日々の想い ―― my 365drops(仮)

―― カメラ好きオジサンの自己満足的photo scrap blogです。

臨時開店 #22 / サンセット 参戦?

2018-10-07 | 日記


「あなたの旦那様、つまりボクの息子殿が、
 出張滞在先から、何枚か写真をとって送ってくれましたよ」
―― メールしたら、

「ダンナさんの留守に、
 ちょっと珍しい “靴型” が夕暮れの中に浮かんでいましたよ」と送ってくれました。


どうやら、息子夫婦は本気で、
拙ブログのメーンカメラマンの座を、虎視眈々と狙っている李かもしれません。

その意味でも、
ガッツです、おいら。



臨時開店 #21 / やはり …

2018-10-06 | 日記


昨日のブログで (今日はあまり元気が出ません) と書き込んだのは、
もしかすると、自分の陰の心が、
嬉しくない予感を、感じ取っていたからかもしれません。

主治医からは
「一度敢えてギリギリまで落としてきた白血球数が回復しつつあるのは良い兆候」
「ただ、気になる数値もみられるので、楽観しないほうがいいけどね」
……と説明を受けていました。

その経過と今後の治療方針を確認するため、
一昨日、骨髄液を採取し検査したのですか、
その説明が今日午前中にありました。

どうやら、
主治医が期待していた段階までは
改善が見られていないようです。

なので主治医から、
「この段階で治療を中止するという選択も患者にはないわけではありませんが、
 どうです、もう一歩踏み出した治療に進みませんか?」
と問われ、
同席して説明を受けていた娘とともに了解し、同意書にサインしました。


当初は主治医が昨日ボクに話す予定だった骨髄液検査の結果説明が一日延びたこと、
その延期をボクに伝えた時の主治医の瞳の中に、
いつもとは何か違う雰囲気を、無意識に感じた ――
―― それが昨日のボクの、何とはない元気の無さの原因だったのかもしれません。

人間は、
心身が弱ると、
必要以上に周囲の変化に敏感になるものらしいですね、


でも、
ボクはがんばりますから、
どうせここまで来たんだから。







臨時開店 #20 / 台風一過の瀬戸内

2018-10-05 | 日記


なぜか昨夜、
あまり眠れなかったせいか、
今日は少し元気が出ません。

息子が、出張滞在中に撮って送ってくれた写真を
ただ嬉しく見返しているだけです。


かれこれ1カ月になる入院中には
こんな日もあるのでしょうね、みなさん。













臨時開店 #19/ 路地裏の灯り

2018-10-04 | 日記


夕暮れ時、
路地裏で民家に灯るフィラメント電球の暖色は
なぜかホッとする郷愁を蘇らせます。


Wikipediaによれば、
  1856年にドイツのガラス工(後に物理学者)ハインリッヒ・ガイスラーによって作られたガイスラー管が、蛍光灯の起源。
  その後、多くの技術者による研究を経て、
  1934年にアメリカの電機メーカー、ゼネラル・エレクトリック社が蛍光灯を実用化した。

  日本では1939年、東京芝浦電気 (現東芝) が初めて蛍光ランプの試作に成功、
  1941年に   「マツダ蛍光ランプ」 として正式に発売した。
  東芝が日本で初めて環形蛍光ランプを製作したのは1953年。
―― だそうです。

以来、長らく日本の夜の照明の主役を担ってきた蛍光灯。
ただ、その光は、「昼光色」 と称するタイプもあったけど、
夜、家々の窓から漏れる光の多くは青白く、暖かみに欠けていて、私は好きではありませんでした。


その家庭用照明の主役はいま、Light Emitting Diode (ライト・エミッティング・ダイオード = 発光ダイオード) に、ほとんど取って代わりました。

LED照明が発売された当初はやはり青みを帯びた光で
蛍光灯とほとんど変わりませんでしたが、
最近は、蛍光灯の昼光色より、もっと、かつての白熱電球に近い光を出すことができるようにもなっています。

ロウソクや、行灯の時代まで遡るのは時代錯誤にしても、
暖かみのある光を、
もっと大切にしたい気がします。

光の暖かさは、
私たちの心の暖かさに通じる何かが
あるのではないでしょうか。







臨時開店 #18 / 地蔵 2景

2018-10-03 | 日記


突然入院した私のために、
多忙な仕事の合間を縫って見舞いに来てくれた息子。

その後、出張地の尾道市にしばらく滞在していた間も、
私へのエールのつもりなのでしょう、
空いた時間に散策し、スマホのカメラを向けた写真を何枚も撮って送ってくれてきました。


でも、今日の午後、
本来の持ち場へ帰るそうです。

おつかれさま。
ありがとう。
気を付けて。
…… いまはただ、ありふれた感謝の言葉しか掛けられないことを、歯痒く思います。


親バカを晒して言えば、
息子が撮った写真を見ると、
お互い素人同士とはいえ、
目を止めた風景、光景、物を捉える、大げさに言えばカメラアイが、
ボクと似ていることを知ったのは意外な発見でしたし、
正直言って、嬉しさにもなりました。

病は、
今まで気付かなかったいろいろなことを
改めて教えてくれる機会になっています。

息子殿、
気をつけて帰ってください。
君の帰りを首を長くして待つ留守宅の家族にも、よろしく。








臨時開店 #17 / 瀬戸田の山寺

2018-10-02 | 日記


いいなあ、この風景、この光景。
山門への階段を上るのは、おそらく、おじいちゃんと孫。
孫が、可愛く足を上げた瞬間を捉えた巧みさに、拍手です。


階段と言えば、
このお寺の石段もそうのようですが、
お城や民家などの屋内を含め、
昔の階段は勾配が現在より急ですよね。

勾配だけでなく、
1段当たりの高さ (蹴上がり寸法) が高く、
かつ、踏み面1段あたりの奥行き (踏みづら寸法) も狭かった気がします。

そんな階段を平気でトントントンと上り下りしていたのですから、
昔の人は現代人より、はるかに健脚だっということですよね。

もちろん、旅は歩いて行くしかなかったわけですし。



自転車や自動車、
列車や電車など文化・文明の進歩・革新は、
小高い山寺の山門に導く階段を上るのさえシンドク感じるほど
現代人の脚力を弱める方向に働いているんですね。

1日24時間のほとんどを病室のベッド上で過ごす羽目になって間もなく1カ月。
脚力の低下を補うための、軽度のリハビリ運動を指導されながら、
文化・文明の進歩がもたらす功罪をも、
否応なく、思い知らされているのです。







臨時開店 #16 / Goodbye my comb?…(改)

2018-10-01 | 日記


本来、そんな 「重大事」 ではありません。

ただ、
(いずれそうなるだろう)と覚悟しつつ、
(でも、自分だけは免れられるかもしれない) と秘かに思っていた事態を、
やっぱり自分も避けられそうにない兆候が現れ始めました。

午後、風呂に入り、髪を洗いながら気付いたのです。
どうやら
抗がん剤治療による影響で、
髪の毛が抜け始めた気配を、初めて自覚したのです。
ガーン!



ボクはいま4人部屋。
内、ボクを除く3人は、ほぼ “脱毛完了” 状態です。
廊下ですれ違う逗留者の多くはニット帽を被っています。

なので、
(ボクだけは)などという甘い期待は
本来持つべきではないのです。

そりゃあそうだよ。
朝7時、昼12時、夕6時に食事をし、随時トイレに行く以外の時間は
カーテンに囲まれた独占的空間の中で
テレビを観たり、パソコンを覗いているような生活を続けているのだから、
抗がん剤治療では常識の、脱毛程度の代償は避けられないんでしょうな。

看護師さんいわく、「うーん、そろそろかもね」 だって。
Goodbye my comb? (さらばクシよ)
さ、覚悟を決めよっと。






臨時開店 #15 / なんだ坂 こんな坂 (改)

2018-09-30 | 日記


なんだ坂こんな坂、なんだ坂こんな坂、なんだ坂こんな坂 ……
…と書いても、「なんのこっちゃ?」 と思う世代が、鉄道マニアを除けばいまは多いのでしょうか。
蒸気機関車が坂道を登る時、“がんばってます感” 満載で出す蒸気や煙の排気音、
つまりシュッシュッ・ポッポ、シュッシュッ・ポッポの登り坂バージョンですよね。

そんな蒸気機関車が発するがんばり感を、
私のような昔世代人間は、
登り坂 = 困難に立ち向かう際の励ましととらえ、
好ましく思っていました。



出張中の息子がまだ瀬戸内に居ると聞き、
「実はボク、坂道が好きなんだよな」 と呟いてみたら、
「こんな程度の坂道なら」 とスマホ写真を送ってくれました。

うん、いいじゃん、いいじゃん。
しかも、道端の花を添え、
地面すれすれのローアングルで構図するなんて、ニクイね。

拙ブログのメーンカメラマンの座を狙っているかのような息子の連日の写真投稿に
オヤジは、それもまた良しと、相変わらずの親バカぶりでニンマリしています。



ボクの闘病も
主治医よれば 「抗がん剤治療でいまは白血球が最も少なく、感染症にかかりやすい正念場」 だそうです。
つまり、坂道の一番下?

そうならばボクも
「なんだ坂こんな坂、なんだ坂こんな坂」 と
焦り過ぎず、スローテンポでも、がんばりますから。









臨時開店 #14(縁起かつぎの # 飛ばしで)/ 秋来にけらし(改)

2018-09-29 | 日記


今朝7時頃、トイレに行くため病室を出ようとして何気なく窓の外を見た時、
驚きました。

病院全館を管理する大型空調設備らしき排気口から
湯気が立ち上っていたからです。
館内気温と外気温の差を、それは示していました。



今朝の名古屋地方の最低気温は18.4℃。
私が入院した9月8日のそれは  23.7℃。

街は、
21日間で5.3℃も秋が進んでいたことに
気付きませんでした。









臨時開店 #12 / 夜の地蔵 (改)

2018-09-29 | 日記


入院中の私を見舞った後、
仕事で瀬戸内に滞在中の息子から、
再びスマホのカメラによる写真が届きました。


毎度の親バカを笑われるのを承知で言えば、

路傍の地蔵を
この時間帯に
この角度から
この光源下で

しかも、
走り去る車のテールランプの向こうには
走り来る車のヘッドライト …… ボクは好きです。


彼はどうやら
ボクのブログ写真を乗っ取る気のようです。

できるものなら早く退院し
この 「ヘタクソ写真日記」 のメーンカメラマンの座を死守せねば。








臨時開店 #11 / 無菌室からの解放(改)

2018-09-28 | 日記


午前中に突然、これまでの1人部屋の無菌室から
4人部屋の一般病室への引っ越しを申し渡されました。

主治医の話では、治療がそこそこ順調に推移しているため、
トイレほか室外に出るなどで、軽い運動を始めたほうがよい、
という判断のようです。

だとすれば、ボクにとってはかなりの朗報です。

ただ他方、
4人部屋に引っ越し後、トイレに行った帰り、
ナースステーション前のロビーで、テレビなど観ながら少し休憩してよいかどうかと看護師に訊ねたところ、
「ウーン。〇〇さんはいまは白血球が少なく、抵抗力が弱い状態だから、もう少し我慢しましょうか」
だってさ。

ワオ、
そんな状態で無菌室から出されちゃって大丈夫なんだべか? ―― などと、
人間は、恵まれた環境にしばらく居ると
知らず知らずの間に、厚く保護されることに慣れ、甘え、臆病になってしまうものなんですね。
困ったもんだ。


ともかくも、ボクはいま “マナ板の上のジジイ”。
医師や看護師を信じ、その指示に素直に従っていましょう。



写真 は、引っ越し後の4人部屋の
お隣さんと仕切るカーテンの隙間からコッソリとパチリ。

これまでの無菌室よりは、
カーテンの隙間からにせよ視界が開けたことも
良しとしましょう。








臨時開店 #10 / 陽射し(改)

2018-09-28 | 日記


本日も、息子が出張先の尾道市から送ってきた1枚。
本来ならそろそろ勤務地に帰る予定と思っていたが、
もしかすると大型台風24号に行く手を妨げられているのだろうか。

ボクとしては、決して無理をせずにいてくれたほうが嬉しいけどね。



写真 は今日も by my son。――
―― という表現が正しいかどうかは知らないけれど、
早い話、息子が道すがらスマホのカメラで撮った、ということ。

「光が射した先に、アゲハ蝶が羽を広げながら花の蜜を吸っていたけど、分かる?」 と添えらていたけど、
残念ながら、分かりません。

でも、
写真好きのオヤジのことを思ってか、
こうして自然の花々にカメラを向け、届けてくれる気持ちが嬉しい。
ありがとうね。

―― などと、今日も呆れるほどの 「親バカ・ブログ」 です。







臨時開店 #9 /瀬戸内のシロバナヒガンバナ(改)

2018-09-26 | 日記


多忙な中、私を見舞った後、昨日帰路についた息子が、
途中に立ち寄った尾道市から
平山郁夫美術館前に咲いていたという 「シロバナヒガンナ」 を撮って、送ってくれました。


瀬戸内・尾道市。
平山郁夫。
シロバナヒガンバナ。
―― 偶然かどうか、
ボクが好きなものの “三点セット” です。


24日付ブログと言い、今日と言い、
たぶん、人様からは、見ていられないほどのデレデレ親バカぶり。

(オレって、こんな男だったのか?) と自分でも呆れています。

病に伏すと、
人間は
こうも変わってしまうことがあるんですね。

治るものなら、
一日も早く
治りたい。



瀬戸内と言えば
やはり。



▲「瀬戸の花嫁」 (1972年)   作詞/山上路夫   作曲/平尾昌晃   唄/小柳ルミ子


作曲家・平尾昌晃さん、
亡くなってなお
遺影がこのところ連日、テレビに登場なさっていますね。
決して本意ではなかったでしょうに。
お気の毒です。








臨時開店 #8 / 希望の光(改)

2018-09-24 | 日記


「帰り道に、“天使のはしご” を見たよ」 と、
多忙な仕事の間隙を縫って遠路、入院中のボクを見舞いに来てくれている息子が、
ボクもよく通る、自宅へのルート上から写真を撮り、
ネット経由で届けてくれました。

偶然にせよ、
現在加療中のタイミングでの “天使のはしご” は
自分には意味あるものに映って、とても嬉しいものです。


「信号停止中での撮影で、水平が取れていないけど」 ともメールには添えられていましたが、
ボクなら、わざとこう傾けて撮ったでしょう。
そこもまた、実はちょっと嬉しくてね。

…… などと、手放しで喜ぶ自分の親バカぶりに
改めて 呆れています。








臨時開店 #7 / 良薬(改)

2018-09-23 | 日記


「あら、〇〇さん、久しぶりにパソコンを開けてますね」 と
朝イチに顔を出した看護師さんが声を掛けてくれました。

「表情も、昨日までよりずいぶん明るくなったし」 とも。


抗がん剤治療の効果が徐々に出て来ていることは主治医の所見からも聞いていますが、
加えて、
昨日は遠来・近来から子供らが見舞いに顔を見せてくれたことが
私を元気づける何よりの良薬になっていることは間違いありますまい。

ありがとうね、みんな。

いまはまだ、思考能力も低下中で、陳腐な言葉しか浮かばないけど、
深く、深く感謝です。



久しぶりの添付曲
これまたガチですが。


▲「希望という名の光」 (2010年)    作詞・作曲/山下達郎   唄/山下達郎