弁当日記

ADACHIの行動記録です。 
青年海外協力隊で2006年4月からバングラデシュに2年間住んでました。

このブログについて

2020年01月01日 | 弁当日記
このサイトはアダチの行動記録です。 
青年海外協力隊で2006年4月から2008年3月までバングラデシュ・チッタゴンに
2年間住んでました。

日本に帰ってきてからバングラデシュってどんな国って聞かれることもあり、
新聞や雑誌に掲載される記事を紹介しています。

バングラデシュの情報を求める人が見ることもあり、日記と混在してますので、
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 ■バングラデシュのニュース
 ■バングラデシュへ来る人、旅行、協力隊
 ■チッタゴン マハムニ母子寮のこと

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 このブログの他に「バングラデシュの地図」や「カタカナ ベンガル語」、「ベンガル語単語集
 なんてコンテンツもあります。

このブログはタイトル通り会社で食べる弁当の写真が多いです。
太るとか野菜が足りないとか言わず許してください。

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バングラデシュのニュース(2012/02/11)

2012年02月11日 | バングラデシュのニュース
■見出し(2012年2月11日) No2012-9
◯日本・バングラデシュ国交樹立40周年記念事業日程
◯国交樹立40周年を迎えるバングラデシュ
 −経済成長と貧困削減を両輪に、国家を一つにつなぐ支援を展開−
◯愛知県アジアビジネスメールマガジン(食品)Vol.4
◯【国際情勢分析】意義深いバングラデシュ支援
◯バングラデシュでニパウイルス感染症が発生しています。
◯シリーズ世界遺産100「バゲルハットの歴史的モスク都市〜バングラデシュ〜」

■日本・バングラデシュ国交樹立40周年記念事業日程
 http://www.bd.emb-japan.go.jp/jp/content/40anniversary.pdf
 (在ババングラデシュ日本大使館 2012年2月)

2月16日(木) 宇宙産業ワークショップ
2月17日(金) 日本語スピーチコンテスト(40周年)& ベンガル語スピーチコンテスト
2月24日(金) 科学シンポジウム〈開会式&基調講演〉
2月25日(土) 〈科学セッション〉
3月2日(金) 生け花コンテスト&デモンストレーション
3月3日(土) 〜7日(水) 日本映画祭
3月4日(日) 〜7日(水) 写真展―復興&40周年記念
3月10日(土) 〜14日(水) 「絆」子供絵画展
3月10日(土) 日本語スピーチコンテスト(震災復興)
3月15日(木) 演劇「米百俵」

※詳細はリンク先をご確認ください。

(参考)日本・バングラデシュ国交樹立30周年 記念事業
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/culture/koryu/kuni/jigyo/relations/index.html
 


■国交樹立40周年を迎えるバングラデシュ
 −経済成長と貧困削減を両輪に、国家を一つにつなぐ支援を展開−
 http://www.jica.go.jp/topics/2011/20120131_01.html
 (JICA 2012年01月31日)

バングラデシュ独立の翌年に当たる1972年の日本との国交樹立以降、バングラデ
シュと日本は極めて良好な関係を築いてきている。2011年3月、東日本大震災の際
には、シェイク・ハシナ首相やディプー・モニ外相からのお見舞いの書簡、バン
グラデシュ政府からの救援物資に加えて、JICAに関係のある方々からも数多くの
お見舞いが届けられた。

 ◇世界84ヵ国から励ましのメッセージ
  http://www.jica.go.jp/topics/2010/20110322_01.html
 ◇バングラデシュ首脳陣、日本・JICAに関係のある方面からのお見舞いメッセ
ージや支援活動
  http://www.jica.go.jp/bangladesh/office/information/event/110505_01.html

近年、経済面でも両国間関係は極めて緊密なものとなってきており、2012年1月現
在、約100社の日系企業がバングラデシュに進出している。中国、インド等のBRI
Csに次いで成長が期待される新興国、ネクスト11として注目されるバングラデシュ
。1973年のボランティア派遣に始まり、日本は二国間援助のトップドナーとして、
有償資金協力、技術協力、無償資金協力という三つの援助手法を有機的に連携さ
せ、バングラデシュの経済・社会の発展を支援してきた。

◆当初から一貫して協力の重点は、国家を一つにつなぐ支援
1973年から続く協力の重点は、国家を一つにつなぐ運輸インフラ整備、農業・農
村開発による貧困削減、国民生活・産業育成に必要な電力・エネルギー開発、社
会を支える健全な人材の育成のための保健医療・教育といった分野である。三つ
の大河(パドマ川、ジャムナ川、メグナ川)をはじめ大小の河川により国土を分
断されるバングラデシュの主要河川に架かる主要な橋梁は、すべて日本の支援に
より建設された。バングラデシュを東西に結ぶジャムナ橋(総延長4.8キロメート
ル)は、円借款(総額215億6,200万円)により、1998年に完成。バングラデシュ
国民の悲願であったこの橋は、100タカ紙幣のデザインに取り入れられ、記念切手
も発行された。

 ◇ジャムナ多目的橋建設事業インパクト調査(PDF/901KB)
  http://www.jica.go.jp/activities/evaluation/oda_loan/after/2006/pdf/t_03.pdf

◆経済成長を通じた貧困削減支援
日本の支援の特徴の一つは、経済成長を通じた貧困削減支援だ。1990年代以降、
多くのドナーが貧困層への直接的な支援を重視して、社会開発分野への協力に舵
を切り、経済インフラへの支援がバングラデシュのような最貧国において重点分
野から外れる中で、日本は一貫してインフラ整備を重点分野としてきた。日本は、
経済成長を支える運輸・交通インフラの重要性を認め、資金協力(有償、無償)
により大橋梁と小橋梁で国土をつなぎ、円滑な人・物の流れに貢献。電力・エネ
ルギー分野では、発電所建設や発電のエネルギーとなるガス田開発等の支援を19
80年代から継続して行い、バングラデシュの総発電容量の2割は、日本の支援した
電源開発によるものとなっている。こうした経済インフラ整備への支援を通じて、
バングラデシュの社会・経済の発展を支えてきている。

◆社会開発分野における人々と政府をつなぐ支援

農村開発、保健、教育など、人々の生活向上に資する社会開発分野においてもさ
まざまな支援を実施してきており、特に、人々が必要とするサービスを享受でき
るよう、行政と住民をつなぐ仕組みづくりを支援している。

農村地域における住民と行政、各種行政サービスを結びつける仕組みづくりへの
支援は、技術協力プロジェクト、青年海外協力隊派遣などにより約20年間継続し
て行ってきた。その成果は、2011年2月に地方開発庁の行政規則として承認され、
バングラデシュ政府の取り組みとして全国展開されている。まさに日本の技術協
力による成果が、同国政府の重要な制度改革につながったといえる。

 ◇行政と住民のエンパワメントを通じた参加型農村開発プロジェクトフェーズ2
  http://www.jica.go.jp/project/bangladesh/0602297/index.html

また、保健分野においては、技術協力プロジェクトによる取り組みが、バングラ
デシュ政府から母子保健改善の成功事例として高く評価され、「ノルシンディ・
モデル」と呼ばれている。この「ノルシンディ・モデル」における成果を全国に
普及させるため、この1月、技術協力プロジェクトに加えて円借款による支援も開
始したところだ。

 ◇母性保護サービス強化プロジェクト
  http://www.jica.go.jp/project/bangladesh/0602298/
 ◇母子保健改善分野に初の円借款を供与
  http://www.jica.go.jp/press/2011/20120125_01.html

基礎教育の分野においても、技術協力プロジェクトにより作成した教員用指導書
がバングラデシュ政府や他のドナーから高く評価され、全国6万校の小学校や教員
研修機関に配布され、今後は、教員用指導書を活用した授業改善モデルが全国で
展開されることとなっている。

 ◇小学校理数科教育強化プロジェクト(フェーズ2)
  http://www.jica.go.jp/project/bangladesh/001/index.html

◆自然災害に脆弱なバングラデシュの災害対策を支援し、被害の軽減にも貢献
日本は、1974年以降、災害対策の分野で60以上のプロジェクトを実施。無償資金
協力では、117ヵ所の多目的サイクロンシェルターやバングラデシュ全土をカバー
する五つの気象観測レーダーを整備した。1970年のサイクロンでは約47万人、19
91年のサイクロンでは約14万人の死者を出したものの、2007年の同規模のサイク
ロンでは、約3万4,000人の被害にとどまったことは、日本による災害対策の成果
だとバングラデシュ政府内では認識されている。また新たに、災害時の対策とし
ても重要な食料備蓄能力向上のためのコメ備蓄用倉庫建設を無償資金協力により
支援する予定だ。

今後も、経済成長と貧困削減を支援の両輪として、気候変動といった地球規模の
課題も含めたバングラデシュが抱えるさまざまな課題の解決に向けて、バングラ
デシュの人々と共に、同国の経済・社会の発展のために効果的な支援を展開して
いく。

 ◇バングラデシュ・サイクロン被害復興ニーズ把握のための調査団派遣
  http://www.jica.go.jp/press/archives/jica/2007/071205-1.html
 ◇サイクロン「シドル」被災地域多目的サイクロンシェルター建設計画(PDF/205KB)
  http://www.jica.go.jp/activities/schemes/grant_aid/gaiyou/pdf/ban_1901.pdf
 ◇食糧備蓄能力強化計画(外部リンク)(外務省ウェブサイト)
  http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/24/1/0124_01.html



■愛知県アジアビジネスメールマガジン(食品)Vol.4
 http://www.aichiforasia.com/topics/food/201202.html
 (愛知県アジアビジネス情報発信サイト 2012年2月7日)

(一部抜粋)
【2】アジアから見た愛知県(Aichi Seen from Asia)
【バングラデシュ】今井達也様(JICAバングラデシュ事務所 次長

今井達也様
JICAバングラデシュ事務所 次長
「バングラデシュから見た愛知県」
私はバングラデシュ勤務になる前、2009年まで名古屋駅からほど近いJICA中部セ
ンターに勤務して、海外からの研修員受け入れにあたっておりました
現在のバングラデシュは、経済の好調をそのまま反映し、国全体が活気に満ちて
います。近年は6%前後の成長を続けており、 有望投資先国として、ゴールドマ
ンサックスが挙げるBRICsに続く「ネクスト11」にも名を連ねています。 中国、
ベトナム等に続く海外進出先として、低廉な労働力を大量に有するバングラデシュ
を視察に訪れる 日本の企業関係者も急増しています。同時に日本からの観光ツア
ーも盛況で、 バングラデシュの元気をもらって日本に帰って行かれます。私は仕
事上、日本からの訪問客とお会いすることが多いのですが、 初めて訪れる人は例
外なくバングラデシュの活気に驚かれ、数年ぶりに再訪する人もダッカの変貌ぶ
りにこれも驚かれます。
さて、バングラデシュは非常に親日的な国ですが、それにはいくつか理由があり
ます。歴史的には、 バングラデシュ建国時に日本がいち早く国家承認を行ったこ
とが挙げられます。 しかし、街行く人にとっては、何と言っても自動車や家電製
品などの日本の工業製品が有名でしょう。 特に、自動車についてはトヨタ車の占
める割合が非常に高く、この国で石を投げれば必ずトヨタ車か人間に当たります。
ちなみに、バングラデシュの人口密度は世界一で、カメラを構えれば上を向かな
い限り必ずフレームに人間が入ります。 なお、日本人は礼儀正しく信用できると
の評判は、ほぼ常識としてバングラデシュ人に浸透しているようです。
バングラデシュではトヨタが有名と書きましたが、「愛知」はどうでしょうか。
残念ながら愛知県の名前や場所を知るバングラ人を探し出すのは少々難しく、ト
ヨタ本社が愛知県にあることも知られていません。 私の職場のバングラデシュ人
も、愛知の名だけは聞いたことがあるという程度。愛知県出身の青年海外協力隊
員にも確かめましたが、 「私の周囲で愛知県を話題にしたバングラデシュ人はい
ない」とのこと。
しかし、ダッカにアイチホスピタルを設立したホセイン博士を初め、実は愛知県
の大学に留学したバングラデシュ人は少なくないはずです。 留学生以上に、日本
に出稼ぎに行った人の中には、中部地域に立地する工場のラインに入って汗を流
して 働いたバングラデシュ人は数多いと思われます。私は先月、バングラデシュ
北東部のシレットという紅茶の産地に旅行したのですが、 その時の旅行ガイドさ
んは愛知県のある都市で働いていたそうです。 余談ですが、彼は仕事帰りに同僚
たちとカラオケスナックに飲みに行き、 演歌を歌って隣の客からおごってもらっ
た日々が忘れられないと懐かしそうに語っていました。
という訳で、バングラデシュの現在はもっと日本人に理解されてよいと思います
し、 愛知県はバングラデシュ人からもう少し認識されてよいと思います。今年は
両国の国交樹立40周年です。 これを機に、生産地としても市場としても魅力的で、
日本人に元気をくれるバングラデシュに、愛知県から足を運んでみませんか?



■【国際情勢分析】意義深いバングラデシュ支援
 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/asia/544423/
 (イザ!ニュース 2012年2月3日)

□アジアの目
日本とバングラデシュが国交を樹立してから今年で40周年を迎える。1971
年にバングラデシュがパキスタンから独立した翌年、先進国のなかで日本が真っ
先に承認したことや、これまで最大の援助国であることもあり、バングラデシュ
は世界でもとくに親日的な国だ。さらに1人当たりGDP(国内総生産)は63
8ドルと、アジアの最貧国であるにもかかわらず、国連平和維持活動(PKO)
への派遣人数は世界第1位だ。近年、投資先として注目を集めるバングラデシュ
だが、それ以上に学ぶべきことがある。

◆世界一の親日国

 バングラデシュが世界の注目を集めたのは2006年、貧しい人を対象にした
融資制度を始めたグラミン銀行と、創始者のムハマド・ユヌス博士がノーベル平
和賞を受賞したとき。さらに08年にユニクロが駐在員事務所を開設したことで
日本企業の関心も高まった。

 バングラデシュの人口は約1億4300万人、人口密度が1平方キロ当たり9
64(2011年国勢調査)で、シンガポールなど都市国家を除くと世界一だ。


 また、日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、バングラデシュの製造業・作
業員の月給(基本給)は78ドル(約6000円)と、カンボジア(82ドル)
よりも低く、ミャンマーをやや上回る程度だが、パキスタンなどと異なりイスラ
ム過激派によるテロなどもなく治安が良いこともあり、経済成長率はこの10年
間、平均6%を維持。今後3年は8%成長を目指すという。

◆国内市場も注目

現在、バングラデシュに進出する日系企業は121社。これまで主流だったバン
グラデシュからの繊維関連以外の食品や軽工業、さらに医療関連などの企業も進
出し始めた。人口増と所得増でさらなる成長が期待されるバングラデシュの国内
市場を意識した動きだ。

ただ、経済成長はしているものの、生活費が1日1.25ドルの貧困線以下とい
う人はなお40%近い。ダッカのような大都市はともかく、地方では道路や橋、
さらに電力など基礎的インフラの整備はいまも重要だ。日本は、欧米各国や国際
機関が、相手国政府でなく国民への直接支援に力を入れるなかで、こうしたイン
フラ整備に注力してきた。

もっとも最近は、日本のバングラデシュ支援の形も変わりつつある。その特徴的
なものが国際協力機構(JICA)がバングラデシュ政府と進める母子保健改善
事業だ。

新生児の死亡率が1000件あたり30人と途上国平均(1000件当たり26
人)を上回る状況を改善するため、バングラデシュ政府が全土で行う予定の妊産
婦支援や健診の充実、出産に関する教育や助産師の育成などを支援する。1月2
5日に第一段階として50億円の円借款供与が調印された。2段階に分けて総額
約100億円が供与される。

バングラデシュのような最貧国であっても無償の場合は1案件最大で10億円と
されるため、今回のような大型支援だと円借款以外では援助できず、年0.01
%の低利ながら40年償還の借款となった。

ジェトロが昨年、バングラデシュの8大学で行ったアンケートによると、「最も
好きな国」として日本を挙げた学生は147人で最多。次いで米国64人、英国
41人の順だ。さらに「最も重要な国」でも日本を167人が挙げ、以下、米国
93人、インド28人だった。さらに南スーダンに派遣された自衛隊施設部隊は
バングラデシュ部隊に守られている。

バングラデシュは、日本から多額の援助を受けながら反日教育を行う「隣の大国」
に比べればはるかに貧しいが、国としての品格はずっと上だ。支援するなら、こ
ういう国を選びたい。



■バングラデシュでニパウイルス感染症が発生しています。
 http://www.forth.go.jp/topics/2012/01271340.html
 (厚生労働省検疫所 2012年1月27日)

ニパウイルス感染症とは、ウイルスを保持する動物(主にコウモリや豚など)の
尿や唾液を介して感染し、急激に発熱・頭痛・めまい・嘔吐などや呼吸器疾患の
症状を呈し、ひいては脳炎などの重篤な症状を引き起こす感染症です。ニパウイ
ルスの感染者の致死率は40〜75パーセントと、非常に高率で危険な病気です。予
防するためのワクチンはありません。

2012年1月20日以降、バングラデシュ北西部のラジシャヒ管区内にあるジョイプー
ルハット自治体とジョイプールハット県Khetlal地区の計2ヶ所で、ニパウイルス
感染症の発生がありました。

IEDCR(バングラデシュ伝染病研究所)とICDDR,B(下痢性疾患研究、バングラデ
シュ国際センター)の合同チームが、現在フィールド調査を行っており、2012年
1月23日までに、ジョイプールハット自治体から3名、Khetlal地区から2名の患者
が発見されました。5名全員が死亡しています。また、疑い患者4名から採取され
たサンプルを臨床検査したところ、全てがニパウイルス陽性でした。

バングディシュ、特に農村部に途航、滞在される方は、今後の情報に注意すると
ともに、以下のことに気をつけて下さい。

◯感染したコウモリの尿や唾液で汚染された可能性のある果物や加工製品(ナツ
メヤシ:palm and dateの生のジュースなど)を飲食しないようにしましょう。果
物を食べる際は、コウモリがかじったあとがないか、傷がないか、痛んでいない
かよく確認の上、きれいに洗ってから食べる直前に皮をむくなどしましょう。
◯ヒトからヒトへうつる可能性もありますので、医療施設でニパウイルスへの感
染が確定ないし疑われる患者の世話・訪問を行う場合、防護衣などの感染防御策
をとり、終わった後は、手洗いを欠かさず行いましょう。
◯むやみに動物(特にコウモリや豚など)に近寄ったり、触ったりしないように
しましょう。

◆国別情報 バングラデシュ
 http://www.forth.go.jp/destinations/country/bangladesh.html
 ・気候と気をつけたい感染症
 ・受けておきたい予防接種
 ・持っていきたい薬
 ・医療情報



■シリーズ世界遺産100「バゲルハットの歴史的モスク都市〜バングラデシュ〜」
 http://pid.nhk.or.jp/pid04/ProgramIntro/Show.do?pkey=001-20120218-21-19562
 (NHK 2012年2月18日(土)午前11:25〜午前11:30)

番組内容:−カーン将軍の威光− ▽文化遺産 ▽360ものモスクが立ち並ん
でいたというバゲルハット。この一大都市を築いた将軍は、神秘的な存在となり、
伝説に彩られていった。

詳細:「バゲルハットの歴史的モスク都市」は、1985年に、世界文化遺産に
登録された。バングラデシュの南西部のデルタ地帯に、15世紀の都市の遺構が
残されている。当時、バゲルハットには、360ものモスクが立ち並んでいたと
いう。レンガを巧みに加工し、寺院が造られた。この一大都市を築いたのは、ト
ルコ出身のカーン将軍。カーンは、広大な池を造って飲み水を確保するなど、人
々の尊敬を集め、神秘的な存在となっていった。



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バングラデシュのニュース(1972/02/10)

2012年02月10日 | バングラデシュのニュース
※40年前のバングラデシュのニュースです。

■見出し(1972年2月10日)
◯政府、バングラを承認 30番目 早急に大使交換
◯バングラの春1 宗教のオキテ消え・・・ 活気みなぎるバザール
◯バングラの春2 揺り返しの時期だ 理性回復待つ”西協力者”

■政府、バングラを承認 30番目 早急に大使交換
 (読売新聞 1972年2月10日)

政府は、10日の閣議決定でバングラ・デシュ人民共和国を承認することを決めた。
福田外相は早速同国に対し承認を通告、両国感の外交関係樹立を希望することを
伝えた。また、佐藤首相はラーマン首相に当てて同国の発展と繁栄を望む親電を
送った。バングラ・デシュの承認は外務省の確認したとことによると、現在まで
に、イギリス、ソ連、オーストラリアなど二十九カ国に上がっており、我が国の
承認は、三十番目に当たる。この承認によって、わが国政府は、バングラ・デシュ
人民共和国との国交関係樹立に必要な外交手続きをすすめることになるが、外務
省としては、早急にダッカにある総領事館の大使館昇格と、両国間の対し交換を
行う方針である。

バングラ・デシュ承認問題は我が国とインドとの関係、かつての東パキスタンと
の経済的関係から、承認は時間の問題と見られていた。しかし、バングラ・デシュ
誕生に至る西パキスタンとインドとの確執などの経過から、この両国と外交関係
のある我が国の立場もあって、国際情勢の成り行きを見守っていた。とくに、バ
ングラ・デシュの承認によって、西パキスタンが我が国に対しどう出るかという
点で、慎重な態度をとっていたわけだが、結局、バングラ・デシュを承認しても、
西パキスタンと我が国との関係は、国益の面からもそれほど重大な結果はもたら
さないという判断で承認に踏み切ったものである。
バングラ・デシュとの国交関係樹立により、我が国は戦果で荒れ果てた同国への
食料など、人道援助を進めると同時に、建築資材も提供、技術協力などを行うこ
とにしている。

◆パキスタンとの友好続ける 福田外相が談話
福田外相は、バングラ・デシュ承認にあたって、つぎのような外相談話を発表し
た。
「バングラ・デシュ人民共和国の平和と安定は、我が国としても強く要望する所
で、同国を国際社会の一員として迎え入れることが必要である。現在のところパ
キスタンは、バングラ・デシュの独立を承認していないが、我が国としてはバン
グラ・デシュを承認しても、パキスタンとは従来からの友好親善関係を引き続き
維持し、発展させる方針に変更はない。佐藤首相もブット大統領に対し、バング
ラ・デシュ承認について親電でこれを通報するとともに、この方針を伝えた。ま
た、我が国としてはパキスタンとバングラ・デシュとの間にすみやかに友好親善
関係が樹立されることを希望している。」



■バングラの春1 宗教のオキテ消え・・・ 活気みなぎるバザール
 読売新聞 1972年1月13日

インド亜大陸の片隅にひょっこり生まれた「バングラ・デシュ人民共和国」。国
というよりは、七千五百万人がより集まったモヤモヤとした■雲状態の中で、そ
れは生まれたての赤ん坊のようにぶかっこうだ。だが、インド、ブータンに次い
で、東独、ブルガリア、モンゴルなど各国方の誕生”認知”が続いている。”独
立の父”シェイク・ムジブル・ラーマンが帰ってきて、国民は春がめぐってきた
ように喜んでいる。むごたらしい弾圧と勇敢な抵抗がおびただしい値を滴らせた
あと、インドの戦車に乗って勝利の歓呼がやってきた。男性的な詩とドラマに彩
られた民族解放が終わると、こんどは、散文的、実務的な国づくりだが、ひとつ
の国が育つのはなまやさしいことではない。戦争というローラーで押しつぶされ
たはずの古い秩序が、執念深く頭をもたげ、変革の力を拒むのだ。だが、何かゆ
るやかに、着実にくずれ落ちてていく予感がここにはある。(ダッカ阿部特派員)


「おう黄金のベンガルよ。我は汝(なんじ)を愛す…」
ベンガル人の誇る文豪タゴールの詩「ショナール・バングラ(黄金のベンガル)」
は、いまやバングラ・デシュの国歌になった。その荘厳なメロディーが、破壊の
あともナマナマしいダッカ大学の学生寮やバングラ・デシュ共産党本部会議の会
場に流れたとき、人々はだれというなく起立した。白いサリー姿の女子学生のほ
おに涙が伝わった。曲が終わると「ジョイ・バングラ(ベンガル万歳)」の声が
わき起こる。その瞬間、人々は自分たちの国が出来たのだという実感をかみしめ
ていた。

◇リキシャの洪水
平和が戻ったダッカには、騒音がよみがえった。昨年五月、記者(阿部)が取材
に訪れたとき、ダッカの下町は人影もまばらで、キナくさい異臭、死の匂いがた
ちこめていた。だが、今やダッカは人と三輪車(リキシャと呼ぶ)の洪水だ。少
しずつ走り出したバスはドア、窓、後部、屋根といい、物理的にこれ以上は考え
られないと感心するほどの人をブラ下げてゆく。アメリカの放出物資、インドか
ら流れた古着をひろげた露店が並び、バングラ・デシュの国旗売りが繁盛してい
る。終戦直後の日本のヤミ市によく似ているのだが、この国旗と、独立の指導者
シェイク・ムジブル・ラーマンの肖像写真が、ここは敗戦国ではなく、新しい独
立国の首都であることをいやおうなく思い出させる。
緑地に赤い日の丸、日本国旗のイミテーションかと見ると、日の丸の中に黄金職
の東ベンガルの地図が光っている。
「あんたはチニ(中国)かジャパンか・・・日本人だって、そいつはすばらしい」

竹ザオに大小さまざまの旗をつけた旗屋につかまった。
「日本人なら、わがバングラ・デシュの国旗を買ってくれるだろうネ。大きいの
が五十ルピー、中ぐらいのが二十ルピー。ナニ、この小さいのだって。しかたな
い五ルピーに負けておくヨ」
庶民の集まるバザール(市場)は、その国をはかる生きたバロメーターだ。旧ダ
ッカでも、一番庶民に人気のあるチョク・バザールは、昨年三月以来パキスタン
軍に徹底的に破壊され、ガレキの山だったのに、早くも完全に復興している。二
千から三千軒もあるという店は粗末なバラックだが、ありったけの品物を店先に
ぶちまけて、呼びこみも景気がいい。衣類、雑貨、食料品・・・昼飯時にはまだ
早かったが食べ物は労働者風の男でいっぱいだ。小麦粉を円盤型に焼いた「パラ
タ」、野菜の入った揚げまんじゅう「ダルプリ」、牛肉が入ると「シンガラ」、
というのだそうだ。一個二十パイサから三十パイサ(約八円−十三円)。
「戦争のおかげで食料は品不足だから、何を食べても二、三割高いヨ」
毎日、朝二−三枚、昼三−四枚、食べて働いているという中年のおじさんの月収
は百五十ルピー(五千五百円ぐらい)。子供達も学校どころか、町で物売りや雑
用をして生活を助けているという。

◇もっとよくなるさ
「独立・・・といってもよくわからないネ。ただ、あのいばりくさった、残虐な
パンジャビの兵隊がいなくなったのはうれしい。もうちょっとましな暮らしが出
来ればありがたい。
バンガバンドゥ(ベンガルの友という意味だが、ムジブル・ラーマン氏の愛称に
なっている)が帰ってきたから、もっとよくなるさ、きっと」
ところどころに歯の抜けたようにしめた店がある。ビハリ(ビハール人)の店だ
という。同じ回教徒だが、西パキスタンと同じウルドゥー語をしゃべるビハリは、
パキスタン軍と組んで、ベンガル人と殺し合いを繰り返した。これらの店の連中
も殺されたか、仲間のところへ逃げたのだろう。
逆に回教徒は「ともに天をいただかない」はずのヒンズー教徒はベンガル人回教
徒についた。宗教の違いでインドと別れ「回教徒の清らかな国」パキスタンを作
った西パキスタンと東ベンガルは言葉や人種が違うというので殺しあった。イン
ド亜大陸の最高の掟だった宗教が、東ベンガルで劇的にくずれたといってもいい。
早くから宗教差別反対を唱えてきたラーマン氏は、この点でもすぐれた預言者だ
ったようだ。
異様な体臭、ほこり、エネルギーで爆発しそうなチョク・バザールをのがれて、
牛車とリキシャをかきわけながら高級商店街ニュー・マーケットに着いた。銃を
持った番兵が入口を守る城塞のような回廊型の市場には、金細工、宝石、輸入食
器、洋書などの店が多い。着飾った金持ちの家族に混じって、三々五々、群れを
なして歩くインド兵の姿が目に付く。そろそろ帰国するので、みやげあさりにき
たらしいが、あまり簡単に東ベンガルを攻め落としたせいか、彼らにはベンガル
人ほど戦場の匂いがしない。この進駐軍が帰ったあと、回教モスクとヒンズー寺
院が共存する旧ダッカの平和は保てるのだろうか。「非ベンガル人たちは、いつ
までもインド軍にいてもらいたいといってますよ」
案内役のベンガル青年がいった。「非宗教国家」でも宗教衝突が頻発することは、
インドが数多くの例で示している。


■バングラの春2 揺り返しの時期だ 理性回復待つ”西協力者”
 1972年1月14日

ダッカの新聞には、連日「尋ね人」の記事、広告と「対敵協力者逮捕」のニュー
スがのる。
「食事の用患ができ、食べ始めたとき、突然ドアが押し開けられ、数人の男が乱
入、ラド・バイ青年を連れ去った。彼は再び食事のテーブルに帰ってくるのだろ
うか。少なくとも彼の老いた母親だけはそれを信じようとし、泣きながら『息子
は帰ってくる』と叫ぶのだが・・・」
ダッカの一流知識人、学者、ジャーナリストが、狂信的な極右回教徒組織「アル
・バド」によってダッカ陥落の直前に連れてゆかれ、惨殺された事件は、パキス
タン軍の悪虐非道ぶりをしめすものとして、今でも生々しく報道されている。

ダッカ市の、とある四つつじは、午前中いつも人だかりがしている。いつからか
わからないが、行方の知れない肉親や知人を捜す人たちがこの「人捜しのつじ」
に集まって。情報を交換しあうようになったという。バングラ・デシュの七干五
百万人が、それぞれの悲劇を持っている。
同じ運命のジャーナリストを夫に持つ気丈な婦人は、国際赤十字にかけこみ、六
人のアル・バドル指導者のうちつかまった一人と、パキスタン軍の責任者を収容
所から引っ張り出して「夫をどこへやった」と詰め寄った。川や広場から幾人か
の死体は見つかったが、大部分は永久に出てきそうもない。
一方、毎日二、三十人の名がでる「協力者」の中にはパキスタン軍と協力した団
体、グループ、地域責任者の名が見える。「ジャマート・イスラム」のマイメイ
シン地区責任者アブドス・サタル教授、「パキスタン民主党」のノアカリ支部長、
「平和委員会」のバリサール地区委員長・・・。
インド軍と共に帰ってきたムクチ・バヒニ(バングラ・デシュ解放軍)は各地で
ビハール人、ラザカール(民警)、ベンガルトの敵対協力者に「目には目を」式
の報復を行やっている。生きてつかまった人はまだしあわせともいえるが、さて
彼らを裁く法律も法廷もない。結局はヤミからヤミへ葬られる恐れは十分ある。


だっかのある新聞記者はいう。「対敵協力者というが、何を基準に烙印を押すの
か。直接ベンガル人殺しをやってものは仕方がないとしても、パキスタン政府な
いしは軍に何らかの形で協力したのが悪いというなら、大半の人は該当する。
七千五百万が皆インドに逃げるわけにはいかなかったし、残って、パキスタン軍
の暴挙をできるだけけん制し、市民を飢え、病気から守るのも、辛いが大事な仕
事だった。もちろんゲリラ活動をやったり、人をかくまったり、武器弾薬の貯蔵
を引き受けた人も多い。そして娘を乱暴され、兄弟を亡くし、さまざまな肉体的、
精神的苦痛をしのんできたのは、残った人たちじゃないか」
彼は口に出して言わないが、あたふたとカルカッタに、逃げ、ろくにゲリラ戦に
も参加せずにインド軍の尻馬に乗って、帰ってくると要職についていばりちらし
ている人々への鋭い批判が感じられた。
「今は激しい地震のあとの揺り返しの時だ。ほんとうのインテリは今はじっと静
観して、理性の季節を待っているのではないか」
革命のあと、功労者に論功行賞があるのは不思議ではない。穏健なブルジョア政
党「アワミ連盟」幹部が、ムジブル・ラーマン総裁の名声や学生の勇敢な戦いの
上にのっかって、政権を独占したのも当然かも知れない。だが、党の統制力が弱
いため、適材適所というより、つかみどり的にやられた感がある。そして後進国
特有の家族主義、仲間びいきが始まる。
局長クラスの人に会いにゆくと、身内や友人が入れ代わり立ち代わりやってきて、
いつも十人前後はあつまっている。ベンガル語に時々英語を交えながら、ベラベ
ラやるのでよくわからないが、家族の悩み事や今の職場への不満が多いようだ。
局長はやおら電話を取り上げて他の省の仲間に大声で何かを頼む。
「今何々くんに行っていたから大丈夫だ。すぐ行って会いなさい。」親類らしい
男はくどくど礼をいい、局長は大物よろしく胸を張る。日本にもよくある図だが、
公私混同はもっと激しいから事務は停滞する。
あるところでチッタゴン市の警察幹部だった男に会った。「敵対協力者」として
捕まるのを恐れて逃げてきたのかもしれないが、本人は「今政府から新しいポス
トが来るのを待っているのさ」と澄ましたもの。彼もパキスタン兵の残虐ぶりを
非難したが、その熱のなさを見ると、多少良心のかしゃくがあるのかもしれない。

哀れをとどめているのは、マリク前東パキスタン知事だ。ベンガル出身でドイツ
に留学、ドイツ夫人と結婚した彼は、パキスタン中央政府の閣僚を務めた、いわ
ばベンガル人の出世頭だった。東パキスタン情勢がもはや絶望的になった時、チ
ッカ・カーン将軍と交代に故郷の州知事になったが「いやだ、いやだ。一日も早
く辞めたい」と知人に漏らしていた。ダッカ陥落後インド軍の保護下におかれ、
やがて第一級戦犯扱いで「拘置」された。国際赤十字が調査に行ったところ、ゲ
ッソリやつれ、すき腹をかかえて泣いていた。「その芋をもう一つくださらんか」
カレーの中のじゃがいも一切れを哀願する彼には、インテリの誇りも自尊心もな
かったという。


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ニュース記事一覧(2012/1/1〜1/31)

2012年02月10日 | バングラデシュのニュース
ニュース記事一覧(2012/1/1〜1/31)
キーワード:バングラデシュ
新聞記事の検索結果 112件

■シチズンホールディングス シチズン賞 早稲田大学・税所篤快さん 「活動の励みに」
 毎日新聞 2012年01月31日
□シチズン・オブ・ザ・イヤー 感動与えた3氏表彰
 毎日新聞 2012年01月31日
■シチズンホールディングス シチズン賞 大学生ら3人受賞
 日本経済新聞 2012年01月31日
□シチズン賞に大学生ら3人
 産経新聞 2012年01月31日
■シチズンホールディングス発表 シチズン賞に大学生ら3人
 日経産業新聞 2012年01月31日
□バングラデシュ ニット製品 対日輸出を拡大 日本からの投資期待
 繊研新聞 2012年01月31日
■驚きのインド 世界2位の繊維・アパレル大国(2)=官民一体で繊維産業強化 日本への輸出拡大
 繊研新聞 2012年01月31日
□月間報告=1月 主な動き 記者座談会
 繊研新聞 2012年01月31日
■ひとネット=広島 バングラデシュ商務省のシュブハシシ・ブース輸出促進局次官
 中国新聞 2012年01月31日
□松江市出身・早稲田大生三好大助さん バングラデシュで教育雑誌を発刊
 山陰中央新報 2012年01月31日
■パーソン=中部物産貿易社長 樋口君夫氏 作業用手袋の中国展開などアジア戦略を強化する
 化学工業日報 2012年01月30日
□紡績 アジア事業展開を加速 拠点整備着々と 現地販売拡大を重視
 繊研新聞 2012年01月30日
■東京生化学研究会 研究助成金の贈呈者決まる
 薬事日報 2012年01月30日
□トップの戦略=味の素社長 伊藤雅俊さん 社会貢献をビジネスに うまみを軸に地球規模で
 日経MJ(流通新聞) 2012年01月30日
■北米往航 11月荷動き 6カ月ぶりプラス 中国積み増加に転じる
 日本海事新聞 2012年01月30日
□宮崎市で県内4団体催し 国際協力考えよう
 宮崎日日新聞 2012年01月30日
■南スーダン 焼かれた村 民族対立 国連の支援届かず 「復讐の繰り返し」 犠牲者の数つかめず
 朝日新聞 2012年01月28日
□変革ミャンマー(中)=「未開拓市場」狙う外資 中印先行 後追う日米欧
 読売新聞 2012年01月28日
■社説=14年開校の村山産業高 伝統生かし特色出して
 山形新聞 2012年01月28日
□上海摩天楼=変質する「世界の工場」 賃金4年で倍 争議も頻発
 産経新聞 2012年01月27日
■JICA、母子保健分野案件初 バングラデシュ向け円借款調印
 日刊建設工業新聞 2012年01月27日
□驚きのインド 世界2位の繊維・アパレル大国(1)=生産、販売両面で高まる存在感 調達ルート確保重要
 繊研新聞 2012年01月27日
■JFWインターナショナル・ファッション・フェア開催 新たな需要を創り出す 市場ニーズに応える商品揃う
 繊研新聞 2012年01月27日
□国際海事局調べ 11年の海賊事件 東・西アフリカに集中
 日本海事新聞 2012年01月27日
■バングラデシュ公用車が事故
 読売新聞 2012年01月26日
□日本・バングラデシュ 関係強化で閣僚会談一致
 日本経済新聞 2012年01月26日
■バングラデシュ大臣ら事故で軽傷
 産経新聞 2012年01月26日
□東京都水道局、無収水対策で参入検討 バングラデシュに調査団を派遣
 日刊建設工業新聞 2012年01月26日
■バングラデシュ 政府挙げて日本市場開拓へ
 繊研新聞 2012年01月26日
□成長へのステップ 12年の展望と課題(11)=クラボウ・井上晶博社長
 繊研新聞 2012年01月26日
■JFWインターナショナル・ファッション・フェア開催 エシカルムーブメントが加速
 繊研新聞 2012年01月26日
□中国の縫製品生産事情 河南省鄭州周辺と江蘇省宿遷リポート 開発進む内陸部の工業団地 省政府が後押し
 繊研新聞 2012年01月26日
■品川区で公用車事故 バングラデシュ食料相らが軽傷
 毎日新聞 2012年01月25日
□テラス=サンシン電気社長の石井宏宗さん 強さの本質
 日刊工業新聞 2012年01月25日
■JFWインターナショナル・ファッション・フェアきょう開幕 国内外から670社
 繊研新聞 2012年01月25日
□丸久 バングラデシュに生地工場 一貫生産体制整う
 繊研新聞 2012年01月25日
■東京都職員など5人 バングラデシュに派遣 水道技術を宣伝
 毎日新聞 2012年01月24日
□三菱電機 インドFA大手を買収 売上高3倍へ拠点拡充
 電気新聞 2012年01月24日
■SBIアセットマネジメント 「ライオングローバルアジアカントリー・ファンド・シリーズ」を新規設定
 日本証券新聞 2012年01月24日
□上海摩天楼=賃金暴騰 世界の工場変質 4年で2倍 労働者不足やデモ頻発も
 フジサンケイビジネスアイ 2012年01月23日 注)BB
■東京都水道局職員 バングラデシュに派遣 視察団、6カ国目
 日経産業新聞 2012年01月23日
□北海道教委初のイングリッシュキャンプ 小中高生対象 6カ所で開催 英語漬け 会話に自信
 北海道新聞 2012年01月23日
■バングラデシュ軍、クーデター防ぐ
 産経新聞 2012年01月20日
□JFW INTERNATIONAL FASHION FAIR チェックポイント(3)
 繊研新聞 2012年01月20日
■グローバル・トレード バングラデシュ産の衣料品、雑貨を拡大
 繊研新聞 2012年01月20日
□東京都、バングラデシュに水道視察団派遣 ニーズ掘り起こし
 日本経済新聞 2012年01月19日
■バングラデシュに 技術協力調査で水道局職員派遣
 東京新聞 2012年01月19日
□再興2012 自動車メーカートップに聞く(6)=ヤマハ発動機 柳弘之社長
 日刊自動車新聞 2012年01月19日
■宇宙市場開発で経産省 フィリピン、バングラデシュにミッションを派遣
 建設通信新聞 2012年01月19日
□22日から東京都水道局 東京水道ミッション団 バングラデシュに派遣
 建設通信新聞 2012年01月19日
■東京都水道局 水道の国際貢献 22日から調査団派遣 6か国目はバングラデシュ
 日刊建設産業新聞 2012年01月19日
□アジア・新興国企業ファイル=イタリアンタイ・デベロップメント 東南ア最大のゼネコン、近隣国にも進出
 日経産業新聞 2012年01月18日
■日本繊維輸入組合まとめ 1〜11月衣類輸入 増勢続くも伸び率鈍化
 繊研新聞 2012年01月18日
□第一生命保険金部 フェアトレードカフェ〜平和を願う写真展〜 発展途上国の商品販売で国際支援
 保険毎日新聞 2012年01月18日
■経産省 宇宙産業輸出へ使節団
 日本経済新聞 2012年01月17日
□経済産業省 フィリピンなど訪問
 日刊工業新聞 2012年01月17日
■宇宙産業 フィリピン開拓 防災需要見込み官民ミッション派遣
 フジサンケイビジネスアイ 2012年01月17日
□品種別鉄鋼輸出 11月 主要品種、軒並み減 ホット 再び対韓向け最大に
 鉄鋼新聞 2012年01月17日
■札幌市の写真家・伊勢祥延さんら制作販売 「ビルマ」支援へカレンダー 「明るい未来少しでも」
 北海道新聞 2012年01月17日
□ 地球を読む=米国政治哲学者 フランシス・フクヤマ 米国内の格差 大統領選の重要争点に
 読売新聞 2012年01月16日
■月曜経済観測=東レ社長 日覚昭広氏 素材から見る世界景気 アジアの内需は堅調
 日本経済新聞 2012年01月16日
□グラフで見るアジア=平均寿命 日本トップ堅持、迫るシンガポール
 フジサンケイビジネスアイ 2012年01月16日
■服飾雑貨メーカー・小売りのクー 他社と連携、内製化進める 中国内販も計画
 繊研新聞 2012年01月16日
□ベイシア PB、バングラデシュで生産 中国分の一部シフト
 日経MJ(流通新聞) 2012年01月16日
■展望2012 後発薬専業 募る危機感 市場拡大期待で新薬・外資参入
 フジサンケイビジネスアイ 2012年01月14日
□3月に広島信用金庫 バングラデシュで視察・商談会 「ポスト中国」探る
 中国新聞 2012年01月14日
■枝野幸男経産相、産業界代表訪問 ミャンマー進出に意欲 低人件費魅力 政情にリスク
 毎日新聞 2012年01月13日
□運動靴大手の中国・裕元工業集団 カンボジア・バングラデシュ進出
 日経産業新聞 2012年01月13日
■国際協力機構 バングラデシュ 橋梁改修・新設調査 オリエンタルコンサルタンツJVに
 建設通信新聞 2012年01月13日
□FBプロフェッショナルへの道 明日のために(5)=11年度ファッションニュース早分かり 上期編
 繊研新聞 2012年01月13日
■阪急阪神エクスプレス バングラデシュの病院にベッド輸送
 日本海事新聞 2012年01月13日
□産業界 ミャンマーに活路 インフラ不足も賃金低く 経産相ら訪問 開発成否 握る世論
 毎日新聞(大阪) 2012年01月13日
■カンボジア情報誌「ニョニュム」編集長 木村文 カンボジア 日本モデルに売り込み
 フジサンケイビジネスアイ 2012年01月12日
□若狭湾エネルギー研究センター アジア研修生が冬季講習 原子力安全で17人
 電気新聞 2012年01月12日
■東北に「日本の深セン」つくる好機
 フジサンケイビジネスアイ 2012年01月11日 注)BB
□服地コンバーター、アパレルパーツ卸 レディスでアジア生産拡大 現地対応へ仕組み作り
 繊研新聞 2012年01月11日
■「110番の日」盛り上げ 留学生対象に三豊署で教室 通報のポイント学ぶ
 四国新聞 2012年01月11日
□シャプラニール 書き損じはがき、誰かのために
 朝日新聞 2012年01月10日
■2012新春特集 決戦のとき!岐路に立つ日本 シンクタンクの提言 人材育成 永井恒男氏
 フジサンケイビジネスアイ 2012年01月10日 2
□成長へのステップ 12年の展望と課題(1)=東レ・日覚昭広社長 年の後半には景気回復へ
 繊研新聞 2012年01月10日
■クラボウ 新規案件着実に収益化 繊維は国内4工場を維持
 繊研新聞 2012年01月10日
□日本ポリグル コーヒー豆で水質浄化 途上国向け、安価に
 日本経済新聞 2012年01月09日
■街かど人物館=箕面市国際交流協会の事務局長、岩城あすかさん 外国人が料理披露 言葉を超えて味な交流
 日本経済新聞 2012年01月09日
□グローバルオピニオン ダノン最高経営責任者 フランク・リブー氏 新興国開拓、独自性尊重を
 日本経済新聞 2012年01月09日
■物質・材料研究機構が開発 多孔質アルミナ材 地下水のヒ素効率除去
 日刊工業新聞 2012年01月09日
□ビジネスなう 広島銀行頭取 角広勲氏 地場企業の海外進出をどう支援しますか
 中国新聞 2012年01月08日
■顔=自転車搭載型浄水器を防災や途上国援助に役立てる 勝浦雄一さん
 読売新聞 2012年01月07日
□ぶらり街あるき “らしからぬ”路地裏 吉祥寺のハーモニカ横丁
 夕刊フジ 2012年01月07日
■物質・材料研究機構 飲料水のヒ素除去 吸着材を開発
 茨城新聞 2012年01月07日
□丸久 バングラデシュ生地工場稼働 一貫生産実現 縫製・プリント増強へ
 徳島新聞 2012年01月07日
■ つながってる? シェアの現場から(5)=かなわぬ思い「誰か」に託し(おわり)
 朝日新聞 2012年01月06日
□’12電機業界始動 各社が仕事始め式 全社一丸で変化に対応 各社トップ 成長市場への取組み強調
 電波新聞 2012年01月06日
■年頭所感
 繊研新聞 2012年01月06日
□財団法人のファッション産業人材育成機構 ネット通販 アジア市場 アパレルの販路開拓支援
 日経MJ(流通新聞) 2012年01月06日
■本当の豊かさを求めて 支える手(5)=岐阜・垂井町−途上国 フェアトレード推進 消費生活を見直す
 岐阜新聞 2012年01月06日
□つながってる? シェアの現場から(5)=「誰か」に思いを託し(おわり)
 朝日新聞(大阪) 2012年01月06日
■原子力導入への意志堅く 福島事故後も進展した新規導入国の計画
 原子力産業新聞 2012年01月05日
□バッグ向け資材卸のトップラン 国産の輸出拡大 高級ゾーン狙い増収目指す
 繊研新聞 2012年01月05日
■視点=生産シフト
 繊研新聞 2012年01月05日
□国際物流企業大手首脳インタビュー 多極間つなぐ物流網を構築へ 日本通運 近鉄エクスプレス他
 日本海事新聞 2012年01月05日
■2012年 今年の抱負 生産性本部 関連団体
 生産性新聞 2012年01月05日
□新春論点スペシャル ニッポンの元気(上)=佐渡裕氏 三浦雄一郎氏 山口絵理子氏
 読売新聞 2012年01月04日
■C世代駆ける(2)=選んだ「七色」キャリア 大志秘め経験重ねる
 日本経済新聞 2012年01月03日
□日本企業 カンボジア進出ラッシュ 安い労働力求め“漂流”続く
 フジサンケイビジネスアイ 2012年01月03日
■お米で笑顔 祝いを演出 中国 湯円 インド ドーサ ベトナム バイン・チュン 韓国 トッポキ
 日本農業新聞 2012年01月03日
□2012 新年に考える 希望胸に 前へ 未来信じ扉開こう
 日本経済新聞 2012年01月01日
■ロンドンオリンピック特集 英国 熱狂まで秒読み ロンドン、3度目の貫禄 日本 メダルへ総力戦
 日本経済新聞 2012年01月01日 4
□世界市場 さらに存在感増す新興国 先進国勢の軸足シフト加速 激化する主導権争い 急速なV字回復を牽引
 日刊自動車新聞 2012年01月01日
■格付け!チャイナプラスワン インドネシアが高い評価 次に続くミャンマー
 繊研新聞 2012年01月01日
□CSR新時代 社会貢献はビジネスへ 「ソーシャルマーケティング」宣言 途上国支援、需要耕す
 日経MJ(流通新聞) 2012年01月01日
■「ソーシャルマーケティング」宣言 消費者調査から 「共感」が印象左右 関心は身近な問題
 日経MJ(流通新聞) 2012年01月01日
□自転車発電貧困層救え こいだ分だけ電子マネー支給 九州大学などバングラデシュで来月実験
 西日本新聞 2012年01月01日



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バングラデシュのニュース(2012/02/10)

2012年02月10日 | バングラデシュのニュース
■見出し(2012年2月10日) No2012-8
◯イスラム教徒も安心メニュー 別府に開店
◯売上高1300億円をつくってきた商売の仕組み
◯こんにちは:岐阜モスク・ムスリム文化センター代表、シャフィクル・ラハマンさん /岐阜
◯ハラルレストラン開店/留学生OBが経営
◯英語の先生は“失業者” 日比つなぐネット講座
◯バングラデシュの市長が震災復興支援 「ホワイト&イエローリボンバッジ」に協力
◯バングラデシュで30円カット (822KB) / 安藤裕二 
◯ダッカ・チッタゴン(バングラデシュ)において火災調査およびセミナーを開催しました 

■イスラム教徒も安心メニュー 別府に開店
 http://www.oita-press.co.jp/print.php?print_type=localNews&print_first_genre=&print_second_genre=&print_news_id=2012_132840980006
 (大分合同新聞 2012年2月5日)

別府大学の卒業生で、バングラデシュ出身のエムデ・モンズール・イスラムさん
(32)が3日、イスラム教徒が安心して食べられる食材(ハラルフード)を使
った食事を提供するレストラン「ユーシャ」を別府市若草町にオープンさせた。
全ての食材がハラルフードのレストランは、県内初という。

2008年に大学を卒業後、別府で暮らす留学生の生活をサポートしようとハラ
ルフードの食料品店「アジアンフード」を同市若草町に開いたモンズールさん。
イスラム教徒である自身が、留学生活の中で宗教の戒律による食事の問題に直面
したことを受け、後輩には同じような苦労をさせたくないという思いから店を開
いた。
「食料品店ができたことで留学生が自炊できる環境は整ったが、安心して外食で
きる店がない」と感じていたことがきっかけとなり、留学生も外食が楽しめるレ
ストランを店の隣に開店することにした。
チキンやビーフ、マトン、野菜など種類が豊富で辛さの調節もできるカレー類を
はじめ、インドやバングラデシュ、パキスタンなどの伝統的な料理のメニューも
充実。インド人シェフが作る本場の味を留学生はもちろん、日本人にも安い料金
で気軽に食べてもらおうとランチメニュー(500円から)も用意している。
「留学生が生活する上での困り事はまだまだある。これからも留学生の助けにな
る仕事をしていきたい」と話している。
レストランは午前11時〜午後3時、午後5時〜同10時まで。月曜定休。問い
合わせはモンズールさん(TEL080・3952・3560)まで。



■売上高1300億円をつくってきた商売の仕組み
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120127/226583/?bv_ru&rt=nocnt
 (日経ビジネス オンライン 2012年2月6日)

最近バングラデシュに行ってきました。まず、その時の体験について皆さんに少
しお話したいと思います。

◆マイクロファイナンスの創始者、ユヌス氏に出会う
ムハマド・ユヌスさんをご存知でしょうか。アジアの最貧国といわれるバングラ
デシュのグラミン銀行の総裁で、5年前にノーベル平和賞を受賞されました。

被災地とバングラデシュは、これから立ち上がろうという面では同じ状況ですか
ら、そのバングラデシュで立ち上がった1つの事業の例としてグラミン銀行のお話
をしたいと思います。

バングラデシュで貧しい人達が事業を起こしたい、と考えたとしましょう。銀行
は当然お金を貸さない、担保もないという状況のなかで、ムハマド・ユヌスさん
は「マイクロクレジット」という融資方法を考案しました。要するに小口の事業
融資です。簡単に言うとサラ金ですね。バングラデシュは非常に貧しい国です。
普通にサラ金をやれば、お金は返ってこないですね。

そこでユヌスさんは、2つの条件を満たすと踏み倒されないことが分かったのです。
そのノウハウを編み出したのです。

◆5人組の女性に無担保融資、回収率98%
1つは集団責任。5人組に貸します。同じ地域で5人組を作ると裏切らないのです。
これを裏切ったら、村八分になりますよね。自分の住むところをなくします。で
すから、1人が挫折しそうになってもみんなが助ける。その結果、融資の回収率が
なんと98%です。すごいですね。担保も無しで98%も返済されるのです。

そしてもう1つの条件は、女性限定です。男性はダメなのです。女性は約束を守る
そうです。ユヌスさんは同じ村に住む5人組の女性にお金を貸して、貧しい人達へ
の少額融資銀行を成立させたのです。

それでは、なぜ彼がノーベル平和賞を受賞したかというと、通常のビジネスでは
なく、ソーシャルビジネスだったからです。ソーシャルビジネスとは何か。今は
世界60カ国の大学で研究が始まっている新しいビジネスの形態なのです。

 NGOという組織がありますね。これは寄付を集めて、世のため人のために良いこ
とをしましょう、ということですよね。株式会社というのもあります。これは出
資してもらい利益を出して、そのお金を出資してもらった人、いわゆる株主に配
当するという形態です。

 ソーシャルビジネスというのは、この真中にある形態です。株式会社なのです
が、儲かったお金は世のため人のために使います。出資した人は自分の出資した
分しか取ってはいけません。それ以上、会社が儲かったら全部世のため人のため
に使いなさい。つまり、配当は世の中が良くなっていくこと、というルールです。
世の中に貧しさがなくなっていくこと、それこそが配当だという考え方なんのす。


 この形態が非常に面白いのは、企業として大事な、納税と雇用を生み出しなが
ら、なおかつ社会に貢献していく。新しいビジネスモデルなんです。同じような
目的を持っていても、NGOは基本的に納税と雇用を生みません。儲からないので税
金を払わないし、雇用も広がらない。 

このソーシャルビジネスを世界に広げているのがユヌスさんです。この方が4カ月
ほど前に来日されました。その時にパネルディスカッションがあり、私もパネラ
ーとして参加しました。たいへん盛り上がった、楽しいイベントでした。

◆バングラデシュに「和民」を作り、人を育てる
 それから1カ月くらいしてユヌスさんから長い長い手紙が来ました。いっしょに
バングラデシュでソーシャルビジネスをやりましょう、と書いてありました。「
日本であなたの店へ行きました。あの店を是非バングラデシュでやってください」
という手紙です。これには途方にくれました。だって、バングラデシュで和民が
流行るわけないですよね。

 でもさすがにノーベル平和賞受賞者です。読み進めていくと、「バングラデシュ
は1億7000万人の人口があり、1%に当たる170万人の金持ちがいます。この金持ち
だけを相手に和民を1、2店やってください」というのが彼の最初の要望なわけで
す。でも本当は、彼にとって金持ちは眼中にないのです。


「バングラデシュで和民を作ったら、人を育ててください。もしくはバングラデ
シュの店を基地として、海外の店で研修させてください。そうすれば、今までサ
ービス産業や外食産業を知らなかったバングラデシュの人が、外食産業を知るよ
うになります。その人達が新しい業態のお店、和民ではないもっと客単価の安い
店を作れるようになったら、独立させましょう。グラミン銀行が融資します。そ
の結果、バングラデシュ全体に外食産業が育つでしょう。そこで雇用が生まれる
でしょう。納税も生まれるでしょう。サービス産業をベースにこの国を発展させ
ましょう」。これが彼の狙いなのです。素晴らしいですよね。

 ただ、ワタミも上場企業ですから、これを全面的にやるかというと、なかなか
難しい。それでワタミインターナショナルという香港にある子会社がバングラデ
シュのソーシャルビジネスとフランチャイズ契約を結びます。つまり、株式会社
がソーシャルビジネスとお互いにうまくいく仕組みを作ったわけです。

 通常は株式会社がソーシャルビジネスをやったら損だと思われています。でも、
普通の会社が外食産業なんて絶対にできないバングラデシュに出店できる。もし
1億7000万人のうち、富裕層が10%に拡大したら、この会社は10店や15店の和民が
できる。つまり、ユヌスさんと組むことで、バングラデシュでの先行者利潤を取
ることができるのです。

 大事なのは、事業は払うばっかりではダメだし、貰うばっかりでもダメだとい
うことです。皆が得をする。それでバングラデシュも雇用が生まれ、産業が生ま
れ、そしてソーシャルビジネスによって、たくさんの経営者が生まれ、たくさん
の従業員が生まれ、なおかつ、ワタミも最終的には収益を上げられる。つまり、
全部がうまくいくという事業モデルを作っていかないとダメなのです。

◆喜ぶ人がたくさんいる事業はうまくいく
 これから事業をしたいと思っているなら、自分だけが得をするという考え方で
はダメです。自分も得をする、お客さまも得をする。売り上げというのは、お客
さまからのありがとうが集まっている量ですね。売り上げが上がるということは、
お客さまもそれだけ喜んでくださっている結果です。そうでなければ長続きしま
せん。つまり、売って喜ぶ、買う人も喜ぶ。なおかつ原材料を供給している人も
喜び、その地域も喜ぶ。喜んだ人がたくさんいる分だけ、事業はうまくいくので
す。

 自分が嬉しいか、嬉しくないか。これからの事業を考えるときに、それもまず
大事でしょう。でも、買う人が喜んでいただけるのかを考えてみてください。喜
ばなければ事業の継続性はないでしょう。自分の事業が広がることで、どれだけ
の人に喜んでもらえますか。どれだけの人を幸せにできますか。どれだけの人か
らありがとうをもらえますか。これらのことは、実は事業を考える上で非常に重
要なポイントだと思います。そういうことをバングラデシュに行って感じてきま
した。

◆儲かる仕組みとは何か
 ここからはビジネスモデルのお話をしたいと思います。

 事業とは、儲かる仕組みの有無が非常に重要です。小さな会社も大きな会社も
同じです。では、儲かる仕組みとはなんでしょうか。

 売り上げ(お客さまからのありがとう)から経費を差し引いた残りが利益です。
どんな事業でも同じでしょう。売り上げは何かというと、「価格」×「数」です
ね。この価格は、お客さまが笑顔で買ってくれる最大値。これが価格です。

 外食産業でいうなら、1人あたり2000円の単価で100人来店したら、売り上げは
20万円です。化粧品なら、1000円の商品が1万個売れれば、売り上げは1000万円で
す。これがマーケティングの基本なのです。

 価格と、その時に売れる見込み数の積を売り上げとして、その売り上げを生み
出すためのコストを計算した上で、利益が出るかどうかを考える。これは、つま
り損益計算書(P/L)の世界です。多くの経営者は、このP/Lを考えます。売り
上げはいくらなの、利益はいくらなのと。

 もう1つ考えなければならないのは、売り上げを生み出すためにいくらのお金を
使って、いくら戻ってきたのかという貸借対照表(B/S)の世界です。すごく大
事です。B/Sは難しいように思われますけど、実は簡単です。どうやってお金を
集めて、どう使っているのか。そのバランスが取れているのかを示しているだけ
なのです。

 ビジネスモデルは、この2つを考える必要があります。1億円を投資して2億円の
売り上げなら、資本の回転は2回ですね。そのときに利益が売り上げの20%(400
0万円)あったとしたら、投資した分が1年間で40%戻ってくる計算になります。
つまりこの事業は2年半で元が取れるのです。実際には、利益の半分を税金として
払うことを考えると、結果として5年での回収になります。ワタミでは外食1店舗
につき5年での回収を目安にして、売り上げと経費を計算して、利益が20%になる
ような価格と経費でできるかをまず考えます。

 よく儲かる仕組みがあるかどうかと言うでしょう。外食サービス業において儲
かる仕組みの基本は、売り上げに対して20%の利益が出る構造になっているのか
と、年間の売り上げに対して半分の投資で済むのかどうかです。実は介護も宅食
(高齢者向け宅配事業)も、ワタミは全部この基準で動いています。

 おそらく20年先、30年先の事業を見越すことは難しいと思います。最近はもの
すごく変化が速い。今のこの非常に速いビジネス環境の変化の中では、事業の元
を取るには5年が限界ですね。そうしたときに、投下資本に対する売り上げが2倍
で、売り上げに対する利益率が20%。つまり、投下資本に対する利益率は40%。
このくらいの数字が出せるビジネスを作っていかないと、競争に勝てないのです。
儲かる仕組みというのは、こういうことです。

◆経営の仕事は3種類ある
 経営とは何かを3つに分けて考えていきたいと思います。

 1つ目は営業です。売ることです。一生懸命に売る。2つ目は管理です。例えば
経理や財務、人事、総務といった守りの仕事です。3つ目は営業推進です。例えば
マーケティングとか、商品企画、立地開発、物流。結構みなさん忘れがちですが
大事な仕事です。

 実は会社が伸びていくときに大事なのは、営業推進です。例えばブランドを作
るにはどうするのか、商品にどういった特性を与えたら売れるようになるか、物
流をどういう仕組にするのか。店舗の立地などもそうですね。つまり「売る」と
「守る」の間に実は経営があるのです。本当に難しい。だから、自分の会社にと
っての営業推進は何か、この部分を学んだり、プロから教わることはとても大事
なのです。

 ワタミでの「売る」は、「お客さまの奴隷になれ」という感じでやっています。
管理は、そんなに難しくない。経理・財務は誰がやってもたいして変わらない。
世の中の給与計算はそう変わるものではありません。しかし、営業推進の仕事に
は人材開発もある。人材をどうやって育てるのか、どう教育していくのか。それ
も営業推進の仕事になっていきます。

 ワタミでは営業は問題ない。管理も問題ない。営業推進については、それぞれ
にトップコンサルティングを付けました。その代わり1年しかやらなかった。1年
契約と決めて、徹底的に学びました。この営業推進は非常に大事な仕事です。

◆権限委譲を進める
 社長1人で先頭を走り、成長を引っ張っていく会社で、どうやって権限委譲をし
ていくか。最初に権限委譲しなければならないのは、管理です。誰がやってもで
きるのですから。でもここで間違えやすいのは、管理を任せ切ってしまう経営者
が多い。分かって任せるならいいです。しかし、自分が数字に弱いから、と任せ
るのは絶対ダメです。私は、数字が全部読めて、自分で決算書が作れるようにな
ってから、初めて任せられた。経理は全部自分で分からないとダメです。

 次は営業推進。これは間接管理ができるので、ナンバー2に任せる。トッププロ
を付ければいいのです。実は、この営業推進に経営者が入り込むと、会社は守り
に入ってしまいます。やはり商売は売ってなんぼです。売り上げ10億円のときに
は利益は出なかったが、20億円になったら利益が出るということがあります。固
定費は、10億円売っても、20億円売っても同じ金額でまかなえるという仕事がい
っぱいあります。

 私の場合は、最初に管理を任せた。次に営業推進を任せたけれど、プロを付け
て半分任せたような状況です。営業だけは手放さなかった。これが私のマネジメ
ントで、1300億円の売り上げを作ったプロセスなのです。

(取材構成、写真:村上昭浩)



■こんにちは:岐阜モスク・ムスリム文化センター代表、シャフィクル・ラハマンさん /岐阜
 http://mainichi.jp/area/gifu/hello/news/20120206ddlk21070006000c.html
 (毎日新聞 2012年2月6日)

◆イスラム理解深めて−−シャフィクル・ラハマンさん(45)
 岐阜市内北西部に車を走らせると、白く丸い屋根の建物が見えてくる。同市古
市場町にある岐阜モスク・ムスリム文化センター。出迎えてくれたのは代表のシャ
フィクル・ラハマンさん。豊かにたくわえられたひげが印象的だ。

 バングラデシュで生まれ、イスラム教徒である父と母のもとで育った。98年
に岐阜大の留学生として来日。岐阜大を留学先に選んだのは、本国の先輩の影響
だった。「10月にこちらへ来たんですが、12月に降った大雪にびっくりしま
したよ」と振り返る。微生物工学を専攻し、博士号を取得。学業の傍らでモスク
の運営にも携わり、07年のモスク設立にも立ち会った。32歳で結婚し、現在
は妻と3人の子どもたちと暮らす。長男ライアヌル君(12)と次女サミヤちゃ
ん(5)は日本生まれだ。

 モスクでは毎週金曜日に「集会礼拝」が行われる。バングラデシュやインドネ
シアなど、県内に住む13カ国、約100人が礼拝に訪れる。01年の米同時多
発テロ以降は、イスラム教に対する理解を得たいという思いが強くなった。「信
仰する、しないではなくて、単純に文化を知ってもらえたら」と話す。岐阜モス
クでは、月に1回、モスクの見学やエジプト料理の食事会などを行う「文化交流
会」が企画されている。

 祖国を離れて13年。学生時代は、自身の論文の発表で全国各地を走り回った。
「岐阜は本当に住みやすい町」と話す。2年前に家族で高山市や白川郷を訪れた。
「飛騨牛は食べられないんですよ」と、少し残念そうな顔を浮かべた。イスラム
法にのっとった肉(ハラルフード)しか食べることができない。専門店で肉を調
達し、バーベキューを楽しんだという。「風景がとてもきれいでした」

 日本人にムスリム(イスラム教徒)の文化への理解を深めてもらいたい−−そ
れが一番の願いだ。「モスクは文化を理解してもらう場所。気軽に来てください」
【梶原遊】

==============

 ◆人物略歴

 休日は、愛知県一宮市の「138タワーパーク」や岐阜市の岐阜ファミリーパ
ークなどを家族で散策したり、バドミントンやサッカーなどを楽しんで過ごす。
モスクでの文化交流会は、毎月最終日曜に行われている。問い合わせは岐阜モス
ク・ムスリム文化センター(058・260・7042)へ。



■ハラルレストラン開店/留学生OBが経営
 http://mytown.asahi.com/oita/news.php?k_id=45000001202070006
 (朝日新聞 2012年2月7日)

イスラム教で食べることを許された食材(ハラル食品)だけを使った飲食店「カ
レーの王国ユーシャ」が別府市にオープンした。経営者のモンズール・イスラム
さん=バングラデシュ出身=が自身の経験から、食べ物の禁忌で困ることが多い
イスラム教徒の留学生支援のため開いた。

イスラム教では食事に厳格な制限があり、豚肉や酒のほか、決められた方法で処
理された肉以外は食べることができない。日本の一般のスーパーや飲食店ではハ
ラル食品が手に入らないため、モンズールさんは別府大に留学していた時、食事
に苦労したという。

卒業後の2008年、別府市内にハラル食品の店を開き、今回、自炊ばかりでな
く外食もしたいという学生のため、飲食店も近くで経営することにした。

インドからシェフを呼び寄せ、イスラム圏内でよく食され、日本人も好きなカレ
ーを選んだ。材料はすべてハラル食品。ランチのセットはカレー、ナン、サラダ、
ミニライスがついて500円からと、学生を意識して価格を抑えた。

モンズールさんは「ハラル食品はムスリムはもちろん誰でも食べることができる。
文化を知るためにも日本人もぜひ来てほしい」と話している。(城真弓)



■英語の先生は“失業者” 日比つなぐネット講座
 http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819695E2EAE2E2908DE2EAE2E0E0E2E3E09191E2E2E2E2;at=ALL
 (日本経済新聞 2012年2月8日)

不況のフィリピンで、高学歴なのに仕事にあぶれた人を講師に雇った日本人向け
の英語学習サイトがある。講師がいるフィリピンと、受講生がいる日本はインタ
ーネット電話でつながる。現在の有料会員は約1200人。大手企業の法人契約も伸
びているという。

主宰する在日バングラデシュ人のエムデ・モインさん(32)は「フィリピンの人
にとっては講師を務めることが生活の糧になり、日本人は安い授業料で質の高い
英語を学べる。いわば知的なフェアトレード(適正価格による公正取引)といえ
る」と話している。

来日10年のモインさんが主宰するのはネット上の英語教室「ピクト」。2年前、
不況の影響で失業率が高いフィリピンで、大学を出ても仕事にありつけない有能
な若者が多いことに気付いた。

日本でいえば東大のようなトップレベルの大学卒業生は、みな英語が流ちょうだ。
モインさんは立命館アジア太平洋大学(大分県別府市)の同級生で、母国フィリ
ピンに住むアイリン・ザバラさん(34)と「彼らなら日本人向けに英語を教えら
れるはず」と雇用を思い付いた。

講師、受講生とも自宅のパソコンに向かい、ネット電話のスカイプで言葉をやり
とりする講座スタイル。フィリピン側には口コミやネット応募で採用された約50
人の講師がいる。最難関といわれるフィリピン大の卒業生がずらりとそろう。

講座は会話レベルに応じた10コースがあり、授業料は一般の英会話教室より安く
設定した。「講師陣の質が良く、予約も取りやすい。スピーキング(英語で話す
こと)のいい機会になっているので続けていきたい」と、受講生の会社員、斎藤
寿一さん(43)=東京都。

講師の一人、マフェン・ラミレズさん(41)は女手一つで3人の子育て中。「給
料が良く、助かっている。子どもにおいしい物を食べさせることができるように
なった」と話している。

ピクトのホームページはhttp://www.pikt.jp〔共同〕



■語学力向上と経済的自立 英語学習で「知的フェアトレード」
 http://www.sankeibiz.jp/business/photos/120209/bsl1202091126007-p1.htm
 (SankeiBiz 2012年2月9日)

英語力を身につけたい日本人、能力はあるが仕事がないフィリピン人−。彼らを
結びつけたマンツーマンのオンライン英語学習システムが人気を呼んでいる。こ
うした中、立命館アジア太平洋大学(APU、大分県別府市)の卒業生、エムデ
・モインさん(32)らは一昨年11月、学習システム「ピクト」(東京都渋谷
区、www.pikt.jp/)のサービスを開始。「知的フェアトレード」と
名付けて会員数を伸ばしている。(村島有紀)

◆両国の課題解決

モインさんはバングラデシュのダッカ大経営学科の入学後、父の勧めで22歳の
ときに来日。世界90カ国から留学生が集まるAPUに編入し、さまざまなディ
スカッションを積み重ねる中、各国の課題を補い合うフェアトレード的なビジネ
スに興味を持った。

「日本は先進国なので多くの人が英語を話すと思ったが、話せない人が多い。一
方、フィリピンの友人からはフィリピンで最高の学校を卒業しても就職先がなく、
外資系のコールセンターなどでの仕事しかないと聞いた。オンライン英会話なら
フィリピンの『経済的自立』と日本の『語学的自立』に貢献できると思った」

「知的フェアトレード」と呼ぶピクトのカリキュラムは、TOEICの学習参考
書を40冊以上読みこむなどして、モインさんが自分で考案した。ビジネス英会
話▽TOEIC・TOEFL対策▽1500語だけで意思疎通するグローバルイ
ングリッシュ−など10コースがある。

さいたま市北区の会社員、鈴木麻衣子さん(24)は半年前から「ピクト」のT
OEICコースを毎週末利用している。1回25分を月30回利用でき、480
0円。570点だった点数は半年で50点アップした。

iPad(アイパッド)やスマートフォン(高機能携帯電話)、パソコンにイン
ターネットビデオ通話ソフト「スカイプ」をダウンロードし、ピクトのホームペ
ージ画面で講師と時間を選んで学習する。


◆生活難が採用条件

 フィリピンにいる講師は、フィリピン大の学生や卒業生らが中心。「学費が必
要」「失業中」「シングルマザー」など生活に困っていることが条件で、全員を
面接し、日本人の考え方や習慣を学んでもらったうえで採用を決定している。現
在講師は約100人で、1人平均4〜5時間のレッスンを担当する。

 受講生はAPUの卒業生を中心に口コミで広がり、現在約900人、登録者数
は約4800人。社員研修に利用する大学や企業との契約も少しずつ増えている。


 鈴木さんは「以前は普通の英会話教室に通っていて年間18万円ほど。ピクト
は費用も安く、しかも月収が数千円しかないというフィリピンの人々の生活をサ
ポートできるのがうれしい」と話していた。


【用語解説】フェアトレード 経済的に強い国(先進国)に有利な取引ではなく、
発展途上国の原料や製品を適正価格で継続的に購入し、途上国の生産者や労働者
の生活改善、自立を目指すことを目的とした取引。コーヒーやカカオ、オーガニ
ックコットンなどが有名。

【用語解説】オンライン英語学習 スカイプの利用で6〜7年前から急速に増加。
現在、数十社がフィリピン人講師を採用し、「25分62円」といった低価格や
「日本語も話せる」など、違いをPRしてサービスを提供している。最大手は「
レアジョブ」(東京都渋谷区、www.rarejob.com)で、会員10
万人、フィリピン人講師は3000人。



■バングラデシュの市長が震災復興支援 「ホワイト&イエローリボンバッジ」に協力
 http://www.sankei-kansai.com/2012/02/08/20120208-059528.php
 (産経関西 2012年2月8日)

バングラデシュ・サトカニア市のアルハジ・M・ラーマン市長(50)が来日し
東日本大震災の復興を支援する「ホワイト&イエローリボンバッジ運動」に共感
して同バッジ200個を購入した。この運動は「ものづくり企業」の連携をすす
めている「大阪ケイオス」社(大阪市中央区、社長=和泉康夫「新日本テック」
社長)が行なっており、バッジの売上の一部が被災地に贈られ、子供の文化運動
のために使われている。

サトカニア市はバングラデシュ東部のチッタゴン管区にあり、ラーマン市長は同
管区内で企業グループを運営する実業家でもある。大阪ケイオスに参加している
「日本精機」(大阪市生野区、高橋祐子社長)が製造するエンジンバルブをラー
マン市長の会社が販売している縁で、来日。今月6日、大阪ケイオスを訪れた際、
「ホワイト&イエローリボンバッジ運動」を知り、協力を申し入れた。

イスラム教徒のラーマン市長はバッジをバングラデシュで配り、日本のことを伝
えるといい「イスラムの教えにもある助け合いの精神に従っただけ。これからも、
できることがあれば協力したい」と話した。

大阪ケイオスはものづくり企業19社が共同出資して一昨年11月に設立。現在
20数社の企業連携で広報・受注・開発・採用など様々な取り組みをしている。
「ホワイト&イエローリボンバッジ運動」をはじめ東日本大震災の被災地を訪れ
てビジネスを通した支援も模索している。

ホワイト&イエローリボンバッジは社会問題などに対して支援を表現する「アウ
ェアネス・リボン」活動のひとつ。日本では阪神大震災の際、追悼や感謝、再生
の願いを込めたホワイトリボンが広まった。



■バングラデシュで30円カット (822KB) / 安藤裕二 
 http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Periodicals/W_trend/pdf/201201-2_culturej.pdf
 (アジ研ワールドトレンド 2012年1月号)

野田首相の就任直後、一〇〇〇円カットで散髪をしていることが話題になった。
日本において一〇〇〇円で散髪できることは非常に格安感がある。かく言う私も
何度か一〇〇〇円カットにチャレンジしたことがあるが、「一〇分で散髪する」
というだけあって、どう注文をしても画一的な「キノコヘア」になってしまった
という苦い思い出がある。
そんな私は現在バングラデシュのダカで暮らしている。どこの国に滞在していて
も、日本人駐在員にとっての悩みの一つは「どこで髪の毛を切るか」ということ
であろう。着任直後、ある日本人駐在員の方から清潔で近代的なヘアサロンを紹
介してもらった。そのヘアサロンは日本の美容院と変わらない内装で、冷房はも
ちろんのこと、音楽も流れ、髪の毛を洗う際のシャンプーまで選ぶことができる。
実際に髪を切る際には自分の要望を伝えるのに苦労はするものの、そこまで酷い
髪型にはならない。初めて挑戦したそのヘアサロンでは、若干「キノコヘア」に
なったものの、シャンプー・散髪・ブローまでやってもらい、二五〇TK(約二五〇
円)と破格であった。

※続きはリンク先をご確認ください。



■ダッカ・チッタゴン(バングラデシュ)において火災調査およびセミナーを開催しました 
 Dhaka・Chittagong 出張報告
 http://gcoe.moritalab.com/?p=6026
 (東京理科大学 2012年2月1日)

2012年1月4〜8日にバングラデシュにおいて、火災調査およびセミナーを開催しま
した。
本学GCOEでは、これまで主に首都ダッカにおいて活動を行ってきましたが、第二
の都市チッタゴンからも火災安全についての支援依頼があり、病院火災等の現場
調査を行うとともに火災安全性向上に関わる知識普及のためのセミナーを開催し
ました。

2.活動内容
(1)役割分担
(2)チッタゴン市の Maa-O-Shishu 大学病院におけるセミナー 

(3)チッタゴン市:火災現地調査(病院火災・縫製工場火災・密集市街地火災


(4)ダッカ市:セミナー・ミーティング、新キャンパス防災計画に関する意見

※詳細はリンク先をご確認ください。




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