『踏み外した妻たち』

官能小説 私の妻が情痴の闇に墜ちてゆく<18歳未満は入場禁止です>

2008-01-07 | 目 次
 人間は興奮しすぎるとこんなにも無表情な顔になってしまうのだろうか。俊雅が見るモニターには蝋人形のような夫の顔が映っている。その顔がミラー越しの妻を見ている。
 一人の男は妻の足を大きく拡げ顔を埋めていた。舌がゆっくりと動いている。一人の男は妻の手の指、指の間、腕、脇の下からあばら骨、乳房へと愛撫が続く。それまで乳房を集中して責めていた三人目の男は肩甲骨のくぼみ、肩、うなじ、耳へと舌が這う、あくまでも夫の注文どおりに。
 妻のあごに手をやり顔を横向きにさせ、妻の唇に男の舌がツンツンと軽くあたると、妻の舌が男の舌を求めた。
「鏡から目を離すんじゃない」
 男の命令に、妻の視線は自分の舌を吸う男から乳房を愛撫する男に、そして股間に食らい付いている男へと移っていく。彼らの責めに妻の肉体はのた打ち回りたいのだが、男たちはわざと妻の体が動けないようにしてる。天井に伸びた腕が断末魔のような痙攣を繰り返した。
 
「なんだい、もうこんなに硬くして。アレ、先っぽから汁まで垂らしてるよ。女房がヤクザにオモチャにされてるのを見て興奮する旦那がいるかね。この変態!」
 嘉代が指でひと撫でする。
「あーー」
 夫の叫び声と同時に悶える妻を写すマジックミラーに白い液体が勢いよく飛んだ。

 妻から男たちが一斉に離れた。あられもない姿勢のまま、妻はすがるように男たちを見回す。
「どうしたんだ」
「……」
「何だその顔は、言いたいことがあるんなら言ってみな」
「……したいの」
「何を」
「……」
「何をしたいんだ」
「苛めないで、お願い」
「ちゃんと言え」
 妻の口から初めて聞く言葉が小さく出た
「聞こえない」
 妻は下品な表現でセックスがしたいと何回も言わされている。
「そんなにやりたいのかい。それじゃー旦那にしてもらうか」
 妻は激しく首を横に振った。
「乱暴に扱われたいのか、俺達に輪わされたいのか」
 妻は首を縦に振りながら、口を尖らせ叫んでいる。
「入れて! 入れて! 奥まで突っ込んで」
 催促する妻が思い切り拡げた足の付け根に一人の男が腰を付けたが動かない。男たちはニタニタと笑いながら見下している。妻は頭を抱え泣きだした。
「焦らさないで、もう駄目。気が変になりそう」
 男の腰が少しずつ前に出る。それに合わせて妻の顎が上がり、口が大きく開くと首がゆっくりと左右に振れる。
「いー、いー、鳥肌が立ってくるー」
 男の動きに叫び声が連動する。
「今、旦那が来たらどうする、見られたらどうする」
「いいの、来てもいいの。いいからやめないで、何でもするから」
 妻は男たちの奴隷になった。常に三人の男と妻の体がどこかで繋がっている。塞がれている口が一時的に解放されても、低い唸り声以外に言葉は出ない。その顔は汗と粘液にまみれている。

 狂った妻を口を開けて見ている夫に嘉代が跨る。Tバックには穴が開いていた。
「どんな気持ちだい、女房の本性を見せられて」
 嘉代の容赦ないいたぶりの言葉が続く。その嘉代の手が鏡に伸びる。音もなく隣との境界が消えた。妻は気がつかずに絶頂をさ迷っている。
 男が言った。
「鏡を見るんだよ」
 妻の快楽に犯された目が自分の姿を探す。
「イャーー」
 この一際大きな叫び声は嘉代とセックスをしてる夫を見つけたためだろうか。狂った自分を見られてしまった羞恥の心が上げさせたのだろうか。それとも初めて見る夫の異様な視線が出させたのだろうか。
「漏らしやがった」
 妻を突いていた男がサーっと離れると、妻の股間から音を立ててほとばしり出た。鏡の前の椅子に体を投げ出し、だらしなく股を開いている妻は、全身を痙攣させていたが、大きく開いた目は夫を凝視している。夫に跨っている嘉代の動きが激しい。
「ウオー」
 夫の雄叫びが上がると嘉代は素早く離れた。何回も発射を繰り返しているのに、壁を越えた液体は天井近くまで上がった。放物線の先が妻の腹から胸、表情が凍り付いている顔をさらに汚した。

 部屋の電話が鳴り、男の一人が受話器を取る。
「桔梗さん、ママからです」
「桔梗です。はい、……はい、この部屋にですか。分かりました。ママ、これが最後ですよね、……絶対にですよ」
 電話を切ると嘉代は男たちに言った。
「この後のマゾ男とのプレーで使う部屋が電気系統の故障で、ここに変更だそうよ。この夫婦、直ぐに連れてって頂戴。さーお二人さん、抱き合うなり、今後のことを話し合うなりは別室でお願いね、さー、さー」
 夫婦は男たちに抱えられて部屋を出た。取りつかれたように二つの部屋を覗いていた嘉代の夫もいつの間にかいなくなっている。しばらくすると年配の女性が現れ清掃を始めた。

 緊張が解けた俊雅は急に喉の渇きを覚えビールの缶を掴んだが空だった。いつの間にか二本空けている。部屋を出てトイレに行き、戻ると空き缶は冷えたビールに交換され、オシボリも新しくなっていた。
 三つの部屋にはまだ誰もいない。すぐにメインの部屋へ男たちが入ってきた。二つの椅子が向き合って置かれ、その一つにひとりの男を座らせると他の男たちは消えた。
 モニターで見ると、男は頭全部を覆うマスクをかぶされている。目、耳と鼻のところに穴が開き、口にはジッパーが締められていた。体はゴムのような黒い服で覆われており、股の付け根だけ穴が開き、だらしないものが剥き出しになっている。首、腕、胴、足首が専用の器具で椅子に拘束されていた。

 嘉代が入って来た。Tバックはなくなり濃い陰毛が剥き出しだ。
「貧相なモノぶら下げてるね」
 嘉代は持ったムチの柄で小さく縮こまった男をいたぶった。
「あたしのショーを見てファンになり、あたしに思いっきり虐められたいってかい」
 男が唸り声を上げ、体を揺する。嘉代が口のジッパーを開けた。中で猿轡をされている。
「外してほしいだろ。喋りたいだろ。いいんだよ、お前は犬畜生以下なんだから」
 嘉代は散々に男をいたぶった。突き刺さるような言葉で執拗に男のプライドを傷つける。
「あたしとやりたいんだって。ふざけるんじゃないよ。こんな持ち物じゃお前の女房だって満足してないよ。あたしのここはね太くて長くて硬くなきゃ感じないんだよ」
 嘉代は男の前の椅子に座り大きく股を広げると、男の呻き声が一段と大きくなった。
「そんなに喋りたいのかい」
 彼女は男の猿轡を外した。
「…か…よ、……かよ」
 嘉代は信じられないという表情で男を見ている。ここで呼ばれるはずのない本名で呼ばれたのだ、それも聞き覚えのある声で。しばらくの間があって、彼女の手で頭巾が取らる。必死の形相で拘束を外そうとするが取れない。
「誰かー」
入って来た刺青の男たちは嘉代をベットに倒した。
「何するのよ!」
 嘉代は大きな声を上げる。
「これが始めからの筋書きなんだよ」
「自分が旦那の前で犯られる気分はどうだ。さっきの女の気持ちが分かるだろうよ」
「やっぱり、女王様よりマゾの桔梗さんのほうが似合ってるぜ」
「無理やりは久しぶりだろうが」
 ほんのさっき、自分が言ったことを言われた。
「この抵抗も何分持つことやら」

 今、嘉代は立ち姿の男二人の間に挟まれていた。嘉代のつま先が時々床から離れ宙に浮く。演技派の女優がほとんどヌードも見せず顔の表情だけで卑猥なセックスシーンを演じてみせるのを俊雅は思い出していた。能面のような嘉代の表情が微妙に変わる。男たちも動かなくなった。嘉代と向き合っている男が深いため息を吐くと夫に言った。
「旦那さんヨー。今あんたの奥さんの中は凄いことになっているんだぜ。ミミズ千匹って言うだろう、あれだよ、千匹以上かもな。オーゥ、さすがの俺ももうちょっとでイカされそうだぜ。オイ、哀れな旦那に女房の本当の器を味わせてやろうぜ」
「桔梗さん、見てみろよ旦那を」
 後ろの男が嘉代の髪を持ち、いきり立つ夫の股間に顔を向けさせる。前の男が離れると嘉代は不満そうに首を振った。後ろで繋がっている男は嘉代の膝を抱え上げ、繋がりを夫の顔の前に運ぶ。離れた男が夫の拘束を解くと、夫を後ろから抱え妻と向き合わせる。
 奇妙な声を上げ首を振る夫の顔を不思議そうに嘉代のトロンとした目が追う。
「さー、クライマックスだ、死ぬほどの刺激を味合わせてやる」
 別の男の声が飛んだ。
「天井を見てみな」
 夫婦のうつろな目が宙をさまよっている。
 部屋が暗くなり、幾つもある天井の穴が明るくなった。その中で何かが動いている。人の頭だと分かると、どちらがどちらのものか分からない悲鳴が響き会った。明るくなった部屋で、夫は口から泡を吹き、嘉代は目を見開き気絶していた。

 俊雅は立ち上がれない。這うようにしてドアに向かい部屋を出る。他の客もサロンに向かっている。一休みしてから、さっきの出来事が映像でもう一度見られるとアナウンスがあった。
「こちらへ」
 俊雅だけは係りの人に案内されて廊下に出た。自分だけここで帰されるのだと思ったが、別の部屋に通される。そこにはにこやかに笑いかける佐竹がいた。
「如何でしたか、野田さん」
「凄かったです、本当に」
「それは、それは」
「二人は今どうしているんでしょう」
「ご心配いりません」
 佐竹は指をさした。その部屋の壁にはモニター画面が幾つも並び、プロ用のビデオ編集機やパソコンがあり、反対の壁にはビデオテープやディスク類が何段もの棚に収まっている。ここで映像の集中管理をしているのだろう。佐竹が指さしたモニターには、あの部屋にいる二人が写っている。佐竹が操作している男に命ずると、二人は真ん中のメインの画面に大きく映り、声が聞こえてきた。
「あなたー、許してー、あなたー」
「嘉代、いいんだ、いいんだよ、嘉代ー」
 泣きながらセックスをしている。あのような残酷な仕打ちを受けた同じ部屋でセックスをする二人が俊雅には理解できない。
「夫婦愛ですな。やめてほしくないのでちょっと手荒なことになりましたが、これで桔梗さんも続けられるでしょう。それに、もう一組のマゾ夫婦も誕生しましたし、ありがたいことです」
 佐竹が指さすモニターには、やはり裸で絡まり合う若夫婦が映っている。ふたりの視線は横にあるテレビから離れない。おそらく、さっきの自分たちが映っているんだろう。
 俊雅は意を決して佐竹に尋ねた。
「実は、あの嘉代さんと私の妻が友達でして、最近、妻の様子がおかしいのですが佐竹さんは何かご存知でしょうか」
「存じております」
 佐竹は穏やかな笑みを変えずに答えた。

 俊雅は二の句が継げない。
「お知りになりたいですか」
 俊雅は佐竹の笑顔に吸い込まれるように頷いた。
 廊下に出るとエレベータの前に行き、佐竹が四階のボタンを押す。この階は、カラオケルームを改造して、Cランクの客に映像を見せるための部屋にしていると佐竹が言った。明かりの点いている部屋がひとつある。そこを通るとき佐竹が耳元で囁いた。
「今日のお客さんは、中年のカップルとあなただけです」
 防音装置がしっかりしているのだろう、その部屋からは何も聞こえてこない。
 俊雅は真ん中あたりの部屋に入れられた。なぜか車いすが壁際にある。中央にソファーがあり、その前に大型の液晶画面があった。佐竹がリモコンのボタンを押すと、暗い画面に静かな曲が流れてくる。クラシックが趣味の俊雅にはオペラ「椿姫」の前奏曲だと直ぐにわかった。
「お待たせしました、次にご覧頂く奥様は『白百合』と呼ばれています」
 ヴァイオリンの旋律が流れる画面には何と妻が映し出された。
 

「ご覧の通り奥ゆかしい、どちらかというと古風なタイプの美しい奥様です」
  俊雅と楽しそうに買い物をしている妻、
  デパートで焼き物の器を手に取る妻、
  花屋で欄の花に見とれている妻、
  ベンチで編み物をしている妻、
  喫茶店で本を読んでいる妻、
  PTAのイベントでの妻。
  妻の日常のスナップが次々と映し出される。

「ふとした弾みでこの奥様も道を踏み外してしまいます」

  下着の妻、
  ヌードの妻、
  秘部を晒す妻、
  セックスをする妻。

「この貞淑で分別のある奥様がご覧のように変わっていきます、我々の望む姿に。人前で恥ずかしいポーズをとり、ついには知らない男とセックスをします。相手をする男が次々と変わります。カメラ、ビデオのレンズに晒す痴態が段々に大胆になって行きます。
 ”堕落”という名の汽車に乗せられひと駅、ひと駅と過ぎる度に、元の自分から遠ざかります。心の奥底で眠っていた淫らな本能が目覚めて、正常な心と体が占領されていきます。そして、あの名人”岩木翁”の手で快楽地獄に堕ちていきます」

  老人に若い男との交わりを見られる、マスクを外した妻。
  その男と仕組まれた恋に落ちる妻。
  昼下がりの太陽が差し込む男の部屋を訪れる妻。
  夫婦のセックスを愛人にせがまれて再現する妻。
  繋がりを鏡に映され、淫らに変わっていく妻。
  その爛れた不倫現場を大勢の人に覗かれている妻。
  先輩たちの舞台を見せられ、異常さに慣らされていく妻。
  二人の男を相手に狂う妻。

「夫に言えない借金を作ってしまいこの仕事を始めました。しかし、もうその借金分は稼いでいます。でもやめません。何故でしょう、アブノーマルな行為に肉体が目覚めたのでしょうか。
 それもあるでしょうが、何回も見せられる先輩たちの演技に仕掛けがあります。色んな世界があり、自分が今やっていることなどたいしたことはない、と思わせるためですが、もうひとつの狙いがあります。それとなく見せるお金のやりとりです。女優たちが受け取る額はいま白百合が受け取る額の何倍にもなります。ちらっと見える通帳の残高は千万円単位のものもありました。そう、金の魔力です。そこで、次の段階です。色と欲にドップリと漬け込みます。
 先日の仕事で初めて二人の男に相手をさせます。は虫類男”漆畑”の登場です。”もう二度とイヤ”と言うほどに嫌っていたはずの男と、恋人をそっちのけでご覧の有様です。あまりの興奮とショックに失神してしまいました。白百合の記憶は飛んでしまい、自分が何をしたのか不安でたまりません。われわれの経験するひどい二日酔いの状態です。どこで飲んだのだろう、何をしたのだろう、どうやって帰ってきたのだろう、全然覚えてない、あれです。そしてこの時の三時間で今までの何日分もの報酬を手にしました。

 お客様は白百合が飲まされる飲み物に覚醒剤とかとびっきりの媚薬が入っているとお思いではありませんか。いいえ、危ないクスリなど何も入っていません。アルコールは入っていますが、一パーセントの濃さもないでしょう。女は知らず知らずに自分に暗示を掛けているのです、白百合も『あの飲み物のせいでこんなになっているのだ、今の姿は本当の自分じゅあない』と思っています、思いたいのです。あの飲み物は女の奥底に潜んでいる本性を引きずり出し、燃え上がらせる触媒の役目をしています。

 白百合はここまで来るのに普通よりも時間が掛かりました。強い貞操観念が抵抗して手こずらせたのです。そして今も、本人は自分の意志で、自由な選択でここまで来たと思っています。いつでもやめられると思っています。さー、白百合さんは、果たしてここで途中下車してしまうのでしょうか。それとも真打ち”無法松”の待つ終着駅まで運ばれるのでしょうか」

 そこで映像が止まった。美紀が、私の妻が、料亭での佐竹の話の通りに教育されていた。そして、最後の場面は延々と続いた。二人の男を相手に放蕩に性をむさぼる妻の映像が。
「この女は妻じゃない。妻はこんなセックスに積極的なはしたない女じゃない、まして人前で。間違っても、二人の男を相手になぞできるわけがない」
 俊雅は思いたかった。自分は今、悪い夢を見ているんだと。しかし、佐竹からの電話で聞かされた狂った年増女の会話が画面で再現されている。他のお客はサロンでこの映像を見ているのだろうか。そして、妻の身にこれから何が起こるのだろう。
 この部屋が俊雅には地獄へ向かう待合室に思えた。そこには経験したことのない不安と恐ろしさ、屈辱が渦巻き、ドアの向こうに未来はなく絶望の闇が果てしなく広がっているように思えた。
 俊雅はすがるように佐竹を見た。相変わらず微笑んでいたが、その目は冷たく感情のひとかけらもない。まるで鮫の目のようだ。

 突然、怒りがこみ上げてきた。俊雅は佐竹に飛び掛る。次の瞬間、彼は床に寝ていた。慌てて起きようとするとわき腹が急激に痛んだ。床の上で丸くなった体がゆっくり時計回りに回転する。声を出したいが出ない。刺されたと思った。
「先走るな! さっきの絵はお前だけに見せたんじゃい。今日のところは、これまでの誼みでお前らを晒しもんにしないでやった。お望みなら、あの夫婦や、桔梗夫婦のようにしてやるぜ。車椅子に縛り付けてお客の前に放り出してやろうか」
 もう佐竹の言葉に敬語はない。痛むわき腹に手をやった。パンチを貰っただけのようだ。
「訴えてやる」
 怒鳴りたかったが、絞り出すようにしか声が出ない。
「俺達がお前の女房に借金を作らせたわけじゃない。この仕事もお前の女房が自分の意思で始めたんだ。男を作ったのも自分から、全て自由意志だ。やれるモンならやってみな」
 冷酷に言い放つと佐竹はリモコンのボタンを押す。覗き窓に顔を押し付け、嘉代が夫の前で犯されるのを見ながら股間にある手を激しく動かしている自分が写った。
「世間じゃ俺達をガンだダニだって言うが、人間一皮向けば大して変わらん。お前も女房も同じ穴の狢(むじな)だ」

 佐竹が俊雅の正常な神経にとどめを刺す。
「実はさっきの部屋にいる中年カップルはあんたの女房と漆畑だ」
 俊雅は胃が雑巾のように、きつく絞られるのがわかった。
 佐竹が部屋の内線電話から電話を掛ける。天井から見た入れ墨の男たちが入ってきた。男たちに俊雅は丸裸にされ車椅子に縛り付けられていく。俊雅は猿ぐつわをされるまでの間、自分の口から出た命乞いの言葉を覚えていないが、すべての毛が総毛立つ感覚が肌に残っている。
 床屋でされるように首から下を車いすごと白い布で覆われる。あの表情のままの佐竹が頭にゆっくりと頭巾をかぶせた。
 床でのたうち回りながら聞いた言葉が頭の中でこだまし出すと、目の前に俊雅と同じ姿が現れた。霧島と見たショウで車椅子に座り震えていた男だ。頭巾に開いた丸い穴の奥にあざけるような目があった。

 電話のベルが聞こえると頭巾の男が消えた。佐竹が受話器を取る。廊下を歩く人影がドアのガラスに映る。車椅子が入口のところに運ばれると、そのドアが少し開いた。歩いていく男と女の後ろ姿が見える。女は携帯で話をしている。空いている耳に、女の腰を抱いた男がささやく。その横顔で男が漆畑と分かった。二人の足が止まり、女が漆畑に向き合う、妻だ!。
 漆畑は妻を引き寄せ尻を抱く。スカートが引き上げられむき出しの尻が見えてくると彼の手が股の前後に潜り込んだ。妻が携帯を畳む。
「だめよー、息子が変に思ったじゃなーい」
 妻とは思えない淫らなそして低い声が響いた。その妻の手が漆畑の首に巻きつき顔が重なる。抱き合ったままの二人は奥のドアに向かい、その向こうに消えた。嫉妬や怒りといった感情は湧いてこない。
「お前の女房は、俺たちの思ったとおりに自分の意志で終着駅に向かった。そこで何をするか、されるか知りたいだろう、見たいだろう」
 異常な領域に踏み込んだ俊雅の心理を弄ぶ悪魔の声が頭の上で響く。

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