バロックヴァイオリン 佐藤 泉  Izumi SATO

「コンサート情報」や「日々の気づき」などをメモしています。

「沈黙」 

2017年01月22日 | 日記
昨日から全国で封切られた 映画「沈黙」 <原作 遠藤 周作+ マーティン・スコセッシ監督>は

昔からのファンにとっては、嬉しい一報でした。

映画を観る前に 原作を読みなおすとともに、
狐狸庵先生として書かれたユーモアたっぷりのエッセーを懐かしく思い出しました。

若い時教訓になったことの一つで、一番よく思い出すのは

「人間は自分が正しいと思った時に間違いを犯す。それは歴史が証明していること」と仰っていたことでした。

どんな非情な犯罪も、大きな対立も、小さないざこざも、自分が正しいと思うからこそ傷口が拡大する。

非寛容な時代にまた逆戻りしつつある今だからこそ、この小説と映画が登場したのだろうか。。。

更に厳しい時代が来ることを予感させる今回の映画公開か?と複雑な気持ちになります。

しかも大統領が変わる前日に封切りとは。

周作先生なら、それと周作先生も一目置いておられた河合 隼雄先生なら新大統領に対して何と仰っるだろうか。



原作を読みなおしてみると、若い頃とは見え方が随分違うことにも驚くけれど

東西の文化・文明の衝突から生まれる 脳がシャッフルされるような根源的な問いがいくつも現れます。


それにしても気が遠くなるほどの執筆の準備、それを成し遂げた体力気力(大きな手術をされて病身だったにもかかわらず)、

そしてそれを可能にした やむに已まれない主題。

それはどこから来たのだろうか。

本人の生い立ちや仏留学でのカルチャーショックなどで説明がつくとは思えない。(それは必要な経験だったのは間違いないが)

本人も「書いている最中誰かが筆を動かしているように感じた・・・」と語っていますが、特に「沈黙」は

遠藤 周作の代表作であることを超えて、世界に送り出された作品であるように思われました。

バッハに共通する生き方。。。

50年前に作品が発表された当時 批判は強かったと聞いています。

教会のミサにも行けない時期があったそうです。

当時の神父様の中には「これは遠藤さんが捉えられる範囲で考えられたキリストであって、本来のキリストは人間の想像をはるかに超える」(ごもっとも) とか、

「この小説は信仰のつまずきの元になる」と仰るシスターもいらっしゃいました。


へえ~~、と呑気にそれぞれの考えを聞いていられる私ですが

まさに一人づつ全く違う印象・考えを持つことが、神や自然の多様性を 写した鏡なのかもしれません。

もう一度 暖かくユーモアに溢れた <誰も排除しない>狸狐庵先生のエッセーを読み直したいと思うこの頃です。

良い日曜日を!


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歯磨き粉

2017年01月12日 | 病は気から?
こんにちは。

ウインドウズ10を更新した日から、ネットに中々繋がらずご無沙汰致しております。

唐突ですが、歯磨き粉のお話しです。

洗剤やクリームと同じように乳化するための界面活性剤が、肌のバリアーを破って中に薬剤を入れると

本で読んだので、せっけん歯磨きを使って随分長くなります。

先日出先で歯ブラシセットを買い、久しぶりに所謂一般の練り歯磨きを使ったのですが、

直後から「今日は肩がエラクこったのか、歯が浮いているし、歯茎もオカシイ。。。」と思っていました。

後に同じような体験をした方に会い、これが歯磨き粉のせいだと知って、本当に怖くなりました。

舌の組織も壊されるので、味が分かりにくくなるそうです。
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ヘンデル渾身の賛美

2017年01月08日 | コンサート情報
バッハファンからは、つい ヘンデルね。。。。という声も聞こえますが、

作曲家の真価が一番現れるのは宗教曲。

ヘンデルのメサイヤ。


若い頃から仕事で弾きすぎて食傷気味だと思っていたのは、大変な思い違いと傲慢でした。

古楽の研究が進み始めて30年、一般の歌手の方もその影響を受け、モダン演奏でもその進歩は驚くほどです。

丁寧に選ばれた歌詞、対位法も駆使し、また数々のレトリックを使って差の細部まで表現しているこの曲を全曲通して演奏し、最後のアーメンコーラスまで来ると、

この3時間が ヘンデルによる 渾身の神への賛美となっていることを体験します。

バッハは本当に他の追随を許さない、でもヘンデルもバッハが会いたいと思ったほどの作曲家であることを実感したリハーサルでした。

広陵中学 と市川中学の合唱が数曲入るのですが、天使の歌声の少年少女が 大人には出来ないキリストが天国へ昇る様子を表してくれます。

コンサートは明日 2:00から 姫路のパルナソスホールです。

まだお席はあると聞いています。

食わず嫌いの方は是非一度お試し下さい!
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渡辺 和子シスター

2017年01月01日 | 日記
新年あけましておめでとうございます

中々更新出来ないにも関わらず、時々チェックして頂きありがとうございます。

今年も頻繁には更新出来ないのですが、これに凝りませず、どうぞよろしくお願い致します


穏やかな年明けですね。

昨年末訃報が相次いでいたのですが、12月30日には渡辺 和子シスターが帰天されたと知り、
とうとう旅立たれたかと寂しくなると同時に

その生き方そのものが、次世代への慈しみ深いメッセージとなっていることに厳粛な気持ちになりました。


考えて見ると、どんな人の生き方も 次世代への教訓であり、メッセージでもあると気づかされます。

誰もの背中を、いろんな人が見ている。

特に本人が意識していない何気ない行動に見るその人の本質に

きっと私の背中は反面教師としてなら役に立つのかもしれないけれども


大衆をコントロールしようとする情報が増える中、

渡辺 和子シスターの著作や講演で教えて頂いたことを生活の中で生かすことが今年の目標になった年明けでした。

亡くなるとその方の存在の大きさが 香り立つように見えてくる。

2017年 その瞬間 瞬間に 次世代のための判断が出来る一年になりますように願わずにはいられません。


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マザーテレサの秘策

2016年12月02日 | 日記
冬にしては、まだ少し暖かい日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか?

先週マザーテレサの写真展の立ち番をしていて、暇なので資料をじっくり読みました。

今までも沢山本やDVDで話を聞いたような気になっていましたが、なるほど!そういうことだったのか、と腑に落ちたことがありました。

世界中に神の愛の宣教者会を持つマザーテレサは、毎日多くの書類にサインをしていたそうですが、次々サイン出来るように、横でシスターがインクを入れたペンを持って待っていたそうです。

つまり時間に追われていたのでしょう。

しかし、マザーはいちいち ペンのインクが新しくなる度に、「使わせて頂いてもよろしいですか?」 と神に尋ねたそうです。

シスターは「いい加減にしてほしい」 という顔をされたそうですが、この意味を知ったとき、
凡人と聖人の 果てしない違い(天文学的?)に驚いたことでした。

私の勝手な理解でいうと、
そもそも心臓や呼吸を自分の努力で動かせる人がいないように、
また自分で水や太陽の光、夜の闇など作れる人間もいないのだから、すべては与えられた恵みであると骨の髄まで理解しているのが聖人の視線で、よく分からないのに自分の力で生きていると勘違い出来るのが俗人なのではないか・・・ということでした。

心がけてみると、これが1分も続かない俗人である自分を発見します。


だから!・・・と納得出来たのは、マザーテレサが子供の時に兄弟姉妹と先生の悪口を夜話していると、
お母さまが激怒して「そんなことのために使う時間も電気もありません!」といって電灯のスイッチを消され真っ暗になったとのこと。それ以来悪口を言わなくなったマザーも凄いですが、

これは単に悪口が非生産的だというだけでなく、切実に凡人の勘違いを指摘しています。

「批判ばかりしていると愛する時間がなくなる。」とマザーテレサが仰る通り つまり人生がやせ細るということなのですね。しかし、90%恵まれていても残りの10%の不満を言うのに時間を使っているのが人間です。
これでは、自分で不幸になっていく。


最後にマザーのこんな言葉をご紹介します。
紛争地域に入る時、国境で「何か武器を持っていますか?」と聞かれて
「はい。 祈りの本を持っています」 と答えた豪傑マザーテレサ。

マザーテレサの秘策は、これだったのですね。

**********

もしあなたが、がっかりしたのだとしたら、
それはあなたのうぬぼれの表れです。
それはあなたが、
あなた自身の力を信じていることを表しているからです。

あなたの自己充足感、あなたの自己中心、あなたの知的プライド、

これらは、
神があなたの心の中に訪れて下さることを抑えてしまうでしょう。
神はすでに いっぱいのものを満たすことは出来ないからです。

それは本当に単純なことなのです


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