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ひまわりさんの日々の信仰日記と再臨信仰のエッセンスについてご紹介しています

聖書が教える健康法 第32回

2016年12月31日 | 日記

4.十字架が汚れた動物を食べてもよいものに変更したのか?

 あるクリスチャンはこう言います。「清い動物と汚れた動物を区別することは、出エジプト以後のユダヤ人のために与えられた律法であって、十字架によって廃止されたのではないですか?」。そのような見解は、決して聖書から導き出されるものではありません!すべての動物は創造の時からすでに清いものと汚れたものが区別されており、その区分は今まで変わったことはありません。植物が創造の時から、花と野菜が区別されていたように、動物の区別は、地球上にユダヤ人が形成される前から存在しました。私たちも知っているように、ノアはユダヤ人ではありませんでした。しかし、彼は清い獣と清くない獣の区別を知っていました。なぜなら、彼が箱舟の中に動物を集めた時、清い動物は7匹ずつ、汚れた動物は2匹ずつ受け入れたからです(創世記7:2,3)。

 イエス様が豚を清い生き物にするために、十字架で亡くなられたのではありません。イエス様は、私たちの罪によって亡くなられたのです。キリストの死は、聖書にある健康の法則に何の影響も与えていません。むしろ、聖書は健康の法則を犯す人たちは、イエス様が来臨される時、滅亡すると語っています。みなさんは、ユダヤ人とそれ以外の人々の間に、何か身体的、生理的な違いがあると思いますか?何の違いもありません。ですから、健康の原則はユダヤ人だけのものではなく、人類共通のものであって、十字架によって健康の原則が変更されなければならない理由は何一つないのです。聖書に記録されている飲食物に関する健康原則は、すべての時代の人々に常に適用できる偉大な法則なのです。

 もちろん、聖書には廃された律法があることも教えられています。聖書はそれを「儀式の律法(礼典律)」と呼びます。すべての祭司制度の本体であられるイエス様が、十字架で亡くなられた瞬間、これ以上羊を捕まえて殺す象徴(影)としての祭司儀式は必要なくなったのです。しかし十字架が、豚を食べることができる肉として変更したのではありません。十字架はユダヤ人たちの祭司制度である儀式律法を廃したのです。しかも、豚肉が食用に適さないものであることは、科学的な立場からも証明されています。


聖書が教える健康法 第31回

2016年12月30日 | 日記

2.聖書の中の肉食の始まり

 

創造後から約1600年の間、神様は肉を食べ物とすることを許可しておられませんでした。しかし、ノアの洪水の後、植物がすぐに育たなかったので、神様は食べ物として動物を殺すことを許されました。私たちはこの事実を創世記9章で確認することができます。しかし、神様は食べ物として肉を許可されましたが、ある特定の動物は食べ物として不適切であると、すなわち不浄であると言われました(創世記9:3,4;レビ記11章参照)。もし神様が何かを不適切だと言われたのなら、そこに確かな理由があるとは思いませんか?

 

私たちを愛によって創造して下さった神様のご品性を考える時、私たちは神様のお言葉を全面的に信頼することができます。神様は恐ろしい独裁者や専制的な君主ではありません。神様は私たちの救いのためには、ご自身のひとり子さえ与えて下さる愛の方なのです。そのような方が、私たちの心と体の健康のために教えてくださった聖書の言葉を、どうして無視することができるでしょうか。

 3.不浄な食べ物とは?

 神様が最初に人間に与えられた献立は、果物と堅果類と穀物と野菜などでした。その後ノアの洪水の後、肉をお許しになりましたが、ある動物は食物に適さないとして区別されました。レビ記11章と申命記14章で、神様は次のような特徴を持つ動物は食用には不適切だと教えられました。その簡単な見分け方は「反芻しないものとひずめが分れていないすべての獣」(申命記 14:7)、「ひれと、うろこのないすべての魚」(申命記 14:9)、「腐った肉と魚を食べるすべての鳥」(レビ記 11:13-20)、そして「ほぼすべての這う生き物」(レビ記 11:21-27)ということでした。

 神様が肉食をお許しになられ、私たちに教えてくださった法則に従って考えてみると、現在、人々が食べている肉の中で、次の物は食べてはいけないものになります。豚、リス、ウサギ、ダチョウ、ウナギ、カニ、貝、エビ、イカなど。この学びをしたある人がこう言いました。「しかし、私は豚肉が大好きです。私がこの肉を食べたからといって、神様は私を滅ぼされるのでしょうか?」

 聖書はこれに対して、次のように語っています。「『主は火をもって、またつるぎをもって、すべての人にさばきを行われる。主に殺される者は多い。みずからを聖別し、みずからを清めて園に行き、その中にあるものに従い、豚の肉、憎むべき物およびねずみを食う者はみな共に絶えうせる』と主は言われる」(イザヤ66:16,17)。

これは非常に衝撃的な事実になるかもしれませんが、これこそ真理であり、神様の口から発されたお言葉なのです。聖書には明確に、豚肉や憎むべきものとして指定された不浄な肉を食べた全ての人は、主が来臨される時、滅ぼされると書かれています。

神様が特定の物を食べてはならないと教えられた時、正当な理由と意味を持っておられることを考えなければなりません。アダムとエバが、神様によって禁じられた果実を食べた結果、この世に罪と死が入り、エデンの園を追放されたことを覚えておられることと思います。神様の勧告と命令の中には、常に知恵と理由と意味が含まれているということを忘れてはなりません。


聖書が教える健康法 第30回

2016年12月29日 | 日記

第7部:菜食と聖書信仰

 1.真の節制

 真のクリスチャンはすべてにおいて節制します。真の節制とは「体に害のあるものをすべて排除し、有益なものを適切に使用すること」を意味します。もし皆さんが新しい車を買ったとしましょう。あなたはその自動車を最高の状態に保つために、細心の注意を払うことでしょう。メーカーの整備手帳をしっかり読み、そこに書かれている注意事項をきちんと守ろうとするでしょう。そうして車を最高の状態で維持できるように努力するはずです。

 クルマでもそうだとしたら、神様が創られた私たちの体を最良の状態に保つためには、どれほど注意深い取り扱いが必要なことでしょうか? これほど素晴らしく創られた人体の機能を、どうすれば最高の性能で維持できるでしょうか? 神様は私たちの体を創られただけでなく、『聖書』を通して「健康の法則」という整備指針書を与えて下さったのです。私たちがこの指針に従って私たちの体を用いる時に、人体は限りない発展の可能性を持つことになるのです。私たちの体を、私たちが購入した新車よりももっと気にかけなければならないのは、当然のことではないでしょうか。

 次のような神様の言葉を深く考えてみてください。しかし、すべて競技をする者は、何ごとにも節制をする。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするが、わたしたちは朽ちない冠を得るためにそうするのである(Ⅰコリント 9:25)。オリンピックで競技する選手たちは、自分の状態を最高のコンディションに保つために、食べ物や飲み物を厳しく節制します。ましてや、天のオリンピックで永遠の勝利を得ようとする人たちが、「何ごとも節制」せずにおられるでしょうか?

 アメリカで1人あたりの平均砂糖摂取量が、1年で70㎏という調査結果が報道されました。韓国も最近になってアメリカや西欧諸国の食品を輸入したり、同じような食品がたくさん作られています。そうすると、韓国でもいずれ1人あたりの平均砂糖摂取量がアメリカと肩を並べるようになるでしょう。また、アメリカにおいて1人あたりの平均肉類摂取量は、1年で100㎏に達します。ある人々はこう言います。「君、本当に力をつけたいなら、肉を食べなきゃ!」と。

 しかし、私たちはこの点について、もっと明確な理解と知識を持たなければなりません。たとえば、肉をたくさん食べる動物と菜食する動物を比較することで、明確な理解を得られるでしょう。私たちは、象をよく知っています。皆さんは動物界で最も力が強い動物の一つである象が、肉を食べるのを見たことはありますか?象は菜食をしているにも関わらず、すごい力を持っているという事実を忘れてはいけません。

 100年程前に、すでにある健康教育家によって、この問題について次のような警告がありました。「肉を食べることは、つい最近まで健康に有益だったかもしれないが、今はもう安全ではない。各種のがん、腫瘍、肺疾患などのような疾病は、大部分肉を食べることによって生じる病気である。・・・肉食が性格を荒々しくし、すべての人に対して持たなければいけない同情と愛の精神を奪い、人間の心の中で低級な情欲が高等な能力を支配するようにする傾向がある」。


聖書が教える健康法 第29回

2016年12月28日 | 日記

4.菜食に関する有名人たちの言葉

 *カール・ルイス:アメリカの陸上競技スター選手、オリンピックで9個の金メダル獲得

「世界最高の陸上選手が菜食の献立で競技に充分なタンパク質を得られるのか?私は運動選手として成功するために、肉からのタンパク質が必要ではないということを発見した。実際に私がヴィーガンとなった年が、私の陸上生涯で最高の年だった。さらにヴィーガンダイエットで体重を管理することもできた。私はさらに多くの量の食事を摂ることができ、とても幸せだった」。

 *アイザック・シンガー:ポーランドの作家、1978年ノーベル文学賞受賞

「菜食主義者になったのは、現代社会が抱えるさまざまな問題――飢え、全世界的な飢餓、残酷性、浪費、戦争――に反対するためである。私たちはこのようなものに対して、反対する発言をしなければならない。菜食主義は私の発言である。私はこれが強いと考える」。

 *アルベルト・アインシュタイン:1921年ノーベル物理学賞受賞

「菜食の物理的な効果だけでも、人類文明に有益な影響を与えられるだろう。菜食が人の性格にもたらす変化と浄化作用は、人類にとって非常に有益である。そのため菜食を選択することは非常に有益であり平和なことである」。

 *アルベルト・シュヴァイツァー:人道主義運動家、ノーベル平和賞受賞

「どんな宗教でも、生命を尊重しない宗教は真の宗教ではない。人はすべての生命に対して憐れみの情を拡大できるまでは、決して平和はないであろう」。

 *ソクラテス:哲学の創始者

「生命体を物として転落させる肉食習慣は、幸せをもたらすことも、正しい社会をつくりだすこともできない」。

 *エマーソン:生態主義運動の創始者

「あなたは今、夕食に肉を食べた。いくら数マイル遠く離れた場を隠そうとしても、あなたも共謀者なのだ」。

 *ジョージ・バーナード・ショー:ノーベル文学賞受賞者

「私たちの仲間の被造物に対する最も悪い罪は、彼らを憎むのではなく、彼らに無関心だということだ。それは非人間的な態度の本質である。私たち自身が、殺されたばかりの獣の生きている墓場だというのに、私たちがどうしてこの地球上で理想的な状態を望めるのだろうか?」。

 *レフ・トルストイ:ロシアの文豪、思想家

「人は食べるために動物を殺さなくても健康でいられる。従って人が肉を食べるのは、ただその味を求め動物の命を奪うためである」。


聖書が教える健康法 第28回

2016年12月27日 | 日記

3.『私はなぜ菜食主義者となったのか?』

 

菜食主義者となった、アメリカ最大級の畜産業者の良心の告白が込められた本『私はなぜ菜食主義となったのか?』は、私たちがなぜ菜食をしなければならないのかについて、合理的で十分な理由を提示しています。4代続いた畜産業を引き継いだハワード・リーモンは、除草剤と化学肥料で育った穀物や、成長ホルモンがたっぷりと入った餌、また動物の死骸で作られた動物性飼料で牛を育てたと告白しています。このような物が牛や土壌に、さらにはその肉を食する人間に及ぼす害悪について、深く考えずに習慣的に行ってきたというのです。しかし、やがてリーモン自身が脊髄腫瘍にかかり、命懸けの大手術を受けることになった時に、深く考えるようになり、それまで自身がやってきたすべてのことが、どんなにひどいことであったかに気付き、農場と土壌を昔のように戻そうと決心しました。

 

また、時代と共に、畜産業と酪農業が結局は地球の環境をこれ以上手の施しようがないほどに破壊するだけでなく、肉類が人間の健康に役立つ要素がいっさいないばかりか、多くの害悪を及ぼすという事実に気付いたリーモンは、菜食主義者となることを決心したのです。菜食を始めてから、体重が60㎏も減り、300を越えていた血中コレステロール指数は、動脈硬化症をはじめとする各種血管疾患の心配がないほどの150以下へと落ちたと言います。

 

ハワード・リーモンは国際菜食主義連合の会長として、長い間肉食の危険性を警告して来ました。草食動物と同様の体の長さの12倍に達する消化器官と、穀物を消化する酵素を持っている人間が肉食をするというのは、自ら破滅に向かう道を歩いているのだと強調しています。肉類業界が掲げる肉食の必要性に反発するリーモンは、肉食ががん、心臓病、肥満などの根本原因になるという事実を箇条書きで列挙し、説明しています。また、全地球的に行われる畜産産業が地球の環境を継続的に破壊していること、何よりも砂漠化を加速化させていると警告しています。

 

『私がなぜ菜食主義となったのか?』という本を通して菜食の良さをアピールするハワード・リーモンは、根拠もなく自分の好みを掲げているのではありません。かつては肉食を楽しみ、肉を生産してきた畜産業者だった彼が、自身とこの地球の健康のために菜食主義者になるまでの、率直な体験談によって、環境の激変の時代に陥っている人類に、科学的な事実を基に、肉食の問題点について警鐘をならしているのです。