昔、北海道、青森、他東北地方各地から集団就職の列車がこの上野駅に到着、様々な思いが込められていた。
私もその頃同じ年令、東京へと向かっていった若者たちの悲喜こもごもの出発点でもあった上野駅、今は大きく変わり終着駅としての役割は代わり途中駅として生まれ変わるようだ。
石川さゆりだったか?夢破れてこの駅からふるさとへ帰っていったものの悲しみを歌っていて、連絡船乗り継いで、で青森~から北の大地へ、こんな光景が何万回も繰り返されたことだろう、
すでに蒸気機関車は消えて久しい、どこかの記念館くらいしかみることはできない、周りはあの頃より、物が溢れ、豊かになり、大きく変貌していった。
しかし、なぜか大きなものを失ったのではないだろうか、、時々思うこのごろだ、、、
ああ上野駅