あれが足りない、これが足りないと思っていると生きるのが辛く感じるものです。
幸せが足りない、愛が足りない、恋人が足りない、お金が足りない、、、
しかし、足りないのは不足感という感じ方であって私たちの本来の姿ではありません。
不足感というのは知性と絡み合っていて、過去に不足したと感じたから現在も不足していると思い続けている。
つまり、過去の不足して辛かったことを覚えているのですね。
その過去の不足して辛かった記憶を引きずっている。
ところが、その不足した過去というのは正しいのでしょうか?
もしかしたら不足した記憶自体が間違っているかもしれません。
どういうことかというと、当時、今のままで十分足りているのに、もっと、もっとと求めていたから不足を感じ不足感となったわけです。
ようは十分足りているという基準を下げればいいんですね。
スーパーでいらっしゃいませと言われれば愛されていると思いますし、お客さんが私が通うお店で買い物してくれると、私をいつでもここで買い物できるように私のためにお金を使ってくれてお店を維持してくれているんだ。
はたまた。
信号が青になり車が私が歩くのを待ってくれているときは私を一目見ようとわざわざ待ってくれているんだ(笑)、とかね。
とにかくアホになっちゃえばいいんですね。
頭が良すぎることが逆に不足になり足りているという基準が高いのが不足になっている。
心の中の世界なのでいくらでもアホになってください。
そして、人からアホだって言われたら。
本物です。
あは。