〈以下、抜粋〉武士の世の終焉にあたって、長岡藩ほどその最後をみごとに表現しきった集団はいない。運命の負を甘受し、そのことによって歴史にむかって語りつづける道をえらんだ。「峠」という表題は、そのことを小千谷の峠という地形によって象徴したつもりである。書き終えたとき、悲しみがなお昇華せず、虚空に小さな金属音になって鳴るのを聞いた。 平成5年11月 司馬遼太郎司馬遼太郎『峠』文学碑信濃川左岸、新潟県小千谷市「越の大橋」西詰に立つのが司馬遼太郎『峠』文学碑。幕末の北越戊辰戦争で、長岡藩の軍事総督を務めた河井継之助の生涯を描いた、司馬遼太郎の...ニッポン旅マガジン