体中が乗った回避不可のその瞬間を狙い澄ましたかのように崩れた体勢そのままにブレードを予備動作無しの最短距離で突き出した。
突き出されたブレードはまるで豆腐に包丁を刺したかのように、何の抵抗もなく村長の喉元に吸い込まれた。
狙い澄ました渾身のカウンター。
例え、村長がサイコキネシスでシールドを展開したとしても、ブレードはシールド形成前に村長に届いていただろう、それ程、ジャストタイムなカウンターであった。しかし・・・。

手応えが無い?

翡翠がブレードの刃を通して伝わる感触に違和感を覚えたと同時に、左右の肩甲骨の中央に尖った衝撃が走った。
その衝撃はそのまま体内を突き抜け、両乳房の間から貫通する。
同時に衝撃に突き飛ばされる形で翡翠は前方に飛ばされ、前のめりに倒れる。激痛に肺が呼吸を拒否する。しかし、翡翠は地に身体を預ける事を本能で拒否するかのように両腕を前に突き出し、四つん這い状態で堪えた。
恍惚な表情、卑猥な笑みは健在だ。だが、その顔面には玉のような脂汗が皮膚よりにじみ出ては流れ、重力そのままに顔から滴り落ちて樹海の地面に吸収されて消える。
無数に滴り落ちる脂汗を樹海の土は、まるで自分は無数の樹木に水分を奪われミイラ化しているのだ、と言わんばかりに勢い良く吸い込んでいった。
呆然とそれを眺める翡翠が視界の隅に、近づいて来た村長の足の爪先を捕らえた。
翡翠は条件反射のように、爪先から計算して村長の身体がある場所を四つん這いの姿勢のままで薙ぎ払う。
翡翠の瞳の中で、超振動するブレードが村長の身体を上半身と下半身に分断した。・・・が、またしても手応えが無い。
すると次の瞬間、驚くべき事が起こる。
翡翠の眼の前で、分断された村長の身体が樹海の景色に溶け込むように消えた。
翡翠の卑猥な笑みが初めて引きつる。

翡翠は起き上がると同時に村長の姿を捕らえると、神速で間合いを詰め切り捨てる。
そして、再び、分断された村長が景色に溶け込み消える。
神速で間合いを詰め切り捨てる。
分断された村長が景色に溶け込み消える。
間合いを詰め切り捨てる。
景色に溶け込み消える。
切り捨てる。
溶け込み消える。
斬る。
消える。
斬・・・。
消・・・。

無限ループのように繰り返される翡翠の斬撃を、アンバー達は唖然と見つめていた。
神がかった速度で迫る翡翠に対し村長は、舞いを舞うような動きでゆっくりとした速度で動いていた。
そして村長がいなくなった場所を、翡翠はそこに村長がいるかのようにブレードを振るっていた。そして、その強烈な斬撃から生まれた隙に村長が打撃を打ち込む。
その後、翡翠は紅ばんだ恍惚の表情に苦痛を織り交ぜながら辺りを見渡し、狙いを定めると、再び舞い動く村長の通過したポイント目掛けて突っ込んで行くのだ。

「なんや、なにをやっとんのや、翡翠の奴は?」
ガーネットが訝しむ。
アンバーは繰り返される一連のやり取りを凝視したまま応えない。いや、応えられないのか。
「おじいちゃんが何かしてるんとちゃう?」
コーラルが子熊をわきに抱え、もう片方の手でライフルを抱えたまま言う。そのライフルは構えられてこそいないが、その指はトリガーに添えられている。
「多分・・・。」
アンバーが擦れた声で呟くように応えた。
村長が何かをしているのは間違いない。しかし、それが何なのか、いったい翡翠の眼に何が映っているのか、アンバーには全く理解出来なかった。
そして、この事態は、アンバーの兵士としての思考に警鐘を鳴らしていた。
もし、村長と敵対しているのが自分であったなら、自分に村長を捕らえることができるか?
自分と同じ過酷極まる訓練を超えて来た、自分と同じ部隊の人間が、一撃も入れることすら出来ず嬲り削られている。先ほどまで翡翠を敵として認識し、処理しようとしていたにも関わらず、ピースフロンティアの仲間であったという事実が、アンバーを複雑な感情にさせていた。
そんなことを考えながら見つめていたアンバーの鼓膜を、翡翠の「あ・・・」と言う声が揺らした。
どうした?と言う風に、アンバーは自分とガーネットから二人分程離れた場所に立つコーラルを見やる。
その視線に気付いたコーラルは、ばつが悪そうな表情を浮かべた。何か、失言をしてしまったかのように。
「なんや、コーラル、言うてみぃや。」
それに気付いたガーネットが、アンバーの向こうから声をかけた。当然、その間も、村長と翡翠の戦闘は続いている。
いや、村長が一方的に翡翠を嬲っているという方が正解か・・・。
コーラルは一瞬躊躇うような顔をしたが、アンバーの眼に促されて呟くように言った。
「おじいちゃんがな、消えたんや・・・」
「はぁっ!?」
コーラルの発言に対し、声を張り上げたのはガーネットだ。
そのガーネットを制し、アンバーはコーラルに言葉の意味を促す。
「いや、今さっき、おじいちゃんと翡翠が私から見て一直線に並んだんよ。その時、私、翡翠の背中越しにおじいちゃんを見る格好になったんやけどな、おじいちゃんに翡翠が飛びかかって行って、翡翠のブレードがおじいちゃんに振り下ろされる瞬間・・・おじいちゃんが消えてん。」
コーラルも自分の言ってる事がおかしな事と思っているようで、その顔には困惑した笑みが浮かんでいる。
「消えた?躱したんやなくて???」
ガーネットも、その言葉を聞き、夢でも見たのかと言う風なニュアンスで言う。
なぁ、アンバーと言う風に視線を投げたガーネットの視線の先では、アンバーが視線を下げ、考える仕草をしていた。
そして、何か思いついたかのように顔を上げると、翡翠を追うように動き出した。
「な、なんなんや、アンバー!?」
ガーネットが慌ててアンバーの後を追う。
アンバーは右へ左へと、特定の位置関係を探すかのように細かく動く。それを追うガーネットはてんてこ舞いだ。
『アンバー?』
コーラルが脳内通信で話しかける。
『じいさんは踊るみたいにゆっくり動いてる。ブレードが当たる直前に回避してるようには見えへん。それなのに消えるってのは・・・おかしい。』
アンバーがガーネットにも分かるように、脳内通信で返す。
ようやくガーネットがアンバーに追いついたその時、翡翠の向こう、自分たちと翡翠をつなぐ直線上の向こうに村長の姿が見えた。
一直線に向かっていく翡翠。
体内のオリハルコン粒子の濃度を極限まで上げ、それによって身体能力を高めた翡翠の動きは、神速そのものだ。
あっと言う間に村長に迫る翡翠。
その時、アンバーは疑問に気付く。
『ゆっくり動いてるじいさんが、止まってる・・・』
その疑問は脳内通信を通じて、ガーネットとコーラルにダイレクトに伝わる。
『え、おじいちゃん、ゆっくり動いてるで?』
アンバー、ガーネットとは違う位置に立つコーラルが即座に返す。
それと同じくして翡翠のブレードが村長の左肩口に振り下ろされる。
ブレードが村長の左肩に吸い込まれると同時、いや、それより僅かに速いか?村長の姿が、文字通り消えた。
そして刹那、翡翠が横からの衝撃で吹き飛ばされる。
「消えた・・・ほんまに消えおった、あのジジィ・・・」
ガーネットが、ぽかんと口を開けて呟く。
『仙歩・・・』
アンバーが冷製に脳内通信で呟く。
「なに?せんぽ???」
コーラルがアンバー達の立つ場所に駆け寄り問いかける。この距離なら脳内通信でなくとも伝わる。
「部隊の資料室の文献で読んだ記憶がある。錯覚を利用した上、緩急のある独特な歩法に回転を加えることで、相手の視界から一瞬にして消える仙歩と言う動きがあるらしい。文字通り、仙人が使う歩法らしいが・・・伝説上の眉唾ものとばかり・・・」
アンバーが古い記憶を思い出すように、ゆっくりとした口調で言う。
「仙人?おとぎ話やんけ。」
ガーネットが何か慌てたような素振りで言う。自分が見たものを感情的に否定したいように。
「でも、実際、消えた。」
コーラルが言う。その表情は、神秘的な現象を見たようなキラキラしたものだ。
「距離を置いて見たから消えたように見えたが・・・実際に対峙してる人間には、残像すら見えるかも知れへんな・・・。仙歩・・・か。」
アンバーの言葉の最後に重ねるように、枯れた声が重なる。
「仙歩?そんな名前がついとるのか?」
自分たち誰のものとも違う声に、アンバー達はその声の発せられた方向に瞬時に振り向いた。
そこには、拳でコンコンと腰を叩く、若干疲れたような村長の姿がある。
「儂の祖先のザクセンの誰かが、大陸の人間にザクセンの歩法を教えたんじゃろうの。いやはや、仙人とは、教えられた人間は大きく出たものじゃな。」
いつの間にここに?と言いたげなアンバー達に向け、村長は片側の口角を上げる。
そういえば翡翠は!?
アンバーの脳裏に浮かんだ疑問を感じ取ったように、村長が人差し指を前方のある地点に向ける。
そこには、息も絶え絶えに、なんとか四つん這い状態で耐える翡翠の姿があった。
その顔は、べっとりと脂汗に濡れ、紅ばんでいた顔色は蒼白に変化し、かろうじて保っている卑猥な笑みを浮かべる唇は、美しい程の紫色。チアノーゼを起こしていることは明白である。
「肉体の損傷にオリハルコン粒子の治癒が間に合わなくなってきたの」
そう言い放つ村長に対し、翡翠は四つん這いのまま顔面蒼白の笑みで、挑むような眼を向ける。
「そのままにしておれ。じきにオリハルコン濃度も下がり、正気に戻るじゃろ」
そう言い、村長は懐から取り出した煙草に火を灯す。
それを見た翡翠は、身体が小刻みに震えるほど力を込めると、膝をついた状態で荒い息遣いのままで半身を起こす。
「なに自分だけ満足しとんねん。ウチはまだイッてないで!!」
翡翠のブレードを握った両手に力が籠る。
刹那、パンッという炸裂音と共に翡翠の両肩と両太ももに炎が弾けた。
訳も分からぬと言った表情の翡翠は、そのまま、力なく顔から地面に崩れた。
「パイロで骨と腱、神経を焼き切った上、断面全てにサイコをかけた。本能に支配された状態で、それを無効化して回復させるのは、いかにオリハルコン粒子でも無理じゃよ。」
村長は、紫煙を吐き出すと、射抜くような視線を翡翠に向ける。
「寝とれ!!」
翡翠は、芋虫の様に蠢きながら、呻くことしか出来ないでいる。
その表情は、苦痛に歪み、先程までの卑猥な笑みは完全に姿を消していた。

闇サンタ外典【Peace Frontier】#16

2014年04月20日 | Peace Frontier

上空からもれば、シンボルマウンテンを抱えたガルダの樹海は地平線な彼方にまで広がっているように見える。 
その樹海が、月明かりに照らされて、幻想的な世界観を浮かび上がらせていた。
その腹の中で行われている出来事を隠蔽しているかのように、上空から見たガルダの樹海は恒久に続き続いてきた大自然の営みのみが起こりうる、平和そのものだ。
しかし、実際、その腹の中では、近年、テロ組織や犯罪者、傭兵や怪しい新興宗教達が入り込み、不自然な営みによって、独特の血なまぐさが蔓延している。
それでも、この樹海に住まう人達は、慎ましくもこの樹海と共に生き、そして死ぬ事を望むのだ。
しかし、この樹海内にいくつかに分かれて彼等の住まう彼等の集落もまた、闇夜の帳が降りた今、月明かりだけではその存在さえも確認出来ない。

その樹海の一部分、霧がかかった場所。
老人と医師風のインテリと護衛兵、そしてアーティストなるものから派遣された傭兵達が、彼等の生業である商品を人間の肉体から取り出す作業を行っている場所から、3kmほど離れた場所。
上空から見る限りそこは、すぐ側に大きな滝が見えるだけの、樹海の他の場所となんら代わり映えしない、ありふれた場所に見える。
耳を澄ませば、大滝の、水が上空から滝壺に落ちる音が聞こえてくる以外は、静寂そのものである。
その静寂が、なんの前触れも無く、突如破られた。
轟音と共に大滝の周囲の林冠から悲鳴のような鳴き声と共に2、30羽の鳥達が月に照らされた闇夜に飛び立つ。それとほぼ時を同じくして火の手が上がった。
その轟音は樹海に反響しながらこだまして、徐々に小さくなり、やがて再び静寂に包まれた。
しかし、先程までとは違い、大滝の側で上がった火の手は、未だその周囲を赤い炎で照らしている。


戦闘を見つめるガーネットとコーラルの顔に、明らかな驚愕の表情が浮かんでいた。
ガーネットのその腕に包まれた子供のガルダベアは、恐怖の余り、ブルブルと震えている。

樹々を焼く炎の赤い光が紅味の差したその頬をさらに赤く染めていた。
傷一つついていないその顔は、恍惚の表情を浮かべている。
火の光に照らされ恍惚の表情を浮かべる翡翠の姿は、ひどくエロティックに見えた。

アンバーは爆風に飛ばされながらも何とか着地の際に受け身をとり、そのまま転がるように、身近の岩陰に身を隠した。
自分が身を隠せば、ガーネットやコーラルがその標的にされるリスクもあったが、今の翡翠にとって、強者こそ自分の欲望を満たす対象であると考えられたため、自分以外に注意が向くとは思えないための判断だ。
すでにアンバーの身体のあちこちからは、翡翠の高周波ブレードによる傷が多数つけられており、刃物特有の、傷の浅さの割に激しい出血が、その身体を濡らしていた。
一瞬、左肩に鈍痛を感じ、アンバーはその場所を見やる。
そこには、爆発によって木っ端みじんにされた樹木の破片が突き刺さっていた。
歯を食いしばり、呻きながらその破片を一気に引き抜くと、一瞬激しく血が噴き出し、その血は肩から肘を伝って滴り落ちた。
アンバーは、グランドゼロ(起爆地点)を見る。
そこに群生していた樹木は姿を消し、球状の空間に変わっていた。それを囲む樹木のいたるところから火の手が上がっている。
翡翠の斬撃を躱しながら距離を取って闘うアンバーにイラついた翡翠が、高周波ブレードの鞘に仕込まれたプラズマ砲を放った結果だった。
先程闘ったフルメタルソルジャーも変形し、プラズマ砲を放った。その威力に比べれば、翡翠の放ったソレは、規模、威力ともに劣るものだった。しかし、対人間兵器としては充分過ぎる威力は持ち合わせている上に、なにより腰のベルトにボールジョイントによって取り付けられたソレは、小回りが利き過ぎる。兵士一人が扱う銃火器としては明らかなオーバースペックであると同時に、やっかいの極みだ。
もちろん、オーバースペックの兵器だけあって、それを扱う兵士にも応じたポテンシャルが求められる。しかし、翡翠には、その資質が十二分にあるのだ。
アンバーは、岩陰から顔を少し覗かせると、アサルトライフルの銃口を覗かせ、翡翠のいる方向に向けて引き金を引く。
しかし、翡翠はその場から動く事もなく、左肩から発生させている、おそらくは無意識に体内のオリハルコン粒子を霧状に放出したものをカーテンのように自身の前に展開すると、自分目掛けて飛んできた銃弾を全て防いでみせる。
それでアンバーの位置を把握した翡翠はうっとりとした表情で、一足飛びに斬り掛かってくる。
今の翡翠には何故かオリハルコン粒子を展開したセンサーが使えないらしい。
アンバーは、即座に翡翠の行動を予測し、事前に動く事で、並外れたスピードで動く翡翠の攻撃を躱す。
しかし、その度、アンバーの予測を越えた動きをする翡翠に、斬り傷を増やされていく一方だ。
翡翠との戦闘開始から、嫌というほど繰り返されているやりとり。
しかし、傷とともに増えていく出血量からも明らかなように、時間と共に、状況はアンバーに不利になっていた。
アサルトライフルからサブマシンガンに持ち替えたアンバーは、防がれるのを承知で引き金を絞る。オリハルコン粒子のカーテンが翡翠の身を覆うのと同時に、翡翠の死角をついて、樹木の幹や岩など、自然の遮蔽物を移動して行く。
あのカーテンの強度は相当なものだが、寸分狂い無く弾丸を数発打ち込めば、貫通出来る事は解っていた。しかし、それは、射撃反動の大きいアサルトライフルやサブマシンガンでは不可能な芸当だった。
アンバーはホルスターからハンドガンを引き抜くと、隠れた樹木の幹から最小限の身を晒し、狙いを付ける。
が、その時、翡翠と眼が合った。
見つかった!!しかし、この距離であれば、翡翠の斬撃よりも、自分の銃弾の方が速い!!
そう思った瞬間、翡翠は片方のブレードを鞘に戻すと、腰のボールジョイントを巧みに操作し、プラズマ砲と逆の方の鞘の底についた銃口を向けた。
本能的に命の危機を察したアンバーは即座に鞘に狙いを付け、引き金を引くと同時に、全力ダッシュでその場を後にする。
その直後、プラズマ砲と対になった鞘に搭載された荷電粒子砲から発せられた荷電粒子が、接地した一体を破壊した。
アンバーは粉々になった樹木や岩などの破片、土砂にまみれながら、その爆風に飛ばされ、地面に叩き付けられた。
肺に激痛が走り、呼吸が止まるが、それでも歯を食いしばり足を動かして、自然の遮蔽物に身を隠す。
荷電粒子砲が放たれる直前、アンバーの放った弾丸が鞘に当たって弾道を逸らせたため、直撃を回避できたのは幸運というしかなかった。
アンバーは数少ない下草に伏せて、息を整える。
呼吸が整ってくるにしたがって、身体のあちこちから痛みが自覚させられる。
あちこちから派手に出血はしているものの、主要な動脈は無事のようだ。脇腹の痛みも、内臓に損傷はなさそうだが、肋骨が何本か折れたかもしれない。足首にも鈍い痛みがあるが、幸い、骨折はしていなさそうだ。
アンバーは下草に伏せた状態で翡翠を観察しつつ、ジリジリと匍匐前進で慎重に移動する。
翡翠は、相変わらずの紅らんだ頬に卑猥な笑みを浮かべながら、特に動く素振りも見せずに、うっとりと立ち尽くしている。
それにしても・・・と、アンバーは、翡翠の両腰にぶら下がった一対の鞘に視線を移した。
片方の鞘・・・プラズマ砲。
プラズマは大気中に放たれると、急速にエネルギーが逃げ出しプラズマ状態を維持出来ないため、磁界でプラズマを包み込み標的にぶつける必要がある。しかし、理論上は可能であっても実用化は不可能と思われていた。
数年前にマンティコアによって実用化された事で、マンティコアを軍事兵器産業国家のトップに押し上げた訳だが、同時に、自称を含めた数多ある軍事国家をザワつかせた。それから僅か数年で、先程のフルメタルソルジャーサイズですら驚愕に値するのに、鞘としては大型とは言え、鞘サイズにまで小型化に成功しているとは。
そして、もう片方の鞘・・・荷電粒子砲。
名前の通り、荷電粒子を高速で打ち出す兵器だが、粒子加速器を巨大過ぎるサイズにせざるをえないこと、そして莫大な電力を必要とすること、そして地磁気の影響で容易に偏向すること、などの理由から、数年前まで架空の兵器としてまともに研究もされてこなかった。
そんな中、これも、試作品を完成させたのはマンティコアであり、当時、その技術面において多いに評価はされたが、その巨大過ぎるサイズと莫大な電力がネックとなり、軍事国家を名乗る国々は、同時期に発表されたプラズマ砲の方に興味をしめし、荷電粒子砲は表舞台にその姿を晒すことは無かった。
そのプラズマ砲ですら、コストや複雑な事情が絡み合い、三大軍事国家に少量配備された程度だったのだが・・・。
世間には知られていない、僅かな軍事関係者のみ知る兵器である。
それを、どのような技術をもってか知らないが、問題を解決したあげく、これも不可能と言われた小型化をここまで実現するとは・・・。
アンバーは、この一人の兵士に装備させるにはオーバースペック過ぎる一対の兵器を見ながら、マンティコアの行く末に不穏なものを感じずにはいられなかった。
ただ、いつか訪れるかもしれない不穏な未来よりも、今直面している危機の方が急務であることは明白で、アンバーは匍匐前進のまま廃棄され朽ち果てかけている、樹海に住み着いた無法者共が使っていたであろう車までに移動すると、滑る様な動きで、その影に身を滑り込ませる。
その位置から翡翠を狙撃するべく、ハンドガンを構える。
今までことごとく銃弾をシャットアウトしてきた、翡翠の左肩から発生している靄のカーテンようなオリハルコン粒子、あれを突破するには、寸分違わぬポイントに連続で銃弾を叩き込む必要がある。それをするには、銃弾を発する度に銃身が大きく跳ね上がってしまうサブマシンガンやアサルトライフルには不向きだった。比較的跳ね上がりの少ない、かつ自分の最も得意とするハンドガンこそが可能にするのだ。
狙いを定め射撃するために、アンバーは樹の影から一瞬顔を覗かせる。
構え、狙いを定めた瞬間射撃する特技を持つアンバーにとって、この一連の動作は、さも当たり前のように自然で、流れるように行われた。
その動作が、一瞬止まる。
翡翠に位置を特定されぬように動いた。察知されぬように細心の注意をはらって移動した。翡翠はアンバーの位置を見失っていた。
・・・はずだった。
しかし、アンバーが樹の幹の影から一瞬顔を覗かせた瞬間、翡翠と目が合った。
さもアンバーがその位置に移動するのを予知していたかのように、こちらに首をもたげかけて、トロンとした眼で視線を送っている。
ー誘導された!?ー
アンバーの背中に冷たい汗が噴き出した。
しかし、だからといって、どうする事も出来ない。ここから移動しようにも、イニシアチブは向こうにある。この状況において、最も理にかなった行動は・・・このまま射撃する事だ。
アンバーが引き金を引くのと、翡翠がアンバー目掛けて駆け出したのは同時だった。
アンバーに向かって走る事はすなわち、自分に放たれた銃弾に向けって走るのと同意だ。アンバーはおそらく翡翠が銃弾を躱すであろう方向を先読みして、そこにハンドガンの銃口をポイントする。
しかし、アンバーの読みは外れる。
翡翠は躱さなかった。
翡翠に向けて2連射された弾丸。1つめの弾丸の直後に隠れるように、寸分違わぬ位置を飛ぶ2つめの弾丸。その1つめが翡翠に着弾する刹那、一瞬火花を散らし、2つの弾丸がほぼ同時に真っ二つになった。
翡翠が、その両手に握った2本のマンティコアの最新型高周波ブレード。それを振るった結果だった。
一瞬、その神がかった絶技に、アンバーの時間が止まった。
一瞬後、我に戻ったアンバーの前に、すでにブレードの間合いにまで接近した翡翠がいる。
反射的にアンバーが翡翠にハンドガンを向ける。
翡翠の左手に握られたブレードが、ハンドガンを握ったアンバーの右手めがけ、斜め下から襲いかかる。
それを察したアンバーは、ハンドガンを手放し、腕を引く。
持ち主を失ったハンドガンの、重力に引かれて落下する直前の一瞬の無重力な状態に、ブレードが襲いかかる。
ブレードは一瞬の火花を散らせ、いとも簡単にハンドガンの銃身を真っ二つにした。
直後、翡翠の右手に握られたブレードが、斜め上からアンバーに襲いかかる。
アンバーは、アサルトライフルを身体の前に引き上げ、材質の密度の高いボディ部でブレードを受けとめた。
超高速で振動する高周波ブレードとアサルトライフルのボディが接触し、チェンソーのような甲高い音と、火花が散る。しかし、1秒と持たず、アサルトライフルは真っ二つにされてしまう。
アサルトライフルを真っ二つにし、ブレードが振り抜かれたその剣閃をなぞるかのように、アンバーの身体から鮮血が噴き出した。
アンバーは、ポーチから手榴弾を取り出し、ピンを指で弾いて抜くと、翡翠の前に落とし、近くの岩陰に全力で飛び込んだ。
爆発まで3秒、苦し紛れのこのアタックは、勿論翡翠に傷など負わせられない。翡翠は爆発までの時間で、充分、退避した。
しかし、アンバーとて、それは百も承知、この攻撃で翡翠をどうこう出来るとは考えていなかった。翡翠から時間と距離をとる事が目的の行動だったのだから。
とりあえず、目的を達したアンバーは、岩陰で呼吸を整えながら、胸から脇腹にまで続くブレード傷に手をやった。
軋むような痛みと、出血が酷い。が、出血の割には傷は奇跡的に深くはないようだ。アンバーは体内のオリハルコン粒子を少々コントロールし、出血量を抑えた。
その時、頭の中に、誰かが自分を呼ぶような声が、かすかに聞こえた気がした。
ー身の内に潜む、得体の知れない虚無か!?ー
アンバーは、即座に緊張する。身体の奥底で常に自分を見つめる本能、キラーDNAが再びアンバーを支配しようとしている。アンバーは、そう考えた。
今、これ以上、体内のオリハルコン量を増やし、身体の支配権を渡す訳にはいかない。今、ここで、身体を虚無に明け渡せば、自分の攻撃性は翡翠のみならず、ガーネットやコーラルにも及ぶ可能性があるからだ。
かと言って、今の翡翠からは未だ余裕の色が感じ取れた。今のままで勝てるのか?自身に問う。
「アンバー?その程度なん?」
迷うアンバーの耳に、翡翠の喘ぎ声のような声色が聞こえた。その声は妖艶なまでに色っぽい。
岩陰から顔を最低限覗かせるアンバーの眼に翡翠の姿が映る。
翡翠は左手で自身の乳房を揉みながら、顔を紅らめ、息も荒い。
「アンバーも我慢せずに、こっち側においでや。凄い、気持ちええで・・・。一緒にイこうやぁ。」

この発言には、遠巻きで見ていたガーネット達も冷たいものを感じさせらずにはいられなかった。
アンバーと翡翠の息詰まる闘いは、ガーネット達より次元がヒトツ上のものだったため、到底割って入る事など出来なかったが、なんとなく、翡翠にはまだ余力が有るように感じられた。
しかし、アンバーがそれに劣るとは考えたくなかった。
だが現実は、ほぼ無傷な翡翠に対し、時間と共に傷を増やして行くアンバー。
そんな時の翡翠のこの発言は、翡翠はアンバーよりも、もうヒトツ上にいるという現実を突きつけられた格好になった。
ダメで元々、アンバーの加勢に入るか?
ガーネットは、腕の中で怯えて震える小熊に眼を落とす。そこで、初めて、自分の腕も震えている事に気がついた。
この闘いに割って入る・・・考えただけで、初めて恐怖の感情を自覚した。
たまらず、コーラルに視線を投げる。
カーラルは翡翠を凝視していた。よく見るとやはり小刻みに振るえ、額に、頬に、冷汗が浮かんでいる。
ピースフロンティアにいた時、薬によって麻痺させられていた感情・・・コーラルも、初めて恐怖を感じているのかもしれない。ガーネットは思った。

アンバーは意を決して、岩陰から飛び出すと同時に、サブマシンガンをぶっ放す。
自分に降り注ぐ弾丸を、翡翠は靄のカーテンで面倒くさそうに払った。
「それ以上は無理なん?アンバーなら気持ちよくさせてくれると思ったのに・・・」
翡翠が不満そうな顔を浮かべて言った。その顔は、好敵手と思っていたのに裏切られたと言うよりは、満たされぬ自身の性欲に不満を感じているかのようだった。
「もう、殺すかぁ。」
その言葉を聞いたガーネットとコーラルに驚愕の表情が浮かぶ。翡翠のその言葉から不可避の何かが感じ取れたからだ。
アンバーの表情は闇に紛れ、見て取れない。
ゆっくりとアンバーに向かって歩みを進める翡翠の足元に、何かが転がってきた。
翡翠がつまらなそうにソレに視線を移したその時、ソレは炸裂し、強烈な光を放出した。
発光手榴弾!?
翡翠は咄嗟に腕で眼を庇ったが、光はすでに、翡翠の眼に飛び込んでいた。
一時的に視力を失った翡翠の前にアンバーが勢い良く飛び出して来た。
銃弾に備え、靄のカーテンを前面に展開する翡翠。アンバーはそのカーテンを手で開けるように振ると、そのまま翡翠のこめかみにサブマシンガンの銃底を思い切り叩き付けた。
予想外の攻撃だったのか、翡翠の身体がぐらついた。
間髪入れず、ぐらついた翡翠の身体に全速力のタックルをぶちかます。みぞおちにショルダーをめり込まされた翡翠の内臓が悲鳴を上げた。息を吸い込むと激痛が走り、呼吸がままならない。
アンバーは翡翠にタックルした状態のまま数メートル押し込むと、身体を引き、翡翠との間に隙間を空けると、翡翠の肝臓めがけて拳をめり込ませた。
呼吸が出来ない状態でのレバーへの強烈な一撃に、翡翠の身体がくの字に折れ曲がる。肺が酸素を求め、もがく度に、翡翠の胸部に激痛が走った。引きつった笑みの顔からは、明らかな酸欠状態が見て取れた。

近接戦闘術!?
一転、アンバーの攻勢に、ガーネットは眼を見張った。
これなら、加勢出来るかもしれない!!
それもそのはず、近接戦闘術はガーネットの一番得意とするモノだったからだ。
実際、訓練においても、ピースフロンティアの中で5本の指に入る順位で、それは、アンバーよりも上の成績だった。
ガーネットは、抱いていた子熊をコーラルに押し付けた。コーラルは状況が飲み込めず、混乱した表情でガーネットを見る。
ガーネットは、体内のオリハルコン粒子の濃度を上げた。
体内のオリハルコン粒子のコントロールを苦手とするガーネットだが、先のパール戦の後,村長に体内のオリハルコン粒子をコントロールしての治療法を教わって以来、密かにそれを応用して、自分なりのコントロール法を練習していた。まだ完全とは言えずとも、確実に身体のポテンシャルは上がっている。
オリハルコン粒子の濃度を上げている途中、ガーネットは身体の奥底から気怠さが湧き出たような感覚に襲われた。が、無視した。
そして、大地を蹴った。

酸欠状態のまま笑みを浮かべた翡翠の顔めがけて、アンバーはフックを見舞う。
しかし、それは、紙一重で躱されてしまった。
その躱した翡翠の顔面に、ガーネットの拳が直撃した。
「ガーネット!?」
突然のガーネットの参戦に、アンバーも翡翠も声を揃えた。
「一気に叩き込むで!!」
ガーネットの拳の直撃に身体をグラつかせた翡翠に、肘を繰り出しながら、ガーネットが叫ぶ。
この予想外のガーネットの参戦は、アンバーにとって嬉しい誤算だった。と、同時に、ガーネットを戦力から外して考えていた事を申し訳なく思う。
何故なら、ガーネットの近接戦闘術の実力は、組み手でしょうっちゅう負けていた自分がよく知っていたからだ。
事実、ガーネットが参戦してから、翡翠は未だ酸欠状態から抜け出す隙を見つけられず、防戦一方だ。その顔には、明らかなチアノーゼが浮かんでいる。
「3P?ええで、2人でウチを気持ちよくさせてや。」
防戦一方の翡翠がチアノーゼの浮かんだ顔で、嗤ってみせた。
「さすがに2人相手は厳しいんちゃうかぁ?」
ガーネットは自身の攻勢に、完全にテンションが上がっている。ノリノリで繰り出すガーネットの近接戦闘術は、まるで激しいブレイクダンスのようだ。
しかし、アンバーは何か嫌な予感を感じていた。
確かに、完全にこちらが優位な状況に持ち込めている。ブレードの間合いの内側に入り込まれ、翡翠は完全に防戦一方だ。
しかし、だからこそ、嫌な予感を感じるのだ。
先程まで圧倒的でパーフェクトな闘いを繰り広げていた翡翠が、ブレードの間合いを潰されたくらいで、ここまで防戦一方になるものだろうか?
確かに、刀に長けた、その技術を特化させるべく修練を積み重ねた那国の侍ならば、剣の間合いを潰されれば、圧倒的に劣勢になるかもしれない。まぁ、侍相手に剣の間合いを完全に潰すことが出来るかは別として。
しかし、翡翠は侍ではない。アンバー達と共に訓練を積んだピースフロンティアの仲間なのだ。勿論、その訓練には近接戦闘術も含まれる。いくら暴走状態であっても、その訓練を忘れるものなのか?
そう考えていたアンバーの視線が、信じられないものを捕らえた。
先程まで翡翠の顔に浮かんでいたチアノーゼの色が綺麗に消えていたのだ。
アンバーとガーネットが間髪入れず繰り出す近接戦闘術に、呼吸を整える隙などなかった。
しかし、実際翡翠は、防戦一方に見えながら、呼吸を整えていたのだ。
「ガーネット、気ぃつけぇ!!」
アンバーが叫んだその時、ガーネットの顎が跳ね上がった。
ガーネットの鼻腔と口腔から血が漏れる。
翡翠がブレードの柄で、ガーネットの顎を突き上げたのだ。
それを見ながら、アンバーは翡翠のブレードに違和感を覚えた。しかし、ソレが何か、瞬時には気付かなかった。その違和感の正体に気付いたとき、ブレードの切っ先はガーネットの喉元に向かって、最短距離を超スピードで進んでいた。
アンバーは咄嗟に翡翠とガーネットの間に割って入り、翡翠の腕に干渉することでブレードの軌道を逸らす。切っ先は、すんでのところで、ガーネットの首紙一重のところを逸れた。
しかし同時に、こめかみにブレードの柄を叩き込めれたアンバーは、ふらつきながら後退していた。
「やっぱ、受け身ばっかりはあかんなぁ。気持ちよぉない。お互い攻め合わなな。」
膝をついたガーネットと、こめかみを押さえて樹の幹に寄りかかるアンバーを見下ろすように顎を上げて、翡翠はその顔に卑猥な笑みを浮かべる。
その立ち姿を見たアンバーは、違和感の正体が正しいものだったことを再確認した。
左手の高周波ブレードの超振動が止まっている。そして、そのブレードの柄に左手は握られておらず、その左手は超振動の止まったブレードの鍔元を握っていた。
右手が握るのは、依然、超振動する高周波ブレードだ。
それはすなわち、右手のブレードでロングレンジを、鍔元を握る事で強制的に刃渡りを短くした左手のブレードでミドルレンジを、そして左右ブレードの柄でショートレンジを、つまり、今の翡翠は、全間合いを支配できる状態になっていた。
「絶望的な適応能力やな・・・」
唯一と言っていい程だったアドバンテージを奪われ、ガーネットが投げやりな笑みを浮かべた。
再び頭の中に、自分を呼ぶ声がした気がして、応えずにいるアンバーの手元に、ガーネットが自身のハンドガンを投げてよこした。
「近接は俺がメインでやる。お前はサポートと、そいつで援護、頼むわ。」
アンバーはガーネットのハンドガンを握る。それは、先程、真っ二つにされた自身のハンドガンより口径が一回り大きく、銃身も少し長い。つまりは、反動も大きい。
アンバーの表情に決意の色が浮かんだ。


まるで剣山のように立ち並ぶ樹木の幹の間を、縫うように3つの影が超速で動き去って行く。その影から遅れて、子グマを抱えた影がその後を追っていた。
僅かな枝葉の隙間から抜け落ちた日光の光で育ったであろう、下草が、薙ぎ払われたように、その葉を舞い上がらせた。
もつれるように絡み合う3つの影。生身がぶつかり合う音。骨がぶつかり合う音。肉体の軋む音。長い刃物が空を切り裂く音。そして銃声。金属音。それらの音が、樹海の自然の音と混じり合い、壮大なオーケストラの演奏を聞く様な錯覚を覚えさせる。
樹の匂い、水の匂い、土の匂い、汗の匂い、血の匂い、硝煙の匂い、金属の匂い、それらは演奏をさらに素晴らしいものに感じさせるスパイスのようだ。
3つの影は激しくポジションを入れ替えながら、樹海内を移動していた。
ガーネットが、マンティコア兵の死体から回収した、翡翠のブレードと同素材のコンバットナイフを片手に、近接戦闘術を駆使して翡翠に挑む。
しかし、翡翠は暴走状態にありながらガーネットのそれに冷静に対処し、ダメージを最低限に抑えていた。それどころか、ガーネットの攻撃の隙間をついて、的確に効果的な反撃をしかけてくる。
アンバーも近接戦闘術と距離をとっての射撃で応戦するが、翡翠の顔から高揚した卑猥な表情を消す事すら出来ていなかった。
コーラルは移動する3人を追いながら傍目から見ていたが、翡翠相手に2人がかりでようやく互角といったところだった。あまりに3人がもつれ、あまりに3人が接近しているため、スナイパーとして援護する事さえ出来ない。
もし、翡翠との間に距離が開き狙撃可能になったとしても、今の翡翠に当てられる気はしなかったが。
「翡翠・・・」
何故、仲間同士で争わねばならないのか。最後のピースフロンティアの生き残りなのに。折角、生き残れたのに。コーラルの眼に自然と涙が浮かんでいた。

しばらくその状態が続いていたが、ついにその均衡が崩れ出した。
地力で劣るアンバーとガーネットが押され始めたのだ。
「マジか!?」
激しい戦闘を繰り広げながら、ガーネットが毒づく。
しかし、アンバーは、やはりと言う感が強かった。戦闘が長引けば、この展開になる事は予想していたのだ。
そして、そうなった時は、最後の手段をとるしかないという事も。

翡翠の放った2連撃をコンバットナイフで受けたガーネットは、体勢を大きく崩した。
援護に入ろうとしたアンバーのみぞおちに蹴りを見舞った翡翠は、そのままガーネットの脇に入り込み左腕を取ると、そのまま絡めて関節を極め、一瞬で肩を外した。
呻き声を上げるガーネットに向かって、翡翠の凶刃が振り下ろされる。
アンバーは、ガーネットに蹴りを放ち、吹っ飛ばすことでその凶刃を躱させた。
そのアンバーに向かい、振り下ろしたブレードをそのまま横薙ぎに切り替えた凶刃が迫る。
胸のコンバットナイフを引き抜き、それでブレードを受けるが、一呼吸の間もなく、それは簡単に切断されてしまう。しかし、その一瞬のブレードの停止の間に、アンバーは大きく後ろに退避した。
それを見た翡翠は、あからさまにつまらなそうな表情を浮かべて、その場でブレードを振った。刃についた血糊を飛ばすかのように。
そんな翡翠の足元に何かが転がっている。
「手榴弾?」
次の瞬間、それは炸裂した。
ピンを抜いて2秒数えてから転がしたそれが爆発するまでに、いかに翡翠と言えども完全回避は出来ない筈。アンバーは木の幹に身を隠しながら考える。
しかし・・・アンバーその爆発音に違和感を覚えていた。なんと言うか・・・すかっとした爆発音のはずが、なにかこもった音に聞こえたのだ。
樹の幹から顔を覗かせて確認すると、翡翠はその場に平然と立っている。
その足元、手榴弾が爆発した場所には、なます切りにされたガルダベアの死体がその巨体の下から煙を上げていた。
全く気付かなかったが、いつの間にか翡翠がガルダベアの一頭を殺害した場所まで移動していたらしい。
しかし翡翠は自分の置かれているフィールド全てを把握しており、近場に落ちていたガルダベアの死体を手榴弾に被せることで、その爆発の威力を抑え込んだのだ。
それは、圧倒的な力の差・・・それを如実に現していた。
もう、最後の手段に移るしかない。
アンバーは覚悟を決めた。

『ガーネット、コーラル、一刻も早く、この場から離脱するんや』
アンバーはクォーツの能力を使って、2人の脳内に直接話しかけた。ずっと自身の能力で状況を見ているはずのクォーツは、ショックで混乱しているのだろう、能力が安定していない。アンバーは続ける。
『粒子の濃度を限界まで上げる。おそらく自我は保てない。』
『アンバーも暴走するって事?』
コーラルが不安そうに応える。
『もうこれしか方法がないんや。そうなったら、もう、敵味方の区別はつけへん。お前等まで巻き込んでまう。』
コーラルはガーネットとアンバーの顔を交互に見る。
『どっちが勝つか解らへんけど、どっちもただではすまんはずや。勝負がついても元に戻らへんかったら・・・お前等が殺してくれ。消耗しきった状態の俺等やったら、殺せるはずや。』
『コーラル、離れるぞ。』
ガーネットが外された肩を強引に押し込み、呻きながら言う。
『で、でも・・・』
「邪魔になるんや、俺等がおったら!!」
ガーネットは脳内通信ではなく、声に出して怒鳴った。その表情は自分の力の無さを責めるように険しい。
「悪いなぁ、あとの事は任せるわ。」
そんな二人に柔らかい笑顔を浮かべると、アンバーは言葉を声にした。

「前戯は終わり?やっと本番?イカせてくれるん、アンバー?」
「そやね。お互い、気持ちよくなろか。」
翡翠の言葉に、再び翡翠の方に振り返ると、瞳を閉じてオリハルコン粒子の濃度を上げ始める。
その姿を見つめる翡翠の顔は、より一層紅味を帯び、瞳は恍惚の色に染まり、身体は快楽を感じているかのように小刻みに震えている。その呼吸はみるみる荒くなって行く・・・。
その翡翠に見つめられながら、アンバーは徐々に体内のオリハルコン粒子の濃度を引き上げていた。
身体の奥底に眠る本能が、得体の知れない虚無となってアンバーの意識にすり寄ってくる。
それは女性器のヒダのように絡み付き、亀裂のように開いた穴の奥にアンバーの意識を送り込む。
穴の肉壁のぬめりを感じながら、アンバーの意識は徐々に薄らいで行き、身体の主導権が奪われて行くのが解った。
薄く外界との意識を残しながら、身体の自由は奪われると共に、感情も失われて行くのが解る。
何も感じない・・・。
何も考えられない・・・。
ただ、目の前にいる生物を破壊するためだけにある存在へと、身を堕としていく感覚・・・。
頭の中で、自分を呼ぶ声が聞こえた気がした・・・。


完全に身体の主導権が本能に移行する直前、急に轟いた銃声によって、アンバーの意識は身体に引き戻された。
大口径から放たれた轟音は、アンバーの身体を支配しようとしていた本能を、元有る場所へ一瞬で引き戻した。
まだ愛液のぬめりのこびりついたような淀んだ意識の状態のアンバーの眼が、ひとつのヒトガタのシルエットを捕らえる。
それは、いつのまにかアンバーと翡翠の間に立ち、空に向けて銃を突きつけていた。
ぬめりが意識からから滑り落ち、頭が澄んだ状態に戻るにつれ、そのシルエットがはっきりと人物像を結んで行く。
「なんで、あんたがココに・・・?」
アンバーは、そこにいるはずのない人物に向かって呟いた。
「簡単に意志を手放そうとしおって、この馬鹿者が。」
人物は、アンバーの方を振り向き、険しい顔で口角を上げた。
人物・・・村長、東雲和泉がそこにいた。

Peace Frontier 参考イラスト①

2014年04月13日 | Peace Frontier 参考イラス

 小説『Peace Frontier』の参考イラストです。

 下描きで申し訳ないですが、頭の中のキャラクターイメージの参考にして下さい。

 下から、クォーツ、翡翠、アンバー、コーラル、ガーネット、アステアの順です。

 時期的には、マンティコア戦争後をイメージして描いたので、現在の小説中の彼等は、もう少し若いですね(笑)

 

闇サンタ外典【Peace Frontier】#15

2014年04月06日 | Peace Frontier

樹冠が密集して構成された幾層もの林冠に、まばらに超高木が頭一つ顔を出している。
その永遠とも思えるほど広がっている樹海の樹々に崇められるようにして、大きな山がそびえ立っている。
その単独山は、中腹まで緑に覆われているものの、上層部は岩肌を剥き出しにし、月に照らし出されたソレは、見るものを威嚇するかのようなシルエットで、まるで天に挑みかかるかのようだ。
ガルダのシンボルマウンテンとして有名なその山は、ここまで治安が悪くなる前、旅行用のパンフレットの表紙を飾っていただけあって、世界中の人々が知っているほど有名な山だった。
太古のガルダの民は、この山を神として崇めていたとされている。
その証拠に、山中にある洞窟の幾つかには、当時の壁画や供物、生け贄の痕跡が今なお残されているらしい。
ごく稀に、自らの身を危険にさらしても過去を紐解きたいという狂った欲求を持つ古代文明学者がやってくる。

その人口の高層建築物が一切見当たらない、太古の自然を思わせるガルダの大樹海の山側の一部に、この樹海には珍しく夜霧が発生しており、林冠の隙間から湯気のように立ち上ぼり、揺らめきながら一帯を包み込んでいる。
月明かりを乱反射しながら蜃気楼のように揺らめきながら夜霧に包まれた樹海は、空からみればとても幻想的なものだったろう。

その夜霧に包まれた樹海のさらに一部分に、白い湯気のような夜霧に混じって、少し黒ずんだ部分があった。
その場所は、外からの月明かりを乱反射しているのではなく、内側から仄かに橙に発色していた。
上空からみれば、全く気づかない、気づけないような極小の部分であったが。

その夜霧が立ち込める木々の間を抜け進む奇妙な一団があった。
樹冠が密集し、それらが太陽を求め藻掻くように枝葉を伸ばし形成された林冠によって日光を遮られたその下にはつる植物や着生植物は見られるものの、下草はほとんど見当たらない。
日光が地表まで届かないため、成長を阻害されている結果だ。
おかげで特に大型の動物たちにとっては、非常に移動しやすい地形になっている訳だが、それは人間にとっても同様だ。
昼までも日光が林間に遮られるため仄暗いのに、夜のため、漆黒の闇と化した樹海の腹の中に、複数の靴のソールが地表を踏みしめる音が響く。
この樹海で見かける風貌といえば、ここに住む村民や集落民、そして、反政府ゲリラや、傭兵が主だったものだが、この一団はそのどれにも該当しない。
いや、一団の半分以上は武装した傭兵のようだから、全く該当しないと言うわけではない。しかし、残り半分以下の人間達によって、奇妙に見えてしまうのだ。
彼等はジャングルに的さないスーツや白衣姿で、髪型は整えられており、知的な風貌をしていた。そして、彼等ほぼ全員にかけられた眼鏡の奥の瞳には、少なからず狂気の光が宿っているように見えた。
その歩みが生み出す足音は、ジャングル経験の乏しさを如実に表しており、普段、現代文明にまみれて生活を送っていることは明白だった。
さらに奇妙なのは、その先頭を進むガイドらしきガルダ人と共に進む老人だ。
しゃれこうべの上に薄い皮を貼り付けたような顔には深い皺が幾重にも彫られており、その半ば飛び出したような眼球は今にもこぼれ落ちそうだ。
老人の乗った自動走行式の車椅子の車輪はキャタピラーとオフロードタイヤの中間のような形状をしており、樹海の地表を独特な音で踏みしめながら進んでいた。

タイヤが土を抉る音を響かせ、かん高い自動走行式車椅子のモーター音が静かになった。
辺りには蒸せかえるような黒煙が夜霧を押し退けるように立ち込めている。見つめるミイラか即身仏の出来損ないのような老人の顔を、赤みがかった橙色に染める。

狂気を含んだ白目が黄色みを帯びた色に変色した瞳が見つめる先には、小学校の体育館ほどの開けた場所に設営された、軍用キャンプが映っていた。
いや、軍用キャンプだったものの成れの果てと言った方が正しい。
それというのも、軍用テントの大半は倒壊しており、破壊され発火した機材から燃え移った火の手は、未だ黒煙を撒き散らせながら燻り続けている。
キャンプを囲む樹々の幹には銃痕が無数に穿たれ、テントの強靭な布地にも銃痕や刃痕が残されている。
車椅子が甲高いモーター音を発しながら、進み始める。
ゆっくりと回転するキャタピラとオフロードの中間のようなタイヤが木の根の這う地面をえぐる音を聞かせる。
車椅子の老人を先頭に、奇妙な一団がゆっくりと歩みを進める。
壊滅した軍用キャンプの内に入った一団の前に、ここまで道案内してきたガルダ人のガイドが立ち塞がる。
「早くココを離れた方がいいデス。」
よく焼けた肌に大きな目、彫りの深いはっきりとした顔立ちの若いガイドは、怯えた表情で口を開いた。
「離れる?何故?」
車椅子を止めると、老人はキリキリと音が聞こえそうなカラクリ人形のような動きで、ガイドの青年の方に顔を向けた。
「こんなに商品が転がっているのに・・・」
老人の瞳に宿る狂気の色が増幅し、笑みを浮かべ開かれた口には唾液が糸を引いている。
若いガイドは、その老人の表情にまるで恐ろしいものを見たかのように後ずさる。
「これは傭兵やゲリラのキャンプではナイ。どこかの国の軍デス。それなら、連絡が取れなくなった場所には、すぐに応援が派遣されるはずデス。ここにいるのは危険デス!!」
顔に脂汗をベットリと浮かべ恐怖に顔を引きつらせながらも、若いガイドは気丈に言い放った。
そんな彼の様子を老人は冷ややかな目で見つめると、
「この森は変わらんね。9年前と何も変わらない。ガイドがいなくても平気だね、きっと。」
と言って、目を細めた。
老人の中の何かに背中に冷ややかなものを感じ、流れる汗を感じた若いガイドは、ズボンのポケットから札束を取り出し両手を前に差し出す。
「オカネは返しマス。これ以上は、案内できナイ!!」
若いガイドがそう言い終わると同時に、彼の眉間に小さな穴が開いた。
何が起こったか理解する暇も無く意識を奪われた若いガイドは、そのまま後ろに大の字で倒れた。手から札を撒き散らせながら・・・。
「お金は結構、返す必要はありません、あなたを買ったんですから。あの世でも先立つ物は必要かも知れませんしねぇ。」
ひゃっひゃと嗤う老人の針金のような指に握られたクラシカルな拳銃の先端から、微かな煙が上がっていた。
「あー・・・」
老人は、しんと静まり返る後ろの一団をカラクリ人形のような動作で見渡すと、
「なぁにをのんびり構えてるのぉ?早く処置しないと貴重な商品がダメになっちゃうでしょ?脳はおしゃかになっちゃったけど、それ以外はまだ新鮮なんだからさ。」
と今まで何度も繰り返し言ってきたような口調で言う。
目を細め、口角を上げる老人の狂気の表情を目の当たりにした樹海に不釣り合いな一団は、特にその狂気におののく素振りも見せず、その言葉を合図とするように、這い回る木の根の上にその身を晒す若いガイドの周りに一斉に群がり始めた。
衣服を剥ぎ取ると、鋭利な医療用のメスで皮膚を裂き、ピンク味を帯びた赤く美しい臓器を、眼球を、諸々を、手際よく取り出すと、次々と冷気溢れる容器に赤子を扱うように丁寧に納めて行く。
「彼は煙草を吸っていたねぇ・・・。それはC級品になるけど・・・まぁ、一応、売れるから回収しときましょうか。」
両手に両肺を抱え見せに来た医師風の男は、老人のその指示を聞くと、Cラベルのプレートがついた容器にその肺を納めた。
つい先刻まで生命活動を営んでいた若いガイドの身体がみるみる脱ぎ捨てられた着ぐるみのようになっていく様を、老人は車椅子の肘置きを指でトントンと鳴らしながら見た後、
「みんながみんな、その子に構ってあげることないでしょ?このキャンプの商品も回収してらっしゃい。」と、不気味な笑顔のまま、少々怒気を孕んだ声で言う。
そんな老人に対して、一団の医師風のインテリ達は、特にこれといった感情も見せる事なく、手慣れたルーチン作業といった風に、キャンプに姿を消して行った。
そのインテリ達の後を追う形で、武装した人間達も、キャンプに姿を消して行く。どうやら、インテリ達を護衛するのが与えられた役割らしい。
各々の役割をこなしに向かった作業員達を横目に、老人は車椅子のレバーを前方に倒す。ゆっくりと進み始める車椅子は、戦死者達の間を抜けて行く。
いくつかの戦死体には、医療用のメスを持ったインテリが群がり、必要物と不要物とを分類していた。
老人は、何者かに襲われ戦闘虚しく命を散らした兵士の戦死体に値踏みするような視線を向けつつ、キャンプの奥まった場所に設営されている司令官用であったろう、半壊している一回り大きなテントの中に入って行く。
3灯の電球に照らされたテントの中は、多量の血に染まっていた。その空間に、外のコンプレッサーの奏でる人工の音が、地震のように響いている。
大量の書類の散らばる地面剥き出しの床面には数人の指揮官クラスであろう死体が転がり、テントの内面に沿うように据え置かれた高級であろう機材からは、煙が揺らめいて火花が散っていた。
老人はその高級な機器には全く目もくれず、テント内の死体ひとつひとつを値踏みするような視線で舐めるように見て行く。
その最中、テント中央に置かれたテーブルの上の、散乱した書類の隙間から覗くひっくり返った灰皿と撒き散らされた大量の煙草に目をやった。
「まったく・・・グレードAの商品は、少なそうですね。」溜め息まじりの独り言を呟く。
「当然だろう、今日明日とも知れん命、兵士に禁煙を要求する程、上官も酷な事は言わんだろう。そんなもんにグレードAなんて・・・あんたも期待してしないだろ?」
「たまにはいるもんですよ、健康管理のしっかりした兵士と言うのも。それを見つけた時には、心躍るものです。」
不意にかけられた声に驚く様子も見せず、声のした方に老人はカラクリ人形のキリキリと音がしそうな動きで、首だけを回して顔を向ける。
そこには、テントのホロを捲って、テント内に足を踏み入れる青年がいた。
「心躍りませんか、アステア・ヴェルテシモ?」
老人にアステアと呼ばれた青年もまた、この樹海には不釣り合いな出で立ちをしている。
上下黒のレザー素材のジャケットとパンツ、インナーにはレオパード柄のシャツ。左手にだけグローブをはめている。
とても、樹海で見かけるファッションには程遠い。
髪は鮮やかなピンク色に染め上げられ、束感のあるヘアスタイルはまるで龍の鱗を思わせる。腰には、那国の刀が鞘に納められ、そこにあるのがさも当たり前のような自然さでぶら下げられていた。
「こんなに不節操に身体をいじくり回してる連中に心躍るわけないだろう。外の作業員達も商品になる部分が少な過ぎて、うんざりしてるだろうさ。」
アステアと呼ばれた青年は、そう吐き捨てながら、足元に転がる、身体に多くの機械を移植された死体を蹴り転がした。
このキャンプに転がる死体の全ては、同じように多かれ少なかれ、身体に機械が移植されていた。そう、ここはマンティコア兵の拠点司令部だったのだ。
「あなたは、マンティコアの機械化思想を大層嫌っているようですねぇ。」
「当然だろう、機械化して力を得ようなど、いかにもクソ野郎の考えそうなことだ。」
「そうですか。ですが・・・」
そう言うと、老人は、アステアの左手に視線を移す。
「そのカーボングラファイトの束を編み込んだ人工筋肉でできた左腕の義手も、マンティコア製でしょう?」
その老人の言葉に、アステアは明らかな嫌悪感の表情を浮かべた。
「それにしても、発がん性の高いカーボングラファイトを移植するなんて、恐ろしいマネをしますねぇ。」
老人はアステアの表情をまるで気にせずに、その左腕に、哀れみの視線を投げる。
「問題ない。こいつの発がん性は抑えられているそうだ。それに元の腕に一番近い動きを実現してくれるのがこの素材だっただけの話だ。腕さえ無事なら、誰が好んでこんなもの移植するものか、こいつらじゃあるまいし。」
そう言うと青年は目の前に横たわる死体の頭を踏み付け、足に力を込める。
「ひょっとしたら脳は使えるかも知れませんからね、潰さないで下さいよ?アステアくん。」
腐った野菜を見る様な視線で死体の頭を踏み付けていたアステアは、その言葉に頭を踏み潰す直前、我に帰ったように足をどかせた。
「それにしても、ここの状態は奇妙だ・・・」
青年はそう言うと、血痕飛び散るテーブル脇のイスに、勢いよく腰を降ろした。そして、テーブルの綺麗な部分に両肘を乗せ、指を組む。
「およそ火の手の上がる場所でないところにまで銃火機起因とは思えない火の形跡が残ってるし、兵の死体の大半は、内部から破壊されたり、なにか大きな力で押し潰されたりねじ切られたように思える・・・。」
「やつの仕業でしょう・・・間違えようもありません、この感覚・・・疼くんですよ、感覚を失った私の両足がね。」
アステアの疑問に返す老人の顔には憎しみの表情と同時に恐怖の表情が浮かんでいた。
「あんたの身体を下半身麻痺にしたと言う、超能力もどきの使い手の事か?だとしたら、この状況を一人で引き起こしたのなら、相当なものだな。」
アステアは組んでいた指を解き、イスの背もたれに腕を回すと、足を組んで恐怖と憎しみの入り交じる表情の老人を観察するように見る。
「9年間、やつに復讐する事だけを考えて生きて来ました。アステア、表現者<アーティスト>を通してあなた達には多額の依頼金を支払ったんですから、きっちり働いて下さいよ?でないと、あなただって、表現者に見放されてしまいますでしょう?」
つとめて冷静な口調を装う老人であったが、その感情を完全には隠せてはいない。
「別に俺は表現者に依存してる訳でもなければ、手下になった訳でもない。表現者と繋がっていれば、簡単に金が手に入るからそうしているだけだ。なにしろ俺には金が必要だからな。それより・・・」
アステアはそう言うと、老人の車椅子を勢い良く後ろに蹴り飛ばした。
「そこからはもう少し離れた方がいい。」
「アステア、いったいどう言うつもり・・・」
アステアに蹴られ、結果、急に後退した車椅子から投げ出されそうになった老人が口調を荒げたその時、テントの防弾・防刃の布地がいとも簡単に裂け、斬撃と共に一人の兵士が先程まで老人がいた場所に飛び込んできた。
アステアは足を組み座った状態のまま、斬撃と共に現れた兵士に観察するような視線を送る。
「急に通信が不能になったから戻ってみれば・・・。貴様達か、我らが同胞と上官殿を殺戮したのは!?」
怒りの表情を浮かべ叫ぶその兵士の顔は左半分しかない。いや、生身の部分が半分しかないというべきか。顔の右半分と頭を含む全身は禍々しいまでの金属機械に覆われており、両手にはネオカーボナード製と思われる高周波ブレードが静電気のような放電現象を刀身に纏いながら、ハチの羽音をさらに甲高くしたような音を響かせている。
ブレードは高周波のお陰で血ひとつ付いていないが、腕と機械の身体にいくつかの返り血が見えることから、このテントに来るまでに、一団の人間を幾人か殺してきたらしい。
「なんだ、このクソ野郎は?もう人間とよべる代物じゃねぇな。」
その台詞が終わるか終わらないか、兵士は瞬時に間を詰め、イスに座ったままのアステアを斬りつけた。
しかし、真っ二つになったのはイスだけで、アステアはテーブルの上にいつの間にか移動している。
「逃げ足だけは素早いじゃないか。」
兵士はテーブルの上のアステアを見上げそう言いと、アステアの腰に携えられた刀に視線を移す。
「そのブレードは・・・確か、katanaだったか?と言う事は、貴様、那国の侍か?」
兵士は再びアステアを見上げると、馬鹿にしたかのように口角を上げる。
「テーブルの上から俺を見下ろすか。未だに鉄ごしらえのkatanaのみで闘う、時代錯誤も甚だしい兵士が、随分と余裕を見せてくれるな。」
兵士は左半分の顔に笑みを浮かべそう言うと、片手のブレードをアステアに向けてかざしてみせる。
「ネオカーボナードの高周波ブレードだ。最先端の武器だよ。その武器をさらに最先端であるフルメタルソルジャープロトタイプ、コード・samuraiの俺が扱う。俺のブレードを受けとめた途端、貴様の刀ごと真っ二つだ。同じサムライの名が与えられている者同士でも、その差は歴然なんだよ。理解出来るかい、那国の若きサムライソルジャー?」
饒舌な演説を聞いても尚、アステアは刀に手を添えるでもなく、テーブルの上から悠然と見下ろしたままだ。
「貴様・・・!!」
その姿が癪に障ったか、samuraiはアステア目掛け、ブレードを横薙ぎに振る。
しかし、またもブレードは空を斬り、アステアはテーブルの向こう側へと移動していた。
「その腰の刀は飾りか!?」
samuraiは叫びテーブルを叩き斬ると、両ふくらはぎに付いた2対のスラスターを始動させ、瞬時にアステアとの間合いを詰め斬り掛かる。
スラスターと人工筋肉と超硬度人工骨格が産み出す速力と脚力、腕力は人間のそれを遥かに超越し、特に両腕から振るわれる2本のブレードは、目にも留まらぬ速さだ。
しかし、それをアステアは、身体を移動させ、身を翻し、まるで舞うかのように躱していく。依然、刀は腰の鞘に納まったままだ。
samuraiは背中のスラスターをも起動させ、さらにそのスピードを上げる。
しかし、それでもアステアの身体に2本のブレードが触れることは叶わない。全て紙一重で躱されていく。まるでsamuraiの動きがあらかじめ解っているとでもいう風に。
samuraiが放った大振りの一撃を大きく躱すと、アステアはsamuraiから3メートルほど距離を取り、相変わらずの観察するような視線を投げる。
瞬時にその人間離れしたスペックで間合いを詰め斬撃を繰り出し続けるsamurai。
まるで攻撃を予知しているかのように最小限の動きで躱し続けるアステア。
テント内のテーブル、書類、機器、設備がsamuraiによって斬り裂かれ、宙を舞う。
切断された舞い上がった配線コード類から放たれる火花に包まれながら戦闘中の二人は、さながら大舞台のバレイダンサーのようだ。
そのバレイダンサーと同じ部隊で落下してくる、斬り裂かれた破片を焦り顔であくせくと躱し続ける車椅子の老人。
まるで、質の悪いコメディーを見ているような場面が繰り返され続ける。

「えあぁぁぁっっ!!」

大声と共に大振りの斬撃を繰り出したsamuraiを踊る様な動きで舞い、アステアが再び距離を空ける。
相変わらずの涼しい視線を送るアステアの瞳に映るsamurai、そのsamuraiのブレードを持つ手首が刹那、垂直にスライドしたかと思うと、そこにガドリングの砲身が現れた。
その砲身が高速に回転し始めた途端、無数の弾丸を高速で吐き出し始めた。
アステアは若干目を細めながら、右へ左へと走り、的を絞らせないようにしながら弾丸を躱す。
「銃器とは・・・samuraiが聞いて呆れる。」
静かに呟いたアステアの言葉を驚く事に、けたたましい銃声の中で聞き取ったらしいsamuraiは、その顔に歪んだ笑みを浮かべると、
「那国のサムライ達の中にも、魂と言えるカタナを捨て、銃を持つ者も出て来ているらしいぞ!!」
と、嗤いながら叫んだ。
「嘆かわしい・・・」
いっそう静かに呟くアステアの耳に、爆音の銃声にまぎれた微かな悲鳴が聞こえた。
アステアは、叫びが聞こえた方向に視線のみを向ける。
「アステア!!逃げ回ってないで、何とかしなさい!!私が死んでしまうっ!!!!!」
そこには、飛び散る破片や銃弾の流れ弾に当たるまいと、顔中に汗を浮かべながら必死に車椅子を動かす老人の姿があった。
子供向けのアニメのワンシーンだ・・・。
アステアは軽く溜め息をつき踵を返すと、利き足に力を込め、samurai目掛けて走り出した。
猛スピードでsamuraiとの距離を詰めるアステアのすぐ傍を、無数の銃弾が通り過ぎて行く。
今まで左右に逃げ回っていた標的が、急に直線の動きで真っ直ぐ自分に向かってきたため、狙いが付けられないsamuraiは、砲身を手の中に収納し、手首をスライドして元に戻すと、ブレードを握る右手に、左手に、力を込め、振るうタイミングを測る。
警戒すべきは、アステアの腰にぶら下げられたカタナ。
未だ抜刀されていないその腰のカタナのみに意識を集中する。
アステアが抜刀しようと、その柄に手を添えた瞬間、抜刀するその一瞬前に間合いを詰めて斬り捨てる!!
samuraiはブレードを構えたまま、ふくらはぎのスラスターがいつでも火を噴けるようにスタンバイした。

samuraiとアステアの距離が3メートルに迫った。
しかし、アステアの右手は、未だカタナに触れようとはしない。
余程、速抜きに自身があるのだろう・・・samuraiは焦る事無く、ブレードを握る手に力を溜め、さらにアステアのカタナに集中する。

samuraiとアステアの距離が2メートルを切った。
未だ、アステアの右手は、動く素振りを見せない。
samuraiの顔の生身の部分に、僅かに汗が滲んだ。

samuraiとアステアの距離が1メートルを切る。
アステアの右手は、動かない。
まさか・・・samuraiの顔の生身の部分が、じっとりとした汗に濡れた。

次の瞬間、ブレードを構えたままのsamuraiの脇を、アステアが走り過ぎた。抜刀する事なく・・・。

samuraiの生身の顔に血管が脈打ち、怒りの表情が浮かぶ。
「貴様、いつまで逃げ回ってるつもりだ!!それでも那国のサムライか!?闘え!!抜刀しろっっっ!!!!」
口から唾液を飛び散らせ、怒りのままに荒ぶるsamurai、その額の生身の部分に浮かび脈打つ血管は、今にもブチ切れそうである。
「なにを言ってる・・・」
そう言って、samuraiの方に、足を止めたアステアが静かに振り返る。
「抜刀なら、もうした。」
細めた眼から鋭い眼光を向けられたsamuraiは、その大半を機械に占められた身体に、強力な電気が走ったような感覚に捕われた。
しかし、その感覚は、怒りに支配された彼には些細な事だったのだろう。
「何を・・・言ってる?俺の眼球型カメラは、銃弾すら捕らえる。貴様が抜刀するところなど、見ておらんわ!!嘘なら、もっとまともな嘘をつけっっっ!!!!!」
samuraiは怒りそのままに、左手に握りしめたブレードを、横に転がっていた機材目掛けて振り下ろした。
ブレードを通して怒りを叩き付けられた機材は、鈍い破壊音を響かせながら、破片を撒き散らす。
撒き散らすはずだった。
しかし、そこでsamuraiは初めて、何か異変を感じた。
何かがおかしい・・・。
そう、機材から破壊音が聞こえなかったのだ。
samuraiは、機材の方に視線を向ける。
そこには、破壊されることなく、転がっているだけの機材があった。
わけもわからず、samuraiは視線をアステアに戻す。
samuraiの視界に映ったアステア。
そのアステアの手には、ブレードを握りしめたsamurai自身の左手が握られていた。
状況が飲み込めないままに、samuraiは自分の左手を、左手があった場所を見た。
そこには、見事に鋭利な断面を残して肘から先が消え失せていた。

「あああああああああああああああああああ・・・・・・・・・・!!!!」

自身の理解を超えた事態を目の当たりにし、逆上したsamuraiは、ブレードを持つ手を再び手首からスライドさせ、出現させたガドリングからアステアに向け弾雨を放つ。
今までのように、アステアは神速で躱すかと思いきや、意外な事にアステアはその場を動かず、黒い革手袋に覆われた左手を眼前に差し出し掌を開いた。
途端、アステアの開かれた掌の前に半透明の光り輝く琥珀色のシールドが現れたと思うと、そのシールドは降り掛かる銃弾の雨を全て防いでみせた。
samuraiは逆上しているからか、その超常的な現象を目の当たりにしても驚きの表情ヒトツ見せずに、手首を元の状態に戻すと、ブレードを超振動させ、血走った目を見開きながらアステア向けて地面を蹴る。
アステアももう躱す事に飽きたのか、ゆっくりとした流れるような動作で抜刀すると、その抜刀動作の延長線の動きであるように流れを乱す事無く構え、迎え撃つ。
刹那、金属音が空間に響き、交差された高周波ブレードと刀は火花を散らせながら鍔迫り合いの状態になった。
途端、samuraiの血走った目と口が歓喜に歪む。
それもそのはず、この瞬間、勝負が決した事は、素人目にも明らかであった。
ネオカーボナード材の超振動するブレードは、ただの鉄を鍛え上げただけの刀など難なく粉砕するからだ。
「お前の刀〈魂〉が粉砕された瞬間、お前の身体も真っ二つだ!!」
超振動するブレードを刀身に受け、火花を散らせ続ける刀ごしにアステアの顔を覗き込みながら、samuraiは勝利を確信した叫びを上げる。
しかし鍔迫り合いの向こうのアステアの顔を視界に捕らえた瞬間、samuraiの背筋に得体の知れない冷たいモノが這い回った。
鍔迫り合いの向こう、火花に照らされたアステアの顔・・・。
それはsamuraiの予想に反し、焦りどころか、今までと何一つ変わらず、無表情で観察するような視線のままだったから・・・。
samuraiがそれを感じた直後、金属の折れる鋭くも軽い音が空間に響き、刀身が宙に舞う。
samuraiは、この瞬間を待っていたと言うように、背中の寒気を押し切り、刀を叩き折った勢いそのままに、アステアを斬りつけた。
その後、一部始終を見守っていた車椅子の老人の眼に飛び込んできたのは、肩口から反対側の肋まで斬られ、崩れ落ちる哀れな機械人形の姿であった。
その斬り口は芸術的なまでに美しい。
常識に反し、折れ飛んだのは、samuraiの高周波ブレードの方だったのだ。
刀を振り、血色のオイルを刀身から飛ばしたアステアは刀を鞘に納めながら、無表情のまま地面に転がるsamuraiを見た。
その表情は、勝利を確信した笑みを浮かべたままで絶命していた。
常識に反した状況を疑問に思う事もなく、己の敗北を、死を、それすら把握することもなく。

たたずむアステアの傍に車椅子の老人が近づく。
「侍の魂は、先端科学技術でも砕けませんか・・・」
ひゃひゃひゃっと卑下た笑い声を発する老人を一瞥すると、アステアは反応することなく地面に転がるsammuraiの切り離された腕をおもむろに掴み上げた。
その手に握りしめられたままの、高周波ブレードをマジマジと見る。
柄を握りしめている指を一本一本丁寧に剥がし、その高周波ブレードを自身の手で掴む。
ブレードの柄から引き剥がされ重力に引かれ落下する腕に、アステアが奪ったブレードを振るう。
ヒュンッと言う風を斬る音と同時に、一瞬、キンッと言う金属音が混じる。
ガシャン・・・と音を立てて地面に落下した機械仕掛けの腕は、見事に真っ二つにされていた。
ヒュウー・・・と老人が口笛を鳴らす。
「ほぼ形状が同じなだけあって、扱い慣れた物ですねぇ、そのブレードが気に入りましたか?」
「見た目は近くとも、コレには魂がない。だが、玩具としては丁度良い。」
アステアはsamuraiの亡骸からブレードの鞘を外した。
丁寧に、まるで、samuraiに対し、敬意を表するように。
その鞘にブレードを納め、自身の刀とは反対側の腰にぶら下げると、アステアは老人を残し、テントの外に出て行った。
残された老人は、先程、アステアが斬り折ったsamuraiのブレードを見つめていた。
「玩具・・・ねぇ。」
マンティコアの技術の粋を集められて造られたブレードの切っ先は、炎の光に照らされ、美しい光を放っていた。

テントの外に出たアステアは、近場の手頃な岩に腰を降ろし、煙草に火を点けた。
肺一杯に吸い込むと、ニコチンと共に、熱帯雨林特有の湿気の多い空気が広がる。
それをゆっくりと吐き出すアステアの前を、箱一杯に容器を抱えた医師風のインテリ数人が歩いて行った。
インテリが歩いて来た方向に眼をやると、そこには先程までインテリの護衛についていた武装した人間の亡骸が転がっていた。
おそらくはsamuraiに殺害されたであろうその武装した人間の亡骸は、内臓などのリサイクル可能なパーツを取り除かれ、脱ぎ捨てられた着ぐるみのようになっている。
「仲間でも、死ねばそく商品か・・・。」
アステアが初めて機嫌の悪そうな表情を浮かべた。
「早く、こんな仕事は終わりにしたいもんだ・・・クソが!!」
呟きながら、一気に煙草の煙を吸い込んだ為、危うく咳き込みそうになる。
「随分、時間がかかったみたいだなぁ、新入り?」
いつの間にか、岩に腰掛けたアステアの背後に銃火機を持てるだけ装備した大男が立っていた。
刈り込んだ坊主頭に、ボディービルダーのように隆起した筋肉がTシャツに張り付いている・・・漫画に出てくる軍人そのままだ。
「ノーマッド・・・」
アステアは大柄な男を一瞥する。
「まぁ、傷ひとつ負ってないのは評価に値するんじゃないかしら?」
大柄な男に次いで近づいたのは、小柄で細身、黒髪をツインテールにした、浮腫んだ顔に多数の吹出物をこしらえた醜女だ。
露出の多いゴスロリの衣装に身を包み、アサルトライフルとスナイパーライフルを携えた彼女は、安っぽいポルノ女優のようだ。
大きく開いた胸元からは、無理矢理寄せて上げられた結果生まれた谷間が覗いている。今にも貧そうな胸から悲鳴が聞こえてきそうだ。
「キャリー・・・」
アステアは醜女を見ずに言う。
「そうかぁ?こいつ、俺の接近に気付いてなかったぜ?俺が敵だったら、こいつ、もう死んでるぜ?」
キャリーと呼ばれた醜女の言葉に、ノーマッドと呼ばれた漫画の軍人のような男が食って掛かる。
「新人イジメも、その辺にしておけ」
最後に近づいて来たその声の主は、長身でバランスの取れた体躯をした短髪のドレッドヘアを真っ白に染めた黒人だ。
その背中には、身の丈程ある忍者刀を携えている。
「我々は表現者の傭兵。アステアとてココにいる以上、表現者が認めた逸材に違いないのだから。」
「柳の言う通りよ!!」
キャリーは乙女の顔でそう言うと、柳と呼ばれた白髪の黒人にまとわりついた。
「なんだと、この醜女!!気持ち悪ぃーんだよ、ぶっ殺すぞっ!!!!」
そんなキャリーにノーマッドが、ただでさえ熱苦しい筋肉をさらに隆起させて凄む。
「誰が醜女よ!!やれるものならやってみなさいよ!!!!」
キャリーは売られた喧嘩を即買いし、アサルトライフルを構える。
「やめないか!!」
柳の怒号にキャリーとノーマッドが飼い主に叱られた小型犬のように固まる。
そんな二人に対し、柳は軽い溜め息をつき、
「どちらが勝つにせよ、お互いただでは済まないんだ。無駄な争いはせず、仲良くしなさい。僕たちは・・・」
「チームなんだから・・・でしょ?」
柳の言葉をキャリーが引き継いだ。
いつものやりとりなんだろうな・・・
三人の様子を無感情な表情で観察していたアステアは思う。
三人はその後,二言三言会話し、ノーマッドとキャリーは樹海に消えて行った。
彼らの役割は、車椅子の老人率いるインテリ軍団を広域に警護する事だった。
老人の軍団を全く危険に晒さぬように、老人から最も遠い場所で危険を排除するために。
先程のやりとりから察するに、samuraiはアステアの実力を試す為に、わざと見逃した・・・と言ったところか。
このツケはおそらく後程払わせられるだろう。老人にグチグチ嫌味を言われる程度だろうが。
そんな事を思考しているアステアの前に、柳がしゃがみ込んだ。
「まったく、アイツ等には困ったもんだ。」
「いえ、彼らの言う通りですから。このチームは長いんですか?」
アステアは表情豊かな笑顔で柳に問いかける。
「ああ、もう3年になる。ずっと3人でやってきたからな、急にお前が派遣されてきたから、戸惑ってんだ。許してやってくれ。」
柳は立ち上がりながら優しく言葉をかける。
「もちろん。気にしていません。」
柳は、アステアの言葉に頷くと、自身も自身の役割に戻るため、樹海の中に向かい歩いて行く。
「柳、気遣い、ありがとうございます。」
アステアは立ち上がり、柳の背中に向かって、先輩に感謝をする後輩の見本の様な立ち振る舞いで声をかけた。
柳は手を挙げ、その言葉に応えると、急に思い出したかのように振り返った。
「アイツ等も言ってたが・・・近づく俺達の気配くらいは気付いてくれよ?」
笑顔でそう言うと、柳は樹海に音もなく消えて行った。
柳の姿が消えて暫くし、アステアは再び岩に腰を降ろすと、煙草を地面に落とし、赤茶色革のブーツの白いソールの踵でねじり消す。
「気付いていたさ・・・とっくに。」
空を見上げたアステアの視界には、樹冠に覆われ、星一つ見ることは出来なかった。
「クソが・・・」
アステアは呟くように毒づいた。