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読書の森

永遠の嘘 その9


「不景気になった為か、最近夫が沈み込んで、私も全然眠れない、苦しいので睡眠薬処方してください、と言いました」
抑揚のない声で愛は話し出した。

「それが本当の理由か?(夫が自分を殺しそうになった、だからパニックに落ちたと言えないだろうが、よくもまあしれっと嘘付けるものだ)」
愛は哀しげに卓を見上げた。
言わなくても良い言葉が卓の口から止まらなくなった。
「こんな事言える立場でないのはよ〜く分かってるよ」

卓は、信じられない程感情が昂り抑制が効かない自分を感じた。
「俺がおまえと結婚したのは、まるで純粋無垢で世間知らずだからだ。ほっといたら、どこかで野垂れ死しそうだったからだ。俺は一人の女の為に世間を狭くしてもいいと覚悟してたんだ(ホントにそういう理由か?単に自分に都合の良い女だったからじゃないか、と思いながら言葉が止まらない)
「それを何だ。おまえ大嘘つきじゃないか。都合の良い話を他人とは交わせるし、平気で本心でない事をしゃべる」
「おまえ全くバージンだったのか?
B型肝炎にしたって病院の注射が原因と作り話をしたんじゃないか?
同情引くの理由でさ」

愛は長い事俯いていたが、やがて思いきった様に顔を上げた。
「B型肝炎を病院でもらったのは事実です。
その病院は精神病院でした。
私が成人式に出られなかったのは、精神病院に入院していたからなんです」
「、、、」卓は呆然と妻の顔を見つめた。


「入院前、大学一年の時輸血に協力した事があります。その時当然血液検査がありましたけど、全くどこも瑕疵のない血液だったのです」
「その後、精神病院でB型肝炎にかかっている事が分かったのです。
入院時に興奮する私を抑える為に強力な鎮静剤入りの注射を打たれてます。
以後寝たきりになって静かにしていても、胸がいっぱいで食事ができないという理由だけで何回か注射を打たれてます。それが原因としか考えられないのです」

「その時ついた病名は精神分裂病です(今は統合失調症という名称になっている)」


卓は、頬を赤らめて話す愛の言葉が、又愛が精神を病んでいるのかどうかを確かめる術など無いのを知っていた。

たった一つ分かったのは、今日に至る迄妻が重すぎる荷物を背負って生きてきた事だった。
ホントの事を話せばまともに相手にされない、嘘を突き通して生きていかねばならない。

「それで、今日その精神科医はどう言ったんだ?」
「幸い、私長い間誤魔化して生きていく事が出来たのです。
誤魔化したのか、どうか、興奮する様な状況下に身を置かないだけの為、生きてきましたから。
それでもうその頃のカルテは処分され、ありません。
後で誤診の訴えを出そうと病院に問い合わせたら無いとの事でした」
「過去の事はいい、その医者はどう言ったんだ」
「神経症です」

長い沈黙があって、愛は急にぼろぼろと涙をこぼし始めた。

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