「おいすー」
「姫なら部屋にいますよ」
妹紅が永遠亭の玄関に入ると、鈴仙がてゐを捕まえながら答えた。
おおかた、またてゐが鈴仙にいたずらでもしたのだろう。
「あいよー」
妹紅はてゐの助けを求める視線を背中に受けつつ、礼を言ってその場を後にした。
歩き慣れた廊下を行き、目的の人物の部屋の前に到着した。
「入るぞー。輝夜いるか……、あぁ?」
いつもの主の部屋に入ったと思いきや間違えたらしい。
目の前には見知らぬ美少女がワンピース姿で鏡の前でクルクルと楽しそうに回っていた。
妹紅に気づいて振り返り、目が合った。
「す、すまん。部屋を間違えた」
妹紅は慌てて踵を返し、部屋から出た。
襖を閉め、改めてもう一度辺りを見回す。
どう考えても輝夜の部屋の前だ。
いつも通り廊下を歩いてきた……はずだ。
それとも部屋の場所を変えたのか、もしくは悪ふざけをされているかだ。
後者なら永遠亭を焼き払おうかと考えていると、後ろから声がした。
「何やってるの?」
振り向くとそこには先ほどのワンピース少女。
だがよく見ると、それは輝夜だった。
黒く長い髪に、少し幼い顔つき、黙ってたら誰もが見惚れる美少女。
「お前、何でそんなかっこうしてるんだ?」
「似合う?」
満面の笑みで聞いてくる。
「あ、あぁ。似合ってると、思う」
若干頬を赤らめつつ、素っ気ない風を装って答えた。
実際、かなり似合ってると妹紅は思った。
ワンピースの肩紐がかかったいつもは見えない白い肩、膝上数センチのスカート部分から伸びるいつもは見えない白い足。
着物で露出が少ない分、今はそのギャップでかなり新鮮だ。
これで麦わら帽子なんかかぶってたらパーフェクトだろう。
「そう」
と輝夜は満足そうに言って部屋の中へ入っていった。
「妹紅も中に入れば?」
「あ、あぁ。そうだな」
やはり、服装以外はいつもの主の部屋だった。
「ところで、それどうしたんだ?」
「スキマの妖怪からもらったの。もとは式のだったんだって。簡単にいえばお古ね」
「なんだってそんなもんお前に……」
「そんなことより、今日は何するの? あ、殺し合いは嫌よ。痛いから」
「う~ん、そうだな、オセロも将棋もチェスもバックギャモンも飽きたしな。人生ゲームは二人じゃつまらないし、
あたしが結婚したり、子供作ると何故かお前がキレるしな」
妹紅が悩んでいると、輝夜は待ってましたとばかりに提案した。
「じゃぁ、たまには外に行きましょ」
「何するんだ? バスケか?」
「違うわよ。デートよ、デート」
これまた満面の笑みで妹紅に近寄ってきた。
少し距離を離しつつ、妹紅は言った。
「でえと? 何だそれは?」
「知らないの? 今里で流行ってるらしいわよ。仲の良い者同士が仲良くでかけることだって……、スキマの妖怪が言ってた」
「胡散臭ぇー!!」
そこであることに妹紅は気づいた。
と、同時に紫の狙いもわかった気がした。
「まさかお前、そのかっこうで行く気か?」
「もちろん!」
輝夜はここでも満面の笑みである。
妹紅は思った。
どう考えても里の男たちの目に毒だ。
それに、あのスキマの狙いはこのかっこうの輝夜とあたしを里で歩かせることだろう。
なんとなくそれは嫌だった。
「そのかっこうで行くなら却下だな」
「何でよ?」
ぷくーっと頬を膨らませる輝夜。
「あ、わかった。わたしが男たちの注目の的になるのが嫌なのね。もう、やきもちやきね、もこたんったら」
「妬くか! それからもこたんって言うな! さっさと着替えろ、まったく」
「もう、しょうがないわね。せっかく気に入ってたのに」
心底残念そうに輝夜は言った。
~少女着替え中~
「さ、行きましょ」
着替え終わり、いつものかっこうの輝夜と妹紅は永遠亭の玄関を出た。
「ちゃんと案内してね」
そう言って、ポケットに手を突っ込んでいる妹紅の腕に自分の腕をからませた。
「離れろ!」
「恥ずかしがりね~」
悪戯っぽい笑みを浮かべて輝夜は妹紅を見た。
「うるさい! ところで、飛んで行った方が速いんじゃないか?」
「ダメよ。歩いて行くの。雰囲気は大事よ」
「雰囲気ね~」
妹紅は呆れたように言う。
ほとんど毎日のように顔を合わせてるのに、今更雰囲気がどうとかあったもんじゃない。
溜息を吐きつつ、二人は里を目指した。
人間の里は最近盛んである。
結界の外から来た人間の話を聞いたり、自分たちで考えたりしていろいろな店が出ている。
買い物をする店はもとより、遊べる店、落ちつける店などなど。
その種類は増していっている。
「へぇ~、意外といろんなものがあるのね~」
里に着いて周りを見回しながら、輝夜は感心したように言った。
あまり外に出ないため、里がどうなってるかなんてほとんど知らない。
「お前ももっと外に出たらどうだ?」
「う~ん、必要があればそうするわ。で、これからどうするの?」
「そうだな、とりあえず見て回ろう」
二人でふらふらと里を散策。
ほとんど来ない輝夜の目にはたくさんのものが新鮮に見えただろう。
「そろそろ歩き疲れたわ。座れる所とかないの?」
しばらく歩いたところで輝夜が言った。
「たしかにそうだな」
妹紅も同意した。
永遠亭から歩いてきたのだ。
それは少しは疲れる。
「あそこはどうだ?」
ふと妹紅が指さしたのは、道の向い側にある茶屋だった。
そこの外の席で男女が向かい合い、同じグラスに入った飲み物をハート型に交差したストローで飲んでいた。
「へぇ~、ああいうのがしたいんだ、もこたんは? デートだからねぇ、仕方ないよねぇ」
ニヤニヤしながら妹紅の方を見て、輝夜が言った。
「ち、違う!! そうじゃなくて、あそこで少し休憩をだな……」
「はいはい」
適当に返事をし、輝夜はすたすたと歩き出した
悔しそうな顔をしつつ、妹紅もそれに続いた。
店に入ると店主がニコニコと出迎えた。
「どうぞお好きな席に」
「外にする?」
「いいよ中で」
適当な席に腰を下ろすと、店主は品書きを渡してニコニコしたまま言った。
「お決まりになりましたら、お呼びください」
そして去って行った。
「何にする?」
輝夜もニコニコと聞いてくる。
「う~ん、そうだな。たまには紅茶というやつを飲んでみるか」
「えぇ~」
「何で不満そうなんだ?」
「さっき外で見たやつやらないの?」
「するか!! いいからお前もさっさと決めろ」
「つまんなぁ~い。じゃぁ、わたしはオレンジジュースね」
「子供か」
「いいじゃない、好きなんだもの」
店主を呼び、注文して頼んだものがきた。
「ごゆっくり」
二人はお互いに一口ずつ飲み、店内を改めて見回してみた。
照明は若干暗めではあるが、落ち着く場所である。
「ねぇ、あれ何してるのかしら?」
輝夜の指さした方を見ると、店内の奥で数人の客が的に向かって小さい矢のようなものを投げている。
「的当てか何かじゃないのか?」
「興味がおありですか?」
突然かけられた声に二人はビクッとした。
振り返るとまた店主がニコニコとして立っていた。
「やってみます?」
二人は顔を見合わせ、もう一度店主を見て、うなずいた。
「まぁ的当てみたいなもんです。そこの赤い線から一本ずつその矢を投げてください。
その矢の当たった場所に書いてある点数が投げた方の点になります」
そう言って二人に5本ずつ矢を渡し、店の奥へ去って行った。
「どうする?」
「どうするって?」
「するんでしょ? 勝負」
あからさまな自信が見て取れる輝夜。
「ほぅ、やる気か?」
妹紅も負ける気はない様子。
「じゃぁ、単純にどっちが多く点を取れるか勝負しましょ」
「いいだろう。で、あるんだろ? 罰」
「もちろんよ」
「ここの代金でも持つか?」
「それも良いけど、勝った方のいうことを一つきくっていうのはどう?」
「よし、いいだろう」
「じゃぁ、じゃんけんしましょ」
~少女じゃんけん中~
「あたしからだな」
数十回のあいこの末、妹紅が先攻になった。
「お前、能力使うなよ?」
赤い線に立って振り返り、妹紅が言った。
「わかってるわよ」
使わなくても勝てると言いたげな輝夜。
的は外側から順に、10点、30点、50点、80点となっていて、だんだんとその幅も狭まっている。
そして、真中に100と書いた赤い小さな丸がある。
もちろん、妹紅も輝夜も狙うは100だ。
親指と人差し指の間に矢を挟み、ゆっくり前後させながら狙いを定める。
「そぉい!!」
妹紅から放たれた矢はまっすぐに的へ飛んでいく。
スタン! とこ気味よい音をたて、矢は命中した。
「ちっ、80点か」
赤い丸のギリギリ外側へ矢は突き刺さっていた。
「だが次は100点だ」
またも、いい音をたてて矢は命中。
しかし、これもギリギリ80点。
「ちっ、またか」
「なかなか当たらないわねぇ」
ニヤニヤしながら輝夜が後ろから声をかけた。
「うるさい! やればわかる」
ふんと鼻で笑う輝夜。
「それ!」
しかしこれも80。
結局、妹紅の矢は全て80点に命中したのだった。
いつの間にかわいていたギャラリーから、
「あいつ、本当に素人かよ」
と、コソコソと聞こえてくる。
「さぁ、わたしの番ね」
「あたしの400点はこえられるかな」
妹紅は自分の矢を的から抜き、戻りながら輝夜に言った。
「1本でも100点に当てて、全部80点に当てればわたしの勝ちよ」
「100点に当たればな」
「ふっ、見てなさい」
そして、輝夜は静かに赤い線に立ち、妹紅がしていたように指に挟み、前後にゆらして集中する。
「そぉい!!!」
「はぁ……」
「うふふ」
肩を落としながら店を出る妹紅に対し、意気揚揚と笑顔で店を出る輝夜。
結果は輝夜の言った通り、最初の一投を100点に当て、あとは全て80点に。
勝負がついた時に回りのギャラリーからは二人を褒め称える拍手喝采がわいたのだった。
「で、何をさせる気だ?」
どうせ、無理難題を言われるだろうと思っていた妹紅は輝夜の発言に拍子抜けすることとなった。
「今日1日ずっと一緒にいて」
「はぁ? それ……だけ?」
「ええ、そうよ」
口をぽかんと開けて呆然とする妹紅に向けて満面の笑みで輝夜は聞いた。
「で、次はどこに行く?」
ふっと少し笑って、妹紅は答えた。
「お前の好きなところでいいよ」
その後は、輝夜が興味を示した場所をあっちこっち見て回ったのだった。
途中、咲夜と藍が一緒に茶屋で座っているのを見かけたが、楽しそうに話していたので、声はかけなかった。
輝夜に手を引っ張れているうちに、いつの間にか手をつないで歩いていることに妹紅は気付かなかった。
夕暮れ時。
里の人間もまばらになってきたところで、輝夜は言った。
「そろそろ帰りましょうか?」
「そうだな。腹も減った」
「今日は1日ずっと一緒なんだからうちで食べていってね」
ここでも、満面の笑みである。
そして、負けたときのルールは絶対だ。
「はいはい。どこまでもお供させていただきますよ、お姫様」
永遠亭の夕食には慧音もいた。
「あれ? 何でいんの?」
「いや、ちょっと永琳殿とチェスで盛り上がってしまって」
慧音はポリポリとこめかみを掻きながら恥ずかしそうに答えた。
どうやら、夕食後もやるようだ。
おそらく、慧音が負け越しているのだろう。
夕食後、輝夜の部屋の縁側に二人はいた。
竹がそよ風でさざめいている。
長く伸びた竹の隙間から半月が見える。
「たまには満月じゃなくてもいいものね」
「そうだな」
そんな話をしていると、不意に輝夜が立った。
「ちょっと待ってて。いいもの持ってくるわ」
そう言って部屋を出て行った。
妹紅が何も言う間も無く、襖が閉められた。
そして、月を見上げてしばらく待っていると、片手にコップを二つ、もう片手に酒の瓶を持った輝夜が帰ってきた。
その二つを頭の高さで揺らしながら言った。
「一杯やらない?」
ここでも満面の笑みである。
酒を二つのコップに注ぎ、片方を妹紅に渡した。
「今日はお疲れ様」
「あぁ、お疲れ」
軽く乾杯し、そして口へ持っていく。
半分ほど飲み、口からはなし、妹紅は言った。
「っていうか、近くない!?」
「だって寒いじゃない」
二人はほぼぴったりくっつくくらいの距離に座っていた。
「いや、でも近すぎだろ」
「いいじゃない。今日はそばにいるって言ったんだから」
ぷくーっと頬を膨らませる輝夜。
「いや、そばじゃなくて一緒にだろ」
「似たようなものよ」
「はぁ……」
妹紅は溜息を吐いて諦めた。
「でも、今日はホントに楽しかったわ。ありがとう」
今日1番の笑顔は満面の笑みではなく、穏やかな微笑みだった。
そして、輝夜は頭を妹紅の肩にもたせかけ、目を閉じた。
しばらくそうしていると、隣からこれまた穏やかな寝息が聞こえてきた。
今日一日歩き回って疲れたのだろう。
それを見て妹紅は優しく微笑み、輝夜の頭を撫でてやるのだった。
次の日の烏天狗の新聞の一面に二人のデート写真が載ったのはいうまでもない。
「姫なら部屋にいますよ」
妹紅が永遠亭の玄関に入ると、鈴仙がてゐを捕まえながら答えた。
おおかた、またてゐが鈴仙にいたずらでもしたのだろう。
「あいよー」
妹紅はてゐの助けを求める視線を背中に受けつつ、礼を言ってその場を後にした。
歩き慣れた廊下を行き、目的の人物の部屋の前に到着した。
「入るぞー。輝夜いるか……、あぁ?」
いつもの主の部屋に入ったと思いきや間違えたらしい。
目の前には見知らぬ美少女がワンピース姿で鏡の前でクルクルと楽しそうに回っていた。
妹紅に気づいて振り返り、目が合った。
「す、すまん。部屋を間違えた」
妹紅は慌てて踵を返し、部屋から出た。
襖を閉め、改めてもう一度辺りを見回す。
どう考えても輝夜の部屋の前だ。
いつも通り廊下を歩いてきた……はずだ。
それとも部屋の場所を変えたのか、もしくは悪ふざけをされているかだ。
後者なら永遠亭を焼き払おうかと考えていると、後ろから声がした。
「何やってるの?」
振り向くとそこには先ほどのワンピース少女。
だがよく見ると、それは輝夜だった。
黒く長い髪に、少し幼い顔つき、黙ってたら誰もが見惚れる美少女。
「お前、何でそんなかっこうしてるんだ?」
「似合う?」
満面の笑みで聞いてくる。
「あ、あぁ。似合ってると、思う」
若干頬を赤らめつつ、素っ気ない風を装って答えた。
実際、かなり似合ってると妹紅は思った。
ワンピースの肩紐がかかったいつもは見えない白い肩、膝上数センチのスカート部分から伸びるいつもは見えない白い足。
着物で露出が少ない分、今はそのギャップでかなり新鮮だ。
これで麦わら帽子なんかかぶってたらパーフェクトだろう。
「そう」
と輝夜は満足そうに言って部屋の中へ入っていった。
「妹紅も中に入れば?」
「あ、あぁ。そうだな」
やはり、服装以外はいつもの主の部屋だった。
「ところで、それどうしたんだ?」
「スキマの妖怪からもらったの。もとは式のだったんだって。簡単にいえばお古ね」
「なんだってそんなもんお前に……」
「そんなことより、今日は何するの? あ、殺し合いは嫌よ。痛いから」
「う~ん、そうだな、オセロも将棋もチェスもバックギャモンも飽きたしな。人生ゲームは二人じゃつまらないし、
あたしが結婚したり、子供作ると何故かお前がキレるしな」
妹紅が悩んでいると、輝夜は待ってましたとばかりに提案した。
「じゃぁ、たまには外に行きましょ」
「何するんだ? バスケか?」
「違うわよ。デートよ、デート」
これまた満面の笑みで妹紅に近寄ってきた。
少し距離を離しつつ、妹紅は言った。
「でえと? 何だそれは?」
「知らないの? 今里で流行ってるらしいわよ。仲の良い者同士が仲良くでかけることだって……、スキマの妖怪が言ってた」
「胡散臭ぇー!!」
そこであることに妹紅は気づいた。
と、同時に紫の狙いもわかった気がした。
「まさかお前、そのかっこうで行く気か?」
「もちろん!」
輝夜はここでも満面の笑みである。
妹紅は思った。
どう考えても里の男たちの目に毒だ。
それに、あのスキマの狙いはこのかっこうの輝夜とあたしを里で歩かせることだろう。
なんとなくそれは嫌だった。
「そのかっこうで行くなら却下だな」
「何でよ?」
ぷくーっと頬を膨らませる輝夜。
「あ、わかった。わたしが男たちの注目の的になるのが嫌なのね。もう、やきもちやきね、もこたんったら」
「妬くか! それからもこたんって言うな! さっさと着替えろ、まったく」
「もう、しょうがないわね。せっかく気に入ってたのに」
心底残念そうに輝夜は言った。
~少女着替え中~
「さ、行きましょ」
着替え終わり、いつものかっこうの輝夜と妹紅は永遠亭の玄関を出た。
「ちゃんと案内してね」
そう言って、ポケットに手を突っ込んでいる妹紅の腕に自分の腕をからませた。
「離れろ!」
「恥ずかしがりね~」
悪戯っぽい笑みを浮かべて輝夜は妹紅を見た。
「うるさい! ところで、飛んで行った方が速いんじゃないか?」
「ダメよ。歩いて行くの。雰囲気は大事よ」
「雰囲気ね~」
妹紅は呆れたように言う。
ほとんど毎日のように顔を合わせてるのに、今更雰囲気がどうとかあったもんじゃない。
溜息を吐きつつ、二人は里を目指した。
人間の里は最近盛んである。
結界の外から来た人間の話を聞いたり、自分たちで考えたりしていろいろな店が出ている。
買い物をする店はもとより、遊べる店、落ちつける店などなど。
その種類は増していっている。
「へぇ~、意外といろんなものがあるのね~」
里に着いて周りを見回しながら、輝夜は感心したように言った。
あまり外に出ないため、里がどうなってるかなんてほとんど知らない。
「お前ももっと外に出たらどうだ?」
「う~ん、必要があればそうするわ。で、これからどうするの?」
「そうだな、とりあえず見て回ろう」
二人でふらふらと里を散策。
ほとんど来ない輝夜の目にはたくさんのものが新鮮に見えただろう。
「そろそろ歩き疲れたわ。座れる所とかないの?」
しばらく歩いたところで輝夜が言った。
「たしかにそうだな」
妹紅も同意した。
永遠亭から歩いてきたのだ。
それは少しは疲れる。
「あそこはどうだ?」
ふと妹紅が指さしたのは、道の向い側にある茶屋だった。
そこの外の席で男女が向かい合い、同じグラスに入った飲み物をハート型に交差したストローで飲んでいた。
「へぇ~、ああいうのがしたいんだ、もこたんは? デートだからねぇ、仕方ないよねぇ」
ニヤニヤしながら妹紅の方を見て、輝夜が言った。
「ち、違う!! そうじゃなくて、あそこで少し休憩をだな……」
「はいはい」
適当に返事をし、輝夜はすたすたと歩き出した
悔しそうな顔をしつつ、妹紅もそれに続いた。
店に入ると店主がニコニコと出迎えた。
「どうぞお好きな席に」
「外にする?」
「いいよ中で」
適当な席に腰を下ろすと、店主は品書きを渡してニコニコしたまま言った。
「お決まりになりましたら、お呼びください」
そして去って行った。
「何にする?」
輝夜もニコニコと聞いてくる。
「う~ん、そうだな。たまには紅茶というやつを飲んでみるか」
「えぇ~」
「何で不満そうなんだ?」
「さっき外で見たやつやらないの?」
「するか!! いいからお前もさっさと決めろ」
「つまんなぁ~い。じゃぁ、わたしはオレンジジュースね」
「子供か」
「いいじゃない、好きなんだもの」
店主を呼び、注文して頼んだものがきた。
「ごゆっくり」
二人はお互いに一口ずつ飲み、店内を改めて見回してみた。
照明は若干暗めではあるが、落ち着く場所である。
「ねぇ、あれ何してるのかしら?」
輝夜の指さした方を見ると、店内の奥で数人の客が的に向かって小さい矢のようなものを投げている。
「的当てか何かじゃないのか?」
「興味がおありですか?」
突然かけられた声に二人はビクッとした。
振り返るとまた店主がニコニコとして立っていた。
「やってみます?」
二人は顔を見合わせ、もう一度店主を見て、うなずいた。
「まぁ的当てみたいなもんです。そこの赤い線から一本ずつその矢を投げてください。
その矢の当たった場所に書いてある点数が投げた方の点になります」
そう言って二人に5本ずつ矢を渡し、店の奥へ去って行った。
「どうする?」
「どうするって?」
「するんでしょ? 勝負」
あからさまな自信が見て取れる輝夜。
「ほぅ、やる気か?」
妹紅も負ける気はない様子。
「じゃぁ、単純にどっちが多く点を取れるか勝負しましょ」
「いいだろう。で、あるんだろ? 罰」
「もちろんよ」
「ここの代金でも持つか?」
「それも良いけど、勝った方のいうことを一つきくっていうのはどう?」
「よし、いいだろう」
「じゃぁ、じゃんけんしましょ」
~少女じゃんけん中~
「あたしからだな」
数十回のあいこの末、妹紅が先攻になった。
「お前、能力使うなよ?」
赤い線に立って振り返り、妹紅が言った。
「わかってるわよ」
使わなくても勝てると言いたげな輝夜。
的は外側から順に、10点、30点、50点、80点となっていて、だんだんとその幅も狭まっている。
そして、真中に100と書いた赤い小さな丸がある。
もちろん、妹紅も輝夜も狙うは100だ。
親指と人差し指の間に矢を挟み、ゆっくり前後させながら狙いを定める。
「そぉい!!」
妹紅から放たれた矢はまっすぐに的へ飛んでいく。
スタン! とこ気味よい音をたて、矢は命中した。
「ちっ、80点か」
赤い丸のギリギリ外側へ矢は突き刺さっていた。
「だが次は100点だ」
またも、いい音をたてて矢は命中。
しかし、これもギリギリ80点。
「ちっ、またか」
「なかなか当たらないわねぇ」
ニヤニヤしながら輝夜が後ろから声をかけた。
「うるさい! やればわかる」
ふんと鼻で笑う輝夜。
「それ!」
しかしこれも80。
結局、妹紅の矢は全て80点に命中したのだった。
いつの間にかわいていたギャラリーから、
「あいつ、本当に素人かよ」
と、コソコソと聞こえてくる。
「さぁ、わたしの番ね」
「あたしの400点はこえられるかな」
妹紅は自分の矢を的から抜き、戻りながら輝夜に言った。
「1本でも100点に当てて、全部80点に当てればわたしの勝ちよ」
「100点に当たればな」
「ふっ、見てなさい」
そして、輝夜は静かに赤い線に立ち、妹紅がしていたように指に挟み、前後にゆらして集中する。
「そぉい!!!」
「はぁ……」
「うふふ」
肩を落としながら店を出る妹紅に対し、意気揚揚と笑顔で店を出る輝夜。
結果は輝夜の言った通り、最初の一投を100点に当て、あとは全て80点に。
勝負がついた時に回りのギャラリーからは二人を褒め称える拍手喝采がわいたのだった。
「で、何をさせる気だ?」
どうせ、無理難題を言われるだろうと思っていた妹紅は輝夜の発言に拍子抜けすることとなった。
「今日1日ずっと一緒にいて」
「はぁ? それ……だけ?」
「ええ、そうよ」
口をぽかんと開けて呆然とする妹紅に向けて満面の笑みで輝夜は聞いた。
「で、次はどこに行く?」
ふっと少し笑って、妹紅は答えた。
「お前の好きなところでいいよ」
その後は、輝夜が興味を示した場所をあっちこっち見て回ったのだった。
途中、咲夜と藍が一緒に茶屋で座っているのを見かけたが、楽しそうに話していたので、声はかけなかった。
輝夜に手を引っ張れているうちに、いつの間にか手をつないで歩いていることに妹紅は気付かなかった。
夕暮れ時。
里の人間もまばらになってきたところで、輝夜は言った。
「そろそろ帰りましょうか?」
「そうだな。腹も減った」
「今日は1日ずっと一緒なんだからうちで食べていってね」
ここでも、満面の笑みである。
そして、負けたときのルールは絶対だ。
「はいはい。どこまでもお供させていただきますよ、お姫様」
永遠亭の夕食には慧音もいた。
「あれ? 何でいんの?」
「いや、ちょっと永琳殿とチェスで盛り上がってしまって」
慧音はポリポリとこめかみを掻きながら恥ずかしそうに答えた。
どうやら、夕食後もやるようだ。
おそらく、慧音が負け越しているのだろう。
夕食後、輝夜の部屋の縁側に二人はいた。
竹がそよ風でさざめいている。
長く伸びた竹の隙間から半月が見える。
「たまには満月じゃなくてもいいものね」
「そうだな」
そんな話をしていると、不意に輝夜が立った。
「ちょっと待ってて。いいもの持ってくるわ」
そう言って部屋を出て行った。
妹紅が何も言う間も無く、襖が閉められた。
そして、月を見上げてしばらく待っていると、片手にコップを二つ、もう片手に酒の瓶を持った輝夜が帰ってきた。
その二つを頭の高さで揺らしながら言った。
「一杯やらない?」
ここでも満面の笑みである。
酒を二つのコップに注ぎ、片方を妹紅に渡した。
「今日はお疲れ様」
「あぁ、お疲れ」
軽く乾杯し、そして口へ持っていく。
半分ほど飲み、口からはなし、妹紅は言った。
「っていうか、近くない!?」
「だって寒いじゃない」
二人はほぼぴったりくっつくくらいの距離に座っていた。
「いや、でも近すぎだろ」
「いいじゃない。今日はそばにいるって言ったんだから」
ぷくーっと頬を膨らませる輝夜。
「いや、そばじゃなくて一緒にだろ」
「似たようなものよ」
「はぁ……」
妹紅は溜息を吐いて諦めた。
「でも、今日はホントに楽しかったわ。ありがとう」
今日1番の笑顔は満面の笑みではなく、穏やかな微笑みだった。
そして、輝夜は頭を妹紅の肩にもたせかけ、目を閉じた。
しばらくそうしていると、隣からこれまた穏やかな寝息が聞こえてきた。
今日一日歩き回って疲れたのだろう。
それを見て妹紅は優しく微笑み、輝夜の頭を撫でてやるのだった。
次の日の烏天狗の新聞の一面に二人のデート写真が載ったのはいうまでもない。