春ヶ丘バプテスト教会だより

日曜日の礼拝と水曜日の祈祷会、教会の花壇、教会の畑などについて報告します。

声を聞き分ける

2013-04-21 17:45:33 | 日記
復活節第4主日礼拝                           2013年4月21日

 
讃美歌  新生#42、 #131、

     #604 「主を仰ぎ見れば」
      ♪1、主を仰ぎ見れば 古きわれは  うつし世と共に 速く(とく)去りゆき
         吾ならぬわれの あらわれきて  見ずや天地(あめつち)ぞ あらたまれる

       2、うつくしの都 エルサレムは  今こそくだりて われに来つれ
         主ともにいませば 尽きぬさちは 清き河のごと 湧きて流る ♪

  説教 : 「声を聞き分ける」   金美蘭 牧師

  聖書 : ヨハネによる福音書 10:22~30

 「イエスは答えられた。『わたしは言ったが、あなたたちは信じない。わたしが父の名によって行う業が、わたしについて証しをしている。しかしあなたたちは信じない。私の羊ではないからである。わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らを私の手から奪うことはできない。わたしの父がわたしに下さったものは、すべてのものより偉大であり、だれも父の手から奪うことはできない。わたしと父とは一つである。』」

  パレスチナ地方では羊飼いは見なれた人たちでした。

 羊飼いは羊たちを新鮮な牧草地へと導き、夜は、塀の上に茨を置いて羊を野獣から守り、囲いの門の入り口に横たわって寝ました。

 イエスは「わたしは良い羊飼いである」と言われます。また「羊の門である」とも言われました。

 人々の世話をし、人々の安全を守られる主は、ここで情報を一つ一つ与えるのではなく、「永遠の命を与える」と言われました。イエスは「神があなたがたにあらゆる良いものを備えてくださるように」とも言われます。 わたしたちは、羊飼いに導かれる羊のように、み言葉を読み、祈りながら主の道をあゆみましょう。


  礼拝の後、教会の年次総会がありました。2012年度の行事や実績を確かめ、13年度の活動を話し合いました。

 厳しい情勢の中でも、前に踏み出す姿勢で、祈りながら「主の声を聞き分ける」私でありたいものです。くれぐれも「わたしの羊ではない」と言われないように心がけて・・・。

詩篇を読む

2013-04-17 08:55:54 | 日記
                  
  4月から、牧師を中心に詩編を読んでいます。特に解説はなく、礼拝が始まる前の少しの時間を使って、輪読しています。1編読んでは静かに考え、好きなみ言葉をじっくり吟味しています。

詩編の前編(1~41)のほとんどは、「ダビデによる」「ダビデの」という添え書きから始まっています。

心に残ったみ言葉は、第1編1~3

      「いかに幸いなことか  神に逆らう者の計らいによって歩まず

       罪ある者の道にとどまらず・・・・・・
 
 
       主の教えを愛し  その教えを昼も夜も口ずさむ人。 

       その人は流れのほとりに植えられた木。」


神に対して正しく生きようとしない者は、「悪しき者」「罪びと」「あざける者」と表現されています。

私たちは、神に対して正しい姿勢をととのえ、神の恵みの中に生きたいものです。主のおきてを喜び、一日中神の約束の言葉に信頼して生きることが大切です。実際は難しいですね。

でも、どこまでも信じて生きるならば、その人は「流れのほとりの木のごとく栄え、実を結ぶことができる」のです。いかに幸いなことでしょう!

  昨日は急に気温が上がり夏日でした。近くの農事センターへ出かけて美しいものをたくさん見つけました。

教会の花壇にもいろいろな花が咲いていますが、やはり広大な敷地に大きな木などがあると、気持ちが安らぎます。

夏野菜の苗もそろっていましたので、あわてて帰って、畑の土作りをしましたよ。

次の日曜日は教会の年次総会です。女性会ではカレーライスを提供します。畑の春菊が茂っていますので、「おひたし」をつくろうかな。

イエスとの出会い

2013-04-14 14:58:38 | 日記
 復活節第3主日礼拝                                 2013年4月17日

 賛美歌 :  新生#363“キリスト教会の主よ”、#526“主よ、わが主よ”

              #42“朝の光の中で”(今月の讃美歌“)
                  ♪ 朝の光の中で  小鳥がさえずるように
                    主イエスの慈愛の中で  心よりほめたたえます
                    創造手(つくりて)の  つくりての み神を ♪


  聖書 :  ヨハネによる福音書21:1~19  〈イエス復活の出来事第3〉

  説教 : 「イエスとの出会い」     金美蘭牧師

 その後(復活3度目に)、イエスはティベリアス湖畔で、弟子たちにご自身を現されました。・・・「その夜は(魚が)何もとれなかった。」・・・「イエスは言われた。舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。」・・・「シモン・ペトロが、舟に乗り込んで網を陸に引きあげると、153匹もの大きな魚でいっぱいであった。」・・・イエスが死者の中から復活したのち、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。」

 7人の弟子が、昔のように魚をとっているところへイエスが現れました。ヨハネはこの現場に居あわせていたので、後に福音書を書くとき、とれた魚の数、弟子たちの驚き、網が破れていなかったので安堵したことを覚えていたのです。
ペトロに、「あなたはわたしを愛しますか」と3度も繰り返し訊ねて、「イエスを知らないと言って犯した3度の罪をイエスが帳消しにするチャンスを与えてくれたことや、「わたしの羊を飼いなさい」といって人々を養う務めを与えたことも、ヨハネははっきり記憶していたので福音書に書いたのです。

 「イエスのなさったことは、このほかにも、まだたくさんある。わたし(ヨハネ)は思う。その一つ一つを書くならば、世界もその書かれた書物を収めきれないであろう。」と25節に記されています

  イエスの弟子たちは、ガリラヤで復活のイエスに出会いました。 2週間前にイースター礼拝を守り、祝された私たちは、今日再び礼拝でイエスに出会うことが出来ました。
 
 それぞれ人生のある時、初めて御言葉にふれ、導かれた私たち――主日ごとに礼拝を守り、主に出会いつつ信仰の旅を続けてまいりましょう。 

ヤコブの手紙

2013-04-12 07:28:02 | 日記
祈祷会              2013年.4.10

 ヤコブの手紙を読みました。この書簡の動機や誰が誰にあてて書いたかはよく分りません。最も有力な候補者は、イエスの兄弟ヤコブと思われます。ヤコブは復活のイエスを見てキリスト者になり、やがてエルサレム教会の指導者になりました。

富と貧しさ、高ぶりと謙遜、知恵、忍耐、祈り、舌を制御すること、それから最も大切な信仰と行いについて記しています。本当の信仰は、キリスト者がどう行動するかによって示されます。キリスト者は自分たち自身をどう考えるか、他者とどうかかわるかを考えさせる書簡です。

  私の心に残った箇所は・・・
「兄弟たち、いろいろな試練に出会うときは、この上ない喜びと思いなさい。信仰が試されることで忍耐が生じると、あなたがたは知っています。あくまでも忍耐しなさい。」(1:2)

「御言葉を行う人になりなさい。自分を欺いて、聞くだけで終わる者になってはいけません。」(1:22)

「兄弟たち、あなたがたのうち多くの人が教師になってはいけません。・・・舌は小さな器官ですが、大言壮語するのです。・・・舌は火です。私たちの体の器官の一つで、全身を汚し、移り変わる人生を焼き尽くし、自らも地獄の火によって燃やされます。」(3:1~6)

ヤコブの手紙は生活の全領域において純粋にキリスト者の基準と価値を求めていく必要を思い起こさせる書簡でした。5章まで輪読しましたので、まだ心に残った御言葉はありますが、だんだん苦しく(?)なってきました。またの機会にゆっくり読むことにします。



  花壇の花は、美しく咲き誇っています。

  注文していた畑の肥料も届きました。はりきって夏野菜を植えるための土づくりをいたしましょう。

 
やっと暖かくなってきました。私も活動期に入ろうかな。 

イエスが与える平和

2013-04-08 21:11:37 | 日記
                                                   2013年4月7日
今年度の年間聖句 : 「あなたの御言葉は、わたしの道の光。わたしの歩みを照らす灯。」詩編 119編 105

主日礼拝

讃美歌 : 新生#42(朝の光の中で)、 #105(くしき主の光)、 
       #250(イエスは主なり)―― イエスは主なり 主は死によみがえりぬ ひざまずきほめまつれ 「イエスは主なり」

説 教 : 「イエスが与える平和」    金美蘭 牧師

聖 書 : ヨハネによる福音書20:19~31

 週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。

「シャローム!」「、あなたに平安を!」と言われたことがありますか? 困ったとき、迷っている時、苦しい時、悲しい時も、イエス様が言っておられます。「あなたがたに平和がありますように」と。

先週のイースター礼拝の祝会の中で、こども讃美歌をうたいました。

1、イースターの朝早く マリアがお墓で泣いていたとき 十字架で死んだあのイエス様が静かに呼びかけた
2、イースターの夕方に 二人のお弟子が旅していると 十字架で死んだ あのイエス様が一緒に歩いてた
3、イースターの八日目に 「僕信じない」ってトマスが言うと 十字架で死んだあのイエス様が 部屋に入ってきた
4、世界の人びとが 「もうだめなんだ」と たとえ言っても 十字架で死んだあのイエス様が みんなの希望なんだ
        あぁ、キリストはほんとうによみがえったのだ ハレルヤ ハレルヤ アーメン

 外は雨が降り、気温の低い日でしたが、懐かしい方々と共に礼拝に臨みました。

「だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は許される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、許されないまま残る。(ヨハネ20:23)」という、み言葉を心に、今週も歩んでまいりましょう。

 礼拝の後、役員は年次総会のための新旧役員会を開き、今年度の会計決算、来年度の予算を策定しました。心身共に疲れる日でしたが、“♪十字架で死んだ あのイエス様が みんなの希望なんだ。 ”