板橋区立美術館で出会った狩野宗信が忘れられず(日記)、「ぞくぞぞぞ」という絵本にたどり着いた。
九州国立博物館が所蔵する、宗信の「化物絵巻」からいくつかのシーンを抜粋し、短い擬態語だけを足した、子供向けの絵本なのだ。
もとの「化物絵巻」17世紀には、詞書はない。絵巻は約8メートルにわたり、様々な妖怪が次々と登場する。
鳥居のシーンから始まる。狐が化け準備中(画像は絵本から)
絵本には全部の化け物は出ていないのが残念だけれど、たいへん素敵な絵本。
狸、きつね、ふくろう、鶴、かわうそ、ネコ、蜘蛛、ナマズ、タコが妖怪になっている。雪女と河童もいる。
妖怪は、驚かしていたり、怖くなかったり、楽しそうだったり、心臓止まりそうだったり。
宗信の描く絵が、とにかくたいへん愛らしい。(こっそりのせてしまう)
巻末には、素晴らしいことに、水木しげるさんの対談が載っている。
水木さんは、化物絵巻のとてもいい理解者であり共感者であることが伝わる。特に心に残ったところを抜粋(青字)。
・ああ、石燕が活躍する前だ。この化け猫は、しっぽがふたつに割れていないね。これは素朴な化け猫だ。珍しい貴重なものだね。
これは私の一番お気に入り「野禽(のぶすま)」
・これはモモンガだね。野禽ともいいます。暗い森のなかをあるいていて、布団のようなものが突然飛んでくんだから、かなりこわかっただろうなあ。
でも顔もキュート。
「大鳥」、鶴の妖怪かな。足までよく描けてるなあ。
・この絵描きは上手だ。(←水木さんに言われると大変うれしい)大雨で空き腹の時は、傘が重くなったような感じがするよね。(略)こうして一人で歩いているときなどは、お化けを強く感じてたんだろね
神官、まじびっくりしている。
「蜘蛛」は、雪女の獲物を横取りしようと?
河童。頭の上にへこみはあるが、皿はない。これは河童の初期形態とのこと。今のような形になったのはいつの時代なのだろう?
宗信、驚ろかせる顔もびっくりする顔やおびえる顔も、よく描けている。皆いい(?)顔している。そういえば板橋の屏風でも、みみずくや猫が忘れられない程いい顔をしていたっけ。
最初は、あの板橋の水墨の立派な屏風とこの化物たちと、本当に同じ絵師なんだろうかと思ってしまった。
でも、水木さんのインタビューも併せながら見ていると、この化物絵巻とあの板橋の屏風の宗信は、矛盾してないとも思う。
・昔はお化けも動物も一緒に遊んでいたわけだし、お化けというものは、ある意味、心が落ち着いて、自然と一体になれる瞬間を与えてくれるものだったんじゃないかなあ。
板橋の屏風でも、右隻には、動物は自然の木や草花とともにあり、気持ちがあるようだった。その自然の中に立って気配を感じ取っている宗信の実感があった。
一方で左隻には、自然の厳しさと、その中で生きる動物の姿を写している。
この化物絵巻でも、自然や気象が描かれている。
激しい急流や、ふぶく雪は命にかかわり、夜の闇や深い山はそれだけで恐ろしい。
自然は近しいもの。自然はおそろしいもの。宗信の実感はどちらにも流れている。
本の終わりに、宮島新一さんが書いていた。
今では動物と人間の結びつきというと、ペットか家畜しか考えられませんが、西洋の科学的な考え方が伝わる前にはもっと違う関係がありました。関係というよりは、境がはっきりしていなかったのです。動物と人間の間はとても近く、入れ替わることさえあると考えられていました。
(略)人間は動物と共存することを通して、自然に敬意を払ってきたのです。こうした自然信仰は、宗教が勢力を張る前は、地球上のどこでもごく当たり前の考え方でした。
宮島さんはもう一つ面白い指摘をしている。 〝襲われているのも、お坊さんや神官といった聖職者なら、狸やキツネが化けているのも聖職者である” と。聖職者の本性を風刺しているのかな?。
*
ますます惹かれる狩野宗信、でも検索しても他に絵が出てこない。
板橋美術館の安村先生の「別冊太陽 狩野派決定版」(山下裕二、安村敏信、山本英男、山下善也)2004にも、「もっと知りたい狩野派」安村敏信2006にも、宗信は登場しない。松木寛さんの「御用絵師 狩野派の血と力」1994にも、同名の元信の長男のほうだけ。
わかっていることは少ない。
(板橋美術館の展示より)生没年不詳。狩野松雪の息子。狩野安信の門人。通称半左衛門、延善斎と称す。安信よりはかなり年長者と思われ、画風も安信よりも古風で、室町期の狩野派画風を慕っている。
(ぞくぞぞぞ、巻末の宮沢新一さんの解説より)京都の出身で、江戸に出て安信に学ぶ。歌舞伎役者の市川竹之丞が踊る様子を寛文6年(1666)に描いたことが知られる。のちに狩野派はこうした主題を手掛けることは禁じるが、まだ規則がゆるやかだったよう。このころの狩野派には、堅苦しさがなく、けっこう楽しい作品が残っている。
これから研究が進んで、作品が見られる機会があることを期待しよう。
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